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カタリナ

 アスティアの屋敷への道中、互いに自己紹介をする事となった。

「あたしは(さくら)、こっちの()がヴァンパイアのアスティアだ。」

「アスティアです。よろしくね。」

「へぇ、ヴァンパイア!?噂には聞いた事あるけど初めて見たよ!アタイはカタリナ。見ての通りのライカンスロープだ。普段は満月が近くないと力を全開に出来ないんだが、サクラ…だっけ?アンタの血の力なのか、さっきはいつも以上の力を出す事が出来た。助かったぜ。」

 ガサツな物言いの割には理解力があるのか、それとも細かい事に拘らないだけなのか、カタリナと名乗った女は驚く程に櫻の言葉を受け入れていた。

(さて、あの場を(しの)ぐ為に血を与えてしまった訳だが、コイツがどんな人物なのか見極めないと本題に入るのも危ないかねぇ…。)

 アスティアを背負い道を進むカタリナに読心を試みる。

 すると…。

『うへへへ…あぁ、女の子の感触…やっぱり少女最高…。それにしてもご主人様って何!?この子達、こんな歳でそんな関係なの!?もしかして毎晩××な事しちゃってたり!?あぁ、アタイも混ざりたい…いやいや、ここは二人の営みを眺めるのが至高!?』

 その頭の中身を覗いた櫻は思わず目眩を覚え頭を押さえた。

 どうやら敵意や害意のような(よこしま)なものは無いようだが、別の意味で危ないようだ。

(あの時あたしを見て動きが止まったのはそういう事か…。う~ん、趣味は少々危ないようだが過去に実害を及ぼしたような事は無さそうだし、一応自制は出来るタイプか…。戦闘能力にも()けて居るようだし何より金銭にしっかりしている大人が同道してくれると助かるのは確かだ。)

 何しろ永遠に成長しない、見た目少女の二人だけでは旅を続けるにしても色々と不自由が多い事は明白である。

 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にやらアスティアの屋敷の門の前まで辿り着いていた。

「カタリナさん、もう随分回復したから下ろしてくれて大丈夫だよ。」

 カタリナの背から肩越しに声をかけると、

「そうかい?もう少し乗っててもアタイは問題無いよ?」

 と何故か名残惜しそうなのはカタリナだ。櫻は当然その理由を知っているが敢えて何も言わないでおく。

 カタリナの背を離れ軽やかに地面に下りると、アスティアが二人を先導するように門をくぐり屋敷へと導く。

 櫻は既にその内部事情を知っているので驚きはしないものの、カタリナは荒れ果てた屋敷に驚きを隠せない様子で周囲をキョロキョロと見回す。

「えへへ、ごめんね?汚くて…。」

 少し恥ずかし気にアスティアが笑うと

「いやいや、こんな立派なお屋敷に通されるなんて滅多にないから、珍しくてついジロジロ見ちまったんだ、すまないね、礼儀知らずで。」

 気を使ったのか、カタリナも慌てて愛想笑いを浮かべる。

「まぁそれはそれとして、アスティアは少し身体を休めておくといいよ。まだ完全じゃないだろう?」

 アスティアの腹部に空いた穴は塞がったものの、未だに肉が露出したまま、じわじわと身体の再生が進んでいた。

(元の世界での怪物としての吸血鬼像をそのまま鵜呑みにして無茶をさせちまったが、身体の不死性は知識の中と同じで本当に助かった…だが矢張りそうなると治癒にはあたしの血を与えた方が良いんだろうが、如何(いかん)せん腹が減って血の増産が遅い!)

 今日一日で結構な量の血液を流出させた櫻にとって、体内の栄養素がほぼ枯渇している現状では身体の正常化にとてつもない時間を必要としていたのだった。事実、今の櫻は平常を装ってはいるものの、神の身体となった今で無ければ恐らく昏倒しそのまま目覚める事は無かったであろう。

 恐らくアスティアの、残り少ない財産を崩して買ってくれたのであろう血塗(ちまみ)れの服の肩口をつまみ上げて小さく溜息をつく。

 その様子を見たカタリナ。

「なぁ、サクラって言ったっけ?アンタはヴァンパイアじゃないんだろう?」

「ん?あぁ、あたしは…。」

 言いかけてどう答えたものかと口籠(くちごも)る。

(万が一、既に血を与えてしまってから使徒になる事を拒絶されたらどうしたらいいんだ?いや、そもそも血を与えた事によって使徒になると言うなら本人の意思は関係なく使徒になってしまうのか?)

