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出会いと遭遇

 一先ず喉の渇きを癒し、池を後にする。

 空腹を誤魔化す為に腹いっぱいに飲んだ水が、ぽっこりと膨らんだお腹の中で歩く度にチャポチャポと音を立てる気がする。

(う~ん、さてこれからどっちに向かったものか…人類の神をしてくれと言うからには人間が居るのだろうし、だったら町…最低でも集落のようなものはある筈だ。その辺も詳しく聞いておくべきだったかな。)

 そんな事を考えながら当てもなく歩くと、少し開けた場所に横たわる何かを見つける。

(あれは…?)

 森の木々によって辺りは薄暗く、いまいち良く見えないが人間のようだ。

 こんな鬱蒼とした森の中に何故?そんな疑問が湧いたものの、取り敢えずは近付いてみる事にした。

 歩を進め、横たわる人物に近付くと徐々にその姿がハッキリとしてくる。

 するとその状況に櫻は息を飲んだ。

 少女だ。

 しかも全裸の状態で両手をお腹の上に組んで綺麗な姿勢で瞳を閉じ、地べたに直接横たわっている。

 その姿は美しく、綺麗な長い金髪を地面に広げ、透き通るように白くきめ細やかな美しい肌は特に外傷のようなものも見受けられず眠っているようにしか見えない。

(何だ…?何故こんな場所に全裸の少女が居る?)

 今の自分の姿を忘れる程に頭の中に疑問符が浮かぶ。

(暴漢に襲われたようには見えんが…。)

 恐る恐る近付き、そっと股間に視線を向けるが心配したような痕跡は見られず、ホッと一安心する。

(見た感じだと小学校中学年くらい…かな?西洋人のように見えるが、地球の基準で考えるのはやめた方が良いんだろうな。)

 子供特融の華奢で繊細な身体つきをマジマジと見回す。スラリとした手足は細く、それでいて決して不健康という訳では無い可愛らしい丸みを帯びた肉付き。肌艶も良くホームレスという訳では無いだろう事も見て取れた。

 するとその気配に気付いたのか、横たわる少女の指がピクリと動いたかと思うとその瞳が(うっす)らと開く。

「…ん…。」

 少女はその見た目にそぐわぬ艶っぽい声を漏らし、その身を起こす。

「…?こんにちは。」

 開かれた(まぶた)の中、まるで万華鏡のようにキラキラとした美しい輝きを放つ独特の虹彩(こうさい)を持った金色の瞳が櫻の目と合うと、少女は何の疑問も無く挨拶を口にした。

「あ、あぁ、こんにちは。」

 思わず間の抜けた返事をしてしまった。

 少女は櫻の姿を頭の先から爪先まで一通り眺めると

「キミもヴァンパイア?珍しいね。こんな処で出会うなんて。」

 そう言ってにっこりと微笑む。

「ヴァ…ンパイア?」

(確か吸血鬼の事だったか?)

「あれ?違うの?こんな場所でそんな姿、てっきりボクと同じ目的でここに来たのかと思ったのに。」

「…よく話が見えないんだが、あたしはそのヴァンパイアってのでは無いよ。その目的ってのは何か聞いても良いかい?」

「ふぅん。まぁいいよ。ボクは見ての通りヴァンパイアなんだけど、身体が幼くて町の人達の役に立てないんだ。そのせいで余り血を分けて貰えなくて…お腹が空くとこうやって森に来て精気を吸収する為に寝るんだ。」

「それは素っ裸じゃないと駄目なのかい?」

「駄目って事は無いけど、裸の方が吸収率がいいからね。こんな森の奥深くで人に会う事なんて無いし…まぁ今キミと会ってるけど。」

 そう言ってニカリと笑った口の端から牙が覗くのが見えた。

「それよりキミの方こそ、ヴァンパイアでも無いのにこんな場所で裸で何をしてるのさ?」

「あ~…これはちょっと訳ありで…。」

 言葉に詰まる。そもそも本当の事を話したとして、自分が神である事を正直に言って良いのか?言った処で頭のおかしい子供と思われるのが関の山だろう。

(仕方無い…。)

