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交渉

 アスティアの屋敷へ戻ると、三人は一先ずアスティアの私室へと腰を落ち着けた。

「さ、何か折り入った話があるんだろう?ここなら誰に聞かれる事も無いだろうから、気兼ねせずに言ってみなよ。」

 アスティアのベッドにちょこんと座る櫻とアスティアとは対照的に、床にドカっと豪快に胡座(あぐら)をかいて座るカタリナ。

 櫻はアスティアの目を見る。するとアスティアは、『全て櫻の思いのままに』と言う意思を込めた眼差しで頷いて見せた。

「あ~、お前さん、神は信じてるかい?」

 先ず何から話したものかと悩んだ挙句、いきなり胡散臭い宗教の勧誘のような言葉を発してしまい櫻自身少々顔を引き()らせた。

「神様?う~ん、どうだろう?信じられるかって言われるとねぇ…。」

 矢張りいきなりこんな事を言い出しても悪徳宗教としか思われないか…櫻がそう思った時、

「もう居なくなって随分経つだろう?信じるも何も無いよなって話だろう。」

 櫻の懸念とは違うベクトルの話になっていた。

「ん…?神の存在自体は信じて居るのか?」

「信じるも何も…人類の神様は今不在だけど、他の神様はちゃんと居るじゃないか。存在なんて疑うまでもない事だろ。」

 その言葉を聞き、ファイアリスの言っていた事を思い出した。

(そういえば『人類の神』って言ってた訳だから、他の担当の神は現在も普通に居る訳か。)

「えーっと?他の神ってのは例えばどういう?」

「変な事を聞くね?まぁ主だった所だと『獣の神』や『植物の神』、あとは『大地の神』とか『海の神』辺りかな?知らないのかい?」

「あぁ、本当に世間知らずでね…自分でも呆れるよ。」

 頭をポリポリと掻きながらハハッと愛想笑いをする。

 小さく溜息をつき

「まぁ、それなら話が早い。実はね…あたしが新しくやって来た『人類の神』なんだ。」

 真剣な眼差しでカタリナに告げる。

(さぁ…どういう反応が来る…!?)

 だがカタリナは、その言葉に対してポカンとした表情を浮かべ固まっていた。

(あ…これは失敗したかな?)

 そう思った次の瞬間、

「ぷっ…。」

 とカタリナが吹き出し、盛大に笑い出したではないか。

「あはははは!そんな真剣な目で、そんな事を言われるとは思って無かったよ!」

 豪快に膝をパンパンと叩き笑い声を響かせる。

「…あたしはそんなに変な事を言ったかい?」

「いや、変って言うか、だって神様だよ?お嬢ちゃんはどう見たって普通の子供、か弱い人間の女の子じゃないか。神様ってのはもっと威厳があって人知の及ばない力を振るうものじゃないかい?」

 言われている事が何一つ間違っていないのでぐうの音も出ない。

「…まぁ、お前さんの言う通りだねぇ。あたしは今何の力も無いただの小娘だ。これで神を名乗ろうってんだから頭の痛い事だよ。」

 再び頭を掻き溜息を漏らす。すると

「何て失礼な人なんですか!サクラ様は間違いなく正真正銘の神様です!サクラ様を侮辱するのは使徒であるボクが許さないよ!」

 突然に怒りの声を上げたのはアスティアだ。

 今まで見ていた純朴な少女と同じ人物とは思えない怒りの様相に櫻も驚くが、

「いやアスティア、落ち着け。カタリナの言う事は(もっと)もな事だ。あたしだって見ず知らずの子供に突然こんな事を言われたら信じられる訳が無い。お前さんが純粋過ぎるんだぞ?」

