向上心
アイディの町を出発して1日、カタリナは命にホーンスの御し方を教えていた。
命は教えられた事を素直に吸収する為、僅かの時間でカタリナと同程度の技術を習得すると、そこから先は交互に御者を務め旅路を進む。
「この辺は随分景色が開けてるねぇ。」
御者席の命の横に座るアスティアに抱き抱えられ、膝の上に座る櫻が風に髪をなびかせながら周囲の風景を見回す。
小高い丘や川などにより街道は曲がりくねっているものの、深い森も無く視界がクリアな土地が続いていた。しかしそんな中でも時折瘴気が漂う光景を目にすると櫻は複雑な表情を浮かべた。
(これだけ人が住むに良さ気な土地にも関わらず、何処から現れるか判らず物理的に防ぐ事が難しい瘴気がそれを許さない…だが、その事によって過度な開発が行われずこうして美しい自然が残される。皮肉にも上手く人と自然が住み分けられてる訳だ。)
瘴気自体は地獄に堕とされた穢れた魂の成れの果てではあるが、それが現世のバランスを取る事に貢献しているというのは皮肉な話であった。
《サクラ、おなかへった。》
櫻の頭の上に居るケセランがもぞもぞと身体を揺すり、空腹を主張する。
《ん?もうそんな時間か。》
空を見上げると太陽がほぼ真上にある事に気付く。
「そろそろ昼食にしよう。命、どこか適当な場所に止めてくれないか。」
「はい、少々お待ちを。」
命は周囲を見回すと、川と街道に挟まれた丁度良さ気なスペースを見つけ、ホーンスを上手く操り荷車を寄せた。
カタリナが河原で簡便な竈を造り、櫻達が薪になりそうな物を探しに方々へ散る。ケセランとホーンスは仲良く顔を突き合わせながら近くに生える草を食べていた。
聳える木々は無いものの、低木や茎の頑丈な草が枯れたもの等を掻き集めた櫻が竈の元へ戻る。すると、川の中でジっと身構え微動だにしないカタリナの姿があった。
流れこそそこまで強い訳では無いが、その水流の中でブレる事無くしっかりと立つカタリナの鍛えられた身体がよく判る。櫻がその姿に関心し見惚れていると、次の瞬間カタリナの手が素早く川面を穿ち、引き上げた手の中には元気にビチビチと抵抗する魚が握られていた。
「ほ~、見事なもんだ。」
「お。お嬢、お帰り。薪になりそうなもんはあったかい?」
「あぁ。あまり太いのは見つからなかったけどね。」
胸を突き出し腕の中に抱える薪の山を見せる。
「それで、アスティアと命はまだ戻ってないのかい?」
「お嬢が一番乗りだよ。まぁお嬢は背が低いからこういう場所での薪探しに向いてるのかもしれないね。」
そう言いながらカタリナは周囲に這う蔓をブチブチと引きちぎり、手早く編むと簡易的な網が出来上がり、その中に魚を入れる。
「お前さんは何でも器用にこなすねぇ。」
「ははっ、一人で旅なんてしてると自然と出来るようになっちまっただけだよ。」
謙遜するカタリナであったが、褒められる事に関して気恥ずかしくも悪い気はしないらしい。少々赤らめた顔には微笑が浮かぶ。
「あ、サクラ様もう集め終わったの?早いね。」
腰程の高さの草を踏み分けアスティアが戻って来た。
「お帰り、アスティア。」
「うん、ただいま。はいコレ。」
アスティアが差し出す薪の山をカタリナが受け取り、櫻の持ってきた分と合わせて竈の中へ置く。
「あれ?ミコトはまだ戻ってないの?」
アスティアが辺りをキョロキョロと見回す。
「あぁ、何処まで行ったんだか…と。」
櫻がそう言いかけた時、遠方に命らしき影を確認し言葉を止めた。
「お、戻って来たみたいだ。おーい命~…って、どうしたその姿は?」
傍まで来た命の片脇には薪が、そしてもう片方の手にはリトと思われる魔獣が引き摺られていた。
「はい、薪を拾い集めていた処、突然背後からこの魔獣に奇襲を受けてしまいまして…薪を抱えていた事もあり咄嗟の反撃が間に合わず押し倒されてしまいました。」
どうやら肩口を背後から狙われたのだろう、無理やり引き剥がした為か右肩の袖の根本から先がボロボロになってしまっている。
「それで、傷を負ったりはしていないのか?」
「はい。そこは心配ご無用です。」
