出港
武装船の中へ通された櫻達一行は一旦タッカーと別れ一泊する予定の部屋へ案内される。
「ほぅ。これは確かに客船と言われても信じられるな。」
内部は日本で言えばビジネスホテル程度のレベルではあったが、この世界でカーペット敷きに綺麗に整えられた柔らかなベッドが4つも設置されていながら、窮屈さを感じさせない広さを確保出来ているのは町の宿屋と比較しても凄い事だ。
「へぇ、こんな部屋に泊まれるなんて、流石あれだけの額を要求するだけはあるって訳だ。」
「すごーい!でもベッドが多すぎるよね。ボクはサクラ様と一緒に寝るから二つで十分だもん。」
櫻よりもこの世界の常識を知っている二人も驚く程だ、余程なのだろう。
「まぁ何にしても、これでやっと一息つける。二人共、取り敢えずそのボロボロの服を着替えたらどうだい?」
櫻に言われ二人は今更ながらに自分達の姿に目をやり、あちこちが破れ穴の開いた服の裾を摘まみ上げた。
「あぁ、こりゃ確かに酷いね…お嬢の肉の力のせいか、自分がどれだけのダメージを受けたかの実感が薄くて気付かなかった。」
「ボクもサクラ様の血を飲むようになってから傷の治りが早い気がする。ありがとうね、サクラ様。」
「礼を言うのはこっちだよ。お前さん達が居なきゃ今だってまだ目的地すらハッキリしてなかったかもしれないからね。あたしに出来るのは二人のパワーエサになる事くらいさ。」
「「パワーエサ?」」
二人が謎の単語に首を傾げる。
「あはは、まぁ聞き流してくれ。取り敢えず着替えちまいな。客用の食堂で夕食も出ると船長が言っていたし、流石にボロボロの姿では失礼だろうからね。」
「アタイは余り畏まった食事ってのは好きじゃないんだが…。」
カタリナは少々渋い顔を見せるが
「は~い。」
食事を必要としないアスティアは櫻の隣りに居て失礼の無いようにという事で直ぐに傷んだ服を脱ぎ捨てた。
『コンコン』
着替えを終え少しすると客室のドアをノックする音が聞こえた。
「ん?何だ?」
櫻が扉を開けると、そこに居たのは船の前で櫻を門前払いしたあの船員だ。櫻の姿を見て『ヒッ!?』と驚きの声を上げたが、直ぐに態度を改めると
「お客様、船長がお呼びですので、ブリッジまでお越し頂きますようお願い致します。」
と丁寧な言葉を告げる…が、その直後に逃げるように立ち去ってしまった。
「何だアイツは…。」
呆れる櫻。
(そういえば3隻で90人と言っていたから、1隻辺り30人とすると単純に考えて船の操舵管理に戦闘担当に生活担当で振り分けた場合に其々常時5~6人って事なのか…それで今のアイツが接客全般でも勤めてるって事なのかな?)
