電車の君3
ドアが閉まり、電車が緩やかに動き出す。
後で思い返すと、ここだと言える。
この時、僕と彼女の物語も動き出したのだったと。
「おはようございます」
圧倒的な美のオーラを放つ彼女に、僕は気後れしながら何とか挨拶を返した。
「昨日はありがとうございました」
動き出した車内で、彼女はブレる事無く綺麗にお辞儀をした。
「いや、あの、その・・・
これ、落としてたよ」
僕は何を言っていいのか分からず、パニックになり完全にドモってしまい、
通報物の不審者もかくやと言える程、挙動不審だったが、
彼女の落し物を預かっていたのを思い出し、慌てて鞄をゴソゴソ漁り、
何とか探し出せた本を彼女に差し出した。
「ありがとうございます、探していたんですよ」
彼女は嬉しそうにフワリと笑い、僕から受け取った本を胸にかき抱いた。
彼女の可憐な笑顔は、まるで蕾から花開く瞬間のようだった。
「渡せてよかったよ」
彼女の笑顔に見惚れながら、僕は無事に持ち主に返せた事にホッとした。
「・・・読まれました?」
彼女は可愛らしく小首を傾げて、僕の顔を下から覗き込んできた。
「ごめん、勝手に読ませてもらったんだけど・・・面白かったね」
僕は勝手に読んだので、ばつが悪く、目を泳がせながら頭を掻いた。