再誕
町の外で激しい戦闘が行われる一方、精霊殿には町の外の異常に気付き不安を覚えた人々が救いを求め、精霊への祈りを捧げに集まっていた。
精霊殿の巫女達は人々の不安を拭うべく祭壇に向かい祈る。しかしその信仰や祈りが精霊へ届いたとしても、救いの手が差し伸べられる事は無いという事をサーリャは知っていた。
(精霊信仰はこの世界を構築する精霊達への感謝の祈り…決して救いを求めるものでは無い…でも、今こうして精霊殿を頼り集まった人々を無下には出来ない。神様…サクラ様、どうか私達に救いの手を…。)
人々の、そして巫女達の先頭になり、一人神へ向け祈りを捧げる。
その時、人々の祈りを一つに纏めたサーリャの祈りが櫻に届いた。全力で走る櫻の魂が、精霊殿に引き寄せられるかのように加速したのだ。
《おぉ!?何だ!?牽かれる!》
《どうやら人々の祈りが届いたようね。本来なら祈りが届いた事を感じる程度で、牽かれるなんて事無いんだけど…魂だけだからそういう事に影響を受けやすいのね。》
《って事はこれに乗れば早く到着出来るって事か!》
理解では無い。直感でそれが正しいと感じた櫻は祈りの引力に身を任せ地を蹴った。
するとその魂は一気に精霊殿の祭壇まで引き寄せられ、櫻の目の前には祈りを捧げる大勢の人々。
その光景に櫻は圧倒される。だがそこに聞こえる声に首を傾げた。
「風の主精霊様、どうか救いを!」「主精霊様、町をお守り下さい!」「風の精霊よ、ご加護を!」
口々に発する祈りの言葉は皆、風の主精霊へ向けたものだったのだ。
《おい、ファイアリス?これは一体どういう事なんだい?》
《だって、ねぇ?ここは風の主精霊を祀った精霊殿だもの、祈る対象は普通に考えたらそうなるわよ。》
《…まぁいいさ、別にあたしゃ信仰して貰いたい訳じゃないしね…。》
そう言いながらも何処か納得の行かない様子の櫻は小さく頬を膨らませた。
《それより、あたしの身体ってのは何処なんだい?》
《それはそこに居る長に聞いてみた方が良いと思うわよ。》
ファイアリスの言葉に祭壇の一番手前を見ると、サーリャが跪き両手を組んで祈っていた。フードを被り他の巫女達と見分けがつかなかった為に気付かなかったのだ。
《聞いてみてって…あたしの声は聞こえるのかい?》
サーリャの傍へ降り立ち顔を覗き込むが、櫻の存在には気付いている様子が無い。
《魂の状態で生者に話しかける場合は、頭に手を置いて語り掛けてみて。そうすれば大抵の者には聞こえる筈よ。ましてやその娘は私の声を受ける事が出来るんだもの、余裕で聞こえるでしょう。》
ファイアリスの言う通りに櫻はサーリャの頭へそっと手を添えると語り掛ける。
『サーリャ、あたしだ、櫻だ。あたしの声が聞こえるかい?』
その声にハッと顔を上げるサーリャ。
「サクラ様!?」
思わず口をついて出た言葉に周囲の巫女達が何事かと驚きの表情を見せる。その事に気付いたサーリャは思わず顔を赤らめ伏せた。
『聞こえるようだね。あたしは今お前さんの目の前に居るんだが、どうやら見えてないのは確かのようだし、単刀直入に要件だけ伝える。あたしの身体がここにあると聞いているんだが、そこに案内してくれないかい?』
櫻の言葉に小さく頷いて見せるサーリャ。
「皆、私は大切な用が出来ました。ここに集った人々をお願いします。」
他の巫女達にそう言うとサーリャはスックと立ち上がり、ツカツカと足早に精霊殿の奥へと入って行く。櫻もその後に続いて奥へと入って行った。
「どうぞ、此方です。」
到着したのは最初に櫻達が通された部屋とは別の、アスティア達が泊まっている部屋。その中へ入ると部屋のベッドの上にアスティアだけが取り残されるように一人腰かけていた。
(アスティアだけか?カタリナと命は迎撃に出たのか…。)
そう考えながらアスティアの正面に立った櫻は我が目を疑った。普段の黒系の服とは違う、真っ白のローブを纏ったその姿はマタニティドレスでも着ているかのように腹部が大きく、そのお腹を愛おしそうに摩るアスティアがそこに居たのだ。
《んなっ!?》
思わず素っ頓狂な声が出る。
《ふふ、やっぱり驚いた♪その反応が見たかったから教えなかったのよ~。》
楽しい物を見たとばかりにファイアリスの声が櫻の頭に響いた。
《ファイアリス、お前さん、これは一体どういう事だい!?》
《落ち着いて。そのヴァンパイアのお嬢ちゃんのお腹の中に在るモノこそ、貴女の新しい身体なのよ。》
《いや、そういう事じゃ…えぇ…?》
流石に人生経験の長い櫻も、外見年齢11歳の少女の妊婦姿には驚く他無い。しかもその妊婦が宿しているのが自分だと言うのだから、人としての常識を未だ逸脱出来て居ない櫻には刺激の強いものであった。
《ほら、貴女の身体に早く入って。触れれば魂が自然に入るわ。》
《あ…あぁ…。》
促され、躊躇いがちにアスティアの腹部へと手を添える。するとその先にある存在に手の先から一気に全身を吸い込まれ、気付くと櫻の意識はアスティアの胎内へと移されていた。
(何も見えない…薄っすらと光を感じるが…音が聞こえる…これはアスティアの心臓の音…なのか…?)
