目覚め
ヒヤリとした空気が肌を撫でる。
(う…ここは…?)
ハッと意識を覚ました櫻が目を開けると、横たわっていたらしい身体をそのままに首だけを動かし周囲を見回す。
そこは切り出された巨大な石を積み上げ造られた神殿のような場所だった。
(どうやらあの女神…ファイアリスだったか…が言っていた惑星に到着したのか。)
身を起こすと身体に違和感を覚える。
身体のバランスが悪い。手足が短く、細い。その姿はまるで子供のように小さくなってしまっていた。
「な、なんだいこりゃ!?」
思わず声に出すと、神殿内部に子供特有の甲高い声が響き渡る。
使われなくなって久しいのか、綺麗に作られたであろう神殿の内部は草や蔦がそこかしこに見られ、壁面も三割程が苔に覆われる程に寂れていた。
その神殿の最奥に位置する、綺麗に磨き上げられた石の台座の上に横たわっていた事に気付いた櫻がそこから下りる。
その姿は一糸纏わぬ産まれたままの姿であった。
周囲の様子を窺いながら冷たい石の床を歩き出す。
(くそ、いきなりとんでもない所にとんでもない状況だね。せめて服くらい用意しておいて欲しいもんだよまったく…。)
そんな事を考えながらもその歩みは恥じらいなど無い堂々としたものだ。
特段の迷いも無く神殿の出口に辿り着くと、いよいよ陽の光が見えた。
(お、やっと外か…何か身に着けられるものがあると良いんだがな。)
不安と期待が入り混じる中、眩しい光の中へ飛び出す。
すると、そこに広がっていたのは木漏れ日こそ暖かいものの、今にも神殿を飲み込もうという勢いすら感じられる木々の広がる森林であった。
振り返り神殿を見上げる。
(あ~、こりゃもう遺跡と言っていいレベルだね…。まさかここに住む訳にもいかんし、さて差し当ってどうするべきか…?)
そんな事を考えていると、
『ぐぅぅ~…』
腹が鳴った。
「神様の筈なんだが、腹は減るのか…。」
呆れ顔で呟く。すると
《お目覚めね。どう?身体の調子は。》
頭の中に直接響く、聞き覚えのある声。
「何だ?ファイアリスか?何処に居る?」
慌てて周囲を見回すが、木々の葉擦れと鳥の囀りが聞こえるばかりで周囲に人影は見当たらない。
《私は今貴女の魂に直接語りかけているので、距離は関係無いのよ。貴女も私と同じ神になったのだから、意識して語りかければ私に届く筈よ。》
(む…そうなのか?)
《…こうか?何だい、神様ネットワークみたいなものでもあるのか。》
《そうそう、飲み込みが早くて助かるわ~。》
《それで、安請け合いしたものの神様ってのは何をやればいいんだい?》
裸のままで地面を踏みしめつつ、会話をしながら何か腹を満たす物が無いかと周囲を散策する。
《其方に送る前に言ったように、貴女は人類の神を担当して欲しいの。》
《人類の?》
《そう、私の管理する世界では様々な神に担当分けがされているのだけど、貴女が担当する人類の他に、獣担当、虫担当、植物担当、等など色々な神が居るわ。》
《成程。それで察するに、その各担当の神の姿ってのは、其々の担当の生き物が元になってる訳かい?》
《あら、またもや察しが良いのね。》
少々驚いた声のファイアリスに多少満足気な櫻。すると目の前に綺麗な水を湛えたそこそこの大きさの池が現れた。
どうやら湧水が出ているらしく、そこを始点として小さな川がチョロチョロと流れている。
(おぉ、食料とは行かないが、これで少しは腹を満たせるか。)
喜び勇んで池の畔へと駆け寄ると、その水面を覗き込んだ。
するとそこに映る自分の姿に驚く。
「これは…。」
そこに映った姿は、記憶の奥深くにあった少女時代の姿に瓜二つ。ただ一点違うとすれば、幼い頃には烏の濡れ羽色と持て囃された美しい黒髪ではなく、透き通るように真っ白な髪の毛であった。
髪型も幼い頃の、市松人形のような前髪パッツンカットに腰まで届くロングヘアーで、間違いなく今の姿のモデルは幼少期のソレだ。なのに何故髪の色だけ最後の時の姿なのか。
《ファイアリス、この姿について質問していいかい?》
《あぁ、それね。前の世界から存在を分けてもらったって言ったでしょう?それで生きた時間も等分されるんだけど、実はちょっと横槍が入っちゃってね。》
《横槍?》
《えぇ。私の他にも別世界の神が貴女の特殊性に目を付けちゃって、『ウチにもくれ~!』って寄って来ちゃったのよ。》
《…まさか…?》
《多分想像した通りのまさかよ。結局元の世界の神も含めて10柱の神が貴女を欲した結果、10等分にする事になっちゃってね。》
《はぁ…成程。あたしがあの飛行機事故に遭った時は70だったからねぇ。10等分で今は7歳って処か…。で?この髪の色はどういう事なんだい。》
《それが解らないのよねぇ。多分10等分されて別々の世界へ分かれた事で今まで見た事のない特殊な変化があったせいかと思うのだけれど、まぁ気にしなくても良いんじゃないかしら?私はその髪綺麗で好きよ?》
他人事だからか随分と軽く言ってくれる。改めてファイアリスの軽い性格に呆れる櫻。
《あ、そうそう。変化ついでに一つ面白い副作用があるのだけれどね。》
何やら嬉しそうな声。
《実は他の世界の神から聞いた話だと、貴女、不老不死になってるみたいなのよ。》
その言葉に一瞬思考が停止する。
「…はぁ!?」
思わず口から声をこぼしてしまった。
《いや、何軽く言ってるんだい?そもそも何故他の世界の神から?》
《世界によって時間の流れというのは違うのだけれど、この世界より早く時が進む世界に行った貴女は何年経っても同じ姿のままで、どんな大怪我を負っても死なないそうなのよ。》
(他のあたしは一体どんな世界に行かされたんだ…。)
《恐らく等分された数が多すぎて、『死』を薄めるだけでは無く霧散させてしまったみたいね。そういう訳で恐らくは貴女もかなりの無茶が出来る身体になっていると思うわ。》
水を飲もうと差し込んだ手をじっと見る。ゆらゆらと揺れる水面に歪んだ小さな手。大人になった大きな手、そして晩年の皺の増えた手を思い出しながら、ふぅ…と溜息をついた。
(まぁいいか…。ここはもうあたしの知る世界じゃない。いっそ生まれ変わったものと割り切って進むしかないんだ。どうせならこの星の終わりまで見届ける覚悟で行こう!)
