事後処理
陽の光が窓から差し込み、まぶた越しにも感じるその明るさに櫻がパチリと目を覚ます。
隣にはアスティアがいつものように身を寄せ寝息を立てていた。だが逆隣りを見て驚く。そこにはベッド脇に佇む命が居るではないか。その姿は昨日の、櫻の服を着た姿のままであった。
「おわっ!?命、何をしてるんだい!?」
思わず大きな声を出してしまい、アスティアとカタリナが目を覚ます。
「サクラ様、どうしたの?」
「何事だい?お嬢。」
眠い目をこする二人。
「い、いや。起こしてしまったようで済まん。ちょっと驚いてしまってな。」
そう言う櫻の視線に二人も命を見ると、
「ご主人様のご命令をお待ちしておりました。」
と、先程の櫻の質問への返答だろうか、いまいち感情の読み取り辛い微笑みを浮かべ冷静に語った。
「命令って…あたしは『自分で考えて行動しろ』って言ったじゃないか。命令を待つ必要なんて無いんだよ?」
「はい。ですから私がしたい事としてご主人様の起床と命令を待っておりました。」
(う~ん、そういう事じゃないんだが…恐らく何処までがプログラムで何処までが自身の意思なのか、判断のしようが無いんだろうね…こればかりはもう生みの親が居ない状態では治しようが無い。)
頭をポリポリと掻きながら、命の精神的な成長は長い目で見守るしかないと覚悟を決めた。
「まぁいいか。取り敢えず朝食と、それから命の服を買いに行かないとな。そしたら詰所に行ってあのアジトの件について報告だ。」
ベッドを飛び降りると
「命…すまんがその服を返してくれんか?暫くここであたしらが戻って来るのを待っててくれ。その間は裸で部屋の中につっ立ってられるのも何だし、ベッドの中に居てくれると助かるかな。」
と一通りの指示をする。
「承知致しました。」
櫻の言葉に頷くと何の躊躇いも無く服を脱ぎ、そのままベッドの中へ。
「それじゃ行ってくるよ。なるべく遅くはならないようにするが、遅くなったとしても心配して探しに出るような事はしないでくれよ?」
「はい、行ってらっしゃいませ。ご主人様。」
命の見送りの言葉を背に部屋を出る一行。
「お嬢、あのミコトって娘、これからの旅に連れて行くのかい?」
「あぁ。見ての通り、あたしをご主人様と認識してしまっているし、そうさせたのは紛れもなくあたし自身だからねぇ。責任は取らなきゃならん。」
「そもそもどうしてサクラ様はあのコを助けたの?」
「…あの娘の身体は、あの中で犠牲になった女達の身体で出来たものだ。それを生かす事がせめて犠牲になった者達を無駄死にでは無かったと思える事に感じた…というのもあるし、既にあの娘の中には自意識が生まれていたんだ。考えてごらんよ、自分の意識がありながら身動き一つ取れずに永遠に洞窟の中に放置されていたらと。辛くてとても耐えられないと思うね、だから助けたいと思った。完全にあたしの独善さ。」
「ふぅん…いいんじゃない?アタイはお嬢の独善、嫌いじゃないよ。」
「ボクもサクラ様の考え、いいと思う。ボクも長く生きてるけど、それって自由があるから生きてて良かったって思えるんだもんね。」
二人の理解を得られた事に一つ不安が解消され、櫻の表情が明るくなった。
食堂で安く食事を済ませると、その足で衣料品店へ向かう。店内に入るとファートの町とはまた違ったデザインの服も多く見られ目移りしてしまう。
そんな中で櫻の目に止まった服が一点。
「お?これなんか似合いそうじゃないか?」
そう言って指差したのは、ドイツのディアンドルのような服。白と紺を基調とした落ち着いた色合い、その中に赤で刺繍された控えめな模様がアクセントとして輝く可愛らしいデザインだ。
「わぁ、可愛いね。確かに似合うかも。」
「おぉ、いいじゃない。お嬢とアスティアにも買おうかね?」
「そんな予算無いだろう…。」
厳しい現実にカタリナがガクリと肩を落としつつ、無事に命の服を購入すると一度宿に戻り命に買ってきた服を着せる。
「お、予想通り似合うねぇ。」
「うん、可愛い!」
「いいねぇ。やっぱり予算に余裕があったらお嬢とアスティアの分も買わなきゃね。」
三人に褒められ困惑の表情を浮かべる命。主人の世話をするのが自らの使命であるにも拘らず、逆に世話をされてばかりいる状況に少々混乱しているようであった。
