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ミーシャ

 一晩が明けるとアスティアの傷口も随分と塞がり、旅には支障の無い程度まで回復していた。

 櫻は隣りで静かな寝息を立てるアスティアに気を遣うように静かに身を起こすと、まだ日が昇りきっていない中を一人外へ出た。

(う~ん…朝の林の空気ってのは独特の気持ちよさがあるね…。)

 大きく背伸びをするとそのまま川へ向かい衣服を脱ぎ捨て、ゆっくりと水の中へ入る。

(ふぅ…冷たくて気持ちが()い…子供の頃もこんな風に川に入った事はあったが、あの頃は遊ぶ事に夢中でこんなに落ち着いて水を感じた事は無かったな…。)

 水の流れを身体で感じながら瞳を閉じ周囲の音に耳を傾ける。

 サラサラと流れる水音に混じり、川原(かわら)の砂を踏む音が聞こえた。

 ゆっくりと瞼を開けると、そこに居たのは(みこと)だ。

「命か。どうした?」

「ご主人様が流されないようにと、万が一に備えて待機しております。」

「あたしはそこまで油断はしないが…まぁ(だい)大人(おとな)だって川に流されて命を落とす事はあるからね、心配してくれるのは素直に有り難い。だが、そう言うならお前さんも一緒に入ればいいじゃないか。」

「私も…ですか?」

「昨日だって魔蟲の襲来でゴタゴタして水浴び出来なかっただろう?一緒に入りなよ。」

 櫻が手招きをすると、命も小さく頷き

「はい。それでは私もご一緒させて頂きます。」

 と素直に衣服を脱ぎ丁寧に(たた)むと、(そば)に脱ぎ捨ててあった櫻の衣服も畳み一緒に揃えて置き、ちゃぽちゃぽと音を立て川の中へ足を入れた。

「う~ん、改めて綺麗な身体をしているねぇ…あの魔法使いは最低の男だったが、この点では評価出来るな。」

 命の美しい裸体に櫻も感心しながら全身を眺めると

「有難うございます。」

 と丁寧に頭を下げる。

「…その固っ苦しいのは止めてくれと言った筈だがね…あぁ、癖みたいなもんだってのは解ってるから一々反省しないでおくれよ?追々直ってくれればいいさ。それよりほら、こっちに来な。」

 再びの櫻の手招きで命が直ぐ傍まで来ると、櫻が命の背中に回り込み手で撫でるように背中を洗う。

「お前さん、汗も出るように出来てるんだろう?それならあたしらと一緒に水浴びなり風呂に入る習慣も付けなきゃ、身体も着てる物も汚れちまうよ。これからはこうやって皆で一緒に入って、互いに手の届かない所を補い合おう。それが仲間ってもんだ。」

「はい。これからは水浴びも入浴もご一緒致し…します。」

 背中越しに櫻の言葉を受け、命は小さく頷き答える。

「さ、次はあたしの背中を流してくれないかい?」

 水面を見つめ背中を任せていた命の前に櫻が肩まで浸かった身体でじゃぶじゃぶと音を立てて歩いて来た。

「申し訳ありません!ご主人様にそのような労力を使わせてしまうとは…。」

 水の流れが緩いとは言え、向かい水流の中を肩まで浸かって進むのはそれなりに体力を使う。命はそんな事をさせてしまった自身を責めた。

「いいんだよ。お前さんはあたしを主人と呼ぶし、確かに立場としてはそうなのかもしれんがね。だけどあたしはお前さんともっと対等に気さくに、それこそアスティアやカタリナくらいの気軽さで接して貰いたいんだ。だからお前さんもあたしに頼って我儘を言って良いし、たまにはあたしの手を煩わせても良いんだよ。」

 そう言うと櫻は命の胸に背中を預けるように寄りかかる。命はそんな櫻の身体を優しく包むように抱き止めた。櫻の後頭部に当たる控えめな胸の柔らかさが心地よく、そのまま暫し二人何も語らずに川の流れをその身に受け続けるのだった。

「サクラ様~?」

「おーい、お嬢~。」

 テントの方から二人の声が聞こえる。

「おーい、こっちだー。」

 命の腕に抱かれながら声をかけると間もなく二人がやって来た。

「あー、二人だけでずるい!」

 櫻と命の姿にアスティアも服を脱ぎ捨てると、腹部に開いた傷も殆ど目立たない程となっていた。

「ははっ、気持ちよさそうに寝ていたから起こすのも悪いと思ってね。カタリナも朝の水浴びをしないか?」

「そうだね。それじゃアタイもご一緒させて貰おうか。」

 カタリナも服を脱ぎ、逞しい筋肉と豊満な胸を揺らして川の中へと入ると、四人其々に身体を洗い合い水をかけ合いの楽しい時間を過ごした。


 日差しが暖かくなって来た頃に水浴びを終えると朝食を取り、旅支度を整え始める。カタリナがテントを片付けている間に櫻はカタリナ用の血の入った水筒を用意する。勿論アスティアの協力あっての事だ。

