久しぶりの雨
「ビショビショだぁ!」
雨の日の登校は辛いな、
と登校したての僕は、ひとしきりハンカチで雨水を払っていると、
彼女が雨水を滴ながらやってきた。
「マジでビショ濡れじゃん」
全身から雨水を滴らせる彼女は、制服がピッチリと張り付いた匂い立つ色気よりも、
よくもまぁ、水を撒き散らしながら教室まで来たな、と変な関心が先立った。
「久しぶりに雨が降ったから油断したぁ」
彼女は川に飛び込んで出てきた犬が水を払うように体を振るった。
雨水がそこらじゅうに飛び散り、僕の顔にもかかった。
周りに迷惑がかかるので止めて欲しい、
と思いながら僕は顔にかかった彼女から出た水を舌で舐めとり、
ほんのり甘い感じがしたことにニンマリとした。
「天気予報見なかった?むしろ家を出た時に雨降ってなかった?」
僕は呆れた表情をしながらも、
彼女の甘露を頂いたお礼に自身の身支度を中断し、
ハンカチで彼女の水滴を拭ってあげた。
「ポツポツ降ってたけど、大丈夫だと思ってぇ」
彼女は僕の献身をなすがままに受けながら、
決まり悪げに頭を掻きながら目を泳がせた。
「そんな時は折り畳み傘くらい持とうよ・・・」
彼女の楽観的な思考に、僕は思わずため息が零れた。
「いやー、折り畳み傘ってカバンに入れたら邪魔じゃないぃ?」
彼女は何か弁明するかのように、チラチラと僕の顔色を伺ってきた。
「気持ちは分かるけど、雨に濡れる事を考えたら入れとくよね?」
僕は思わず目が半目になって彼女を見据えた。
「てへへぇ」
彼女は恥ずかしくなったのか、顔を赤くして僕から視線を外した。
「てへへじゃないよ、着替え持ってる?」
まるで反省していないな、
と思った僕は、既に水を含み過ぎて役に立たなくなったハンカチをポケットに入れ、
彼女の紅に染まった柔らかそうな頬を軽くつねってやった。
「それが無いんだなぁ」
指に吸い付くような彼女の頬の肌触りの良さに、
僕はムニムニと好き放題いじったが、
彼女は相も変わらず視線をそらし続けた。
「よくもまぁ、それで登校してきたね」
僕はジト目で彼女を見つめ続けるが、
一向に視線を合わそうとしない彼女に業を煮やして、
両手でそのモチモチした頬を挟み込み、強引に顔をこちらに向けさせた。
「皆勤賞狙ってるのぉ」
彼女は言い訳がましく、潤いを帯びた唇を尖らせながら言った。
「風邪引いて休むことを考えなかったんですかねぇ」
突き出された艶やかな唇に、
誘ってんのか、タコみたいに吸い付いてやろうか、
と思いながら僕は沁々と呟いた。
「くしゅん!意識したら寒くなってきたぁ」
可愛らしくクシャミをした彼女は体を震わし、
その顔色は青白くなっているように見えた。
「あーもう、部室棟にシャワーあったから、借りられるよう言ってくるよ」
彼女と顔の距離が近かったのでクシャミをした時に、
彼女の甘露がモロに僕の顔にかかったが、
先ほどよりも濃厚な甘さだったので然程気にならず、
むしろ心の中で『ありがとうございます!』と両手を合わせた。
「着替えはぁ?」
熱でも出ているのか、彼女はボーッと視線をさ迷わせながら、
砂糖菓子のような甘ったるい声を上げた。
「僕の体操服で我慢して」
僕は彼女の手を引き、片手で携帯電話を操作しながら部室棟に向かって歩き出した。
「はぁい」
彼女は甘えるような声を出し、僕の腕に絡み付いてきた。
濡れるだろ、
と思ったが相手は病人かもしれないので、素直に甘やかす事にし、
彼女の匂い立つ芳醇な香りと肉感を楽しむことにした。
------
「ふひぃ、サッパリしたぁ」
部室棟でシャワーを浴び終えた彼女は、僕の体操服を来てやってきた。
温かいシャワーを浴びて幾らか血色が戻った彼女はホクホクと笑みを浮かべており、
僕は一安心した。
「ふふっ、君の匂いがする」
彼女は何が嬉しいのか、僕の体操服をしきりに嗅いではニマニマと笑っていた。
「くさい?」
彼女があまりにも僕の体操服をクンカクンカするので不安でしょうがなかった。
「ううん、私、この匂い好きなのぉ」
彼女は屈託の無い笑顔で言いきった。
シャワーで化粧類は全部落ちているだろう彼女の顔は、
スッピンの筈なのに普段よりも輝いて見えた。
「はいこれ、体を暖める飲み物」
僕は気恥ずかしくなり、彼女をイスに座らせて、
待っている間に自販機で買って来ておいた生姜茶を差し出した。
「うむぅ、苦しゅうないぃ」
彼女はムフゥと満足そうに鼻息を吐いて偉そうに受け取った。
「今日の僕、優しくない?」
自分で言うのもなんだが、彼女の態度を見て、僕は思わずにはいられなかった。
「もっと優しくしてくれてもいいんだよぉ?」
彼女は機嫌良く、シャワーを浴びる前とは違い、
ニコニコとしながら鼻歌を歌っていた。
「じゃあ肩でも揉むよ」
あ、何しても許されるな、
とゲスな思考にたどり着いた僕は両手の指をワキワキとさせて彼女の後ろに回り込み、
そのなだらかな肩に手を置いた。
触れた瞬間、花のような香りに鼻孔をくすぐられながら、
あれ、と違和感を覚えて、僕はその正体にすぐ気がついた。
「ブラしてないの?」
彼女の肩から伝わってくる感触は、
布切れ一枚越しにその柔肌がダイレクトに感じられた。
「そうだよぉ、濡れちゃったもん」
彼女はあっけらかんと言い放ったが、
振り向き様に上目使いの目線はどこか妖艶な色を纏っていた。
「下も?」
「そだよぉ」
僕は目の前の彼女が体操の布切れ一枚の下は全裸という事実に、
止めどない興奮を覚えた。
「流石にマズいよ」
僕は興奮のし過ぎで鼻血が出てきそうになるのを必死に堪えた。
それでも僕は彼女の肩に置いた手を、
柔らかな肉感が堪らなく心地好すぎるので、離そうとはしなかった。
「何がマズいのぉ?」
彼女はニマニマと笑いながら、嬉しそうに僕をからかってきた。
「エロ過ぎ」
匂い立つ彼女の妖艶な香りに、僕はクラクラした。
「今だけだよぉ、教室に戻るときは流石に着けて帰るよ」
彼女は苦笑しながら言った。
「何で今は着けてないの?」
「優しくしてくれたサービスぅ」
彼女は可愛らしく笑いながら、小さくピースして照れ顔の頬につけた。
「もっと優しくしたら、もっとサービスしてくれる?」
「それは、君の腕次第かなぁ」
そんな風に雑談をしていると、気がつくと一限目が始まる時刻になっていた。
慌てて教室に戻った僕らは、当然遅刻扱いだった。