トクントクン、そしてゴウゴウとアスティアの生命の音が鳴り響く不思議な空間の感覚に身を委ねる。妙な安心感を覚え意識が眠りの中へと落ちそうになる。ところが突然、耳に聞こえる鼓動が速度を上げた。
『うぅ…うううぅぅぅ…!』
アスティアの呻き声が聞こえる。陣痛が始まったのだ。
『アスティア、身体を横にして!緩急をつけて、力み過ぎないで!』
サーリャが声をかけているのが聞こえて来た。どうやら出産の手助けをするつもりで傍に居るらしい。
『う、うん…こう…?』
苦し気に腹部に力を入れては抜きを繰り返す様子が櫻にも伝わってくる。子宮口が開いていくのが感じられ、身体が徐々に押し出されるのが解る。
(アスティア、苦しいだろうが頑張れ!)
祈る他に出来る事が無い櫻はもどかしくもアスティアを信じその身を任せる。
外からは苦しみ呻く声と応援する声が交互に聞こえ、徐々に、しかし確実に身体は外へ向け動いていた。
そうしてどれだけの時間が経っただろうか、長くも短くも感じる中、一際大きなアスティアの声が響いた時、遂にその時は訪れた。
「あぁ!お産まれになられた!」
取り上げたのはサーリャだ。その手に掲げられた姿は不思議な事に臍の緒が無く、髪の毛も無い産まれたての状態ではあったが櫻の身体をそのまま赤子へと縮小したかのような姿であった。
アスティアの分娩の、悲鳴にも似た呻き声に気付いた他の巫女が用意したのだろうか、直ぐに産湯に浸かり身体を洗われる。
まだ目が開かず、アスティアの途切れ途切れの荒い呼吸だけがその苦しみと解放を感じさせる。
(アスティア、よく頑張ったね!)
心の中でアスティアを褒めながら産湯の温かさに身を委ねていると、その身が持ち上げられアスティアに手渡された。
「サクラ様…お帰りなさい。」
優しくギュっと抱き締めるアスティアの、ヒヤリとしつつも懐かしい体温に櫻も安心を覚える。
「えっ!?あ、はい…。」
突然サーリャが独り言のように声を上げた。
「アスティア、今主神より神託がありました。サクラ様にお乳を飲ませるのです。」
「えっ!?で、出るのかな…?」
サーリャの突然の言葉にアスティアは呼吸を整えながら自分の平らな胸に視線を落とした。確かに少し張った感じはあるものの、膨らみはほぼ皆無である。
「主神のお言葉に間違いはありません。そのお乳を飲めばサクラ様は元の姿に戻ると仰られておりました。」
ファイアリスの言葉を疑いもしないサーリャは自信満々にそう言い切った。
《おい、ファイアリス。本当なのか?》
《えぇ。神を産んだ母体は『ソーマ』という特殊な乳を分泌するの。それは神の力を育て上げる、神の為の酒のようなものよ。現世に誕生する事の滅多に無い物なんだから、折角だし味わいなさい。》
《味は置いておくとして、まさかアスティアから授乳を受けるとは…。》
そんな事を言っていると、櫻の唇にアスティアの乳首の感触が当たった。
(まぁ赤子は母の乳を飲むのが自然か…。)
何とか納得しようと自分に言い聞かせ、唇に当たった慎ましい突起を咥え込む。
「あははっ、何か変な感じ。」
くすぐったそうな、それでいて何処か幸せそうなアスティアの声に少々悪戯心が芽生えつつ、自然とそれを優しく唇で噛むように刺激し、滲み出た液体を飲み込んだ。
(これは…!?)
その液体が喉を通った時、櫻の身体に不思議な力が染み渡るのが解った。みるみる身体が成長し、目が開き、髪が、歯が生え揃う。一心不乱にソーマを吸い、その身体はどんどん元の姿へと戻って行く。
「サクラ様!」
その成長にアスティアも喜びの声が上がった。ところが…。
「あ、あれ?止まっちゃった…?」
その姿は3歳程で成長を止めてしまったのだ。櫻が一生懸命にアスティアの乳首に吸い付くも、ソーマが出て来ないのである。
《おい、ファイアリス!これはどういう事だい!?》
元の姿まで成長する事が出来ず思わず問い詰める。
《あ~、これはアレね…。》
《何だい?勿体ぶらず今度こそハッキリ言いなよ。》
《『タンク』が小さかったのねぇ。》
その言葉に僅かの間。
《あ~…言いたい事は解った。》
ちらりと目をやり、それなら仕方ないと櫻も納得せざるを得なかった。
《でも安心して、一晩経てばまた出るようになるわよ。ただ、身体が大きくなるにつれて必要な量も多くなるから…今のペースだと後3日くらいは飲まないと元の姿には戻れないわねぇ。》
《3日!?ここまで成長して乳を吸うのもどうかというのに、そんなにかかるのか!?あたしの超回復で戻れないのかい!?》
《今の貴女は傷や失った部位を治すのとは訳が違うのよ。元の状態まで『成長』が必要なの。だから回復じゃ駄目なのよ。そしてその成長にはソーマが一番有効なの。解ったかしら?》
ファイアリスの諭すような口調に櫻は何も言えない。
《ぐぬぬ…。解ったよ…しかし成長出来るというなら7歳以上の姿になる事だって可能じゃないのか?》
《それは無・理♪この世界で…いいえ、全ての世界で貴女の存在は不老不死の7歳の姿である事が理となって定着してしまっているの。だから元の姿まで戻ったら、例え幾らソーマを飲んでも栄養にこそなれど成長は出来ないわ。》
《なんてこったい…せめて二十歳くらいの身体だったらもっと色々出来ただろうに…。》
口の中のアスティアの乳首を舌で転がして遊びながら、遠い昔の最盛期の自分の肉体に思いを馳せる櫻であった。




