発掘現場
「よ、おはようさん。」
「あ、カタリナさん、おはようございます。」
テントの外から聞こえる声に櫻が薄っすらと瞼を開いた。
(ん…?まだ朝日は昇ってないのにもう起きてるのか…。)
テントの生地越しに見える外の色はまだ薄暗く明け方である事が判るが、外から聞こえた二人の声はすっかり目が覚めているハッキリとしたものであった。
顔を横に向けるといつものように櫻に抱き付くようにして寝息を立てるアスティアの幸せそうな寝顔。その表情に櫻もいつも通りと安心の微笑が浮かぶ。
(さてこのまま二度寝をするか起きるか…あのシトレインって男の行動次第な処ではあるがどうしたものかね?)
そんな事を考えていると
「なぁ、この辺に水場は無いのかい?」
カタリナがシトレインに質問をする声が聞こえて来た。
「あ、済みません。この辺は元々水場が無くて住むには向いてない土地なんですよ。」
「え?それじゃ飲み水とかどうしてるんだい?」
「実は僕、湧水の精霊術を使えるんです。それでいつも限界近くまで使って瓶に水を貯めておいて、それを生活水にしてるんですよ。」
その言葉に櫻の目がパッチリと覚め、思わず身体を起こすと抱き付いていたアスティアも驚き目を覚ましてしまった。
「えっ!?サクラ様、どうしたの!?」
何事か起きたのかと寝惚け眼で慌てるアスティア。
「あ、あぁ、済まないアスティア。まだ寝てて大丈夫だよ?」
「?ううん、サクラ様がもう起きるならボクも起きるよ。」
「そうかい?済まないね。」
眠い目を擦るアスティアの頭を申し訳なく撫でると、アスティアは表情を蕩けさせ幸せそうな顔を見せた。
櫻は早速テントを出ると、そこには櫻とアスティアのやり取りが聞こえ何事かという表情を向けていたカタリナとシトレインの姿が。
「お嬢、どうしたんだい?」
「あぁ、今お前さん達の会話を聞いていてちょっとね。」
そう言うと櫻はシトレインの顔を見て
「お前さん、今精霊術を限界まで使うって言ってたよね?その『限界』ってのはどうやって判るのか、教えてくれないかい?」
と質問を投げかけた。
「え?あ、うん…。」
「ははっ、突然済まないね。このお嬢、少し前に精霊術を使えるようになったんだけどさ、限界が判らなくてぶっ倒れちまったんだ。それで自分の精気の限界を知る方法を探して悩んでたんだよ。」
突然どうしたのかと状況を飲み込めないシトレインのポカンとした表情に小さく笑みを零しカタリナが説明をする。
「あぁ、そういう事ですか。」
その言葉に納得したシトレインはポンと掌を打って小さく頷く。
「さっきの話を聞いてたのなら解ると思うけど、僕は湧水の精霊術で水を出す事が出来るんだ。それで最初は小さな瓶を用意して、それに水を満たしては大きな瓶に移す…という事を繰り返して、何杯目で倒れるかという風にして知ったんだよ。」
「ん?それってつまり、一度は倒れる覚悟で自分で調べるしかないって事かい?」
「そうだね。キミは何の精霊術を使えるんだい?僕みたいに計れるなら解り易いけれど、そうじゃないなら長い経験と勘を頼りに自分で理解する必要があるから、これから使う時にはその辺を意識しておくと良いよ。」
シトレインの言葉に櫻は呆然としてしまった。
(つまり何だい?シトレンは湧水という決まった能力だけだからそれを回数で計測すれば判るけど、あたしは風系なら何でも使えちまうし目に見えない以上計測の方法が無いって事か?)