《おーい、ファイアリス。今ちょっといいかい?》

 頭の中で呼びかける。

 すると

《はいはーい。何かしら?》

 随分気さくな返事が返って来た。

《すまんね、さっきから然程(さほど)も経ってないってのに。》

 本当に先程の会話からそれ程の時間も経っていない事もあり、少々申し訳無く話を切り出すと、今目の前で起きている事を伝えた。

《…それで神である事は他者に知られて良い事なのかどうかと思って相談をな。》

《成程。そういえば神としての振る舞いを特に説明していなかったわね。ごめんなさい。》

 珍しくしおらしい態度。

《貴女には人類の中に紛れて生活をして欲しいの。そうしてその惑星の中を巡って、目に付いた見過ごせない出来事に手を貸す、それが人類の神としての貴女の在り方よ。》

《何だいそりゃ?神様って言うからてっきり天界から見下ろして人々を見守るのかと思ってたら…。》

《それでは人類の為にならないわ。いつでも神が見守っていて困った事があったら助けてくれると思われてしまうもの。だからたまに助ける機会が訪れるように人類の視点で神自らが巡回するのが一番バランスが良いの。》

(成程、水戸○門のようなものなのか…。)

《ふむ?それじゃぁやはり正体は知られてはならないか?》

《出来ればね。でも使徒として迎えるのであれば素性は話しても構わないと思うわ。》

 その言葉を受け、全裸のままで櫻をぽかんと眺める少女を見つめると、櫻はその少女の心の中を覗き込んだ。

 少女の名は『アスティア』と言うらしい。そのアスティアの先程からの言葉に嘘は無く、特段の邪気や悪意も見受けられない。それどころかえらく素直な性格のようだ。

《解った。あとは此方(こちら)で判断してみるよ。また何か困った事があったら相談に乗ってくれると助かる。》

《えぇ、それじゃまたね。》

 ファイアリスとの念話を切り上げると櫻はアスティアの瞳をジっと見つめ

「今から言う事を信じてくれるかどうかで一つ話があるんだが、聞いてくれるかい?」

 と真剣な声をかける。

 その雰囲気に飲まれたのか、アスティアがコクリと頷く。

「あたしの血を飲ませてあげてもいい…と言ったら、嬉しいかい?」

「え!?本当に!?それは当然、嬉しいよ!」

 金色の瞳を輝かせ声を上げた。

「ただし条件があってね。あたしは訳あってこの世界に疎いんだ。一人ではとても心細い。そこで、お前さんにあたしと一緒に旅をして欲しいんだ。」

(我ながら強引な事を言ってるねぇ…。)

 自分の言葉に呆れながらもアスティアの反応を待つ。

 度々この場所に精気を吸いに来ていたという話からして、結構近くに定住していたのだろう。だとすれば住み慣れた場所を離れる事には抵抗もあるかもしれない。そんな事を考えていると、