「だけどちょっと胸元と首周りが風通し良すぎるかね?命、寒くないかい?」
「あ、いえ、大丈夫です。私は痛覚と同様に温度感知の機能もカットする事が出来ますので、衣服は無くともどんな環境にも対応可能です。」
「ほ~、大したもんだ。だけど出来ればその機能は切らずに、あたしらと一緒に気温の変化も感じて欲しいね。季節や土地によって違う気候を感じるのも良い経験になるもんだよ。」
「了解しました。緊急時以外での機能カットは禁止と致します。」
そうして再び、今度は命も含めて宿を出ると自警団詰所へと向かった。
「やぁ団長、昨夜はどうも。」
「おぅ、お疲れさん。首尾はどうだったい?まぁ全員揃ってる処を見ると問題は無かったんだろうが…って、一人多いな?」
「あぁ、それも含めて色々報告と、相談をね。っと、その前に…命。ちょっとその辺で待っててくれないか。」
「はい。承知しました。」
櫻は命を詰め所内の少し離れた場所へ待機させ、団長達を集めると声を潜め昨夜のアジトでの出来事を、命の目覚めに関しては色々と誤魔化しながら掻い摘んで説明した。その諸々の報告に団長を始めその場に居た団員達も驚きと共に表情を暗くし、命に目を向けた。その視線には理解の及ばない物を見る目や、嫌悪感を含む物も混じっていたが、櫻はその事について何も言う事は無かった。
「…という事でね。犠牲になった不明者達の塚と、命の姉妹34人の墓を作って欲しいんだ。予算の協力も出来るだけはするつもりだ。」
「お嬢!?そんな予算無いよ!?」
驚くカタリナは思わず大きな声を出す。
「何の相談も無く済まん。だが不明者捜索と魔物討伐の報酬が幾らか出る筈だろう?その中から僅かでも出させて欲しいんだ。…魂が天に昇ったとは言え、身体をあのままにするのは余りに忍びない。」
そう言って目を伏せる櫻にカタリナもそれ以上何も言えなかった。
「…分かった。先ずはギルドの方と合同でそのアジトの調査、それから報酬の方はギルドと直接交渉してくれ。墓の予算の話は俺達からも少しずつ出させて貰うとしよう。」
「いいのかい?」
「あぁ。そもそも犠牲者がそこまでの数に上ったと言うなら、俺達の警備が甘かったって事でもある。責任の一端と言えなくもないからな。それと不明者捜索に本腰を入れなかったギルドにも吹っ掛けてやんな。」
「そうさせてもらうよ。」
ニヤリとほくそ笑み合う櫻と団長。
その後、団長を含む自警団数名と共にギルドへ向かい、調査員を伴ってのアジト調査へと向かうと、その内部の規模の大きさ、そして異様さに皆が一様に驚きを隠せずに居た。
「凄いな…まさか町のすぐ傍にこんな巨大な洞窟が出来ていた事に気付かなかったなんて…。」
団長と共に櫻達も未探索部の調査に同行する。何の為に用意されたのか不明な数々の部屋を見て回ると、突然物陰からゾンビが襲いかかって来た。
「おわ!?」
咄嗟に身を躱す櫻と入れ違いになるように団長が前に出ると、その豪腕から繰り出される拳がゾンビの顔面にクリーンヒットし、吹き飛ばすと同時に頭部を打ち砕く。
「お、おぉ、助かったよ。ありがとう団長。」
「なぁに、昨夜コイツらと戦った時に頭が弱点と判ったからな。」
グッと力こぶを作りニカっと笑うと白い歯がキラリと輝いた。
(その腰に付いてる刃物は何の為にあるんだろう…。)
思わず突っ込みたくなった櫻であったが無粋な事は言うまいと言葉を飲み込んだ。
「それにしてもまだゾンビの残りが居たのか…コイツらも犠牲者には違い無いが、可哀想だが全て見つけて活動を停止させないとな。」
「そうだな。それにしても複雑に入り組んだ洞窟だ。ここは手分けして探索しないと効率が悪い。済まんがお嬢ちゃん達も協力してくれ。」
「あぁ。気をつけてな。」
「そっちこそ。」
こうして自警団組と別れた櫻達は再び洞窟の中を奥へと進む。
「それにしても広いねぇ。何のためにこれだけの洞窟を掘ったのやら。」
「ミコトは何か知らない?」
「私はあの部屋から出た事もありませんし、何も聞かされてはおりませんので、申し訳ありませんが…。」
「いや、気に病むんじゃないよ。知らない事を知らないと言って何が悪いものかね。」
