前夜祭
見慣れたギルドの建物の前まで来た櫻達は、早速その中へと入ると狩猟ギルドのカウンターへと目を向けた。
「で?お嬢。ダンジョンの事を相談するのは良いけど、どうやって説明するんだい?」
肩車から下ろした櫻を見下ろしカタリナが訊ねる。
「そこはほら、丁度今町で話題の神様が居るじゃないか。あたしらは『たまたま』海辺に居た魔物ハンター一行で、『たまたま』海の神アマリ様の目に留まって魔獣退治をお願いされたのさ。」
「神様が一介の魔物ハンターにお願いなんてするかい?」
「アマリの話じゃ、あのダンジョンは大陸内に在るもんだから海の神の管轄じゃないらしいんだよ。だから手出し出来なかった事とハンターに頼む事の理由にはなるんじゃないかね?」
「それじゃ地上と繋げたあの穴の説明は?」
「…魔獣と戦ってる最中に、あの魔獣の物凄い攻撃で開いた、とか。」
「サクラ様、それは流石に苦しいんじゃない?」
アスティアの的確なツッコミが櫻に刺さる。
「う~ん…そうだ!いっその事、人類の神が助力してくれたって事にしたらどうだろう?あたしらが苦戦してた処に不思議な力が手助けをしてくれて強大な魔獣を倒す事が出来て、地上までの道も開けてくれた。」
櫻の言葉に三人は顔を見合わせた。
「…それならば最初から私達使徒が、人類の神の代理としてアマリ様に手を貸したという事にすれば宜しいのではないでしょうか?」
「そうそう。それで使命を果たしたアタイらを人類の神様が地上まで導いてくれた。って事にすれば随分現実と近くなって矛盾も少ないと思うよ?」
(うーん…出来れば人類の神の存在が近くに在る事は余り知られたく無いんだが…それ以外に上手い言い訳が見つからんか…。ここはギルドに口止めをお願いして、それが守られる事を信じるしかないかね。)
腕を組み『うーむ』と唸ると、小さく頷いた。
「よし、その線で行こう。カタリナ、話を通して来ておくれ。」
「あいよ。」
こうしてギルドの受け付けへと話を通すと、ギルド内が俄かに騒がしくなり、暫くしてギルド常駐の魔物ハンターと思しき男二人を連れた調査員の女性が三人姿を現した。
「初めまして。新たに誕生した人類の神の使徒の方々とお伺いしております。」
調査隊のリーダーと思しき女性が頭を下げると、櫻達も返すように頭を下げる。
するとその女性は手に持った皮紙に目を落とし、櫻達と交互に見比べ始めた。
「…失礼を致しました。一応確認という事で、連絡に有った通りの容姿か確認を取らせて頂きました。使徒の方々に関しては一般には内密にするよう、各ギルドに通達が為されておりますのでご安心下さい。」
(成程ねぇ。アイディの町から飛び立った鳥人族達によってこうして連絡が行き届いてる訳だ。…確か使徒の事は伏せておいてくれと言った筈なんだが…まぁこれならこれから先も使徒として話を通すのは難しく無さそうで助かるね。)
一安心すると、早速櫻達はギルドの調査員達と共にダンジョンの出入り口となった林の中へと向かった。
それ程大きくも無い林のほぼ中心まで足を運ぶと見覚えの有る苔生した岩が見え、その近くまで行くと地面にぽっかりと開いた穴が一行を出迎えた。
多少の崩れはあるものの、その見事に綺麗に刳り貫かれた穴にギルド員達は感嘆の息を漏らした。カタリナを先頭に櫻達が中へ入ると、ギルド員達も恐る恐る後に続き入って行く。
「あの…使徒様方がいらっしゃると言う事は、人類の神もお近くにいらっしゃるのでしょうか?」
長い下り坂の途中、畏れと興味の入り混じった声でギルド員の一人が問い掛ける。
「ん?あぁ、神様は…今ここには居ないよ。けどあたしの目を通して状況は把握してるから大丈夫さ。」
そう言って振り向き、自らの目を指差す櫻に、ギルド員達は顔を見合わせザワザワとする。そんな様子に
(嘘吐きな神様も居たもんだねぇ。)
と内心でほくそ笑む櫻であった。
坂を下り切りダンジョンの中へ足を踏み入れると、ギルドのハンターが前へ出て警戒しつつ、調査員達が手に持ったランタンで周囲を照らすフォーメーションで奥へと進む。
程無くして問題の魔獣の死体まで辿り着くと、調査員の一人が光の精霊術を使い周囲を明るく照らし出した。
(ほ~、やっぱり調査員ってのはこういう事が出来る人物が選ばれるのかね?それにしても光の精霊術は便利だねぇ…次の主精霊に合うのが楽しみだ。)
櫻はその光景を感心したように眺めると共に、次に向かう主精霊への期待を高めた。
