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命(みこと)

 チョナツの町を出てから(はや)5日。櫻達が魔蟲(まちゅう)の大量発生源を一時的に封じた山を迂回するように続く街道は、厳しい傾斜(けいしゃ)を登る為に『いろは坂』のように何度も折り返す坂道となっていた。


「ウララ、大丈夫かい? 疲れたらケセランに言うんだよ?」

 御者席の横、何時(いつ)もの様にアスティアの膝の上に座る櫻が、追い風を起こし荷車を後押ししながらウララに声を掛ける。

 ウララはその言葉が解るかのように首を小さく縦に振って見せると、

《つかれたって~。》

 と櫻の頭の中にケセランの声が届いた。

「はははっ、ウララは素直だね。カタリナ、何処(どこ)かその辺に寄せて休もう。」

「あいよ。」

 カタリナは軽い返事をしながら辺りを見回す。だが街道は荷車のすれ違いに支障の無い程度には広く造られているが、折り返すように段々となっている地形、更には街道脇はゴツゴツとした岩が地面から姿を見せており、中々(なかなか)休憩に適した空き地が無い。

「うーん、()い所が無いなぁ…。」

 困ったように呟くと、

「カタリナ、此処(ここ)で少し待っていて下さい。」

 と(みこと)が荷車の中から飛び出した。そして右腕を剣へと変化させると、街道脇に()った地面から突き出た岩を次々にスパスパッと切断して行く。そうして櫻達の見ている前で、その場にはアッと言う間に簡易的な平らな休憩スペースが出来上がったのだった。


「ふぅ、空から見た時には気付かなかったが、まさか町と町の間にこんな山越えが有るとはね…。」

 荷車の中で直射日光を避けながら、櫻はウララに向けて手を伸ばし『活性(かっせい)』を(ほどこ)す。

「こんな道を『チョナツ』から『フレイミア・ダウ』まで石や鉱物を運ぶのかぁ。そりゃ()も掛かるし、ドワーフ達も大変な仕事をしてるよな。」

 カタリナが(わん)の中に水筒から水を流し込みながらウララの口元にそれを差し出す。ウララも嬉しそうにその中に口を付け、カプカプと音を立てて飲んでいた。

 だがその時、ウララの耳がピクリと動くと共に、何かに気付いたように顔を上げた。

「どうしたの? ウララ。」

 アスティアがその様子に首を(かし)げると、

「アッチの方で戦いの音がするね。」

 カタリナもそれに気付いたのか、坂の上に視線を向けた。その言葉に櫻は()ぐにアスティアに身体を預けると『風の意識』となり街道の先の様子を(うかが)う。すると、15段も先の坂道で巨大な『センソーム』の魔蟲(まちゅう)と、それを取り囲む魔物ハンターと(おぼ)しき一団の姿が()った。

(あれは…、この間の繁殖地で仕留め損なった生き残りか?)

 空から見下ろすその光景は(すで)に勝負が着いた後のようで、動く様子も無い魔蟲(まちゅう)にハンター達も武器を収めている。だがその(そば)には、ドワーフ達と数台の荷車が足を止めており、()が崩れている様子が見て取れる。

(ふむ…アレはやられた(・・・・)か…。)

 意識を身体へ戻した櫻はパチリと目を開くと、

「ウララ、済まないが休憩は終わりだ。もう少し頑張っておくれ。」

 と申し訳無さそうに眉尻(まゆじり)を下げ、ウララのお尻を優しく()でた。


 それから約3鳴き程かけて櫻達の荷車が(くだん)の地点に到達する。そこには先程櫻が見たままの状態で、4台の荷車が街道を塞ぐように立ち往生していた。

 見ると4台の内の1台が護衛の魔物ハンター達の物で、残り3台が荷運び用のようだ。その中で、鉱物を運んでいた荷車の内2台の車輪が4輪中1輪ずつを破壊されてしまっており、積み荷が辺りに転がってしまっている。


