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解放

 洞窟の入り口まで戻って来た三人プラス一人であったが、入り口を塞ぐ岩は未だに口を閉ざしたままであった。

「う~ん、案の定ではあったか。恐らく朝…ゾンビの帰宅時間になれば開くようになってるんだろうが、それまで待つか?」

 振り向きアスティアとカタリナに問う。

「ボクは待っててもいいと思うな。」

「アタイは出来れば早く出たいねぇ。ここは空気が悪い。」

 珍しく意見が割れた。

「そうだねぇ…出るか出ないかという問題は兎も角として、ここを自由に行き来出来るようにするのは悪い事じゃないね。何かこの入り口の岩を制御する方法は無いものか…。」

『う~む』と頭を(ひね)る櫻に少女人形が声をかける。

「ご主人様、この岩を除去すればよろしいのでしょうか?」

「ん?除去?まぁ、そうだね。出来れば良いんだが、カタリナの力でもビクともしなかったからねぇ。」

「ちょっとお嬢!?血の力があればアタイにだって退()けれるってば!」

 自身の力を過小評価されたようでカタリナが慌てる。

「お前さん…と、いい加減何か名前が無いと呼び辛いな…。」

 少女人形に振り向き櫻が頭を(ひね)る。

(う~ん?確か35番とか付けられてたが…サンゴ…ミゴ…ミコ…。)

「そうだな。お前さんの名前は『(みこと)』にしよう。」

「「ミコト?」」

 アスティアとカタリナが声を揃えて復唱すると、命と名付けられた少女人形は不思議そうに首を(かし)げる。

「『ミコト』…それが私の新しい呼び方ですか?」

「『呼び方』って言い方は好きじゃないね。それはお前さんの『名前』だ。『(みこと)』ってのはあたしの故郷で『(いのち)』って意味だ。お前さんは産まれた経緯は特殊かもしれんが、それでもこうして意思を持って言葉を交わせるならそれは(いのち)を持ってるという事だ。自分を物のように扱うんじゃない、自分の意思で物事とその善悪を考えて、気持ち…心に従ってやりたい事を成すんだよ。」

「私はミコト…私のやりたい事は、ご主人様の役に立ち望みを叶える事。」

(う~む…恐らく思考形式もプログラミングされたものなんだろうが…自ら考える事が可能なら長く生きれば徐々に変化も生まれるかもしれない…今すぐに矯正する必要は無さそうかね。)

「それで命。お前さんはこの岩を退()ける方法に心当たりでもあるのかい?」

「いえ、何も。ですが破壊出来る可能性があります。ご主人様の許可があれば試行致しますが、如何が致しましょう?」

(破壊か…この洞窟が口を開けっぱなしにするとなれば野生の獣の巣になる事は明白だが…自警団に管理を任せて封鎖なり判断をしてもらうとすれば大丈夫かな。)

「分かった。やってみてくれ。」

「はい。危険があるといけませんので、少々後方へお下がりください。」

 そう言って命が前へ出ると、右腕をスッと上げた。するとその腕が指先から形を変え始め、みるみる鋭利な刃物へと変化したではないか。手首に(はま)ったままだった手枷はその刃物の切れ味を見せつけるように真っ二つになると地面に落ち、美しい切れ目を見せ転がった。

 肘の手前までが両刃の刀のように変化した命が入り口を塞ぐ岩に向かいその腕を幾度か振り払うと、巨大な岩が乱切りでもされた芋のようにごろごろとした破片となり足元に転がる。

「すっごーい!」

 アスティアが思わず感嘆の声を上げると、それに同意するように櫻とカタリナもうんうんと首を縦に振る。

(ふむ、この洞窟の綺麗な掘り跡は、あの男がこの物質で作り出した刃物で切り開いたものかもしれんな…そんなモンでカタリナが斬られていたらと思うとゾッとする…当たらなくて本当に良かったよ…。)

