戦いを終えて
(う…あたしは…どうしたんだ?)
意識を取り戻した櫻であったが、その身体はぴくりとも動かず瞼を開ける事すら出来ずに居た。
《全くもう、いきなり無茶な事するんだから。》
頭の中に声が響く。
《ファイアリスか…あたしゃ一体どうなったんだい?突然身体に力が入らなくなって…それから…思い出せない。》
《マナの使い過ぎによる昏倒よ。一気に大量のマナを放出した事で貧血みたいな状態になったの。まだ身体も育ち切ってないのに加減もせずにあんな使い方すれば当然よねぇ。》
《『マナ』?》
《あ~…確か人類は『精気』とか言ってるんだったかしら?精霊の力を使う際に消費されるエネルギーの事よ。》
《あぁ…アレか…。》
アイディの町のダンジョンでカタリナに聞いた話を思い出す。
《初めてだったんだ、加減が解らないのは仕方ないだろう?それよりあたしはちゃんと目覚めるんだろうね?》
《大丈夫よ、体内にマナが満ちれば自然に目覚めるわ。それと助言、マナは空っぽにしない限りは昏倒なんてしないから、使う量に気を付けて計画的にね。それにしてもマナ切れを起こして尚、少しの間でも意識を保てたのは感心するわ~。》
《そう言われてもねぇ…ゲームのように数値で見える訳でも無いのに、あと幾らで空になるかなんて判らんじゃないか。》
《そこは経験と勘ね。それと、ソーマを飲むとマナを回復する事が出来るわ。あのヴァンパイアの娘のタンクじゃ精々1回満タンにしたら枯れちゃうだろうから、1日1回の制限付きって感じだけどね。》
《ソーマって…アスティアの母乳の事か?出産から時間が経ったら出なくなるだろうし、流石に元の姿に戻ってから乳を吸うのは絵面的にどうなんだ…?》
《あら、別に子供を育てる為に出るものじゃないんだもの、神を産んだ母体は永遠にソーマを分泌し続けるようになるのよ?ただしそれは貴女が吸った時だけ。他の者がいくら力いっぱい吸っても搾っても出る事は無い、貴女だけのソーマなの。だから貴女が飲んであげなきゃ、あの娘も可哀想でしょ?》
《…必要になったら考えるよ。それより、自然回復を早めたり出来ないのか?》
《う~ん、そうねぇ。マナの濃い場所に行けば回復は早いわね。でも今貴女が居るのは風の主精霊の傍でしょう?失った風のマナは、風の主精霊が多く吸収しているせいでその辺りは薄くなってて回復が遅いのよね。》
《…風のマナ?マナにも種類があるのか?》
《えぇ。光・闇・火・水・風・土の6つのマナがこの世界に存在していて、其々が精霊の働きに関連して消費され、循環されているの。だから例えば貴女が風と火の力を使えるとするでしょう?それで風のマナをギリギリまで使ったとしても、火のマナを使う分にはまだ余裕がある…という風になる訳。》
《ほほぅ?だけど一つでも空になったら昏倒は避けられない…と。》
《そ。理解が早くて助かるわ。》
ファイアリスはまるで出来の良い教え子を褒めるように上機嫌に語る。
《あ、それともう一つ親切心で忠告してあげる。貴女が大切にしてるヴァンパイアの娘、あの娘は風のマナが多いから、あの娘の傍で余り風のマナを大量に消費するような事は避けた方が良いわよ。》
《…?それはどういう事だい?》
突然出たアスティアの話題に櫻はきょとんとする。
《ヴァンパイアは元々一度は死んだ肉体を維持する為に、生体エネルギーである『オド』と、霊的エネルギーである『マナ』で構成されているみたいなの。割合は大体半々くらいかしら?だから肉体を損傷してもオドやマナを吸収する事でその復元は容易なようなのね。》
(成程、アスティアが森の中で『精気』を吸っていたというのはそういう事なのか。)
《それで、あの娘はマナの属性の大部分が風で構成されてるようなのよ。》
《つまり?》
《貴女が余り風の能力を使い周囲の風のマナを吸収し過ぎれば、あの娘が大怪我を負った時に治癒に費やすマナが足りなくなるかもしれないって事よ。》
(ふむ…アスティアのあの再生力にはそんな仕組みがあったのか…。)
《まぁ解ったよ。つまり無闇にマナを使わないようにして、今はこのまま身体が動くようになるまで安静にしてなきゃならないって事だね。》
《そういう事ね。これに懲りたなら次からはもっと力の使い方を考えてね?》
《あぁ、そうするよ。》
ファイアリスの気配が遠ざかるのを感じた櫻は意識を閉じ、身体の回復を待つ事に専念する事にした。
それから櫻が目を開けたのは、昏倒してから2日も経っての事だった。
「う…ん。」
久しぶりの光が眩しく、目を細める。
「あ、サクラ様!良かった…もう起きないんじゃないかと心配したよぉ…。」
今にも泣きそうな声でアスティアが覗き込むと、その声に周囲に居たカタリナ、命、そしてサーリャもが櫻の横たわるベッドへと駆け寄って来た。
「お嬢!良かった…いきなり倒れてそれっきり何の反応も無いんだから、心配したよ。」
「ご主人様、よくご無事で…。」
「…あぁ、心配かけたようで済まなかったね…。どうやらマナ…精気切れを起こして倒れたらしい。」
グッと腕に力を入れ、身体を起こす。その時になって未だに自分の身体が3歳児並みのサイズである事に気付いた。
(自然に育つのを待ってたらこんなもんか…やっぱりアスティアの乳を飲まんと駄目かぁ…。)
アスティアの平坦な胸に視線を送り、小さく溜め息をついた。
「サクラ様、どうしたの?まだ具合悪いの?」
心配そうなアスティアが櫻の顔を覗き込む。
「あぁ、いや、ちょっと考え事をね…。」
話をはぐらかしながら、櫻はふいに掌を上に向けた。そしてそこに意識を向けると、掌の上に小さな風の玉が現れた。
「おぉ…これが風の精霊の力かい?」
カタリナが興味深く掌の上の歪む空気を覗き込む。
「そうですね。私も今まで選ばれた者達を幾度か見届けて来ましたが、風の主精霊に認められた者達はそのように力を借り受ける事が出来ました。サクラ様も無事に主精霊に御認めになられたようでなによりです。」
サーリャがその力について語る。しかしそれは微妙に違う。櫻は力を借り受けたのではなく、その力そのものをコピーし自らの物としていた。
(驚いた…元の世界では、あたしの能力コピーは一晩寝れば消えちまってたってのに、すっかり意識を失った後でもこうして使えるとは…。)
櫻自身にもその事は驚きの対象であった。
(それにしてもやっと一つ目か…ファイアリスの話じゃ最初が一番大変だって事だったが…要するに次からはこの能力を使って楽が出来るって事かね?)