 そう言ってアスティアの両肩に手を添え落ち着かせる。

 しかしその金色の瞳の輝きがカタリナを気圧(けお)す。親子程も体格差があるその少女の真剣な怒りに、カタリナは身を固め言葉一つ発する事が出来ない程であった。

「まぁ無理に信じて欲しい訳じゃないが、事実としてあたしは新しく赴任して来た人類の神な訳だ。今証明出来る事は『血の力』だけだが、それをお前さんは経験しただろう?」

 その言葉に夕刻の魔獣討伐で体験した力の(ほとばし)りを思い出す。

「…確かに、あの全身に溢れる力は特別な何かとしか説明がつかないが…そういえば首筋の傷が全く無くなってるね。それも神様の力なのかい?」

 自分で噛みちぎっておいて今更に気付く。

「あぁ…まぁこれが唯一こっちに送られる時に持たされたモンだね。とは言っても副次的なものだが、それでも今のところ一番役に立ってるってのが皮肉めいてるねぇ。」

 首筋に手を添えて(さす)ってみる。あれ程の傷もまったく跡が残らない見事な治癒能力に櫻自身も感心する。

「で?アスティアちゃんの気迫に免じて、お嬢ちゃんが神様だって事は一応納得しておくとして、アタイは何かを要求される事になるのかな?」

 一応櫻を神と認めたようではあるが、その態度は特に変化が無い。

(アスティアはあたしを神だと認めたら妙に忠実になったが、何だか随分と対応が違うねぇ?これは矢張りアスティアが敬虔だというだけなのか。)

「あ~、まぁそうだね。実はね、あたしの血肉を与えた者は、あたし…神の使徒になるらしいんだが、本来はあたしの正体を教えたうえで同意を得てから与える物なんだ。だがあの時はアスティアのピンチもあって戦況を打開する為にやむを得ずお前さんにあたしの血を飲ませてしまった。」

 頬を指でポリポリと掻きながら申し訳なく言う。

「それで今更なんだが、お前さんにもあたしの使徒としてこれからの旅の供をして欲しいんだが…こんな後出しはあたしも気分の良い物じゃない。同道するかをお前さんに決めて貰おうと思ってるんだ。」

「ふ~ん、成程…?使徒ってのが何なのか解らないが、今即決ってのは流石に難しいな。取り敢えず魔獣討伐の報奨金が出るまでアタイはこの町に居るし、アスティアちゃんもそれまでは旅に出る事は無いんだろう?ちょっとそれまで考えさせてくれないか?」

「あぁ、突然の無茶を言ってるのはコッチだからね。ゆっくり…と言う程は時間が無いかもしれんが考えておくれ。」

 その言葉を聞いてカタリナは

「それじゃアタイは町に宿を取ってるから、一先ず戻る事にするよ。」

 と立ち上がる。

「あぁ、態々ここまで付き合わせて済まなかったね。」

 櫻も手を振ると

「さ、次はアスティア、お前さんだよ。」

 とアスティアに身体を向けた。

「え?ボク?」

「あぁ、まだ身体が本調子じゃないだろう?ほら、こっちにおいで。」

 そう言いアスティアを優しく抱き寄せると首筋に口を()てがわせる。

「い、いいの?」

 躊躇(ためら)うアスティア。

勿論(もちろん)。さっきは無茶をさせちまったし、あたしに出来るのはこれくらいだ。気にせず飲んでおくれ。」

 その言葉にアスティアが申し訳なさげに頷き首筋に舌を這わせ始めると、櫻の顔が紅潮し口から小さな吐息が漏れる。

 部屋を出ようとしていたカタリナであったが、その少女二人の絡み合う姿に目を奪われ身体が動かない。

(おぉぉぉぉ…!やっぱりご主人様と従者ってそういうヤツなのかぁ!?)

 興奮に目が血走る。

 その内にアスティアの牙が櫻の首筋に刺さると、チューチューという控えめな吸引音が聞こえ始め、まったく動く物の無い部屋の中にその音はとても大きく聞こえた。

 時間にして一分程だろうか。アスティアが櫻の首筋から口を離すと、口の端から(こぼ)れそうになった血を逃すまいと舌でペロリと掬い上げ、

「ご馳走様でした。サクラ様、ありがとうございます。」

 と頭を下げた。

 その言葉に金縛りを解かれたカタリナ。

「なぁ、あんたら、これから旅に出るんだろう?ずっとそういう事を続けていくのか?」

 鼻息荒く問い掛ける。

「?あぁ、それはそうだろう。アスティアはあたしを助けてくれる大事な仲間だ。あたしに出来る事はこれくらいだし、そうでなくてもアスティアが望むなら血くらいいくらでも飲ませてやりたいじゃないか。」

「サクラ様…ボク、血を貰えるからとかじゃなく、サクラ様の役に立ちたいから一緒に行くって決めたんだよ?例え血を貰えなくても、サクラ様の為ならボク何でも出来るんだからね?」

「あぁ、そうだね。でもあたしが血をあげるのも、そうしたいからだ。だから互いの為って事でいいだろう?」

 そう言い互いに微笑み合う二人を見てカタリナは

「…ッ!尊い!」

 思わず声高に叫んでしまった。

(え?この二人の旅についていけば、こんな光景をいつも見る事が出来るっての!?あわよくば交ざれたり!?いやいや、こういうのは遠くから見守るからこそなんだって!)