《…解った。もうこの際グダグダは言わん。で、先ずあたしは何をすればいいんだい。》
腹を決め、水をすくい上げてグイッと煽ると喉を鳴らして飲み干した。
空腹の胃袋に冷たい水が流れ込むのが感じ取れる。
《そうね、当面の目標とかは在った方が良いわね。一先ず神としてその惑星の主精霊6体への訪問と…後は使徒を何人か作ると良いと思うわ。》
《精霊…?使徒…?》
《精霊というのは元の貴女の世界でも居たと思うのだけれど?》
(あぁ、確かにファンタジーにはよくあったね…。)
コンピューターゲームを思い出し軽く笑う。
《まぁいいわ。その惑星にも様々な精霊が居るのだけれど、その主となる6体、光・闇・火・水・土・風の精霊を訪ねて力を貸してくれるように契約をするの。》
《世界の主たるお前さんに指名されて神になったのに、あたし自身が訪ねて契約?をしなきゃならんのか。》
《確かに世界の管理者である私の権限は大きいけれど、私達神が間違った事をした時にそれを咎める者の存在が必要になるわ。それが精霊。この世界を構築する要素を司り、その力を本気で振るえば惑星だって消滅出来る程の存在なのよ。》
恐ろしい事を言うが、その声は相変わらず軽く緊張感の欠片も無い。
《ふむ、要するにこの世界…いや、惑星か。で神として認められるかの審判を受けて来い…と。》
《そ。貴女は間違った事はしないと思うし、普通に挨拶すれば良いだけなのだけれど、まぁそういう風に取って貰って構わないわね。それに主精霊と契約をする事は神として成長する事にも繋がるしね。》
《精霊については解った。で、次は使徒とやらだが。》
《使徒とは神に付き従い、手足となって働き、時に神の代弁者として人々に言葉を遺す者…のようなものよ。》
《随分曖昧だな。》
呆れながら池の畔に腰掛け、足を水の中に投げ出しバチャバチャと音を立てる。
《まぁ難しい事は考えずに、貴女が信頼を置けると思う人類の中から適当に選んで、貴女の血肉を分けてあげれば使徒の出来上がりよ。たった一つの惑星の中でも一人旅より連れが居た方が楽しいでしょ?》
《うん、まぁ、言いたい事は解った。で、血肉を与えるというのは…。》
《ん?そのままの意味よ?貴女の血や肉を食べさせるの。》
《おいおい、そんな事してたらあたしの身体が無くなっちまうだろうが!?》
《大丈夫よ。貴女は不老不死の身体。死ねないままで身体を失うのは困るものね。だから一つ貴女の身体にオマケを付けてあげたわ。》
《…?》
《そうね。ちょっと痛いと思うけど、適当に身体を傷付けてみてくれないかしら?》
この女神の事だ、拒否するだけ時間の無駄だろうと諦め周囲を見回す。
丁度近くに折れて落ちた木の枝を見つけるとソレを手に取り、尖った根元に指を軽く叩きつけた。
『ザクッ』と、思いの外激しく傷を負い少々焦る櫻。
だが、その傷は見る間にスーっと消えてしまった。
「これは…。」
《どう?超治癒力よ。どんな負傷も、身体の欠損だって元に戻せる優れモノ!私良い仕事したわね!》
《確かに凄いが、お前さん前に『命に特別な扱いはしないし出来ない』と言ってなかったかい?》
《そうよ?でも貴女は神となったもの。普通の命とは違うし、それにそこまで特別な事じゃないのよ。単に自然治癒の速度を早めただけで、万能では無いわ。例えば…治癒力を発揮すると物凄くお腹が減るの。更に栄養が足りないと超治癒が働かなくて普通の人類と同じ程度の再生速度になってしまうわ。》
(空腹を感じるのはそういう訳かい…。)
空腹だった事を思い出し腹に手を添える。
《例えば貴女の身体が弾け飛んでバラバラになってしまった時、超治癒が働かないと物凄く痛いままで自然に治るまで我慢しなきゃならないの。そんなの嫌でしょ?》
《さらりと怖い事を言うな!》
思わず想像して顔が青ざめてしまう。
《でも時と場合によっては勝手に超回復してしまうと不都合があるかもしれないから、その速度は貴女が意識してコントロール出来るようにもしてあるの。安心してね。》
《成程、栄養を消費するかどうかを選べるのは有り難い。まぁ素直に気遣いに感謝しておくよ。》
《どういたしまして。それじゃ他に聞きたい事が無かったら私は他にもする事があるから、これでおしまいにしておくわね?》
《あぁ、また何か聞きたい事が出来たら此方から声をかけるさ。助かったよ。》
そう言って話を切り上げると
「あ…しまった。せめて服をくれとでも言っておくべきだったか…。」
今の自分の姿を思い出し、軽く後悔をした。
やっと本題に差し掛かりました。