冬のボランティア活動
「このクッソ寒い中、
清掃ボランティアに参加するとか、
社会奉仕精神に溢れていると思わない?」
ようやく朝日が顔を出した時間帯に、
校門前で、学校指定の薄っぺらいジャージのみを着た僕は、
体をガクガク震わせながら、彼女に話しかけた。
「日頃から奉仕精神を持ち合わせて、内申点を稼いでおけば、
よりによってこんな冬将軍の到来日に、
清掃ボランティアへ参加せずに済んだのにねぇ」
同じく学校指定のジャージに身を包んだ彼女は、
いつものように澄ました表情で髪を掻き上げた。
彼女の頬には紅が走り、寒さを全く感じていないように見受けられた。
「手が冷える」
本当の所、頭から爪先まで、全部寒いのだが、
今の僕は清掃道具である火バサミとゴミ袋を両手で持たなければならず、
ポケットに入れたい欲求に駆られる剥き出しの手は、
極寒の北風に晒され続け、感覚が無くなりつつあった。
「なんで軍手を着けてないの?」
彼女は可愛らしく小首をコテンと傾げ、心底不思議そうな表情をしていた。
「忘れたんだなぁ」
僕の体は寒さで硬直し、ガクガクと震え続けながらも、遠い目をして呟いた。
「準備不足ね、
昨日ニュースで散々やってたんだから、寒くなるのは分かりきっていたでしょう?
何故、寒さ対策をしていないの?」
彼女は呆れ返った表情をしながら、正論を言った。
「今時の高校生だから、テレビなんて見ないよ」
僕は言い訳がましく目を泳がせながら、彼女に反論した。
「スマホからでもニュースは見れるでしょう?」
そう言って見つめてくる彼女のパッチリとした大きな目は、完全にジト目状態だ。
「見ないんだなぁ、それが」
僕は決まり悪げに火バサミを持った手で、頭を掻いた。
「時事ネタは小まめに押さえておかないと、テストの時に痛い目をみるわよ?」
彼女は出来の悪い子どもに滔々と言って聞かせるように語りかけてきて、
その瞳は僕を心配する色に染まっていた。
「今現在、手がカジカんで物理的に痛いよ」
僕は彼女の心配がくすぐったくなり、おどけて肩を竦めた。
「もう、しょうがないわね」
そう言って彼女は、自身の持っていた火バサミとゴミ袋を置いた。
彼女はスッと近づいて来ながら、はめていた軍手を脱ぎ、僕の正面に立った。
僕の正面に立った彼女は、
花のように美しく微笑みながら、
僕の手をそれぞれそのたおやかな手で、優しく重ねてくれた。
凍えきった僕の手に、温かな彼女の体温がじんわりと奥の方に染み込んでゆく。
「これで寒くないでしょ?」
目と鼻の先の距離で、彼女は甘く囁いた。
聖女のように慈愛に満ちた表情の中に、
イタズラっぽく上目使いを乗せてくるのは反則だと思う。
「辛抱たまらん!」
あまりに可愛すぎる彼女に、僕は彼女の手を掴み返し、強引に抱き寄せた。
彼女は戸惑いの声を上げたが、
僕が思いっきりギュッと抱きしめていると、
いつしか彼女も静静と抱きしめ返してきた。
僕の冷えきった状態の身体に、全身で彼女の温もりを感じる。
鼻も調子を取り戻したのか、彼女の華やかな香りが鼻孔をくすぐる。
彼女の体温のお陰で凍えきった身体を脳まで溶かされた僕は、
何を思ったのか、
自分の頬っぺたを彼女の頬っぺたにくっ付けて、
スリスリと擦り出した。
「あぁ~、すべすべぇ~」
脳が蕩けきった僕は、
完全に思考が停止した状態で、無心に彼女の頬を堪能し続ける。
彼女の頬は、キメ細やかで潤いを帯びた肌質で、
モッチリとした肉質が最高に気持ち良かった。
「もう、くすぐったいわ・・・
・・・それにもう時間だし、ほら、みんな見てるわよ?」
彼女は甘く優しい声色ながらも、少し嗜めるように耳元で囁いてきた。
「この時が永遠に続けばいいのに」
「ふふっ、さっきまで『寒い寒い』って言ってたクセに」
「君と一緒なら、どんな凍てつく冬でも乗り越えられるよ」
「もう、すぐに調子のいいこと言う」
この後、脳内お花畑で弛みきった表情のまま、清掃ボランティアに臨んだ訳だが、
何故かボランティアなのに、僕だけノルマが課せられた。
当然の如く抗議の声を上げたが、
参加者全員の満場一致で僕の直訴は棄却され、
僕は寒空の下、時たまクシャミをしながら、粛々とゴミ拾いに精を出した。