 またもや疑問で頭の中がいっぱいになってしまった。

「あ~…それより、腹が減らないかい?あたしはもう空腹で死にそうなんだが…。」

 取り敢えず話題を逸らすと、

「えぇ!?死んじゃやだよ!ボクを置いて逝かないで!?」

 その話に絡んできたのはカタリナではなくアスティアの方だ。見るとその表情には必死さが滲み出ている。

「いや、死にそうってのは比喩だからそこまで大げさな事じゃないんだが…。」

 そう言ってから気付く。アスティアがこの屋敷で一人で50年もの間暮らしていた事を。自分一人が取り残され町の人々も世代を変えて行く中でその孤独は、果たして人の身であった櫻自身ですらも耐えられるだろうか?

 恐らくアスティアが櫻に対して妙に献身的なのは、使徒だからというだけではなく、『永遠の孤独』から救い出してくれる存在に出会えたという想いが強いのだろう。

 そんな事を考えると、最初に使徒として迎えたのが永遠の命を持つヴァンパイアのアスティアであった事は、互いにとっての幸運と思わずには居られなかった。

「いや、うん、そうだね。あたしは死なないから、お前さんもあたしの前から消えるなんて事はしないでおくれよ?」

 アスティアをそっと抱き締め、背中をぽんぽんと優しく叩く。

「うん、ボクはずっとサクラ様と一緒に居るよ。」

 その声は安堵に包まれた穏やかなものだった。

「で、だ。」

 アスティアを抱き締めたままでカタリナを向き櫻が声を上げる。

「何か食事を取りたいんだが、恐らくこの屋敷には使えそうな食材も調理器具も無いと思う。」

「え?うん、そうなんだろうね…。」

 カタリナも辺りを見回して屋敷の状況から同意する。

「そんな訳で、済まんが町に出て食事を(おご)ってもらえんか?」

 両手を合わせ拝むように頼むと

「ん?あぁ、それは構わないが、お嬢ちゃん見た目は人間っぽいけど普通の食事で大丈夫なんだよな?」

 何とも不可思議な言い方をする。

「人間…まぁ、食事は普通で大丈夫だと思うが…?」

(何だ?何かニュアンスが変だな?あたしの知る人間と何か概念が違うのか?)

 思わず首を傾げる。

「まぁそれならいいか。アタイがさっき世話になった食堂に行こうか。」

「…?そういえばその、お前さんが飛び出した食堂の女将(おかみ)が『金払え!』って怒鳴ってたね。」

 櫻の言葉にカタリナの顔色が青ざめる。

「あ…そういえば魔物が出たってんでメシも食いかけで飛び出しちまったんだった…!」

「まぁちゃんと戻って謝って金を払えば許してくれるだろうさ。行く理由が一つ増えたところで何も変わらん。」

 そう言って早速出発しようとアスティアを離すと

「あ、それならボクも一緒に行くよ!着替えてくるからちょっと待ってて!」

 と言い、アスティアは自室へと駆け込んでいった。

「やれやれ、大人しく身体を休めていればいいものを…。」

 呆れたように口にする言葉ではあったが、櫻の内心には一人放り出されたこの世界で共に生きられるパートナーが出来た事は大きな心の救いとなっていた。

 アスティアが着替えを終えて戻って来る。細部に微妙な違いはあるものの、その衣服は先程まで着ていた物とほぼ同じデザインの真っ黒なゴスロリ服であった。

「お前さん、そういう服しか持って無いのかい?」

「うん、ボクはこういうのが好きだし、同じような服なら駄目になった服から生地を取って他の服の修繕に使うのにも便利なんだ。」

 にこやかに言う。

(ひょっとして服の細部が違うのは、元々同じデザインだったものを修繕しているせいなのか?)

 そんな考えを巡らせていると

「ひょっとして服を買う金が無いのか?なんだったらアタイが好きな服買ってやるから遠慮せずに言いなよ!?」

 カタリナが何故か息を荒くして提案するが、

「え?うん、ありがとう。でも大丈夫だよ、まだ数着あるから。」

 と微笑み遠慮するアスティアは、カタリナの真意など全く理解していないようだった。


 櫻の歩幅に合わせて町へ繰り出し、(くだん)の食堂へ到着すると既に日も落ち辺りは夜の闇が広がり始めていた。

 町の其処此処(そこここ)石灯籠(いしどうろう)のような物や篝火(かがりび)が配され、当番か何かだろうか、数人の人影がそれらに火を灯すと町を薄ぼんやりと照らしだした。

(ふぅん、電気やガスじゃないのか。確かに直接火を扱うとなると木造建築よりも煉瓦(れんが)造りが理にかなっているね。)

