救出
町の外周まで戻った櫻達。雨が強く降り続ける中、町を囲う塀を見上げる。
「流石に何度も門から出入りしてたら不審に思われるかもしれんから、ここは塀越えをさせてもらおう。」
櫻の言葉にカタリナが水筒の血を一口飲むと、櫻とアスティアを抱えて高く跳ぶ。軽々と塀を超えた跳躍で町の中へ侵入すると、そのまま建物の上を駆け抜け中央広場付近まで移動する。
「カタリナ、ミーシャを攫った連中はどっちに向かった?」
「色町の方だね。でもアタイらを撒く為に遠回りをして何処か別の場所に連れてった可能性もあるんじゃない?」
「そうだとしてもソッチの方に仲間が居る可能性は高い。何か知ってるヤツが居ればあたしがその情報を引き出せる。取り敢えず色町に行って情報を集めよう。」
「あいよ。」
再び一口水筒に口を付けると二人を抱えたカタリナは屋根を伝い色町方面へ向かう。
幸いにも降りしきる雨に空を見上げる者も無く、その雨音が屋根を駆ける音を打ち消してくれる。行動は誰にも悟られる事無く迅速に行われた。
色町に到着するとまだ夕方前にも関わらず既に客引きが店の前に出て、悪天候の中まばらに歩く人々に向けて声をかけていた。
「ほ~、こりゃ随分と規模の大きな色町だねぇ。女同士の娼館があるって事は、男同士のもあるのかね?」
「そりゃあるだろうけど、今はそんな事言ってる場合じゃないだろ。」
呆れるカタリナの声色の中に僅かに焦りのようなものが混じる。
「済まん済まん。取り敢えず適当に当たりを付けて覗いてみるしかないな…。」
そう言うと櫻は客引きや、見るからに揉め事対策の為に雇われているような偉丈夫にターゲットを絞り読心を試みた。
その間アスティアは、今まで見た事の無い世界を興味深げに瞳を輝かせながら眺めていたのだった。
雨に打たれ続け、外套を被っているとは言え体温は徐々に奪われる。しかし櫻はそんな中でも身震い一つせずに眼下に収められる男達から情報を引き出していた。
「…いたぞ。」
ポツリと口から洩れたその言葉にカタリナがハッと息を飲む。
「アイツ、拉致の現場に居たヤツだろう?」
櫻が指差して見せたその先に、カタリナも見覚えのある男が一人。建物の隙間に身を隠すようにして待機している身体つきのしっかりした男だ。
「あぁ、確かに居た。アイツはミーシャを担いでた奴だ。」
「そうみたいだね。ご丁寧に監禁場所までアイツが連れてったみたいだからしっかり居場所も把握したよ。」
「じゃぁ長居は無用だね。さっさとそこに行こう。」
「そうだね。目的地はそんな難しく無かったよ…あのドンパって男の屋敷だ。」
そうして再びドンパ邸の前まで来た一同。その門の前から見上げる屋敷はまるで悪の居城の如く稲光を背にそびえ立つ。
「さて、ここまで来たのは良いが捕らわれてる部屋がまだ判らないな…どうやって攻めるか…。」
櫻が逡巡していると、カタリナがおもむろに水筒を呷り、門を蹴飛ばした。金属で出来ている柵状の門であったが、そのひと蹴りで呆気なく吹き飛びグワングワンと風雨に負けない程の派手な音を立てる。
「お、おいカタリナ?」
突然の行動に驚く櫻とアスティア。
「これだけ派手にやれば誰か出て来るだろう?そいつの頭の中を覗けば居場所なんて直ぐ判るさ。」
「…あぁ、そうだね。」
声は軽いものの、その眼差しに怒りにも似た何かが浮かぶカタリナを見て、櫻はそれ以上何も言う気は起きなかった。
「何だ!?何かあったのか!?」
案の定騒音を聞きつけた屋敷の者が玄関扉を開けて出て来ると、それを待ち構えていたカタリナが扉の陰からその男を取り押さえ、一瞬の内に地面に組み伏す。
「一応聞くけど、お前達の所にミーシャって女の子が居るだろう?何処に居るか教えて欲しいんだけどね。」
地面に押さえつけられたままの男を覗き込むように櫻が尋ねると
「な、何だ貴様ら!?そんな娘は知らん!離せ!」
とカタリナの拘束に抗うように踠く。
その様子に櫻は『ハァ~』と溜め息をつくと、男の首元にトンと手刀を打ち込んだ。するとその男は言葉も発する事無く意識を失う。
「お、お嬢?まさか殺したのか?」
余りに呆気なく男の抵抗が無くなった事にカタリナが驚きの表情を見せた。
「まさか。ちょいと眠って貰っただけさ。今の内に記憶を覗いてしまおう。」
こうして手に入れた情報から、ミーシャは屋敷の中央にあるドンパの『お愉しみ部屋』という所へ運ばれた事が判明。
「『お愉しみ部屋』って…ロクなもんじゃないのが容易に想像出来るねぇ。」
そう言いながら気を失った男を一瞥し、屋敷の中へ玄関から堂々と侵入する。
その屋内は内装も家主の性格を反映してか其処彼処に理解出来ない芸術品らしき物が多く飾られ、見ているだけで頭が痛くなる程だ。
「あの男の記憶ではこの先の分かれ道を曲がるな。」
と角を曲がろうとした時、そこから警備の者か軽装備ながら武装した男が姿を現し、鉢合わせになってしまう。
「な、何者だ!?」
男の大きな声に周囲の部屋からわらわらと同様の男達が姿を現し始める。
「しまったな…正面から入れば見つかるのは覚悟の上だったが、これ程の人数が控えているとは…。」