結局、洞窟の突き当たりまで調査するものの特にめぼしい発見も無く引き返し、合流場所として予定されていた最奥…命が居た部屋へ向かう事に。
途中、魔人の死体が放置されたままの部屋を抜ける。その時櫻は、命の視線が冷ややかにその死体を見下したような気がした。
最奥の部屋へ入ると既に他の面々はその場に集まっており、櫻達が最後だったようだ。
「おうお嬢ちゃん、やっと来たかい。迷子にでもなってるんじゃないかと探しに行く処だったぜ。」
団長の軽口に迎えられ一同の輪に入る。
「それにしてもコイツはヒデェな…一体何人の犠牲者が出たのか…。」
豪快な団長も同行したギルドの調査員達も、何とも言えない表情を浮かべ積み上げられた亡骸の山を見上げる。中には涙を流す者さえ居た。
そんな中、誰からとも無く手を合わせると祈り始める者が現れ、それに続くように皆が黙祷を捧げ始める。それは神に祈るものなのか、犠牲者を悼むものなのか、ただ静かな祈りがそこにあった。
その後は自警団が犠牲者を丁重に運び出し、ギルドの調査員は櫻達と共に現場検証を始め、命の姉妹達の処遇を決める。だが姉妹達を形創るその素材は、この世界の誰も見た事の無い未知の物質であった為にどのように扱うのが適当かを判断する事が出来ない。
その結果、命の姉妹達は埋葬ではなく保管という形でギルドの重要保管庫へ運び込まれる事となった。
「…まぁ仕方無いか。まさかこの身体がそこまで未知の物とは思わなかった。そういえば創り主も『全く新しい魔法金属』と言っていたしな…燃やすも埋めるもどんな影響があるか解らん以上は人の手で保管が望ましいのは確かだ。」
調査が一通り終わり、亡骸を運び出し終わると洞窟の入り口に自警団員を数名配し一同は町へ戻る。日は既に夕刻に差し掛かり、町の色も緋く染まっていた。
「さてこれだけの人数の墓だ、森を少し切り開かなきゃならんし、数日は忙しくなるな。」
そう言って詰所へ戻る団長と自警団員の列を見送ると、櫻達はギルドへ足を運ぶ。
「何とも後味の悪い結末だったとは言え、受けた仕事の分の報酬は貰わなきゃあたしらだって生きるのが大変だし…世知辛いねぇ。」
報告と報酬の件を伝え、ギルド側の対応を待つ間、ホールのテーブル席に座りながら足をプラプラさせ小さく溜め息を漏らしながら櫻が呟く。
「仕方無いさ。せめて美味い物でも食って嫌な事は忘れるようにしないとな。」
軽い慰めのつもりなのだろうか、食事に結び付けるのがいかにもカタリナらしいと櫻は小さく微笑んだ。
「そういえば、命。お前さんは物を食べたりするのかい?」
フと思い立ち質問をすると、
「いえ、私に内臓器官は存在しません。動力のメンテナンス次第で半永久的に稼働する事が可能です。よって、経口摂取による栄養の補給は必要と致しません。…というよりも、物を食べるという行為は不具合が起きる可能性が高いかと。」
と問いに対して必要な情報を的確に返した。
(ここまで精巧に作っておいて生き甲斐の一つと言っても良い食の楽しみを与えないとは…つくづくあの男はこの娘を道具としてしか見てなかったって事か…思い出すと腹が立つ事ばかりだね、アイツは。)
腹の中で怒りが湧き上がる。しかし、
「ただし、性処理に使われる各種穴には体液を吸収する機能が備わっております。ご主人様がもしご利用になられる場合にはご心配無く。」
「あたしが何をどうやって穴を使うんだい!?」
突然とんでもない事を言い出した命に思わず妙な突っ込みを入れてしまう櫻であった。
「各種穴…って?」
「アスティアはそこまで知らなくていいんだよ。」
首を傾げるアスティアの耳を両手で塞ぐカタリナ。
そんな事をしているとギルドの係員が櫻達の元へとやって来た。
「カタリナ様、行方不明者捜索の依頼達成、ならびに魔物討伐の報酬の件なのですが…。」
係員の表情が硬い。
「…?何か問題があったかい?」
「いえ、実は不明者の数が想定を大幅に超えており、また魔物が、被害の規模を考えると危険度の高い魔人であった事もあり、報酬の金額の算出が終わらない状況なのです。その為、報奨金の支払いは明日以降という事になります。お手数ですが本日はお引き取り頂き、後日のご訪問をお願いしたく存じます。」
係員の言葉に櫻達は顔を見合わせると小さく頷いた。