 そんな様子を眺めながら食堂の扉を潜る。

 店内に入ると客はまばらで既にピークは過ぎている様子。恐らくは仕事終わりの酒盛りの時間も過ぎ、各々の家に戻って家族の団欒を楽しむ時間になっているのだろう。

 そんな中に入って来た三人の姿は意外と人目を惹くらしく、周囲からジロジロと視線を感じたものの、その中にアスティアの姿があるのを見ると一応の安心からか皆視線を戻し雑談や食事に気を戻した。

「いらっしゃーい…あ、あんた!」

 厨房から出て来た女将がカタリナの姿を見つけ声を上げると

「いや、済まなかった!ちゃんとさっきの分も払うし、これからこの()らと食事なんだ、許してくれ!」

 女将が二の句を継ぐ前に平謝りをするカタリナ。

 その様子と、その横に居るアスティアを見て小さな溜息を漏らすと、

「そうかい?そういう事なら精々たらふく食って大金落として行っておくれよ?」

 と冗談交じりに厨房へと姿を消した。

「ふぅ~…懐の深い人みたいで助かったよ…。」

 安堵の息を漏らしながら適当なテーブル席の椅子に腰掛けると、それに続いて櫻とアスティアも席に着いた。

「おーい女将、取り敢えずアタイに酒!それから、アレとコレとソレと…。」

 次々と注文を繰り出すカタリナに

「おい、そんなに食い切れるのか?」

 不安になる櫻だったが

「大丈夫大丈夫!お嬢ちゃんの分もちゃんとあるから安心しなって!」

 と何処かズレた返事。

 するとそこに新たな団体客が入って来た。

「お、こんな所に居たのか。アスティアの家に行ったら誰も居ないから探したよ。」

 それは魔獣を討伐した時に居合わせた自警団の面々だ。

「おぅ、お疲れさん。後始末は終わったのかい?」

「あぁ、損壊が少なかったから良い素材になるよ、見事な手際だったね。報奨金は2~3日中に出る筈だから、それまでは滞在していてくれ。」

 既に酒を飲み始めているカタリナと、まるで以前からの仕事仲間のように気軽に言葉を交わす自警団の男達。

「アスティアも、もう身体は大丈夫なのかい?」

「うん。完全じゃないけど普通に動けるよ。」

 そう言ってグっとガッツポーズをつけて見せるアスティア。

 そんな様子を見た自警団の面々は一安心とばかりに頷くと隣のテーブル席に腰掛け晩餐を注文し始める。

(ふぅ、こんな賑やかじゃあたしの事や使徒の事をこの場で話すのは無理そうだねぇ…一先ずは腹を満たして、アスティアの屋敷に戻ってからとするか。)

 櫻も割り切って食事に集中する事にした。

 そして待つ事少々、目の前に出て来た山盛りの料理は主に肉と野菜を焼いた物に煮た物に炒めた物。魚介類は姿がまったく見え無い。

「なぁ、この辺じゃ魚を食べたりしないのかい?」

 素朴な疑問をアスティアに問うと

「うん?ボクは元々食事をしないから詳しくは無いけど、海が遠いから魚はなかなか手に入らないと思うよ?」

「そうなのかい?ここは島だって聞いたからてっきり漁業も盛んかと思ったんだがね。」

「島と言っても結構大きいから、この町は海から遠いんだよ。港町に行けば魚を食べられると思うけど、サクラ様は魚が好きなの?」

「いや、特別好きと言う訳では無いがね…。」

 目の前の肉の山に少々呆れながら手近な物を(つま)む。

 その時、櫻に電流のような衝撃が走った。

(おぉ…美味い!何の肉か、どんな調味料を使ってるのか全く解らんが…何というか野性味のある料理だね。)

 その一口でスイッチが入った櫻。喋る事も忘れガツガツと料理を口に運ぶ。小柄な外見に見合わぬ見事な食べっぷりに一同も思わずその様に目を奪われる。

「…そういやぁ、アスティア。お前さっきそのお嬢ちゃんの事をご主人様って言ったよな?あれはどういう意味だ?」

 自警団の一人が櫻を見て思い出したように聞くと、その言葉に櫻の手も止まる。

「あ、えーっと…。」

 言葉に困るアスティアが櫻の目に救いを求める視線を向けた。

(はぁ…しょうがないか。)

 ゴクリと口の中の料理を飲み込むと櫻は椅子の上に立ち、少々大げさな振る舞いで話を始めた。

「あ~、あたしは…今は少々理由があり名乗る事は出来ないが()る貴族の娘でな、色々と込み入った事情でこの島に飛ばされてしまったのだが、右も左も解らない世間知らずな故に、偶然出会ったアスティアに(とも)を頼み実家まで送り届けて貰う事になったのだ。」

