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伸ばす手の先

 突然の変化に驚く櫻達の目の前で、アウルラーネの両目がカッと見開かれた。しかしその瞳は何も映しては居ない。何処(どこ)に焦点が合っているかも(わか)らないものであった。

 呆気(あっけ)に取られる櫻達。だが次の瞬間、この騒ぎの中でも何も反応をせず黙々(もくもく)と作業を続けていたドワーフ達目掛けて(うごめ)く根が向けられ、『ドスッ』と鈍い音を立て彼等(かれら)の背中に突き刺さった。

「なっ!?」

 驚き、言葉を失う櫻達の視線の先には、悲鳴も、(うめ)き声すらも上げずダラリとその先端に力無くぶら下がるドワーフ達。

「貴様! 何をする!」

 櫻は咄嗟(とっさ)に『風の刃』を(はな)ち根を断ち切ろうとした。だがそれらは今までと違い、傷を付ける事は出来ても斬り落とす事が出来ない。その間にもその根がドワーフ達から何かを吸い上げるようにドクンドクンと脈動する。そしてその脈動に合わせるようにアウルラーネの傷付いた身体が徐々に回復して行くではないか。


「くそっ! もう話し合いで済ませる事は無理だ! (みこと)! ドワーフ達の救助に向かえ! アスティアとカタリナはコイツの始末だ!」

「うん!」「あぁ!」「了解です!」


 皆が(うなず)くと散開し、アスティアの鋭い羽根が襲い来る根を切り払い、カタリナの爪が炎を(まと)い幹に火傷を負わせる。しかしそれらは直ぐに再生し、その度に周囲に伸びた根がドクンドクンと脈動するのだ。

(クッ! 先ずは周囲の根を何とかしないと駄目か!? だが…!)

 無数の根が触手となって櫻達に襲い掛かる。ドワーフ達を助けに行く(どころ)か自身の身すら危うい状況に歯痒(はがゆ)く表情を歪める。

 周囲に目を向けると、(みこと)が腕を(やいば)と化し根を切断しながらドワーフ達を少しずつ救助している姿は見えるが、やはりその数の多さに苦戦を()いられている姿が見える。


(駄目だ、このままじゃジリ貧だ…! ここは一か八か、賭けるしかないか!)

「アスティア!」

 洞窟の天井付近、触手を(かわ)すように飛び回りながら鎌鼬(かまいたち)を放ち続けるアスティアを見上げ声を上げる。すると彼女はその声に即座に(うなず)き、触手の間を()うようにして櫻の下へと飛来した。

「あたしの全力をぶつける! その間の護りを頼む!」

「うん! 任せて!」

 阿吽(あうん)の呼吸のように櫻が両腕を上げるとその(わき)に腕を滑り込ませ、アスティアが小さな身体を(かか)え上げ飛び立つ。襲い来る触手を鋭い羽根で切り裂きながら包囲を抜けると再び天井付近まで上がり、鎌鼬(かまいたち)による牽制(けんせい)を加えながら櫻の身を護る事に専念する。


 最早(もはや)自我無く暴れるだけの魔人を眼下にし、櫻は体内の精気(マナ)を集中させ始めた。

(一体何なんだ…これは…! これは本人の望んだ行動では無いという事なのか!?)

 先程の記憶から垣間見えた、アウルラーネを背後から操る何者かの存在が気にかかる。そして目の前で暴れる、理性も自我すらも無い魔獣以下の存在と成り果ててしまった彼女の姿に哀れみの眼差(まなざ)しを向け、苦渋(くじゅう)の決断に奥歯を噛み締めた。

「…だが…許せよ!」

 ギッと覚悟を決めた眼差(まなざ)しを向け両手を魔人へと突き出すと、

「カタリナ! ()けろ!」

「あぁ!」

 触手の攻撃を(かわ)しながら本体への攻撃を続けていたカタリナが飛び退()いた事を確認し、手の先から激しい風が巻き起こり始めた。それは魔人の本体と外部を遮断するように周囲に渦巻き始め、地面をガリガリと激しく削りながら、そこから()びる触手達を根元から切断する。

