おっぱいの魅力
チョナツの町を発って最初の晩。櫻達は街道から少し外れた草原でテントを張る事とした。
丁度良く生えていたミシュの木の根元にウララを休ませつつ、背の低い草原に腰を落ち着け焚き火を眺める。
「火の主精霊か…多分あの山の中に居るんだろうけど、どんな処に居るんだろうねぇ?」
高い山の頂上に居た風の主精霊、極寒の大地の果てに居た光の主精霊、何方も一筋縄という訳には行かない環境であった。それを思うと、肉体的には不死の櫻であっても逢いに行くまでの苦労に少々ゲンナリとしてしまう。
「ボク達も一緒に行ければサクラ様の助けになれるのに…。」
櫻を抱き抱えながらアスティアはしょんぼりとした風に口を尖らせた。
「だけど主精霊様の傍にはとんでもない力が渦巻いてて危険なんだろう? そうしたいのは山々だけど、アタイらが付いて行ってもお嬢の足手纏いになるだけだ。仕方ないさ。」
火にかけた鍋の中、スープを掻き混ぜながらカタリナが言うと、アスティアもそれは理解しているという風にコクリと小さく頷いて見せる。
「ふふっ、その想いだけで充分だよ。それに道中は険しいだけで何かに襲われるような危険は無いんだ。安心して待っててくれれば良いさ。」
そう言ってアスティアの頬にソッと手を添える。アスティアは擽ったそうに肩を縮めながらその掌に頬擦りをして瞳を細めた。
「おし、出来たよ。」
カタリナの一声で命が器を用意し、その中へスープを注ぐ。
「どうぞ、ご主人様。」
「あぁ、有り難う。」
手渡された器を受け取る櫻。すると、その差し出された手が微かに震えている事に気付く。顔を上げると、そこには潤んだ瞳で物欲しげに頬を紅潮させる命の顔が在った。
櫻は『フッ』と微笑みを浮かべると、
『もう少し待ってておくれ。アスティアの食事を終えたらアッチでしよう。』
と『風の声』を送り、チラリと街道向こうに在る大きな岩に視線を向けて見せた。命もその視線を辿ると小さく頷く。その所作までもが何処か色香を醸し出し、その場に居た全員が何と無しにドギマギとしてしまうのだった。
テントの中、アスティアは吸血を終え傷口をペロペロと舐めていた。
「それじゃちょっと行って来るよ。」
そう言って櫻はソッとアスティアの両肩に手を添える。しかし力を込める事も引き離す事もしない。ただアスティアに任せるのだ。アスティアもそれを解っているからこそ、少し悔しそうに傷口に唇を当て『チュゥー』とキスマークを付けるようにしてから自ら身体を離す。
櫻はそんなアスティアに微笑みを浮かべ頭を優しく撫でると、頬に『ちゅっ』と口付けをしてから立ち上がりテントを出て行った。
櫻が出て行き、閉まるテントの入り口の幕に視線を向けたままのアスティア。その表情は眉尻を下げ唇を尖らせて、不満がありありと解る。そんな様子にカタリナが口を開いた。
「アスティアは、お嬢がミコトに取られるのが不満なのか?」
突然の言葉にアスティアは『えっ?』と間の抜けた表情を浮かべ振り向く。
「ううん、確かにサクラ様を独り占めされるのは寂しいけど、事情は知ってるし、それにミコトは良い子だもん。ボクが少し我慢すれば良いんだから不満なんて言う程じゃないよ。」
ふるふると顔を横に振って見せる。
「その割には表情に出てるぜ?」
「いいの。ボクはサクラ様に嘘なんて吐かないんだもん。ぜ~んぶサクラ様に知ってもらうの。」
『ふふん』と胸を張るアスティア。カタリナはそんな彼女の素直な性格に関心するように『フッ』と微笑みを浮かべた。
「ははっ、アスティアは強いな。」
自嘲気味に言うと、ゴロリとテントの中に横になり天井を見る。
命と心は通じ合っている…そう思っては居ても、櫻を最優先するその行動に少々の嫉妬を覚えてしまう自分の狭量さが情けなかった。もうこのまま寝てしまおうか、そう思っていた時。
「ねぇねぇ。カタリナ。」
控え目な声と、チョイチョイとカタリナの肩を突く細い指先。
「ん? どうした?」
チラリと顔を横に向けると、アスティアが覗き込んでいる。その様子は何処かモジモジとして何か言い辛そうだ。
「あ、あのね…?」
「何だい? お嬢達が気になるのか?」
「う~んと…そうなんだけど、そうじゃなくて…。」
何を言いたいのかハッキリしないアスティアの様子に、カタリナはムクリと身体を起こし胡坐をかいて正面から向かい合った。
「らしくないな。言いたい事があったらハッキリ言っちまいなよ。」