照らし出された魔獣の死体を前に、やはりギルド員達もその姿には覚えが無いのか驚きの表情を浮かべ、恐る恐るその巨体に手を触れ様々に確認をする。
「確かに今まで聞いた事も無い姿の魔獣ですね…でもここ、本当にダンジョンなんでしょうか?途中に魔物は一体も出て来ませんでしたけど…。」
調査員の一人がポツリと漏らした。
「あぁ、ダンジョンなのは間違い無いと思う。ただそこまで瘴気が濃くないんだ。恐らくだが、他の獣が入れる道が無かった事で魔物同士の食い合いが余り起こらず、瘴気の濃縮がそこまで進んでなかったんじゃないかな?現にコイツに出会う前に魔蟲や小さな魔獣には数度遭遇したけど、その程度だったよ。」
ギルド員達は、瘴気の濃度と言われてもピンと来ず不思議なものを見るような目で櫻の説明を聞くのだった。
「…それにしても、この外皮は凄いですね。」
手でコンコンと叩いてその強度に驚く調査員。
「あぁ、その硬さにはあたしらも手を焼かされたよ。結局外からじゃまともにダメージを与える事が出来なかったからねぇ。」
「ですがコレは中々に使い道が有りそうですよ。少し加工研究をしてみれば良い道具を作る事も出来るかもしれません。もし宜しければこの魔獣はギルドで高値で買い取りますが、如何でしょうか?」
その言葉に櫻達は顔を見合わせ小さく頷いた。
「あぁ、勿論良いよ。こっちとしても助かる。」
服やランタン、水筒も失った櫻達にとって、思いがけずの収入に思わず笑顔が浮かんだ。
魔獣の調査の後、ダンジョンを奥まで探査した一行であったが、結局最奥は海底洞窟と繋がる地点で行き止まりとなり分かれ道も見当たらなかった事で調査は一応の完了となった。
町まで戻った櫻達は魔獣討伐の査定が明日まで掛かるという事で暇を持て余した。
「さてお嬢、これからどうする?」
町を見渡せば、既に夕陽に赤く染まる家々と、緩やかな風に身を靡かせる鯉のぼりのような飾り達。
「そうだねぇ…前夜祭ってのは何処でやるんだろうね?」
「多分港の方じゃないか?」
そう言ってカタリナが指差した方を見ると、確かに港の方角に白い煙が薄っすらと立ち昇るのが見えた。恐らく屋台で何かを焼いているのだろう。
「それじゃ折角だ、あたしらも行ってみるか。」
こうして櫻達が港へ向かい歩くと、道行く人達の数も徐々に増えて行き、目的の漁港に到着するとそこには沢山の屋台が並び既に活気に溢れていた。多くの人々が臨時に用意された席で食事をし酒を飲み、既に出来上がっている者達も見られる。
人種も様々で、しかし決して種族で固まる事無く皆が和気藹々と楽し気にする姿に、櫻は微笑みを向けた。
日が落ちて来ると其処此処に篝火が焚かれ、会場の雰囲気が一変する。すると一角に用意されていたステージの上からリズミカルな音楽が鳴り始めた。
それはギターのような弦楽器にコンガのような打楽器、フルートのような管楽器と、櫻の知る楽器の形状に近い物が生み出す楽し気なリズム。
(へぇ…この世界でもあんなのが在るんだね。ま、物理法則とかが酷似してるから楽器の形も似通うのは当然なのかな?)
感心しながらその音楽に耳を傾けていると、次第に周囲で踊り始める者達が現れ始めた。決して型の決まったものでは無い、各々の感性でリズムを取り身体を動かすダンスを皆が楽し気に踊り、手拍子が漁港に響く。
するとそんな様子を眺める櫻の手を取るヒヤリとした感触。
「サクラ様も踊ろう?」
そう言ってアスティアは櫻の身体を抱き寄せると、軽やかな足取りでリズムに乗る。
「あたしはこういう踊りはした事が無いんだが…。」
「大丈夫だよ、音楽に合わせて適当に動けばいいんだから。」
困惑する櫻をリードするようにくるくると踊るアスティア。篝火に照らし出されるその魅惑的な姿に、櫻は思わず目を奪われた。
金と白の美しい髪が靡くダンスに周囲の目も集まると、『まぁ可愛らしい』『綺麗~』『嫁に欲しいね』等と声も聞こえて来る。そんな様子にカタリナはフッと微笑みを浮かべ命の耳元へ口を近付ける。
「な?あの二人って不思議なくらいに息が合うだろう?」
「えぇ、そうですね。」
初めてとは思えない櫻と、楽しそうに踊るアスティアに、命も自然と微笑みが浮かぶ。
「折角だしアタイらも踊るか。」
カタリナは突然そう言って命をグッと抱き寄せると、指を絡ませ腰に手を添え、その身体を引き寄せた。
「あっ…。」
胸が、腹部が、腰が密着し、思わず小さな声を漏らす命。カタリナの切れ長な瞳と視線が合うと、命は何故か思わず目を伏せてしまう。