優しく握るように手を閉じると、その上に浮かんでいた風の玉もフワァとその姿を消した。
再びちらりとアスティアに目をやると少々思案する。
(このままじゃ埒が明かんし、アスティアの乳を飲むしかないのは解るんだが…『飲ませてくれ』と言うのもなぁ…それにカタリナ達をどうするか…追い出すのは隠し事をするようで気が引けるが、見られるのは恥ずかしすぎる…。)
頭を抱え考えがぐるぐると巡る。だが結局行き着く結論は変わらない。
(えぇい!女は度胸!一度見られてしまえばもうどうって事無いわ!)
腹を決めた櫻はアスティアの瞳を見つめ、真剣な表情を見せると
「アスティア、その、ち…乳を飲ませてくれんか…?」
いまいち勢いを持たせる事が出来ずに、顔を赤らめるとごにょごにょとした言葉が口から出た。
周囲に一瞬の静寂。だが
「うん、沢山飲んでよ!」
アスティアは嬉しそうに服を捲り上げると、その可愛らしい胸を露わにし、櫻を抱き寄せた。
「あ~…これはな、あたしが元の姿に戻る為に必要な事なんだ…。」
一連の流れを言葉無く見守るカタリナと命に言い訳のように一言告げ、顔を赤らめつつアスティアの乳首を咥え込むと滲み出るソーマを喉へと流し込む。
すると皆が見ている中で、櫻の身体が再び成長を始めた。
「おぉ…何だいこりゃ…?」
初めて見るカタリナは不思議なモノを見るように目を輝かせた。
「これは…ソーマ…ですか?」
その様子に命がポツリと口にする。
「ん…?命、ソーマを知ってるのか?」
乳首から口を離した櫻が驚きと共に問う。
「はい、私の身体が組み上げられた当時、私の動力…というより血液の代わりに循環させる体液として候補に挙がっていた液体です。『神の飲み物』とされ、その膨大なエネルギーは神の成長を促進させる程だと記憶されています。」
「何と…あの男、ソーマの存在を知っていたのか…だが結局手に入れる事は適わなかった訳だね?」
「はい。一説には何かの植物から作られるとも言われていた為に様々な研究をしていたようですが、結局実現には至らなかったようです。」
一瞬、フッと嘲笑するように口の端が動いたように見えた。
「そうか…。」
それ以上は聞かず再び乳首に吸い付くと、今日出せるだけのソーマを頑張って吸い上げ、ようやく4~5歳程の姿へと成長を遂げる。
「まぁ見ての通り、あたしが元の姿に戻るまでにもう少しだけ日がかかる。それまではこの町に滞在する事にして、ちゃんと元の姿に戻ってから旅を再開しよう。それまではアスティアにも迷惑をかけるが、済まないね。」
「そんな、迷惑だなんて思わないよ!ボク、サクラ様におっぱい吸われるの好きだから、毎日でもあげるよ?」
「いや、それは…まぁ、飲みたくなったら頼むとするよ。」
アスティアの献身に無下に断る事も出来ない櫻は少々困り顔を浮かべた。
「さて、それじゃ取り敢えず宿に戻るとしようか。サーリャ、世話になったね。」
「いいえ、我ら人類の神のお役に立てた事、私としても光栄で御座います。」
こうしてサーリャを含む巫女達に見送られ精霊殿を後にした一行は、タッカーの宿へと戻って来た。
その道中で櫻は昏倒していた間の事をカタリナに聞いた。
どうやら防衛戦に参加したハンター達の中に、重傷者こそ居たものの幸いにも死者は居なかったらしく、皆が報奨金を手に入れる事が出来たそうだ。
だが問題は倒した魔物の総数が判らないという事。何せ櫻の起こした竜巻によって判別の付かない程にバラバラの肉片にされてしまっては数えようが無い。結局塀の上に居た者達から個別に客観的な数を聞き取り調査し、その平均から数を算出したそうだ。
更には瘴気に取り憑かれてまだ若い魔物ばかりだった事もあり、一体当たりの額はそれ程でも無かった点から、結局一人当たりの取り分はそこまで高額にならなかったという。
ハンター達は死線を潜り抜けた割に合わないと最初は不満気だったものの、町の人々の称賛の声に気を良くし、最終的には納得したらしい。
(ふふ、基本的に善人が多いこの世界だからこその決着って感じだね。)
話を聞いた櫻の顔には自然と笑顔が浮かんだのだった。




