11月の終わり
「11月も、もう終わりだね」
夕暮れに染まる生徒会室で、僕はイスに体重を預け、
だらけきった体勢で彼女に話しかけた。
「月日が経つのが早いわねぇ」
彼女は自分のイスに腰掛けながら、腕を組んで沁々と呟いた。
「明日から12月だよ」
彼女の仕草がオバサン臭いと思ったが、
賢明な僕は口に出すことはしなかった。
「平成最後の月が始まるのねぇ」
彼女は何と無しに脚を組んだ。
黒のタイツに覆われた彼女の美脚は、
ナイロン越しに分かるほど張りがあり、
目映い程の瑞々しい若さを感じとれ、
オバサンは無いな、と自分の中で勝手に納得した。
「おっ、そのフレーズ、何か格好良くない?」
僕は一人でウンウンと頷きながら、指をパチンと鳴らした。
「どの辺りがよ?」
一人で頷く僕を不思議そうな表情をして見ていた彼女は、訝しげな目をした。
「最後の、とか、始まる、とか、こう、胸をくすぐられない?」
僕は手首をクネクネさせながら、彼女に同意を求めた。
「私、貴方と違って中二病は患ってないの」
彼女は澄ました表情をして、僕の意見を一蹴した。
どうせ一蹴するなら上履きを脱いで、
そのカモシカのような、しなやかな脚で物理的に一蹴して欲しいと僕は思った。
「えぇー、中二病とかじゃなくて、男なら心踊る感情が沸き上がってくるじゃない?」
僕は相変わらず手をクネクネさせながらも、
魅惑の光を放つ彼女のタイツから目を離す事が出来ず、
蹴られるなら接点は爪先部分がいいな、とどうしようもない事を考えていた。
「貴方、私の性別を何だと思ってるの?」
僕の視線に当然ながら気づいているであろう彼女は、
呆れた表情をしながらも、見せつけるようにゆっくりと脚を組み替えた。
「んー・・・タイツ?」
目の前を流れるナイロンに覆われた脚線美に、
僕は思わず生唾を飲み込んで、
食い入りながら前のめりになって出てきた言葉は、それだった。
「私のジェンダー・アイデンティティーはタイツなのかしらねぇ・・・」
僕の反応に満足そうに微笑みながら、彼女はわざとらしくため息を溢した。
「それくらい、好き」
そう言った僕の目は、きっと子どものように純粋無垢で清らかだっただろう。
「貴方の好きは、タイツにしか向かってないのかしらねぇ」
彼女は意地悪するようにニヤニヤと笑いながら、僕を試してくる。
「そんな事ないよ!
君がタイツを穿いてるから、僕はここまでタイツの事が好きになれたんだ!」
僕は全身を使い、持てる限り全ての力を振り絞り、
彼女に自分の気持ちをアピールした。
「そう力説されてもねぇ・・・
・・・そうだわ、試しに明日、タイツを穿いてくるのを止めてみようかしら」
あら名案、などと呟いて、
彼女はコロコロと鈴が転がるように、どこか楽しそうに笑った。
「そんな!自らアイデンティティーを放棄するような真似は止めるんだ!」
どうしてそんな残酷な事が言えるのだ、
と思った僕は目を剥いて彼女に思い止まるよう説得を試みる。
「ありのままの私を受けとめてはくれないの?」
彼女は小悪魔のように微笑みながら、上目使いであざとく僕の顔を覗き込んでくる。
「ありの~ままの~・・・
・・・相棒のトナカイも雪ダルマもいないけど、
〈真実の愛〉を証明してみせようか?」
僕は彼女の調子に合わせ、高らかに歌い上げて陽気に踊り、
両手を広げてポーズを決めた。
「私がティアラを頭に乗せている時に、是非して頂戴」
彼女にしては珍しく、そのパッチリとした大きな目で、可愛らしくウィンクしてきた。
「オーケーッ!とりあえず、明日はルーズソックススタイルだね!」
僕は彼女に応えるべく、親指を立てて不格好ながらお茶目にウィンクを返した。
「平成初期を振り返るのかしらねぇ」
そんな僕の様を見て、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
見つめ合う僕と彼女だが、彼女の瞳の中にはハテナマークが見え隠れしていた。
きっと彼女はルーズソックスなど穿いたことがないのだろう。