 旅の同行者が一人増えたとは言え、命は食料を必要としない為にそこまで荷物が増える事は無く、逆に荷物を運べる人員が増えた事でカタリナの負担が減り、その分櫻を(かつ)いでも体力に余裕が持てる旅路となった。


 それから5日程、何事もトラブル無く旅路を進む。その間に解った事として、命の禁断症状は大体3日置き程度に夜になると我慢の限界が来るらしいという事がある。その際にはアスティアとカタリナには『人に見られたくない姿だから』と理由を付けて櫻と二人だけで人目を避けて物陰へ隠れ、体液の譲渡を行う事とした。

(とは言え、いつまでも嘘をつくのも気が引ける…いずれは本当の事を伝えないといかんかもしれんなぁ…。)

 既に三度目ともなる濃密な口付けを交わしながら、櫻は頭を悩ませていた。

 そんな事を考えながら舌を絡め合い瞳を蕩けさせていると、近くの藪がガサガサと揺れる。何事かと視線だけを其方(そちら)に向けると、そこから飛び出して来たのは女だ。年の頃は17~18くらいだろうか、旅をするような姿には見えず、肌の露出の多い衣服にポニーテールの綺麗な金髪は、藪の中を突っ切って来た事を如実に表すように至る所に葉っぱが付いていた。

「はっ…。」

 その女は櫻と命の口付けシーンに一瞬言葉と動きを失う。櫻も同様に突然の珍客と、秘密の場面を目撃された事に思考が停止した。

「あ、その、お愉しみの所ゴメンね…って言うか、危ないわよ!貴女達も逃げて!」

 我に返った女が声を上げ脱兎の如く櫻達の横をすり抜けていくと、再び藪がガサガサと動き出した。櫻も命から唇を離すと命を背後に身構える。

 すると次に藪から飛び出して来たのは熊の如く巨大な身体を持つ獣。

「ひぃ~!来たぁ!」

 女が櫻達の背後の木陰から二人と獣の対峙を、身を震わせ見守る。だが櫻はその姿に心当たりがあり、さして動揺する程では無かった。

(ん?コイツ、獣の神と同種か?)

 一応身構え、どんな方向から襲い掛かられても回避出来るよう用心はしておきつつケセランに念話を送る。

《ケセラン、この獣に何故女を追うのか聞いてみてくれないか?》

《わかったー。》

 櫻の頭にぴょこんと耳が生えたかと思うと、そこに居たケセランが僅かに左右にふるふると揺れる。

 命への体液注入は出来れば他人に見られる事を避けたかった櫻ではあったが、ケセランにとって人の口付けという行為は特に何も思う処の無いものであるようだった事から同行を許していたのだった。

《えっとねー。そこの『ヒト』がこのコのたべようとしてたミをとっちゃったんだって。》

(何だ…食い物の恨みで『代わりにお前を食ってやるー!』って事か?)

《成程ね。それじゃ代わりの食べ物をあげるから、この娘は見逃してやってくれと頼めるかい?》

《きいてみるー。》

 再びふるふると櫻の頭の上で真っ白い毛玉が揺れると、怒りの形相で牙を剥き出しにしていた獣はその口を閉じ櫻の元へのそのそと歩み寄る。

「危ない!逃げてー!」

 木の陰から大きな声を上げる女。だがその心配を他所に櫻は獣の顔にそっと手を添えると小さく頷いた。その櫻の意思が判るかのように獣も小さく頷いて見せると、歩き出す櫻の後ろを大人しく追従するように動き出した。

「あ…あ…?」

 その様子に木の陰で怯えていた女は茫然とする。

「おい、お前さんも一緒に来な。獣の食い物を盗るなんて余程だろう、何か余り物で良かったら分けてやるよ。」

 櫻の言葉にハッとする女。少し考えると意を決したように櫻の後に、結構な距離を保ちつつ続くのだった。


 テントで火の番をしていたカタリナが藪の中から姿を見せた櫻の背後に驚く。

「うわぁ!?また『バー』!?」

(『バー』?そういえば獣の神を見た時もそんな事を言ってたな。この熊みたいなヤツは『バー』と言うのか。)

 櫻は『成程』という風に頷くと

「あー、カタリナ。済まないがこの獣に何か食糧を分けてやってくれないか?腹を空かせて人を食う処だったんだが、流石にあたしの目の前で食われるのを見るのは忍びないんで代わりの物をあげる事で納得してもらったんだ。」