「うん、分かった!一緒に旅するよ!」

 元気いっぱいの返事に櫻が目を丸くする。

「い、いいのかい?自分で言っておいて何だが、結構胡散臭いと思うよ?」

「大丈夫、キミは何だか信じられるって気がするし、ボクも何か町を出る切っ掛けが欲しかったからね。」

 そう言うとグっと腋を締め胸の前に拳を握りしめて見せた。その胸は平坦でまったく歪む事は無かった。

 一応心の中を覗いてみたが、どうやら嘘偽りは無いらしい。

「…解った。それじゃ約束だ。血を飲んでいいよ。」

 肩にかかる髪をかき上げ首筋を差し出す。

 するとその細い首筋を見たアスティアは、お預けを食らっていた犬の如く飛びかかり、両肩をガッシリと掴んだ。

 その見た目に反した強い握力と、生き物とは思えない冷たい肌に櫻の背筋がゾワリと粟立(あわだ)つ。

「ちょ…焦るなっ!」

 余りの勢いに動揺する櫻だが、既にアスティアにその声は届いていないのか、目の色を変えて大きく口を開くとその中に生える二本の牙が僅かに伸びたように見えた。

 それが現実か錯覚かを確認する間も無くアスティアの顔が近付いて来たかと思うと、首筋に『ブツリ』という脳に直接届くような鈍い音と共に皮膚を突き破られる痛みが走る。

「…ッ!?」

 思わず顔をしかめる櫻だが、アスティアは既にそんな事はお構いなしにジュルジュルと音を立てながら血液を吸い上げ始めていた。

「おい、ちょっと待て!」

 慌てて一旦引き剥がそうとアスティアの胸に手を添え腕に力を込める。

 だがアスティアは久しぶりの血の味に我を忘れたのか、その抵抗に抗うかのように櫻の腕ごと身体を抱き締め一層強く首筋にかぶりついた。

 全身から文字通り血の気が引くのを感じる。密着するアスティアの身体の冷たさに体温を奪われ、櫻の身体が思うように動かなくなる。

(おいおい、これはマズくないか?本当にあたしは死なない身体なんだろうね?)

 意外にも思考は冷静にそんな事を考えつつも、視界がボヤけ始めると危機感が強くなって来た。

 何かこの状況を打開出来る手はないかと周囲に目を向ける。するとアスティアの肩ごし、霞んだ視界に何やら黒いモヤを纏ったように見える大きな獣の姿が映った。

(何だあれは?)

 一見すると猪のような風貌だが、その大きさは櫻が元の世界で知るモノとは明らかに違う巨体。

 最初は視界が霞み歪んで見えるだけかとも思ったが、明らかに異様な雰囲気のソレは確かに獣にまとわりつくように、そして内部から溢れ出るように存在していた。

(何か知らんが見るからにヤバそうだぞ…。)

 そんな事を考えている内にも、その獣は突撃姿勢を取り始めた。しかしアスティアは血を吸う事に夢中で全く気付いている素振りが無い。

 身体の自由が効かなくなり声を発するのも辛い状況ではあったが、残った力を腹に込めて叫ぶ。

「アスティア!危ない!後ろだ!」

 唐突に名を呼ばれ、その声に『ハッ!』と我を取り戻したアスティアが櫻を抱えたままに大きく真上に跳躍する。

 すると突撃して来た獣は、猪の如く一直線にその場を過ぎたかと思うと大木と呼んで差し支えない大きさの木に激突した。

 スタっと着地したアスティアと、その腕の中から何とか身体を離した櫻がその様子を見ていると、メキメキと音を立てて木が倒れ、その陰から再び獣が飛び出して来たではないか。

 距離はある。櫻は(かわ)せると踏んで足に力を込めようとしたが、血が巡っていない身体は思うように動かずその場にへたりこんでしまった。

(やばい!?)

