一日千秋
「あれ?何か怒ってる?」
「怒ってないわ」
「いや、明らかに機嫌悪いよね?」
「悪くないわ」
「僕、何かした?」
「何もしてないわ、何も、ね」
「含みを持たすなぁ・・・これ、何か僕がしたパターンじゃん」
「ヒントをあげるわ、ラインを見てみなさい」
「もう僕が何かしたの確定じゃん・・・はい、見ました」
「何か私に言うことがあるでしょう?」
「メッセージが届いてますね」
「そうね、それで?」
「ずいぶん遅い時間に送ってますね」
「そうね、そこは私にも落ち度があるわ」
「読んだ形跡があるね、寝惚けて覚えてないけど」
「そう、貴方は私に既読無視をしたのよ」
「不可抗力だと思うんだけど」
「貴方は私に既読無視をしたのよ」
「二回言わなくても聞こえてるよ、ごめんごめん、寝惚けて気付きませんでした」
「貴方に分かる?既読がついたのに返信が来なかった私の気持ちが」
「時間的に寝落ちた可能性を考慮出来たんじゃ・・・」
「言い訳はいいわけ」
「ダジャレ?」
「いま冗談を混ぜるとネジ切るわよ」
「ひえっ」
「貴方から返信が来るかもしれないと思って私は夜も眠れなかったのよ?」
「それは申し訳」
「それに送った相手を間違ってないか、変な文を送ってないか、
誤字脱字がないか何度も確認したわ」
「気にし過ぎだよ」
「いいえ、貴方には分からないでしょうね、私がどんな気持ちで一夜を過ごしたかを」
「ごめんなさい」
「謝っても許さないわ、昔の人は詩的な表現をするじゃない。
一夜千秋とはよく言ったものね、まさかこの身で体感するとは思わなかったわ」
「あのぉ・・・現世に生きてる限り、起こりうるすれ違いですので、
その辺で勘弁して頂けましたら・・・」
「あぁ・・・この私のやるせない気持ちを一体どこにぶつければいいの?
この胸に宿るのは相手への怒り?自分自身の不安?
あぁ、この世はなんて甘美な地獄であろうか」
「やべぇ、壮大なスケールのオペラが始まった」
「あぁ、貴方はどうして私の胸をこうも掻き回すの?
貴方の事を思うと胸が、頭が切なくなるの、
文学の中だけだと思っていたわ、
所詮比喩表現だと、だけど違ってた。
貴方の事を想うだけで私は私で無くなってしまいそうよ」
「やべぇ、完全に興が乗っている」
「貴方の心の声を聞くためには一体どうすればいいの?
神に祈ればいいの?
悪魔と契約すればいいの?
私はどちらでも構わない。
この煉獄に焼かれるようなジレンマさに比べれば、
どんな事だって私は乗り越えてみせる」
「主演女優賞は君で決まりだから、そろそろ勘弁してくれないかなぁ・・・」
「どうして貴方は肝心な処でおどけるの?
宮廷のピエロだって場を弁えるわ、
欲しい時に、欲しい言葉を、
そう望むのは乙女として贅沢な願望なのかしら?」
「ごめんなさい」
「あぁ、貴方の心までなんて遠いのでしょうか、
貴方の胸の内を覆う氷雪を溶かすには一体どうすればいいの?
春のような暖かい笑顔?
夏のような眩い元気さ?
秋のような色彩豊かな体?
冬のような真っ白な飾らない言葉?
教えて欲しい。
私は貴方を包み込むような存在になりたい」
「すまない」
この後も彼女のアリア(独唱)が続いたが、
僕は応える答えを持ち合わせていなかった。