「ま、いいか。『神をも畏れぬ』よりは怖がってた方が可愛気があるってもんだ。」
ニンマリと笑みを浮かべる。しかし櫻自信、自分が神である自覚は薄い。
「まぁそれじゃちょいと船長の所に行くとするか。多方分け前の事だろうから二人も来てくれ。」
「うん。」
「あいよ。」
ベッドに腰掛けていた二人も立ち上がり、櫻の後に続いた。
船倉の客室スペースから上へ上がると、雨粒が甲板を激しく叩く音が耳に入って来た。
「随分荒れて来てたんだねぇ。客室に居た時は全然気付かなかった…防音も出来てるのか。」
感心しつつブリッジへ到着すると、
「どうぞ、此方です。」
とその場に居た船員に誘導されたのはドアを挟んで隣りにある船長室だ。
中に入ると膝程の高さの大きめの四角テーブルを囲むように長めのソファーが配され、船長と、それに対面するようにタッカーが座っている。
「おお、来たか。まぁ好きな所に座ってくれ。」
船長の言葉に促され空いたスペースに三人並んで座る。
「各々方ご足労感謝する。先ず、これから出航する訳だが天気が荒れているのは知っての通りだ。沖の方は更に荒れる事が予想されるが船を沈める気は毛頭ないので安心して欲しい。」
船長が膝の上に指を組んで話し始めた。
「だがお客様各位にもある程度の自衛はして頂きたい。具体的にはなるべく座って大人しくしていて欲しいという事。これは突然大きな揺れが起きた時の為と思ってください。そして貴重品は部屋に設置されている保管箱に入れておいて欲しいという事です。」
「保管箱?」
「ほら、部屋の隅の方に赤い目立つ箱があっただろう?あれは万が一船が沈んでも中に水が入らないようになってて、船の外に投げ出されても水に浮くように出来てるんだ。だから探しやすいんだってさ。」
櫻の疑問にカタリナが答えると、船長もその説明で合っているという風に頷いて見せた。
「まぁタッカーさんには今更説明する事でも無かったんだが、一応決まりという事で説明させて貰った。それではゆっくりして行って下さい。」
「はい。船長の船の安心感は充分承知していますからね。それでは。」
タッカーが部屋を出て行くのを見届けると、櫻達も席を立とうとした。だが
「おっと、其方はまだ話がありますよ?」
と船長の低い声に制止される。
「はぁ、解ってるよ。魔物討伐報酬の分け前の事だろう?」
再びソファーに座り船長の目を見る。
「解ってるなら話は早い。」
そう言う船長の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
櫻としてはアスティアとカタリナの働きに報いる為に出来れば此方側に多く分け前を貰え無いかと交渉した。しかし結果として全く譲歩してもらう事は出来ずに報奨金は全人数で均等に分けられる事となったのだった。
「負けたよ…それにしても船長、あんたはあたしの事を子供として見ないんだね。」
「まぁ色んな客を見てきたからな。普通の子供はそんな肝の座った態度はしてねぇよ。お嬢さん、あんた見た目通りの歳じゃないだろう?」
「女性に歳の話をするとはまだまだ紳士じゃないねぇ。まぁ想像にお任せするよ。」
「ふっ、人には其々事情があるからな。深く追求する気は無いさ。金の話も終わった今、あんた達は今は俺の船の客人だ、それだけで充分さ。ほんの一日程度だがゆっくりして行ってくれ。だが、トラブルは起こすなよ?」
「あぁ、世話になるよ。」
互いに小さく微笑むと櫻達も船長室を後にした。
櫻達が客室の扉を開けようとした時、伝声管を通して
『出航ー!』
という大きな声が船内に響き渡り、いよいよ船が港を離れる時が来た。
「ふぅ…遂にこの島を離れるのか…。たった数日だったのに色々あって大変だったよ…。」
ベッドに身を投げ出し天井を眺めながらこの世界に来てからの数日を思い浮かべる。
「とうとう島を出ちゃうんだね。」
アスティアが櫻に添い寝するようにベッドに飛び込んで来た。
「…後悔してるのかい?」
使徒になった事か、故郷を離れる事か、はたまた自分と出会った事か…その意味する処は読み取れない。
「ううん、そんな事は無いよ。ただちょっと淋しいかなって気持ちはあるかなぁ。でもサクラ様と旅が出来るのが楽しみっていう気持ちの方が強いんだ。だから大丈夫!」
「そうかい…ありがとう。」
アスティアを胸に抱き寄せ、ぎゅっと抱き締める。
「?どうしてサクラ様がお礼を言うの?」
「いや、ただ言いたかったんだ。それにカタリナも、付いて来てくれて本当にありがとう。」
「突然何言い出してんだい。まだ旅は始まったばかりだよ?」
「あぁ、そうだね。これからも頼りにさせてもらうよ。」
「任せなって。どんどん頼ってくれよ。」
「ボクの事も頼ってよね?」
こうして嵐の中を船は沖へと出て行く。しかし櫻は不思議とその行く先に不安は感じなかった。