 あの突撃を喰らえば全身にどれだけの痛みが走るか、身体にどれだけの損傷を受けるか、危機を目前にして頭の中ではそんな事を考えてしまう。

 ある種の覚悟を決め、動けぬ身体のまま獣の姿を見据える。

 するとその前に立ちはだかる影が一つ。アスティアだ。

「おい、危ないぞ!逃げろ!」

 声を上げる程度には回復してきた櫻が叫ぶが、アスティアは目の前から動かずに身体を大の字に広げて獣の突進を迎え撃つつもりだ。

「無茶はよせ!逃げていいんだ!」

「うん、無茶だと思うんだけど…何かやれそうな気がしちゃったんだよね。」

 そう言うと同時か、獣の巨体がアスティアに激突した。

 『ドッ!』と鈍い音が目の前から聞こえた。

 櫻はアスティアの身体が砕かれたのではないかと恐怖した。

 しかし、その眼前にあったのは、獣の突進を受け止め互角の力で押し合いをする華奢な女の子の姿であった。

「早く逃げて!」

 歯を食いしばりながら櫻に避難を促すアスティア。

「あ、あぁ、済まない!」

 何とか動くようになった身体で這うようにその場を離れると、獣の突進を(かわ)せるように木々の間に姿を隠す。

 そんな櫻の様子を確認したアスティアは安堵の溜息を漏らすと獣に力勝負を挑むが、獣は一旦頭を下げたかと思うとその首のバネを利用してアスティアを突き上げた。

 弾き飛ばされ宙に舞うアスティア。しかしクルクルと身体を縦に回転させ上手く衝撃を逃し、立ち並ぶ木々の一本にその足を添えると全力で蹴り身体を獣に向けて跳ね上げた。

 その反動でメキメキと音を立てて木が倒れる。

 獣目掛けて弾丸となったアスティアが腕を振り上げると、

「ヤアァァァーー!!」

 気合の雄叫びと共に獣の顔面にその腕を薙いだ。

 形容し難い鈍い音と共に獣の顔面が(えぐ)れる。そして僅かの間を置いた後に『ブシャァー!!』という、粘性を含んだ激しい水音と共に大量の血が傷口から吹き出し、その鮮血はアスティアを赤く染め上げた。

 『ドチャッ』と血溜りに倒れる獣の身体と、その様子を呆然と見守るアスティア。頬を伝う獣の血を舌でペロリと舐め取ると、

「…うぇ、美味しくない…。」

 と呟いた。

 すると獣の身体から黒い(もや)がまるで生き物のように蠢きながら滲み出て来る。

(何だあれは…?)

 櫻が不可思議なモノを見るような目で凝視すると、その眼前でソレはまるで苦しみ悶えるようにして霧散したのだった。

 後に残ったのは顔面を砕かれ脳漿(のうしょう)を撒き散らせた、巨大な獣の亡骸だけ。先程までの禍々しさは感じられない。

「一体何だったんだ…。」

 理解が追いつかない櫻が思わず呟くと、

「魔獣だよ。始めて見た?まさかこんな場所で出会うなんて珍しいなぁ。」

 アスティアがさも当然かのように言う。

魔獣(まじゅう)?」

「うん、(けもの)魔界(まかい)瘴気(しょうき)(おか)されて変異しちゃった姿だよ。お父さんかお母さんに教わらなかった?」

「…いや、あたしの両親はそんな事は教えてくれなかったね。」

 軽く笑いながらそう言うが、もう随分と前に亡くなった両親を思い浮かべると、裕福では無かったが幸せだった幼い頃を思い出し、少し胸が締め付けられる思いがした。

「それで、さっきも言ったんだがあたしはこの世界に疎くてね、良ければ色々と教えて貰えると有り難いんだが?」

「うん、いいよ。ボクが知ってる事なら何でも教えてあげる。」

 アスティアはそう言って微笑んでみせるが、頭の天辺(てっぺん)から爪先まで返り血で真っ赤に染まり、ポタポタと鮮血を滴らせている姿は少女の見た目に反して可愛気(かわいげ)のあるモノでは無かった。

「…取り敢えずその姿を何とかしないとな。」

「そうだね。このままじゃ服を着たら汚れちゃう。何処かで洗わないと。」

 そんな事を言いつつ指先から滴る血を舌で受け止め、ペロリと唇を舐めた。

 呆れた櫻がアスティアに近付く。もう体内の血液も随分増えたようで身体も自由に動くようだ。

(瞬間的とは行かなかったが、この回復力は凄いね。今はまだ空腹だし、これで全力では無いんだろう…我ながら凄い身体になっちまったもんだ。)

 両手をグーパーさせて改めて自らの身体の変化に驚きと感心を抱いたのだった。

 傍の木陰に脱いであったアスティアの衣服は幸いにも無事で、櫻がソレを持って先程の池へアスティアを導く。


「わぁ、こんな処にこんな綺麗な池があったんだ。」

 歩いている間に乾いていた血を適当に手で払うと、アスティアはその池に躊躇いなく飛び込んだ。

『バシャーン!』

「わ~、冷たくて気持ちいい!」

 激しい水飛沫(みずしぶき)が櫻にもかかるが、元より全裸で今更何も気にする事は無い。池の中で気持ちよさそうに水浴びをしてはしゃぐアスティアを微笑み眺めるのだった。

今更ですがこの作品には流血やグロテスクと思われる表現が含まれます。


更に百合や同性愛と捉えられる表現も度々出て来ると思いますので、そういうのが苦手な方はこれ以降の閲覧はご遠慮下さい。

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