 その勢いは凄まじく、櫻の身体を支えるアスティアも必死で羽根を羽ばたかせ体勢を維持させるのが精一杯だ。そして渦は徐々にそのサイズを(せば)め始め、魔人の身体を切り刻み始めた。


『カ…カミ…カミ ノ…。』

 焦点(しょうてん)の合わぬ眼で櫻を見上げるようにして、まるで何かを掴み取るように右腕を高く(かか)げる魔人。その身は徐々に、パリパリと小さな雷すら起きるミキサーのような風の壁に巻き込まれ切り裂かれ始めると、風の渦が赤茶色に染まり始めた。

 思わず目を(そむ)けたくなる光景。だが櫻は自らの行為を見届ける為に、表情(かお)を歪めながらも甘んじてその姿を直視する。


 だがその時だった。

 『ドスッ!』と、激しい衝撃が櫻の背中を襲うと、その腹部から一本の太い木の根が突き出ていた。それは櫻の腹部を全て(えぐ)り取る程の太さで、あわや胴体が切断され()ねない程であった。

「…なっ…!?」

 驚きと痛みに目を見開くと、次の瞬間、『ガポッ』という音と共に赤く熱い液体が櫻の頬を(かす)めるようにして眼下に降り注いだ。

「うぅ…!」

「ア…アスティア…!?」

 苦悶の表情を浮かべながらも咄嗟(とっさ)に振り向くと、アスティアの背から櫻の腹に掛けてを串刺しにするように、天井から一際(ひときわ)太く(たくま)しい一本の根が生えているではないか。

「い…何時(いつ)の…間に…!」

 それは魔人の真下、櫻達からは完全に死角になっていた位置から地中へと伸びていた。可也(かなり)広く掘られた洞窟の中、それを上回る距離を櫻達に気取(けど)られぬように壁内を掘り進み天井まで回り込んでいたのだ。

(くっ…くそっ…! 油断した…!)

 (さら)にその根から細かな根が櫻達の体内へと()び出し、それらは徐々に手足に根を張り始めると、皮膚の下を這うように身体に無数の筋が浮かび上がり始めた。

「ぐっ…ぐあぁぁ…!」

「うぅ…あぁ…!」

 身体に浮き上がった筋が徐々に広がると手足の自由が()かなくなって来る。そして根がある程度広がり終えると、それらが『ドクン、ドクン』と脈打ち始めた。獲物(えもの)の体液を吸い上げ始めたのだ。


(くぅ…このままじゃマズい…! あたしの養分が魔人に到着したら、本当に『使徒』の力を持った魔人が誕生しちまう…! それに…。)

 背中越しに、ぐったりとして呼吸の荒いアスティアを感じる。

(アスティアを何とかしないと…!)

 グッと下唇を噛み締める。そしてググッと渾身(こんしん)の力を込め、自由の利かない腕の先、手首を曲げると(てのひら)だけを何とか強引に木の根が突き出た腹部へと向けた。

「アスティア…、済まない…。」

 苦渋(くじゅう)が滲む声。だが、

「ううん…サクラ様の好きにして()いよ…。」

 櫻の胸に回された腕に、ギュッと力が込められる。その覚悟に小さくコクリと(うなず)くと、

「後で好きなだけご褒美(ほうび)をあげるから、今は我慢しておくれ!」

 そう言って手の先から激しい風のドリルを巻き起こした。それは櫻とアスティアの腹部を貫き、そこから生えていた木の根を跡形も無く吹き飛ばす。すると二人の体内に張っていた細い根達も壊死(えし)するかのようにその存在を失って行った。