頭を抱える櫻を見てカタリナが苦笑いを浮かべる。
「ハハッ、お嬢、残念だったね。だけど要するに無理をしなきゃいいだけだ。どうしても必要な時以外は温存しておきな。」
「そうだよサクラ様。サクラ様が能力を使わなくても済むようにボク達が頑張るから、そんなに悩まないで。」
「私もご主人様に不要の労力を強いぬように誠心誠意努めます。ご安心ください。」
三人の慰めの言葉が逆に櫻に重く圧し掛かり、櫻の口からは思わず乾いた笑いが零れた。
「あぁ、これからも頼りにさせて貰うよ…。」
そんな四人のやり取りにシトレインは小首を傾げる。
「まぁ、幸いキミはまだ若い。これから先経験を積むのにまだまだ時間はあるさ。」
「慰めどうも…そういえばお前さんは今幾つなんだい?エルフってのは長命だと聞いているが…。」
「うん?僕は今年で58だよ。まぁそう言われてもお嬢ちゃんみたいな人間の子供にはピンと来ないかな?エルフの平均寿命で言うと三分の一くらいまで来たって処さ。」
「ほぉ~…見た目は若々しいのに…種族の差ってのは凄いもんだねぇ…。」
「はははっ、ありがとう。っと、そうだ。水が欲しかったんだったね。この家の中に水を蓄えてあるから、好きに使ってくれていいよ。」
シトレインはそう言って家の扉を指差すと、その扉の前に置いてあった荷物を肩に掛け林の中へと歩き出した。
「何処へ行くんだい?」
「この先に僕が今発掘してる現場があるんだ。もし興味があるなら、その家の正面を真っ直ぐ進めば突き当たるから後で来てみるといいよ。」
そう言って手を振り、シトレインの姿は林の中へと消えて行った。
その背中を見送った櫻達は、家主の居なくなった家の扉の取っ手に手をかけると、その扉は難なく開き櫻達を迎え入れた。
「…何とも不用心だねぇ。あたしらが物盗りだとか考えたりしないのかね?」
家の中をきょろきょろと見回しながら呆れた声を漏らす。
「ハハッ、お嬢が精霊術を使えるってんでその心配は無くなったんだろ。」
「?それはどういう事だい?」
「あのね、精霊術っていうのは精霊と仲良くならないと使えないんだよ。でも精霊はその人と心を通わせているから、悪い事に使おうとすると直ぐ解るんだ。そしてそういう人には力を貸してくれないの。だからサクラ様が精霊に認められたって言う事は良い人だって事なんだよ。」
アスティアが背後から櫻に抱き付き説明をする。
「へぇ…それじゃ湧水の精霊術が使えるっていうシトレインも、疑う余地は無いか。」
そう言いながら椅子を目にすると櫻はアスティアをそこへ座らせ、手櫛を通し髪を整え始める。その間にカタリナは必要な分の水を水筒に分けて貰い荷袋へと詰め込んだ。
「さ、出来たよ。」
大きくふわりと緩めに編み込んだ三つ編みをリボンで留め、アスティアの頭にポンと手を置くと、櫻はそのまま続けて自らの肩を露わにしてアスティアを迎え入れる。
言葉は無くともその表情で通じ合うようになった二人のいつもの光景を、カタリナと命も微笑ましく見守るのだった。
「それで、どうする?お嬢の懸念はもう無くなったんだろう?精気の残量の計り方も特に収穫は無かったし、そろそろここを発つかい?」
「う~ん…折角だから化石の発掘現場ってのを見て行くのも悪く無いんじゃないかい?シトレインも誘ってくれたし、何も言わずに発つのも悪いだろう。」
吸血を終えて傷口をペロペロと舐めるアスティアの背中を優しくポンポンと叩きながら言う櫻に、カタリナも異議は無いと頷いて見せた。
《ケセランはここでホーンスと一緒に待っていておくれ。もし危険があったら荷車は置いておいても良いから、ホーンスと一緒にあたしらの処まで逃げて来るんだよ。》
《うん、わかったー。》
ケセランに荷車の留守番を任せ、櫻達はシトレインに言われた通り家の正面を真っ直ぐに林の中へと入って行った。
度々木々が行く手を遮り方向感覚が狂いそうになるものの、何とか無事に林を抜けるとそこに広がっていたのは大きく地面の抉れた発掘現場であった。
「おぉ…凄い規模じゃないか…これを一人で掘り出してたってのかい?」
巨大な擂鉢状の穴の底に居るシトレインに目を向け声を掛けると
「やぁ、いらっしゃい。うん、もうかれこれ10年近くはここで発掘を続けてるんだよ。」
と、楽し気な声が返って来た。その声に本当に好きで行っているという事が読心術を使うまでもなく読み取れる。
そしてそのシトレインの足元から広がる発掘物を目にし、櫻は驚きの溜め息を漏らした。