「おい、大丈夫か?」

 御者席からカタリナが飛び降りると、櫻達も荷車の中から降り立ちその場に居た皆に声を掛ける。

 護衛の魔物ハンターパーティーは5人。その他の荷運びのドワーフ達は1台に2人体制の6人であった。だが街道に転がった鉱石を拾い集めるのはドワーフ達ばかり。

「これは…『オルハルコ』か。」

「あぁ、コイツはドワーフ達にしか手が出せないからな。俺達は見てるしか出来ないんだ。」

 カタリナの言葉に、腕を組んでその場に立ち尽くしドワーフ達の働きを見つめるしか無いハンターが苦笑(にがわら)いを浮かべる。そのパーティーは人間とエルフの混成であった。見るとその内の2人は自分達の荷車の車輪の付近で何かをしている様子。

「お前さん達の荷車も被害を受けたのかい?」

 櫻がその様子に目を()りながら(たず)ねると、

「ん? あぁ、いや。御覧(ごらん)の通り、依頼主の荷車を護り損ねたからな。俺達の荷車の車輪で代用して貰って、俺達は歩くかって事にしたのさ。」

 やれやれと肩を(すく)めるリーダーと(おぼ)しきエルフの男。

「だがそれじゃぁ護衛対象に置いて行かれちまうじゃないか。」

「それは仕方ないな。この依頼は失敗だ。俺達は徒歩で追える(ところ)まで付き合って、後は『フレイミア・ダウ』で()えの車輪を調達するさ。」

 ハハハと達観したように笑うその男に、櫻は呆れたように微笑(ほほえ)んだ。すると、そんな櫻の(そば)(みこと)が歩み寄り、

「ご主人様、一つ提案があるのですが。」

 と耳元で(ささや)く。

「提案?」

「はい。」

 そうして耳打ちしたその案に、櫻は一つ『うん』と(うなず)いた。


「なぁ、あたし達の荷車の車輪を()けてやるよ。お前さん達は依頼を続けな。」

 突然の言葉にハンター達、ドワーフ達、そしてアスティアとカタリナまでが驚いたように櫻に視線を向けた。

「え? サクラ様?」

「ちょっ、お嬢?」

 困惑する二人に櫻はパチリとウィンクして見せる。

「その申し出は有り難いが、()いのか?」

 ハンターの男が困惑気味にそう言うと、

「あぁ。あたし達は万が一に備えて『予備』が()るんだ。おっと、でも車輪の代金は貰うよ?」

 と、ニッとした笑顔で答えた。

 その余裕の有る表情と『予備が()る』という言葉に、ハンター達とドワーフ達は顔を見合わせると互いに(うなず)き合って見せた。

「そうか、それなら助かる。幾らだ?」

 ハンターのリーダーがそう言って財布を取り出す。

「えーっと…カタリナ、幾らだい?」

 困ったように視線を向ける櫻に、カタリナは呆れたように腰に手を当て溜め息を漏らすと、

「小金貨3枚。」

 と言って指を3本立てて見せるのだった。


 早速櫻が代金を受け取ると、カタリナが荷車の後輪2輪を取り外し始めた。

「お嬢、本当に()いのか? 大体、予備なんて積んで無いだろ。」

「ふふ、そこは(みこと)()い案を出してくれたからね。心配無いさ。」

 コソコソと言葉を交わしながら作業は進み、櫻達の荷車から車輪が取り外されるとハンター達が急いで壊れた車輪と取り換え作業を始めた。

 その隙に櫻は自分達の荷車の中に乗り込み、(みこと)に合図を送る。すると(みこと)は自身の両脚を根元から外し、手を添えると見る見る内にそれは車輪の形へと変化した。

「はぁ~…成程(なるほど)ね…。」

 カタリナも呆れたような、それでいて感心したような()め息を漏らし、早速それを取り付ける作業に取り掛かった。


 やがて各々(おのおの)の作業が完了すると、

「助かったよ。お前達もフレイミア・ダウに向かってるんだろう? どうせなら一緒に行かないか。」

 と、リーダーの男に声を掛けられた。

「どうする? お嬢。」

(『旅は道連れ世は情け』とは言うが、まだ魔蟲(まちゅう)の生き残りが居ないとも限らないしねぇ。あたしが居る事で引き寄せてしまう可能性は捨て切れない…。保険は掛けた方が()いか。)