 咄嗟に口から出任せを吐き出す。

「貴族の娘って…。」「お供って事は町を出て行っちまうのか?」「そんな、唐突すぎるぜ!」「胡散臭すぎる!」

 声を上げ櫻をジロジロと疑いの目で見る面々。それはそうだろう、今料理にがっついて居た様や今までの態度に貴族らしい振る舞いなど何も無い。オマケに素性も話せないとなれば疑うなと言う方が無理というものだ。

 しかし、

「本当なんだよ!サクラ様は嘘は言ってないんだ、今は証明するのが難しいけど、ボクがそれに納得してお供する事にしたんだよ。」

 アスティアの助け舟が場の空気を変えた。

 まるで説明になっていない言葉であったが、アスティアが今まで培ってきた町の人々との信頼が為せる事なのだろう、一同は完全な納得まではしていないようだったがその言葉を信じる事にしたようだった。

 だが唐突にアスティアの旅立ちを聞かされ一同の空気が重くなる。そんな様子を黙々と肉を頬張りながら眺めるカタリナ。酒のコップをグイっと(あお)ると、

「女将!酒のおかわり!あとアタイの奢りでここのテーブルの連中にも配ってくれ!」

 と厨房に向かい声を上げた。

「え…?いいのかい?」

 自警団の面々が戸惑うと

「いいんだよ。出会った(えん)ってヤツだ。」

 ニカっと笑うと生え揃ったギザギザの牙が口から覗くが、そんな姿に違和感を持つ者は櫻以外には居ない様子。

(ライカンスロープ…と言ったか。ヴァンパイアといい、この世界では普通に存在している種族なのか皆平然と受け入れている…そういえば自警団が駆けつけた時には獣のような姿だったのに誰も驚く様子も無かったね。)

 出て来たコップを打ち鳴らし酒盛りを始めたカタリナを含む大人達の姿を眺めながら櫻はぼんやりとそんな事を考えていた。

(そういえばこの世界の酒ってのはどんな味なんだろう?飲酒に年齢制限なんかあったりするのかね?)

「なぁ、あたしもそれ飲んでみたいんだが、少し分けてくれないかい?」

「はぁ?馬鹿言っちゃいけねぇよ、お嬢ちゃん。酒は大人の飲み物だ、いくら貴族のお嬢様だからってそんな我儘(わがまま)は叶える訳には行かないねぇ。」

 思い切って聞いてみたが簡単に却下されてしまう。

(う~ん、やはりこの世界でも子供に酒は御法度か。あぁ、日本酒が恋しい…この先酒を飲むには人目を避けてコソコソ飲まなきゃならんのか…。)

 仕方なく(ふく)れっ(つら)で目の前の料理をもそもそと口に運び、腹も膨れると隣のテーブルの酒盛りも終わりを迎え、大人達はカタリナを除き酔いつぶれてしまっていた。

 そんな中、自警団の男の一人がボソボソと呟く。

「俺、小さい頃アスティアの事…好きだったんだ…突然町から出て行くなんて言われたら淋しいよ…。」

 その言葉に反応するように周囲の男達も

「解るよ、俺もだ。子供心に恋してたんだよぉ…。」「あぁ、みんなそうだったのか…仲間だな…。」

 と口々に少年時代の甘酸っぱい感情を吐露し始める。

 酔った勢いとは言え、面と向かって過去の告白をされアスティアの顔が赤くなる。

(何だい、孤独かと思ったが随分と町の人達に好かれていたんだねぇ。)