そこに広がっていたのは巨大な生物の骨だ。シトレインの身体と比較してその巨大さが解る大きな頭骨、長い首、胴体の大きさを如実に想起させる肋骨、四足歩行である事が窺える前後の脚、そして背骨から伸びる長い尻尾。見事に完璧な姿で掘り出されていたその化石を目にし、櫻は随分昔に博物館で見た恐竜の化石を思い出す。
だがフとその記憶と大きく違う部分に気付いた。それは背骨の途中から分岐するように伸びる一対の巨大な翼の骨だ。
「…なぁ、これは何ていう生物の化石なんだい?」
「これは『竜』って言われてる生物さ。大昔には地上も空も海も、こんな巨大な生物達が闊歩していたかと思うと何だかワクワクするよねぇ。」
子供のように瞳をキラキラさせて語るシトレインに櫻達は少々引き気味になる。
(何と…ドラゴンとは。地球じゃ恐竜こそ居たが、それと同じような存在が此方ではコレに当たるのか。)
「この生物はもうこの世には存在しないのかい?」
「残念ながらね。大昔に何が有って絶滅したのかは全く解明されてないんだけど、今はもうこうして化石で姿を想像するしかないんだよ。」
シトレインは少々残念そうに言うと姿勢を落とし、金属製の小さなヘラと毛先の短い刷毛を使って丁寧に化石を掘り出し始めた。
(おぉ、地球で遺跡なんかを発掘する時みたいなやり方なんだね。…そうだ。)
「なぁ、あたしらもそこに下りて大丈夫かい?」
「え?うん、大丈夫だよ。でも下りる時は気を付けてね。」
その言葉を受けて櫻達も擂鉢の底へと下りると、化石の傍へ歩み寄る。そうして改めてその大きさに驚いた。それの頭骨は口のサイズから見てカタリナですら一飲みに出来る程の大きさと容易く想像出来る。
「こんな巨体が空を飛んでたってのか…想像すると恐ろしいねぇ。」
「うん、最近の研究で竜はお腹の中にガスを溜める器官が在って、それを浮袋のように使ってたんじゃないかって説も出て来てるね。そしてそのガスを使って炎を吐き出したとも言われてるんだよ。」
「ほ~。それは面白い説だねぇ。」
(元の世界ではファンタジーの中でしか見聞きしない生物の話をこうして聞けるのは、コレはコレで楽しいもんだね。)
櫻は瞳を閉じると、しみじみと頷いた。
「なぁ、あたしもちょっと掘ってみたいんだが、良いかい?」
「え?うん、良いけど、道具がコレしか無いんだ。」
シトレインは手に持ったヘラと刷毛に交互に視線を送る。
「いや、あたしはコレで、ね。」
そう言って櫻は掌を地面へ向けると、その部分に風が巻き起こり砂が削れた。
「へぇ。お嬢ちゃんは旋風の精霊とでも契約したのかい?成程、それじゃぁ確かにどの位使えば限界か判別は難しいね。」
「ははっ、そうなんだよね。目に見えないからどうしたものかと悩んでるんだよ。」
「うん、まぁそれで掘れるなら問題無いね。出来るだけ化石を傷付けないように慎重に頼むよ?」
「あぁ。気を付けるさ。…と、アスティア、ちょっと集中するから離れて適当な処にでも居ておくれ。」
「はぁ~い。」
アスティアは少々不服ながらも櫻の言葉に素直に従い、化石を眺め歩いていたカタリナ達の元へと離れて行く。
(さて、多分貴重な物なんだろうし慎重に行かないとね…。)
そんな事を思いながらソロソロと風を巻き起こし、徐々に土を掘り起こす程の旋風を起こし化石の周囲を削り出して行く。
(お、良い感じに掘れるね。この位の力加減か…。)
徐々に力加減の感覚を掴めて来た櫻はその作業に楽しさを覚え始めていた。だがそんな時、櫻の身体に小さな振動が感じられた。
(ん…何だ?地震か…?)
そう思った次の瞬間、櫻の背後の地面を突き破り何かの影が飛び出して来た。
「なっ!?」
驚き咄嗟に振り向こうとした櫻であったが、それも叶わずその身が途端に自由を奪われた。飛び出して来たソレが櫻の身体に巻き付き、両手足をも封じ全身を締め上げていたのだ。
櫻の身体に巻き付いたソレは、巨大な蚯蚓のような姿をし、その身からは瘴気が立ち昇っている事が見て取れる。
「くっ、魔蟲か!?」
櫻を締め付けるその魔蟲はそのまま長い身体に力を込め、徐々に櫻の身体を締め上げると、その身がミシミシと音を立て始めた。
「サクラ様!」「お嬢!」「ご主人様!」
離れた位置に居たアスティア達が慌てて駆け付ける姿が見えるが、魔蟲がソレを察したのか自らが出て来た穴へ櫻を捕らえたまま身を沈め始めたではないか。
(何だ!?コイツの狙いは初めからあたしだったのか!?クソッ、風の主精霊との契約が済んだだけじゃまだ狙われる存在であるには変わりなかったって事か…!)