 表面上は何事も無く振る舞う櫻であったが、その内心はホッと安堵の息を漏らしていた。

 程なくして命の腕が止まると、停滞していた洞窟の中の空気に新たな風が送り込まれるように外の森の香りが流れ込んできた。

「ご主人様、入り口を塞ぐ障害物の除去が完了致しました。」

 振り向くと同時に命の腕が元の少女の細腕に姿を変える。

「ありがとう命。お前さんの身体は、そうやって何にでも形を変えられるのかい?」

「はい、基本の姿として今の形が記憶されていますが、私を構成する物質量の範囲内であれば、自分の意思でどのような姿にも変化する事が可能です。」

「ふぅん、形状記憶合金みたいなもんなのか。」

 櫻が命の身体をペタペタと触りながらその感触を確かめる。本物の少女の肉体のように柔らかく温かいソレは、本当に金属なのかと疑う程だ。そこで今更にハッと気付く。

「しまった…命に何か着る物が無いと、このまま裸で町に連れてったら大変な事になる…。」

「お嬢、それを今更気付くかい?」

 カタリナの呆れた声。

「外で蔓と葉っぱを使って服を作れないかな?」

 アスティアが提案するも、

「いや、ここはあたしが一肌脱ごう。」

 と櫻が言うやいなや、その身に纏っていた服を脱いだ。

「またかい?今度は何処を抉るんだ?」

「違うって。この服を命に着てもらって…。」

 そう言うと櫻がカタリナの服の中にもぞもぞと潜り込んだ。

「あたしはこうしてカタリナに町の宿まで運んで貰えばいいって訳だ。」

 櫻のきめ細やかな素肌がカタリナの素肌に密着すると、カタリナの体温が急上昇する。

「お、お、おぅ!任せなよ!お嬢はアタイがきっちりと持っててやる!」

 櫻の素肌の感触をもっと感じたいとカタリナが抱き締めようとした瞬間、

「だがその前にやる事があるんだ。」

 と服の中から櫻はヒョイっと抜け出てしまい、カタリナの両腕は虚しく空を切った。

 櫻が森の中へ歩み出る。

「サクラ様、どうしたの?」

「皆を解放してやるんだ。」

 そう言うと櫻は森の木々の中に立ち、両手を広げる。すると櫻の身体の内から(ほの)かな明かりを(まと)った何かが無数に溢れ、天に向かい昇って行く。

「お嬢、これは…。」

「この穴の中で犠牲になった人達だよ。あの部屋の中で救いを求めてあたしの中に入って来たんだ…これで解放されて、新たな(いのち)に生まれ変わる事が出来るだろう。」

 立ち昇る光はやがてその数を減らし、最後の一人が天に昇るその時、

『ありがとう。神様。』

 櫻の耳に確かにそう聞こえた。

「…どういたしまして。」

 櫻はフフッと笑うと、始めて神様らしい事が出来たかな、と小さな満足感を覚えたのだった。

 その時、木々の間を縫って風が吹くと森がザワめいた。森の空気は湿度を多く含む為、まだ日が昇っていない時間の風は意外に寒い。

「ックシュ。」

 櫻が思わず小さなくしゃみをすると、

「ほら、お嬢。アタイの中に入んな。」

 とカタリナが裾を開けて招き入れる。

「あぁ、そうだね。すまんすまん。命も早くあたしの服を着ちまいなよ。」

「はい、承知致しました。」

 言われるがままに櫻の服を頭から被る命。だが少女の姿とは言え流石に子供用のサイズを着るには無理がある体格であったようで、生地が身体を締め付けボディラインが目立つうえにスカートは尻肉が見えそうな程の丈になってしまった。首元は吸血に不便の無いようにゆったりとした作りだった為に締め付けが無いのが幸いであった。

「う~ん…これはこれで恥ずかしいかもしれん…が、全裸よりはマシか…。」

 カタリナの服の首元から顔を出してその姿を見る櫻。

「私はご主人様が(めい)じるのであれば全裸でも構いませんが。」

 真面目な顔で言う(みこと)

「いや、お前さんがあたしを主人だと思ってくれるなら、その主人に恥をかかせない為にも人前で裸になるのは止めてくれ。」

「承知致しました。ご主人様の前でしか裸になる事は致しません。」

「ボクもサクラ様の前でしか裸にならないよ。」

 何故かアスティアも対抗するように手を上げ宣誓をするのだった。


 櫻達は一番近いルートで一直線に街道へ出ると、丁度自警団数名と鉢合わせた。話を聞くとゾンビの討伐は上手く行ったようで、これから町の詰所に報告に戻る処なのだと言う。

 その者達が倒したゾンビは3体だけらしく、櫻の報告で総数は15体という事実を聞き驚愕する。聞けば1体辺りの戦闘力も結構なもので討伐には手を焼かされたのだそうだ。だが幸いにもあの筋肉団長の元で鍛えられた自警団の面々、そう易々とやられる訳は無く無事に打倒したと自慢気に語った。

 櫻達もその自警団の面々に同行して町まで戻る事としたのだが、自警団に所属するのは殆どが盛りの若い男だ。ピチピチとした服に太股(ふともも)(あらわ)な若い女が(そば)を歩けば、凝視こそせずとも気が気ではなかった模様。ちらちらと命に視線を奪われるのだった。

 町の門を(くぐ)った頃に森の中に刻鳥の朝を告げる声が響いた。

「ふむ、これでゾンビの討ち漏らしがあったとしてもアイツらはアジトへ戻るだろう。後で団長に報告してアジトの中の調査をして貰い、あの穴の処遇もこの町で決めてもらうとしよう。」

 そうして自警団の面々と別れた櫻達は、一旦宿に戻ると一晩の疲れを癒す為にぐっすりと眠るのであった。

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