困ったように眉尻を下げると首を傾げて見せる。するとアスティアも漸く意を決したようにカタリナを見つめ、口を開いた。
「あのね…カタリナのおっぱい、吸わせて?」
その一言にカタリナの思考が一瞬停止した。
「…はぁ!?」
間の抜けた声で驚き目を丸くする。
「え…? 今、何て?」
「も~! だから、『カタリナのおっぱい吸わせて』って言ったの!」
顔を真っ赤にしてやけくそのように言うアスティアに、カタリナは更に呆気に取られたような表情を浮かべると、
「え、いや、別に構わないけど…何で突然?」
と思わず聞き返してしまった。
アスティアは少しだけ顔を伏せて考えを纏めるように黙り込むと、少しずつ話し始めた。
「あのね…前にちょっとだけサクラ様とミコトの様子を覗き見したんだけど、その時ミコトのおっぱいを吸ってるサクラ様が、凄く幸せそうに見えたの…。それで、サクラ様は気にしないって言ってたけど、やっぱりおっぱいは膨らんでて柔らかい方が良いのかなって思って…。だからねっ!?」
バッと顔を上げると、金色の瞳がカタリナの赤い瞳を捉え、
「ボクもサクラ様の気持ちを知りたいから、おっきいおっぱいを吸ってみたいの!」
力強い眼差しがカタリナを見据えた。
だがその余りにも平和な内容に、張り詰めた空気が一気に弾け、
「ぷっ…あはははっ! 何だいそりゃ!? 真面目な表情するから何事かと思ったら…。」
パンパンと腿を叩き、思わず腹の底から笑いが込み上げてしまった。
「も~…だから言うかどうか迷ってたのに、もういいよ!」
プンと頬を膨らませてアスティアが顔を背けると、
「いやいや、良いよ。アタイので良かったら好きなだけ吸わせてやるよ。」
と、瞳に涙を浮かべながらケープを脱ぐと服の肩口を下げ、片腕を顕わにするようにしてブルンと大きな胸を惜しげも無く晒した。
普段から入浴の際に見慣れたカタリナの逞しい身体と大きな胸。しかしイザそのような目的を持って目にすると、驚く程の迫力にアスティアは一瞬たじろいだ。
「ほらほら、早くしないとお嬢達が戻って来るよ? 出来れば見られたくは無いんじゃないのか?」
「う、うん。」
恐る恐る手を伸ばし、大きな乳房を下から持ち上げるようにする。するとヒヤリとしたアスティアの手に、カタリナもピクリと身体を硬くした。
『はぁ…』と、アスティアの吐息がカタリナの胸に掛かる。そして『かぷっ』と先端部に唇が被さると、その中で熱い舌先が先端をチロリと舐めた。その時。
「ひぁ!?」
思わず飛び出した、裏返ったように甲高い声。カタリナの全身を電流のような快感が走り、背筋がピンと伸びたかと思うとその後からゾワゾワとした細かな震えが自分の意志とは無関係に身体の内外を隈無く巡った。
「カ、カタリナ!? 大丈夫!?」
驚き唇を離したアスティアが焦ったように問い掛ける。
「あ、あぁ。大丈夫…!」
顔を赤く染めつつ平静を装うカタリナ。
(何だ今の…これがヴァンパイアの唾液の効果ってヤツか!? お嬢はこんなのを毎日経験してるのか…。)
一瞬にしてドキドキと心拍数が跳ね上がったのが解る。
アスティアは気を取り直してカタリナの乳房を咥えると、先端を舌先で転がしながら少し口を窄めるようにしてチュッチュッと吸い始めた。
その間、カタリナは止め処なく押し寄せる快感の波に、視界が真っ白になりながら口から漏れそうになる声を抑えようと手を添え必死に我慢を続け、その顔は、いや、全身は茹で上がったかのように真っ赤に染まっていた。
どの程度の時間をそうしていたのか。やがて満足したのかアスティアが唇を離すと、
(や…やっと終わった…。)
と息も荒く安堵に気の緩んだカタリナ。だがその油断を突くかのように、ツゥーと伸びた糸を拭い取る舌先が先端をチロリと舐めた。
「…ーー~~!!??」
その瞬間、カタリナの身体はビクビクと震え、声にならない吸気音を喉から鳴らすと胸を出したままで白目を剝きバタリと倒れてしまった。
「わぁ!? カタリナ!? どうしたの!? しっかりして!?」
慌ててガクガクとカタリナの肩を揺するアスティア。だがカタリナは何処か幸せそうにも見えるだらしなく緩んだ表情のままで意識を失っていた。
そんな様子をテントの入り口から少しばかり隙間を作り覗き込んでいた櫻と命。
(やれやれ、何をやってるのやら…。)
と呆れたように微笑みながら、
「命、もう少し向こうで休んでようか。」