「あ…あぁ…判ったよ。」

 手短に事情を説明し、カタリナはその要望を受けて明日の朝食用にと獲っておいたリトを1匹、バーに差し出した。

「それと、そこに居る(むすめ)にも何か食事を用意して欲しいんだが…何か残ってるかい?」

 未だに木陰に隠れ様子を(うかが)っていた女を親指で指し示す。

「ありゃ誰だい?ん~…何が残ってるって訳でも無いんだが、簡単な物なら少し待って貰えれば用意出来るよ。アンタそれでいいかい?」

 カタリナの声に女は木陰から顔を覗かせ、大きく首を縦に振って見せた。


 バーがリトを1匹平らげ満足して姿を消すと、女は入れ替わるように恐る恐る木陰から姿を現し櫻達の居るテントへと近付いた。

「まぁそこら辺に座りなよ。」

「あ、ありがとう…。」

 カタリナの言葉を受けて女が焚火の傍に腰を下ろす。

「で?お前さんは一体どうしてこんな所に?」

 櫻が当然の疑問を問い掛ける。

 その質問に女はこの場に居る一同を見回した。当たり前のようにアスティアの膝の上に座る櫻と、その櫻を嬉しそうにギュッと抱きしめるアスティア。そしてその背後には先程まで櫻と濃厚な口付けを交わしていた命が付き従うように控え立っている。この時たまたまトツマの町で買った三人お揃いの衣服を身に着けていた為、一人だけ違う姿で料理を行うカタリナの姿は一際目立っていた。

「…貴女、まさか人買い?こんな子供ばかり、恥ずかしくないの?」

 カタリナの粗野な容姿に女の表情が硬くなる。

「そういうアンタは商売女か?大方、無理矢理身売りさせられて逃げて来たんだろう?」

 女の言葉に少し機嫌を損ねたカタリナが前髪をかき上げ、仕返しとばかりに質問を返すと、女は図星を指されたのか頬をぷくりと膨らませて言葉を詰まらせた。

「そうなのか?」

 櫻が改めて聞く。

「商売女ってのは認めるわよ。でも身売りさせられた訳じゃないわ。アタシは自分で選んでこの道に入ったの!そこは勘違いしないで欲しいわ!」

 自分が水商売の女だと認めたうえで、その事に誇りすら持っているような力強い言葉。

「ふぅん?でもその様子じゃ逃げて来たんだろう?因みにアタイは別に人買いじゃないよ。(むし)ろ付き従う方だね。」

 そう言うとカタリナは櫻を見て笑う。その視線に女も櫻を改めて見ると、その姿はまるで女を(はべ)らせた主人のように見える。

「…貴女、何者?」

 不審の目は櫻に向けられた。

「カタリナ…誤解を招くような事は言わないでおくれよ…。あたしは単なる旅人さ。今は北へ向かって旅をしている最中で、この()らはあたしの仲間だ。」

 そう言ってアスティアと命を紹介するが、その両名共が櫻を敬うような態度に女の不信感は完全に消える事は無かった。

「それで、さっきの質問の続きだが。お前さん、名前は?それとこんな場所に居た理由も聞きたいね。」

「アタシはミーシャ。ここから北に行った所にあるトーチュの町で商売をしてたんだけど、アタシは女専門でね。今までは気楽に気持ちよくやってたんだけど、突然勤めてた店がライバル店に乗っ取られちゃったのよ。それだけならまだ勤め先が変わるだけだから良かったんだけど、男の相手をさせられそうになってね…着の身着のままで逃げだして来ちゃったの。」

 カタリナに差し出されたスープの入った椀を受け取り、焚火を見つめながら語る。

「それにしたってそんな(なり)で飛び出してくる程かね?」

「アタシは男なんて大っ嫌いなの!なんであんなおぞましいモノ受け入れなきゃならないのよ!」

 櫻の言葉に間髪入れずに声を荒げるミーシャ。するとその言葉にカタリナが大きく『うんうん』と頷いて見せた。

「…貴女達もそうなの?そういえばそこのお嬢ちゃんと後ろの()はさっきしてたわよね。」

「え!?お嬢、ミコトと姿を消すと思ったらまさか…そういう事なのか!?」

「内緒なんてヒドイよサクラ様!そんな事したかったらボクに言ってくれればいいのに!」

 ミーシャの言葉でアスティアとカタリナの目の色が変わった。

「まてまて、誤解だ。というかアスティアもサラっと軽率な事を言うんじゃないよ。」

 慌てる櫻。

(しまったな…まさかこんなタイミングで赤の他人から暴露されるとは思ってもみなかった…。)

 頭を抱えつつ

「あ~…その事については二人には後でちゃんと説明をするから、な?」

 と誤魔化し、納得の行っていない二人を取り敢えず(なだ)めた。

「それで、お前さんはこれからどうするつもりなんだい?ここから南に逃げるにしたって旅支度も無くちゃ無理だよ?」

「それは…。」

 櫻の言葉に二の句を継げないミーシャは、空になったボウルを膝の上に抱えたまま黙って焚火を見つめるしか出来なかった。そんな様子に見かねた櫻は小さく溜め息を漏らす。

「仕方ない。取り敢えずこの先にあるって言うトーチュ?の町に一緒に行こう。その先どうするかは、身を落ち着けてから考えるべきだよ。」

 その言葉にミーシャは少しの思案の後、小さく無言で頷くのだった。

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