 櫻は口元に手を添えて少し考えると顔を上げ、

「いや、あたし達はまだ車輪の取り付けが終わって無くてね。折角の申し出だが、構わず先に行ってくれないか。」

 そう言うとカタリナに視線を向けた。カタリナもそれを察して小さく頷くと、車輪の取り付けに手間取っているようなフリ(・・)をして見せる。

「…そうか? 済まないな、何から何まで世話になって。それじゃお言葉に甘えて先に行かせて貰うよ。お前達も気を付けてな。」

 ハンターとドワーフ達は櫻達に手を振り、ガラガラと音を立てて荷車を走らせ坂を登って行くと、やがてその姿は見えなくなった。


 それを確認した櫻達も車輪の(そば)から立ち上がると、

「よし、あたし達も行くとするかね。なるべく付かず離れず、(よろ)しく頼むよ。」

「あいよ。」

 と各々(おのおの)が手早く荷車に乗り込み、ピシリと手綱(たづな)が音を立てると、車輪は何の問題も無く回り始め前へと進み出す。

「ん? 何だかさっきよりウララの足取りが軽いね?」

 何処(どこ)かルンルンと楽し()にも見えるウララの足取りに、カタリナが不思議そうに覗き込んだ。

「あぁ、それも(みこと)の案のお陰さ。」

 櫻がそう言って荷車の後部に目を向けた。するとそこには、両腕を荷車の床に這わせるように棒状に変化させ床の中央に座る(みこと)の姿が。その腕の先は(みこと)の両脚で出来た後輪の車軸と繋がっており、(みこと)のコントロールによって自転していたのだった。

「ふふっ、(みこと)の機転のお陰で人助けも出来てウララの負担も減った。()い事ずくめだよ、本当に()(がと)う。」

「いいえ、私はご主人様が喜んで下さればそれで満足です。お気になさらず。」

 ニコリと微笑(ほほえ)(みこと)に櫻も微笑(ほほえ)みで返し、荷車は坂を登って行く。


 こうして遂に峠道の頂上まで到達した櫻達。続く下り道の先を視線で辿ると、その随分(ずいぶん)先には先程の荷運びの一行の姿、更に先には立派な防壁と、その手前に広がる畑地帯を(よう)する町、『フレイミア・ダウ』の門が見えていた。

「わぁ~…あれが『フレイミア・ダウ』かぁ。」

 アスティアが感激したように膝の上の櫻の身体を抱き締める。

「やっとここまで来たねぇ。」

 遂に肉眼で捕らえたその町の姿に櫻も感慨(かんがい)深く、思わず『ほぅ…』と息が漏れた。


 順調に坂を(くだ)る。下り坂も本来であれば荷車を()くホーンスには負担も大きいものだが、(みこと)の車輪コントロールのお陰で()して疲れる様子も無くウララはマイペースに足を運び、坂を(くだ)り切った(ところ)で日没となった。