 櫻の顔が(ほころ)ぶ。

「町の人達は皆お前さんの事を大事に思ってるみたいじゃないか。どうする?もしお前さんが望むなら、あたしは旅の同道を無理強いはしないよ?」

 アスティアの耳元に口を寄せ、アスティア一人だけに聞こえるように問う。

 しかしアスティアは、櫻の身体をひょいと持ち上げ自らの膝の上に乗せると、

「いいんです。ボクはサクラ様と一緒に行くと決めたんだから。町の人達の想いは嬉しいし、別れは悲しいけど、決心は変わらないよ。」

 そう言って櫻の身体を背中からギュっと抱き締める。表情は見えなかったが、その声は何処かもの哀しさを湛えていた。

 櫻も身体を抱き締める腕にそっと手を添えると、それ以上は何も言う事は無かった。

「女将ぃ!勘定頼むよー!」

「はいよー!」

 カタリナが厨房に声をかけると、奥から女将がパタパタと(せわ)しげに出てくる。

「えーっと、お代は…半端なところはオマケして小金貨3枚と大銀貨5枚って所だね。」

「あの酔っ払い共はあそこに置いてっても構わないよな?」

「あぁ、構わないよ。暫くすれば目を覚まして勝手に帰るさ。」

 そんなやり取りをするとカタリナが懐から革袋を取り出し、中から恐らくこの世界の通貨であろう硬貨を取り出し女将に手渡す。

「ありがとさん、食い逃げしないならまたいつでもおいで。」

「はは、あれは悪かったって。飯も酒も美味かったし、また来る事があったら寄らせて貰うよ。」

 互いに笑顔で手を振り交わすとカタリナが櫻達の元へやってくる。

「さ、行こうか。」

 その言葉に思わず櫻とアスティアは顔を見合わせ

「行くって、何処に?」

 と間抜けな言葉を返す。

「何処ってそりゃ、アスティアちゃんの屋敷にだろう?サクラお嬢ちゃん、あんたアタイに何か言いたい事があって食事に誘ったんじゃないのかい?」

 思いの外察しの良いカタリナに櫻も思わず目を丸くする。

「成程。それなら話が早いさね。さてアスティア、それじゃ帰るとするか。」

「え?うん。」

 今の今まで櫻を抱きしめていた腕を解くと、櫻を先に床へ下ろしアスティアも立ち上がる。


 アスティアの屋敷へ向かう道すがら、ふいに空を見上げると綺麗な星空と月が目に付いた。

(へぇ、こっちでも夜空の星の輝きは綺麗なもんだねぇ。)

 元居た世界と遜色ない…いや、余計な明かりが無い分此方の方が星の輝きが一層際立って吸い込まれそうな程だ。

 空を見上げながら歩いていると、不意に足元の石畳に引っかかりバランスを崩す。

「おっと!?」

 慌てて地面に手を着くと、そのまま勢いを活かして空中一回転を披露してスタっと華麗な着地を決めて見せた。

(うん、身に付けた体術程度はこの身体でも活かせそうだ。)

 手に付いた砂汚れをパンパンと払いながら自らの小さな手を見て頷く。

「ほー、どうやらただのお嬢様って訳じゃないみたいだね。」

 感心交じりの声でカタリナが驚く。

「ははっ、腹が膨れてやっと身体も本調子になってきたって感じかね。ご馳走様。」

「あぁ。良くは解らないけど、まぁ気にすんな。」

「それにしてもアスティアは皆が食べてるのを眺めてるだけなのは退屈だったんじゃないか?ヴァンパイアってのは血液以外は全く口にしないのかい?」

「え?うん。食べ物を食べる事は出来るけど、普通の人が食べる食事はボク達には何も味がしないんだ。それに食べても栄養にならないから食べる意味も無いしね。」

 アスティアがお腹に手を添えて言う。

「へぇ…それじゃぁ食事の楽しみが無いのか?何だか少し淋しく感じるね。」

「そんな事は無いよ。血って、人によって味が全然違うんだ。その人の普段の食事とか、年齢とか性別でも変わってくるね。だから色んな味を楽しむ事は出来るよ。」

 ペロリと舌で唇を舐める。どうやら血の味を思い出して居るようだ。

「でも今までで一番美味しいと思ったのは、やっぱりサクラ様の血かな。女の子の血が美味(おい)しいのは常識だけど、サクラ様の血は特別すぎてもう他の血には戻れないくらいクセになっちゃうよ。」

「女の子の血が美味(うま)いのは常識なのか…。」

 始めて聞かされたヴァンパイア界の常識に櫻は世間の広さを知るのだった。

「なぁなぁ、アタイの血で良かったら飲んでみるかい?」

 カタリナが興味深げに身を寄せてくるが、

「い、いえ。大丈夫です。」

 何か本能的に身の危険でも感じたのか、アスティアは怯えるように櫻に寄り添い(かげ)に身を隠した。

 あからさまな拒絶にガッカリするカタリナであったが、

「まぁまだ機会はあるからな!」

 と自分に言い聞かせるように声を上げる。

(ん?あぁ、報奨金が出るまで2~3日滞在すると言ってたんだったか…アスティアも受け取り権利がある筈だし、出発もそれまで待つ事になる訳だな。となるとその間に旅支度を…いや、その支度の為の資金が無いんだったな…やれやれ。)

 一先ずの衣食を得る事は出来た訳だが、まだまだ先立つものが無い現状に櫻は頭を悩ませるのだった。

なかなか話が進まないのはご勘弁を。

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