そんな考えを巡らせている内に、魔蟲は自らが開けた穴のサイズに無理やり納まるようにと、捕らえた櫻の身体を更に圧縮しようと全身に力を込める。
「うああぁぁ!」
ボキボキと全身の骨が砕け内臓が潰れ、櫻の口から大量の血が溢れ出す。
「サクラ様ー!」
羽根を広げアスティアが飛び込んで来る。しかしその姿を見た櫻は
「来るな!」
と声を残し、魔蟲と共に穴の中へ姿を消してしまった。
「そんな!?サクラ様!」
櫻と魔蟲が姿を消した穴を覗き込み愕然と項垂れるアスティア。するとその前髪がふわりと浮き上がるのをカタリナは見逃さなかった。
「…!?アスティア、こっちに来るんだ!」
「で、でもサクラ様が…!」
「お嬢はアタイらを頼るって断言したんだよ!?そのお嬢が『来るな』と言ったんだ!そこに居るとお嬢の邪魔になる!」
カタリナの言葉にアスティアはハッとし、穴の中に一度目を向けると小さく頷き急いで穴の傍から離れた。
そうしてアスティアがカタリナ達の元へ辿り着いた時、地鳴りとも思えるような音を立て櫻達が消えた穴の中から突然激しい突風が噴き出したではないか。それは穴の内壁を削り大量の石や土を巻き上げると、それに続いて出て来たのは何と先程の魔蟲と思われる生物の無数の破片であった。
ビチャビチャと音を立て地面に降り注ぐその破片が出尽くした処で、それに続いて櫻の身体が風に乗り穴の中から地上に飛び出す。
だが空高く舞ったその身体は修復を終えては居るらしいものの、グッタリとして受け身を取ろうとする様子が見受けられない。
「お嬢、どうした!?まさか精気切れか!?」
「ご主人様!」
「くっ…!」
アスティアは背中に力を込め再び羽根を生やすと、全力で地面を蹴り櫻へ向けて飛び立つ。そして落下する櫻の身体を抱き締めると、その自由落下のエネルギーに必死で羽ばたきで対抗し、何とか地面に叩き付けられる事を回避したのだった。
「サクラ様!サクラ様!?」
必死に呼びかけるアスティア。するとその声にブラリと垂れていた櫻の手がピクリと動き、薄っすらと瞼が開いた。
「う…アスティア…。」
「サクラ様!良かった…。」
涙を浮かべるアスティアの頬に優しく手を添える櫻。
「済まないね、心配を掛けたみたいだ。ゴメンよ。」
そう言って微笑むと、アスティアも瞳に涙を浮かべたままに微笑み返した。
「お嬢、無事で良かった…精気切れを起こしたかと思って心配したよ。」
「ご主人様の事は信じていましたが、ご無事で本当に安心しました。」
カタリナと命も二人の元へ駆け寄ってくる。
「あぁ、済まない。風で飛び上がろうとした時に、壁面に飛び出していたデカい岩に頭をぶつけちまってね。僅かばかり気を失っていたらしい。心配かけたね。」
アスティアの腕の中から離れ皆の顔を見る。するとその時、
「あ…あの、キミ達は一体…?」
突然の魔物の襲撃からの一連の流れに驚き、完全に外野と化していたシトレインが恐る恐る声を掛けて来た。
櫻達は顔を見合わせ、どうしたものかと言う表情を見せた。
「あ~、実はアタイら、魔物ハンターで各地を巡っていてね。御覧の通りこの娘はまだ経験が浅くてさ。全く隙だらけで困ったもんだよ、あはは…。」
そう言ってカタリナは苦笑いを浮かべ、胸元から認証札を取り出して見せた。
「あ、あぁ…ハンターの方々だったんですか…。それより、そのお嬢ちゃんは大丈夫なの?身体を随分と傷め付けられたようだけど…。」
そう言って不思議そうに櫻を見る。
「ん?あ、あぁ。あたしはほら、この通りピンピンしてるよ。」
元気に腕を振ったり飛び跳ねたりして見せる。
「え?でもあんなに大量に血を吐いてたし…。」
「あ~、あたしはちょっと持病があってたまに吐血するんだよ。」
「それに凄い音がしてたよ?まるで骨が砕けるみたいな音だった。」
「うん、あたしは身体が硬くてさ。少しばかり骨が鳴り易いんだ。」
「えぇ…?」
余りに場当たり的に適当な嘘を並べる櫻であったが、シトレインからすれば現実として目の前に全身無事の少女が居る事は動かしようの無い事実。突然の魔物の襲撃に気が動転して記憶が過剰に書き換えられていたのかと自らを納得させるのだった。