「まぁそういう事なら仕方無い。解ったよ、それじゃ明日のいつ頃に来れば良いんだい?」
「はい、日が登りきる頃には確実かと思われます。」
「解った。それじゃ仕事頑張ってくれ。」
結局報酬を受け取る事が出来ずにギルドを出る面々。
「さて困ったね。カタリナ、残りの金はどれくらいだい?」
「う~ん、そうだねぇ…宿の一泊分は有るとして、食事代がなぁ。」
そう言うカタリナの腹から『ぐうぅぅ~…』と空腹を知らせる音が鳴り響く。
「仕方無い、森で獲物でも捕まえて食うか。」
「それしか無さそうかね。」
頷き、早速森へ出ようと町の出口へ差し掛かった時、
「おう、お嬢ちゃん達!もう出発するのかい?」
背後から聞き覚えのある大きな声。振り向くとそこに居たのは団長だ。
「おぉ、団長か。いや、実はもう一泊していく事になったんだが飯代が無くてね…これから森で狩りでもしようかと考えていた処なんだよ。」
事の経緯を説明する。すると
「何だそんな事か。それなら俺もこれから飯に行く処だったんだ、奢ってやるから来な!」
と豪快な声が響いた。
「いいのかい?有り難い申し出だが…あたしは兎も角この娘が結構食うよ?」
櫻がカタリナを小さく指差してみせると、カタリナは少々バツが悪そうに笑って見せる。
「なぁに、ともすればこの町を救ってくれた恩人みたいなもんだ。遠慮なんてするなって。」
「まぁそう言ってくれるなら、折角だし好意に甘えようか。」
そうして団長に連れられ食堂に向かうと道中、団長は町の人々から尽く声をかけられる。そのどれもが好意的で友好的なものであった事から、団長の人柄が解るというものであった。
食堂に到着すると団長は迷い無く大きなテーブル席にドカッと座り、さも何時もの事の如く女将を呼ぶと酒と大量の肉を注文。カタリナも負けじと同量の物を頼むと女将は耳を疑うように目を丸くした。
櫻はと言えば肉と野菜のバランスの取れた料理をアスティアに選んで貰い、森の中で取れるという果実をデザートとして頼む。
「そっちの嬢ちゃん達は何も食わないのか?」
団長が櫻に寄り添うように椅子に座るアスティアと、櫻の背後に立ち控える命を見て不思議そうな顔をするが、
「うん、ボクは物は食べないから。」
「はい、私は食物を摂取出来ませんので。」
という二人の言葉にそれ以上の追求はしなかった。その察しの良さに櫻も好感度を上げる。
「そういえばさっきあたしらの事を『恩人』と言っていたね?」
「あぁ。ギルドから報告を貰ったよ。あの洞窟の主が下手をすればこの町の襲撃を狙ってたかもしれない、ってな。あの動く死体…ゾンビだっけ?あれくらいなら正面から戦えば俺達が勝つのは難しくないだろうが、真夜中に奇襲でもされようものならその被害は相当なものになっていただろう。事前に食い止める事が出来たのは本当に幸いだったさ。」
(そういえばそんなメモ書きがあったな。)
天井に目をやり記憶を引っ張り出す。
「ましてや、ゾンビだけならまだしも魔人が居るとなっちゃ…よく三人で倒せたもんだと感心するよ。」
「まぁ戦ったのは二人だけなんだがね。」
「それなら尚更凄いもんだ。やっぱり筋肉があれば何でも出来るな!」
団長は余程カタリナが気に入ったのか、互いに肉を貪り酒を呷りつつ筋肉の話に花を咲かせ、櫻はそんな二人のやり取りを穏やかな眼差しで眺めながら満足に食事を終えた。
「それじゃご馳走になったね。助かったよ。」
「なぁに、いい食いっぷりを見せてもらってこっちとしても気持ちが良かったぜ!」
食堂の前で団長と手を振り交わし別れると、櫻達も宿へと足を向ける。
(今までは流されるままにここまで歩いて来たが、初めて自分の意思で人を助ける事が出来たかね…これから先もこうして長い時を旅して行くのが、あたしに課せられた役目か…。)
夜空を見上げると雲間に月が煌々と輝く。
(それにしても…。)
ふぅ…と溜息を漏らすとチラリと後ろに続く三人を見る。
(吸血鬼に人狼に人造人間…ねぇ。最初は水○黄門の世直し旅かと思っていたが、どうやらあたしは怪物ラ○ドの小さいのだったか。)
クスッと小さく笑うと
「サクラ様、どうかしたの?」
アスティアの声に
「いや、改めて素晴らしい仲間に恵まれたもんだなと嬉しくなったのさ。」
そう言って平和な町の夜道を歩くのだった。