と小声で指差し、命もそれを受けて頷くと足音を立てないように静かにその場を立ち去った。それから少しの間、テントの中からは騒がしいアスティアの声が響いていた。
翌朝。アスティアに首筋を噛まれながら薄っすらと頬を染める櫻をカタリナは感心したように眺めていた。
そんな様子に気付いた櫻。
『それで? 昨夜の騒ぎは一体どういう事だったんだい?』
と『風の声』をカタリナの耳元へ届けると、カタリナは苦笑いを浮かべて自身の頭を指差す。
櫻は小さく頷くと読心術を試み、カタリナの思考を読み始めた。
『実は…と言う訳でさ。アタイも興味半分でやってみたんだけど、まさかあれ程強烈とは思わなかったよ。』
やれやれとカタリナは肩を竦めて見せた。
『はははっ、それはまた貴重な経験だったね。だけどまぁ何と言うか、この娘も色々と考えてくれてるんだねぇ。』
首筋から牙を抜き、傷口をペロペロと舐め始めたアスティアに視線を向ける櫻。その表情は愛しい者を見るように穏やかで優しい。思わずキュッと腕に力を込めて抱き締めると、アスティアは嬉しそうに瞳を細めた。
そんな二人の様子にフッと微笑みを浮かべ、カタリナはテントを出る。外では既に命が朝食の用意をしていた。
「カタリナ、もうすぐ朝食が出来上がります。ご主人様達は?」
「ん? あぁ、今アスティアが舐めてる処。」
そう言うとカタリナの脳裏に昨夜の激しい快感が蘇る。思わず身を震わせ頬を染めると、命もそれに気付いたのか、
「昨夜は大変でしたね。」
クスッと微笑みを浮かべた。
「ははは…見られてたとは思わなかったよ。それにしてもヴァンパイアの唾液、あれ程とはねぇ。」
ガリガリと頭を掻き、少し懲りたように苦笑いを浮かべるカタリナ。すると、
「ふふっ、私の舌技だって負けませんよ? 覚悟しておいて下さいね。」
突然の命の言葉に、カタリナの手が止まった。
「…えっ…!?」
目を丸くし驚くカタリナ。
(えっ…? それって…ひょっとして妬いてくれてるのか?)
ポカンとした様子に命は妖艶な微笑みを浮かべると、艶めかしく唇をペロリと舐めて見せるのだった。
一方テントの中。アスティアが満足気に櫻の首筋から唇を離すと、櫻の目をジッと見つめた。
「どうしたんだい?」
櫻もまたアスティアの視線を正面から受け止める。
「あのね、サクラ様。ボク、昨日の夜サクラ様とミコトが出て行った後に、カタリナにおっぱいを吸わせて貰ったんだ。」
そう言って昨夜の出来事…櫻の気持ちを知りたいと思った事、カタリナに迷惑をかけた事等を包み隠さず打ち明けた。櫻はそれを黙って聞いて居た。
「だから、カタリナが倒れたのはボクのせいなの…ごめんなさい…。」
正座したまましょんぼりと視線を落とすアスティア。そんな様子に櫻はクスリと微笑むと、
「それで、おっぱいを吸ってみてどうだった?」
と尋ねた。
「うん、あのね、何だか凄く落ち着くって言うか、安心するって言うか、ずっと咥えてたくなる感じがした。サクラ様もそうなの?」
「あぁ、そうだね。きっとあの感覚は、人が生まれた時に最初に与えられる安らぎなのかもしれない。成長するとおっぱいを飲む必要は無くなってしまうから咥えるという行為はしなくなるのが普通だけど、記憶の中…いや、本能に刷り込まれたものが呼び覚まされるのかもしれないね。」
「でもそれじゃぁやっぱり、ボクのおっぱいは魅力が無いんじゃないの…?」
アスティアは自分の平坦な胸に手を添えてしょんぼりとした表情を浮かべる。そんな様子に櫻はクスリと微笑みを浮かべると、ソッとその胸に頬を寄せた。
「そうだね。他の人にしてみたら魅力は無いかもしれない。」
「じゃぁ…。」
「けど、アスティアはあたしを産んでくれたお母さんだろう? やっぱり母の胸っていうのは子供が一番安心出来る場所なんだ。だから、ここはあたしだけが一番安らげる場所なのさ。」
そう言ってアスティアの胸に頬擦りをすると、アスティアもパァっと喜びの表情に変わり櫻を抱き締めた。
(ふふ…『母』か…。あたしは誰に言い訳をしてるんだろうねぇ…。)
仲間として、使徒として共に旅をし、時に友達のように、時に姉妹のように、更には母…そして…。
櫻の中にアスティアへの想いが様々に巡る。だがそれを口にする事は無く、今はただその胸の中の安らぎに身を委ねた。
こうして一晩を経て其々が互いの気持ちを改めて知る事が出来た。
晴れた空の下で朝食を済ませた櫻達は、晴々とした表情で旅を再開するのだった。