「ぐうぅぅ…!」

「あ…ああぁぁ…!」

 二人を貫いた渦が天井にすら穴を穿(うが)ち、身体が解放される。その衝撃で櫻の身体はブツリと千切(ちぎ)れ、下半身が地面へと落下して行く。


「カ、カタリナ! (あし)の一本くらいは好きにして構わん…! だが魔人(そいつ)には絶対に渡すなよ!」

「あいよ!」

 はらりとスカートが舞い、(さら)け出された櫻の下半身。それを目掛けてカタリナは激しく地面を蹴り跳び上がると、長い口でバクリと太腿(ふともも)(かじ)り付いた。

 柔らかな(もも)肉を(むし)るように嚥下(えんげ)すると、

「ミコト! 残り、取っといてくれ!」

 と残った部分を(みこと)目掛けて投げ付け、

「ご主人様の身体ですよ! もっと大切に扱ってください!」

 と言いながら頬を膨らませ受け取る(みこと)にカタリナは苦笑(にがわら)いを浮かべて見せた。


「へへっ、これだけの力が有ればこんな木一本、燃やし尽くしてやるさ!」

 そう言うとカタリナは両手に力を込め始めた。


「アスティア、あたしは恐らく残りの精気(せいき)も少ない…もう一度全力を出すのは無理だ。」

「そんな、サクラ様、しっかりして!」

 身体の自由を取り戻した櫻とアスティア。しかし二人とも腹部に大きな損傷を受け満身創痍(まんしんそうい)であった。

「ははっ…後でアスティアのおっぱいを楽しみにしてるからさ…今はあたしの言う事を聞きな。」

 優しくアスティアの頬を()でる櫻の手。アスティアは頬擦(ほおず)りをするようにそれに(こた)える。

「今は()ず目の前の事からだよ。さぁ、あたしの血を目一杯吸い取りな。それとあたしに残ってる風の精気(せいき)を全部アスティアに(そそ)ぐ。それでそのお(なか)()いた穴を塞ぐくらいは出来る筈だ。」

 失った腹部を再生させながらそう言うと、アスティアは櫻を心配そうに見つめながらも素直に『うん』と(うなず)き、その首筋にガブリと噛み付き血を吸い上げ始めた。

「いい子だ。」

 櫻は優しく微笑(ほほえ)むと、そんなアスティアの頬に手を添えたまま、そこから風の精気(マナ)を流し込み始めた。アスティアの全身に(あたた)かな想いの乗った精気(マナ)が流れ込み、胸が(ぬく)もりに満たされる。アスティアの腹部に開いた大きな穴がジワジワと周囲から埋まって行くと、背中越しにそれを感じた櫻は安堵(あんど)の息を漏らした。


 そして(ほど)無くして、洞窟の内部を照らし続けて居た光の玉がスゥ…と消えると、櫻の身体がカクリと力を失い、頬に添えられていた手もダラリと項垂(うなだ)れる。

「サクラ様!?」

 首筋から牙を抜き、腕の中でグッタリとしている櫻の姿に声を掛ける。だがその表情を見てハッとする。櫻の表情(かお)何処(どこ)か安心したように微笑(ほほえ)みを浮かべていたのだ。

 その想いに(こた)えるようにコクリと小さく頷くと、アスティアはキッと強い眼差(まなざ)しを眼下(がんか)の魔人へと向けた。


 その頃、櫻に削られた身体をジワジワと再生し続けて居る魔人の前で、カタリナは自身の変化に驚きを隠せずに居た。

 櫻の光の玉を失いランプのみが光源の洞窟の中、いつもとは違う、爪の先から燃え上がるそれは蒼白(あおじろ)い炎。しかも普段のそれよりも激しく燃え上がり、立ち昇るというよりも噴き出すという表現が相応(ふさわ)しい程の勢いだ。

「な、何だコレは…!?」

 自身の両手を見つめ困惑するカタリナ目掛けて触手が襲い掛かると、ハッとし、咄嗟(とっさ)に振り払うように腕を()いだ。するとその爪先から噴き出す蒼白い炎は触手を貫くように穴を開け、そこから燃え広がる。