「その、今日は助かったよ。ありがとう。」
周囲の喧騒の中、耳元で囁くようなその声に命が顔を上げると、そこには照れ臭そうなカタリナの顔。
「…ふふ、どういたしまして。」
微笑む命の顔に、カタリナは思わず頬を染めるのだった。
こうして夜の海風すらも心地よい熱気の中で前夜祭が盛り上がる中、櫻達一行は一足先に宿へ戻った。
「いやぁ、凄い賑わいだったねぇ。」
櫻がベッドへ飛び込み仰向けに寝転がると腹部を摩る。
「晩飯も序でに済ませる事が出来たし、身体も適度に動かして良い疲労感だ。これは今晩はぐっすり眠れそうだねぇ。」
その言葉に隣のベッドに腰掛けていたアスティアが寂しそうに目を伏せた。そんな様子に櫻は思わず『フフッ』と笑みが零れてしまった。
(おっと、折角アスティアが言いつけを守ってるってのに…今のは良くないね。)
自身に反省を促し、櫻は身を起こす。そして自分の横のスペースをぽんぽんと軽く叩くと
「アスティア、こっちにおいで。」
と優しい声を掛けた。
「え…?うん…。」
思わず気の抜けた返事をし、言われた通り素直に櫻の横にちょこんと座るアスティア。そんな従順な姿の彼女に櫻は静かに手を重ねる。
「それにしてもアスティア、踊りが出来るんだねぇ。しかも初めてのあたしをリードして、感心したよ。」
「え?う、うん。ファートの町でもお祭りの時には皆で踊ったから、この町でも同じ感じみたいだったし何だか懐かしくなっちゃって…ひょっとして迷惑だった…?」
また叱られるとでも思っているのか、アスティアは何処かオドオドした様子だ。
「まさか、素直に楽しかったよ。誘ってくれてありがとう。」
そう言って重ねた手を返し、指を絡める。
「それでね、楽しい事に誘ってくれた事と、ダンジョンであたしを助けてくれた事。これには是非ご褒美をあげなきゃいけないよねぇ?」
穏やかな顔でアスティアの顔を覗き込む櫻。
「あ…。」
「何が欲しい?」
「ボ、ボク…。」
言って良いのかと逡巡し、金色の瞳がきょろきょろと動く。その様子を櫻はただ優しい瞳で見守る。
「ボク…サクラ様と一緒のベッドで寝たい…。」
唇を尖らせるようにして小さく呟いたその言葉に、櫻はにこりと微笑んだ。
「あぁ、良いよ。一緒に寝よう。」
「えっ!?いいの!?」
「勿論さ。でも、約束はちゃんと守るんだよ?」
「うん!うん!絶対に守る!」
パァっと表情を明るくしたアスティアは、何度もコクコクと首を縦に振ると櫻に抱き付いた。するとアスティアの耳にふわりと優しい風が撫でるように吹いたかと思うと、
『試すような事を言ってごめんよ。朝はあたしがちょっと言い過ぎたんだ…その、ちょっと恥ずかしくて慌てちまったもんであんな言い方をしてしまった、済まなかったね。』
櫻の声が直接耳に届くように聞こえ、そのまま櫻の腕がアスティアの背に回されるとそっと抱いた。
「え?今のって…。」
驚いたアスティアが耳に手を添えカタリナと命に目を向けるが、どうやら今の言葉は二人には聞こえていないようでアスティアの反応に不思議そうな目を向けていた。
「ふふ、驚いたかい?風の能力で声を乗せて、アスティアにだけ聞こえるようにしてみたんだよ。『風の声』って処かな?」
そう言ってアスティアの耳に『ふぅ』と息を掛けて見せる。擽ったそうに肩を縮めるアスティアの反応に櫻は悪戯っぽく微笑んだ。
「何だい?お嬢はまた何か能力の使い方を増やしたのか?」
「あぁ。こうやってあたしの声を風に乗せて、目的の対象にだけ聞こえるようにってね。」
櫻はカタリナと命にも其々声を届けて見せると、耳元の髪が微かに靡き二人は驚いたように耳に手を当てた。
「へぇ~、これはまた不思議な使い方を…って事は、何か内緒の話でもしたのかい?」
「ははっ、それはそれこそ内緒ってヤツさ。な、アスティア?」
「うん。ボクとサクラ様だけの内緒の話。」
にこやかなアスティアの表情に、カタリナはフッと笑みを零すとそれ以上何も聞く事は無かった。
「さて…今日は皆も随分と疲れただろう。アスティアの食事を済ませたら寝るとしようじゃないか。」
そう言うと櫻は服を脱ぎ、肩に掛かる髪を寄せると首筋を差し出すように首を傾け受け入れの体勢を取り、アスティアも素直にそこへ唇を被せる。
「ははっ、お嬢とアスティアには『風の声』処か言葉すら要らない感じだけどね。」
二人の姿に安心を覚えるカタリナと命であった。