 悶々と頭の中で葛藤する。

 するとそんな様子を見ていた櫻、

「そうそう、言い忘れていたけどあたしにはもう一つ特別な能力(ちから)が在ってね、他人の心が読めるんだよ。」

 わざとニヤリとした顔で言い放つ。

 その言葉にカタリナがギクリとした表情を浮かべると、

「え?…あ…え~…?」

 と視線を泳がせ、あからさまな動揺を見せた。

 櫻はこの時別段能力を使って心を読むなどした訳では無く、カタリナの態度からカマをかけただけであったが、その実見事に読みは当たっていたという事だった。

(勘は良いようだし頭もそれなりに回るようだが、根は素直な感じだねぇ。)

「まぁ、それはあたしの心の中に留めておくとするさ。今日はもう遅い、宿に戻ってゆっくり休んでおくれよ。」

「あ、あぁ…そうだね。それじゃぁまたな。」

 引き攣った笑顔で部屋を出て行くカタリナを櫻とアスティアがベッドの上から見送る。

「あの人、何か悪い事でも考えてたの?」

「いや、そこまで悪い事じゃないだろうさ。欲望なんて誰でも大なり小なり持ってるもんで、それを(おもて)に出すか出さないかの差ってだけなんだ。アイツは自制の利くヤツみたいだ、使徒として同道してくれるなら信じていいだろうね。」

「ふ~ん?でも、一緒に行かないって言ったらどうなるの?」

「…そこなんだよねぇ…あたしも血肉を与えた者が使徒として付き従わない場合に何か不都合があるのか、その点を聞いていない。後で聞いてみるつもりだが、しかし取り敢えず…今日はこの星に降り立って1日目だってのに色々あり過ぎて疲れた…いい加減もう寝たいよ。」

 そう言って高々と両腕を伸ばすと大きな欠伸(あくび)をする。

「すまんが他に寝室はあるかい?」

 口元を押さえながらアスティアに聞くと

「ごめんなさい、ボクの部屋以外はロクに片付けてないから埃が積もってるしボロボロだし、使い物にならないんだ。」

 恥ずかしいのか申し訳無いのか、アスティアはモジモジしながら答える。

「ふむ…それじゃ仕方無い、この部屋に泊まらせて貰うとしようか。」

 そう言うと床に横になる。

「えぇ!?駄目だよ!ボクのベッドを使っていいから床で寝るなんてしないで!」

 慌てるアスティア。

「そうかい?あたしには有り難い申し出だが、一緒に寝る事になるとお前さんには狭いんじゃないかい?」

「大丈夫だよ!ボク、サクラ様と一緒ならどんな所だって平気だから!」

 そう断言し、金色の瞳を輝かせるアスティアの狂信的な思考に少々の不安を覚えつつ、

「そういう事なら、まぁありがたく使わせて貰うよ。」

 と服を脱ぎ、裸になる。

「え?どうして服を脱ぐの?」

「ん?あぁ。あたしは元々寝る時は裸で寝るのが癖でね…済まん、嫌なら何か代わりに余り締め付けない程度の服があると良いんだが、無いなら矢張り床で寝る事にするよ。」

「ううん、別に嫌じゃないよ。ただビックリしただけ。そっか、それじゃボクもサクラ様と同じにしよっと。」

 アスティアもウキウキしながら服を脱ぎ出す。

「何もあたしに合わせる必要は無いんだよ?」

「いいの。ボクがそうしたいんだから。」

 互いに裸になりベッドへ入ると、アスティアの冷たい肌が櫻に触れヒヤリとした柔らかさが伝わる。

(ふふ、暑い時期には一緒に寝たら気持ち良さそうだねぇ。)

 そんな事を考えながら瞳を閉じると、一日の疲れが一気に襲ってきたのか瞬く間に深い眠りに落ちていった。

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