 すると、燃え尽きた触手の根本は焼け焦げたままになり、再生する気配が無くなっているではないか。

「何かは知らないが…これなら行ける!」

 勝機を見出(みいだ)したカタリナはニヤリと口の端を吊り上げると、両手に蒼白い炎を浮かび上がらせ魔人目掛けて飛び掛かる。

 それを許さぬとばかりに襲い来る無数の触手。だがそこに上空から無数の鎌鼬(かまいたち)が降り(そそ)ぎ、それらをスパスパと切断し辺りに残骸がゴロゴロと転がった。

 天井をチラリと見ると、そこには櫻の身体を大事そうに抱いたアスティアが巨大な6枚の羽根を羽ばたかせる姿が()った。アスティアとカタリナは互いに小さく(うなず)き合うとそのまま、触手の始末はアスティアに任せカタリナが本体へと肉薄(にくはく)する。


 根元まで到着したカタリナは巨大な(みき)に手を添えた。そして全身に力を込めると、その両手から発した蒼白い炎が激しく(みき)を包み込んだ。

 だがカタリナは気付いていた。この蒼白い炎が、普段よりも大量に(かみ)の力を消費している事に。

(チッ! このままだとまた力が切れちまう…!)

 燃え広がる炎を目で追いながら樹上の人形(ひとがた)を見上げる。

『ア…ア…カミ…ノ…。』

 その苦痛すらも(すで)に感じていないのか、(いま)だに魔人はブツブツと何かを呟き天を(あお)ぎながら両手を伸ばし、木の身体は(なお)も抵抗を続けている。すると『ボコォ!』と地面を突き破りカタリナの足元からも触手が姿を現した。

(しまった!?)

 そう思った時だった。スパスパとそれらは切り刻まれ、そこに姿を見せたのはドワーフ達の避難を済ませた(みこと)だ。彼女はカタリナに近付く触手を始末しつつ背中を合わせる。

「へへっ、助かるよ。」

「どういたしまして。どうぞ、ご主人様の御御足(おみあし)です。」

 口元に差し出された櫻の太腿(ふともも)にカタリナは一瞬ギョッとしつつも、そろそろ櫻の力が失われるであろう事を危惧(きぐ)した(みこと)気遣(きづか)いだと気付くと、迷い無くガブリと(かぶ)り付く。

 全身に再び(みなぎ)る力を感じたカタリナは全力を出し切る想いで炎に意識を集中すると、それは魔人の本体と思われるエルフの女性の身体までも延焼(えんしょう)し始めた。

 それは女性の身体を包む粘液をみるみる蒸発させ、程無(ほどな)くして本体から人体の焼ける嫌な匂いが漂い始めた。

 しかしそれでもその女性は苦痛を感じる様子も無く(ただ)その手を何かに(すが)るように天へ伸ばすと、口をパクパクとさせていた。だが燃え盛る蒼白い業火(ごうか)の音に掻き消され、彼女が何を口にしているのかは最早(もはや)聞き取る事は出来ない。


 やがて周囲に(うごめ)いていた触手がクタリと(しお)れると、まるで石にでもなったかのように硬化し、そのままボロボロと崩壊し始めた。

「…終わった…か…?」

 カタリナと(みこと)は動かなくなった魔人を見上げる。

 燃え尽き、真っ白な炭となった樹木部分、そしてその上には真っ黒な人形(ひとがた)が、(いま)だに両手を差し出すように天に伸ばした姿となって残っていた。が…それは(ほど)無くして首がポロリと落ちたのを皮切りに、ボロボロと姿を崩し始めた。

 すると細かな粉のようになって(くう)に舞うその身体の中から一筋(ひとすじ)、ふわぁと、上空でアスティアに()(かか)えられた櫻へ向け立ち昇る。そしてそれは櫻の胸の中へ吸い込まれるように消えて行った。


(ふむ、流石(さすが)にあの偽神(まがいもの)を始末する事は出来なかったか…だが本来の目的は既に済んでいる。後始末の手間が(はぶ)けた事は都合が良い…か。)

 闇の中、魔人の死を見届けた影は()して感慨(かんがい)も無くその姿から目を()らした。

(…それにしてもあの偽神(まがいもの)先々(さきざき)でこのような些事(さじ)にまで首を突っ込みおって…忌々(いまいま)しい小娘め…!)

 ギリリと奥歯を噛み締めるようにし、その影は櫻達の姿を憎々(にくにく)しく見つめるのだった。

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