ニコリとした表情を浮かべ、ボロボロの袖の切れ間から傷一つ無い綺麗な肌を見せる。
「それは良かった。だがこんな開けた場所でも魔物は出るんだな…ホーンスと荷車ももう少し河原に寄せた方がいいかもしれないね。命、着替えるついでにコッチに連れて来てくれないか。」
「承知致しました。」
薪と魔獣の死骸を竈の傍に置き、命は荷車へと草むらを掻き分け歩いて行った。
「それにしても…綺麗に仕留めたもんだねぇ。」
魔獣の身体を見ると、見事に正中線に刃の通った跡が残されていた。恐らくは以前ボーフの魔獣に押し倒された時のように腕を刃物に変化させたのだろう。
「あぁ、これなら肉は食糧に出来るし皮も綺麗に剥いでおけば売れるかもしれないな。」
カタリナが早速ナイフを取り出し解体を始めると、荷車を引いたホーンスがやって来た。
「よし、全員揃ったし、昼食の準備をしようか。」
櫻の一声で命がカタリナの獲った魚とアイディの町で貰った野菜を使い簡単な煮込み料理を作ると、カタリナは魔獣の肉を串に刺し竈の火で炙り焼きを作り始める。
「荷車とホーンスのお陰で随分と早く次の町に着けそうだねぇ。」
「そうだね。あと4日もあれば余裕で到着出来そうだし、少しのんびりしてもいいくらいだよ。」
魚の出汁と野菜の旨味が溶け合ったスープを啜りながら櫻が川の流れを眺める。草原の草は風に靡き、サワサワと音を立てる。
(世界が常にこれくらい平和なら、あたしの役割も気楽なものなんだろうけどねぇ…。)
やっと一つ目の目的地へ到着出来るという安堵感からぼんやりとその先の事を考えてしまうのだった。
するとその時不意に命が口を開いた。
「カタリナ、私に戦い方を教えて下さいませんか?」
思いがけない命の自主的な言葉に、皆が命に視線を送る。
「…突然どうしたんだ?いや、別に教える分には構わないが…。」
驚き思わず落としそうになった肉を空いた手で受け止め口に運ぶカタリナ。
「はい、先程襲われた時もそうでしたが、先日の特殊魔獣との闘いの時も私は上手く立ち回る事が出来ませんでした。アスティアお嬢様の助けが無くば、あのまま成す術も無かったでしょう。ですがカタリナ、貴女の戦い方、身のこなしは素晴らしかった。私もあのようにちゃんと戦えるようになりたいのです。」
命の真剣な言葉と眼差しに見据えられたカタリナは、口の中に含んだ肉を飲み込むと少々難しい顔をして考え込んだ。
「…まぁ、コレを食い終わったら少しやってみようか。」
そう言うカタリナではあったが、櫻はその口調が何処か迷いがあるように思えた。
食事を終えると鍋や器の片付けは櫻とアスティアに任せ、カタリナと命は少し離れた場所へと移動し互いに向き合っていた。
「先ずは何処に問題があるかを知る為に手合わせしてみよう。刃は無しにして思い切り掛かって来ていいよ。」
「承知しました。」
カタリナの言葉に応え命は右腕を剣状に変化させる。だがそこから先に動きが無い。
「どうした?来ないならコッチから行くぜ!?」
言うが早いかカタリナが地面を蹴ると一気に距離を詰める。真正面から攻めて来たカタリナに対し剣を振り下ろす命だが、カタリナの姿は目の前で消え次の瞬間左から風圧を感じた。
「はい、まず一発。」
命の左頬に、僅か皮一枚という程の距離で止まるカタリナの拳。
ニヤリとするカタリナに命は小さく溜め息を漏らす。
「流石です。」
「流石ですじゃないだろう。もう一回仕切りなおすよ?」
呆れながらカタリナが元のポジションに立ち返り、再び命に襲い掛かる。すると今度は先程の経験からフェイントを予測した命も不規則な動きを繰り出しカタリナを攪乱し始めた。
だがそれも長くは続かない。カタリナの動きを追いながらも命は攻撃に転じる事が出来ず、徒に時間だけが過ぎて行く。流石のカタリナもこれでは埒が明かないとその足を止めると頭を掻いた。
「ふむ…。」
口元に手を当て考えるカタリナ。
「まぁ取り敢えず、アタイの知ってる程度の戦闘知識は教えるよ。」
「…?有り難うございます。」
何とも歯切れの悪いカタリナの言葉に首を傾げつつ、命は頭を下げた。




