ダンジョン、進入
朝日が窓から差し込み、小鳥の囀りが聞こえて来ると櫻が目を覚ます。するといつものようにカタリナが櫻とアスティアの寝顔を覗き込んでニマニマしていた。
「おはようさん。いつも思うがお前さんはちゃんと寝てるのかい?今日はハードになりそうだよ?」
ベッドに横たわったままで挨拶をし、今日の予定を頭の中で整理する。
「大丈夫だよ。むしろこの寝顔を眺めるのがアタイの元気の源だからねぇ、これを見れない方が疲れが残るってもんさ。」
そう言ってカタリナはアスティアの寝顔をツンツンと突く。
「ん…あ、サクラ様…カタリナも、おはよう…。」
その刺激に目を覚ましたアスティアは眠い目を薄っすら開くと、未だ寝惚けたようにそのままもぞもぞと櫻に覆い被さり、首筋に唇を被せた。
「アスティアは朝が苦手だよねぇ。」
チュウチュウと血を吸う光景を眺めながらカタリナが満足そうな笑顔を浮かべて言う。
(そういえばそうだねぇ。朝が苦手ってのが『夜行性』やら『太陽が弱点』って解釈に変わったんだとしたら、面白い話だ。)
そんな仮説を考えながら、アスティアを抱くように両手を背に回し、可愛がるようにそのきめ細かな肌を撫でた。
水筒に血液を準備し、着替えを済ませ身だしなみを整えてから朝食を食べに宿向かいの食堂へ。
「昨夜食べたのもそうだったけど、この町は農業が盛んなお陰か野菜の味が濃いし甘味も強くて美味しいねぇ。」
ほぼ肉類の無い食事を満足気にパクパクと食べる櫻。そんな姿を見て普段は肉ばかり食べているカタリナも野菜に興味を持ったのか、横からひょいと手を伸ばし赤い実を摘まみ食いする。
「…っすっぱ!何処が甘いのさ!?」
「ハハハッ、普段肉ばかり食ってるお前さんには、食材の中の繊細な甘みはちょっと判らなかったかもね。」
すっぱい顔をするカタリナを皆が笑い、朝の食堂に楽し気な声が響いたのだった。
美味い食事に満足し食堂を出た一行が町外れまで足を運ぶと、待ち合わせの場所には既にグラントが到着していた。しかしその姿は何処か遠くを見ているようで惚けて居るように見える。
「お、随分早いね。」
櫻が声をかけるとグラントは、やっと一行に気付いたのか顔を向けた。しかしその顔色に一同は唖然とした。
「お前さん…その顔色は何だい…?」
見るとグラントの顔色は青ざめ、目の下には隈が出来ているではないか。
「はい…実は今日の事を考えると悪い考えばかりが頭に浮かんで寝付く事が出来ず…。」
「まさか一睡もしてないのかい?」
「はい…。」
弱々しい声を出すグラントの姿に、櫻達は呆れながら顔を見合わせる。
櫻は呆れたように腰に手を当て小さく溜め息をつくと、
「お前さん、ちょっと耳を貸しな。」
そう言ってちょいちょいと小さく手招きをし、グラントは素直に櫻の傍に顔を近付けた。するとその時、櫻の手刀がグラントの首筋に『トッ』と当たり、瞬間グラントの意識は飛んだ。
櫻に向かい倒れ掛かるグラントの身体を命が横から受け止めると、その姿は気を失ったというよりは普通に寝ているかのようだ。
「さて、ダンジョンの大体の位置はコイツの頭の中を覗けば解るし、カタリナ、済まないがコイツを担いでくれるかい?」
呆れ顔を浮かべ、櫻は意識の無いグラントを指差す。
「あいよ。それにしても強引な寝かしつけだねぇ…子守歌でも歌ってやればよかったじゃないか。」
「あたしゃ別に催眠術士じゃないんだ、そんな歌声一つで寝かしつけるなんて器用な真似は出来ないよ。」
こうして意識を失ったままのグラントを連れ、櫻達一行は町の南西にあるというダンジョンへ向け出発した。
「それにしても、魔物ハンターってのは何か資格なり試験なりを必要とせずになれるもんなのかい?」
移動の途中、カタリナに背負われたままダラリとしているグラントを眺めて櫻は疑問を口にした。
「ん?あぁ、特に何かってのは無いねぇ。ギルドの受け付けに行って、魔物ハンターの申請をすれば認証札を貰えるよ。」
「そんな簡単になれるなら、誰だって魔物ハンターになって世の中に溢れ返っててもおかしくないと思うんだが…。」