 街道からは少々離れた場所に流れの弱い小さ目の川が流れている地点を見つけ、その川縁(かわべり)で野営をする事とした。

 満天の星空が広がるその下で、パチパチと燃える(たきぎ)の火を明かりにし、櫻はアスティアの膝の上から街道の先に視線を向ける。

「ふぅ、上から見た時にはもう()ぐだと思ったもんだが、やっぱりまだ遠いねぇ。」

「ははっ、だけどあの感じなら後1日もあれば()くさ。」

 川から直接水を汲んだ鍋を五徳(ごとく)の上に掛け、肉の乾物をナイフで削ぎ落としながらカタリナが笑う。

「済みませんカタリナ。私がこのような姿のせいで何も手伝えず…。」

「気にすんなって。ミコトには普段から助けて貰ってるし、今はそうしてなきゃならない事情だって有るんだ。たまには何もせずにゆっくりしてな。」

 ニッとギザギザの歯を覗かせ笑顔を浮かべるカタリナに、荷車の中から動く事の出来ない(みこと)は少し申し訳ないという風に微笑(ほほえ)みを浮かべた。

「それにしても(みこと)、よく車輪になるなんて案が出たねぇ。」

 櫻が感心したように言う。すると、


「はい。これは私が(つく)られた時から想定されていた使用用途の一つでした。ですのでこれは『案』と言うよりも、私の本来の使い方の一つなのです。」


 サラリと言ってのけたその言葉に、櫻達の表情が一瞬強張(こわば)った。

(みこと)…そういう言い方は…。」

 思わず手を伸ばし言いかけた櫻であったが、そんな皆に(みこと)はクスリと笑った。

「ふふっ、ご安心を、ご主人様。」

「えっ…?」

「私は『道具』では有りません。ご主人様、そしてお嬢様やカタリナがそう言ってくれるように、私は『人』です。ですが、私に出来る事、私にしか出来ない事も有ります。ならばそれを()かすのもまた、私の『人』としての意志です。どうかそんな表情(かお)はなさらないで下さい。」

 そう言う(みこと)の表情は、自らを道具として(おとし)めるのではない、人としての誇りのようなものが浮かぶ(りん)としたものであった。

 その表情に、櫻も最早言葉を続ける必要は無いと頷いて見せると、途端に安心からか『ぐぅ~…』と腹が鳴った。思わず音の出処(でどころ)に手を添えると、その様子に皆の視線が集まる。

「…っはは。カタリナ、飯はまだかな?」

「ぷっ…あぁ。そうだね。ちょっと待ってな。」


 皆がクスクスと微笑(ほほえ)みを(こぼ)し、楽し気な食事の時間が過ぎて行く。しかし、櫻は先程の(みこと)の言葉に一つの疑問を浮かべていた。

(『想定されていた使用用途の一つ』…あたしがあの魔法使いの記憶を覗いた限りではそんなものは無かった…と言う事は、他にも何かあたしが把握していない別の用途が…? そして『アウルラーネ』が言ったあの言葉…。)


『その身体…まさか、神の(うつわ)…!?』


(まさか…あの魔法使いも例の『声』に…? もしそうなら、(みこと)も何かの(くわだ)ての(もと)に生み出されたとでも言うのか…?)

 手に持った木製の(うつわ)の中のスープに視線を落とし、ジッと見つめる。

(『(うつわ)』…何かを入れる物…魂の入れ替え…。ここから導き出される事は、何者かが新たな身体を手に入れようとしている? あの『声』の主か…? 解らん…。)

 グイッと器を(あお)り、スープを飲み干す。チョナツの町で買って置いた『ディズン』を使った、味噌汁のようなスープだ。魚介を使っていない為か余り出汁(だし)の風味は無いが、それでも何処(どこ)かホッとする味わいに櫻の心が落ち着く。

(解らん事を延々(えんえん)考えても仕方ないか。)

 フゥと一息()き夜空を見上げるように顔を上げると、櫻を()(かか)えるアスティアも釣られるように見上げた。

「今日も月が明るいね~。」

「あぁ、そうだねぇ。もうすぐ満月か、道理(どうり)で辺りも良く見える訳だ。」

 煌々(こうこう)と輝く月が、辺りの景色を照らし出している。川のせせらぎの音と虫達の声、そして焚き火の音。何事も無い長閑(のどか)な時間だ。

(今は出来る事を一つずつ、地道に(こな)していくしかないんだ。もしこの先でもあたしの前にそいつの影が見え隠れするようなら、(いず)何処(どこ)かで(まみ)える事になるさ。)

 櫻はそう心を決め、アスティアの胸に背中を預けるのだった。

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