廊下の前後から男達がジリジリと間合いを詰めて来る。
「…アスティアも血を飲んでおくれ。コイツらを退けて強行突破だ。」
「うん、任せて!」
水筒の中身を一気に飲み干すとアスティアが羽根を出し本気モードになる。
「それじゃアタイも…。」
カタリナも外套を脱ぎ捨て獣人形態へ変態すると、その様子を見ていた男達は侵入者を危険分子と断定したのか一斉に戦闘態勢へと身構え、襲い掛かって来た。
だがそこは廊下。いくら広いとは言っても精々2~3人ずつしか襲い掛かる事は出来ない。血の力を得たアスティアとカタリナの前では、いかに腕に自信があろうが雇われのゴロツキのような連中に相手が務まる訳も無く、手で振り払うだけで壁面に叩き付けられ次々と片付けられて行く。
徐々にその数を減らしながら櫻達が目的の『お愉しみ部屋』へと近付くと
『離しなさいよ!このクズ!』
聞き覚えのある声で怒声が聞こえてきた。
一同は顔を見合わせると声のする方向へ駆け出す。
「ここだ!」
一際趣味の悪い扉の前へ立つと、カタリナが遠慮も無くその扉を蹴破る。厚く重く鍵もかかっていた扉であったものの、全力を出しているカタリナの前にはベニヤ板にも満たない強度だ。難なく木っ端微塵に吹き飛び、その部屋の内部が明らかになる。
「な、何事だ!?」
驚きの声を上げ扉を振り向いたその男、ドンパ。ベッドの上で醜い小太りの身体を惜しげもなく空気に晒したその姿に櫻達は一瞬顔を歪める。
しかしそのベッドの上に横たわる別の人影を見て櫻達の表情は怒りに変わった。
全裸に剥かれ手足を天蓋付きベッドの柱へ繋がれ身体を大の字に開かれたミーシャ。その身体に今まさにドンパが圧し掛かろうとしていたのだ。
「その服…カタリナ!?」
顔だけを起こし、騒ぎの元へ目を向けたミーシャが驚きと喜びの混じった声を上げる。
「あぁ、ちょっと待ってな!直ぐにコイツをぶっ飛ばしてやる!」
ミーシャの声に応えるようにカタリナは迷いなくドンパに飛び掛かった。血の力を得て更に獣人としての力も発揮したカタリナの瞬発力は凄まじく、一瞬でドンパの首を掴むとそのまま片腕で高く持ち上げた。
「ぐっ…がっ…!」
苦しげに喉からヒキガエルのような声を漏らしながら、だらしない身体を必死に動かしカタリナに抵抗を見せるドンパ。だがそのペチペチと当たる手足はカタリナにとって全くダメージにならない。
「ふん…お嬢の手前、殺しはしないが…。」
小さく呟くと余裕でミーシャを見る。
「いいかい?ミーシャ。男に襲われたら迷わずここを狙うんだ。」
ニヤリと牙を見せたかと思うと、目の前でブラブラとしている袋を鷲掴みする。次の瞬間…。
『グシュ!』
鈍い音が部屋の中に響いたかと思うと、ドンパは一瞬身体を硬直させると声も無く身をビクビクと震わせ、全身から脂汗を滲ませ白目を剥き口からは泡を吹き、遂にはその身体から力が抜け動かなくなった。
「ふんっ。」
ドンパを床に投げ捨てるとミーシャを拘束していた紐を解く。
「あ、ありがとう…貴女、ライカンスロープだったのね。」
「何だ、気付いてなかったのか。」
ミーシャは縛られた手足をさすりながらカタリナをじろじろと見る。
「ふふ、その姿も恰好良いわね。惚れなおしちゃうわ。」
「そいつはどうも。」
互いに笑顔を向け合う。
するとその時、今までとは比較にならない程の、大砲の如き雷鳴が鳴り響き大気を震わせた。
「今のはデカかったな…!すぐ近くに落ちたみたいだ…。」
思わず身を縮めた櫻が、抱き付いて来たアスティアを宥めるように撫でながら周囲を見回す。すると何やら、何かが燃えるような匂いが部屋に流れ込んできた。
四人は思わず顔を見合わせる。
「「まさか…?」」
その先を言う必要も無く、廊下にもくもくと黒煙が見え始めたではないか。
「近く処かこの屋敷に落ちたのかい!」
「兎に角脱出だ!」
慌てる一同は、倒れた住人達などお構いなしに一目散に玄関へ向け走り出した。幸いにも玄関とは反対側から出火したらしく脱出に支障は無かったものの、屋敷は可燃性の装飾も多かったようでその火のまわりの早さは尋常では無く、瞬く間に屋敷を包み込んでしまった。
(こりゃぁ…何人かは死んだか…?)
降りしきる雨の中でもその火の勢いが収まる気配の無い屋敷を見上げ、櫻は人類の神としての己の不甲斐無さに下唇を噛み締める。
しかしその時、屋敷の窓ガラスを突き破り沢山の人が建物の外へ転がり出てきたではないか。中にはカタリナ達に倒され気を失っていた者を担いで脱出して来た者も居り、その救助された者の中にはドンパも含まれていた。
皆多少なりの火傷や傷を負っているもののどうやら命に関わる傷を受けた者は居ない様子で口々に無事を確認し合っていた。そんな様子に櫻は内心で胸を撫で下ろす。
「ックシュンッ!」
カタリナの隣で、櫻が回収しておいたカタリナの外套を被っただけのほぼ裸のミーシャが可愛らしいクシャミをする。
「おっと、そんな恰好じゃ風邪をひいちまうね。コイツらの事は放っておいて今はずらかろう。」
燃え盛る屋敷を背に、櫻はアスティアに、ミーシャはカタリナに抱えられ、その場を立ち去るのだった。