「ははっ、そんな事か。お嬢、前に自分で言っただろ?『自分の生活圏が守られていれば無理に危険に飛び込むような職に就く必要も無い』ってさ。それが全てだよ。それに…無謀なヤツ、弱いヤツは早死にする。数が居ないってのは、そういう事さ。」
そう言うとカタリナは背負ったグラントを肩越しにチラリと見て、困ったように眉をひそめた。
2鳴き程の時間、道なき草原を歩くと徐々に木々が姿を現し、林から森へと景色を変えて行く。
「情報によるとこの近くの筈なんだが…コイツも正確な場所は知らないらしいねぇ。」
未だに気を失ったままカタリナに担がれるグラントを見る。
「仕方ない。情報収集と行くか。」
櫻は少し首を前へ傾げると、頭上のケセランを地面に下ろした。
《ケセラン、済まないが周囲の獣達から魔獣の潜んでいそうな洞窟が無いか情報を聞き出してくれないか?》
《わかったー。》
ケセランは頷くように長い耳をぴょこんと前に倒すと、そのままピョンピョンと飛び跳ね森の中へ姿を消した。
サワサワと森の木々が風に葉を揺すられる中、暫しその場に腰を落ち着け休憩をしていると、ガサガサと揺れる茂みの中からケセランがコロコロと転がり出て来た。
「また道草食って来たのか…。」
カタリナが呆れたように言う。
「まぁまぁ。ケセランにとっちゃ食堂で出るサラダよりもこういう場所の葉っぱの方が美味いのかもしれないし、いいじゃないか。」
そう言いながら櫻が両手を差し出すと、ケセランはその上にヒョイと飛び乗る。
《それで?洞窟の情報はあったかい?》
《うん。あっちにあったよー。》
《おぉ、場所まで見つけてくれたのかい、それはお手柄だよ。早速案内してくれるかい?》
《わかったー。こっちー。》
ケセランは櫻の手から降りると再びコロコロと転がり始める。
「洞窟の場所を見つけて来てくれたらしい。ケセランに付いて行こう。」
櫻が歩き出すと一同はその後に続いた。
木々を避け、茂みを掻き分けケセランを追いかけると、へし折れたり幹に傷跡が沢山残る木々が目立つようになり、僅かに開けた場所に洞窟の入り口がポッカリと口を開けているのを見つけた。
「どうやらここのようだね…。」
そっと中を覗き込んでみるが、中から冷たい空気が流れて来る以外には暗く、様子が判らない。ただ入り口の様子からして天然の洞窟である事は見て取れた。
「カタリナ、グラントをそこに座らせる感じで置いておくれ。」
「はいよ。」
櫻の指示通りグラントを地面に下ろす。すると櫻は背後からグラントの肩に両手を掛け、両肩甲骨の間目掛けて飛び膝蹴りを繰り出した。
「ヴッ!」
声とも音とも取れないような息を口から漏らし、グラントの意識が覚醒する。
「ッ…ここは…っ?」
意識を取り戻したグラントが驚き慌てて周囲を見回すと、先程までとは打って変わった森の中。
「おはようさん。少しは眠れたかい?ここは恐らく目的のダンジョンの入り口だよ。」
何が起きたか理解出来ないグラントに櫻が水の入った水筒を差し出し声をかける。
「えっ?えぇっ!?」
混乱のままにグラントは水筒を受け取ると、躊躇いがちに口に水を含み気持ちを落ち着ける。
「あんな寝不足のままで来られたってコッチが困るからね、少し寝てて貰ったんだよ。いい夢見たかい?」
そう言いながら櫻は荷物の中から、事前に購入しておいたランタンを取り出した。
「取り敢えず中に入ってみないとダンジョンなのか普通の洞窟なのか判別がつかないし、内部構造も判らない。ダンジョンだった場合を考えて隊列を組んで中に侵入するよ。」
と言うと、櫻はカタリナと命にランタンを手渡した。
「カタリナが先頭を、命は後方を警戒しつつ、あたしとアスティア、それにグラントは中衛として主に左右を注意する。ランタンの数が3つしか無いからカタリナと命とあたしで視界の確保だ。アスティアとグラントは陰になる部分に気を付けなよ。」
テキパキと指示を出す櫻にアスティア達が頷いて見せると
「わ、分かりました…。」
とグラントも勢いに飲まれたように返事をする。
「さてと、それじゃ行ってみますか。」
櫻の号令に一行が洞窟の中へと足を踏み入れると、櫻は洞窟の冷たい空気とは別に、何か身体に纏わりつくような嫌な気配が奥底から流れて来ているように感じられた。




