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魔魚

 一晩が明けて朝を迎える。久々に柔らかいベッドで眠った事もありぐっすりと睡眠を取る事が出来た。

 まだ眠っていたい気持ちを抑えてゆっくりと目を開ける。すぐ耳元ではアスティアが櫻に抱き付くように寄り添い、スースーと寝息を立てていた。

 腕に当たる柔らかな素肌越しに、アスティアの心音がとくんとくんと腕に伝わる。

(ヴァンパイアは半不死の存在の筈だが、ちゃんと内臓は機能しているんだよねぇ…それなのに食事は血液のみ、または自然からの精気吸収で良いとは…この世界のシステムはあたしの常識じゃ計れない事ばっかりだね。)

 そんな事を考えながら窓の外に目を向けると、どうやら今日は曇り空のようだ。窓ガラスも風で少しガタガタと音を立てていた。

(今日は船に乗って海を渡る筈だが…シケで船が出せないなんて事はないだろうね?)

 少々の不安を抱きつつ

「アスティア、朝だよ、起きな。」

 優しい声でアスティアの肩に手をかけると、アスティアも眠そうな目を開けて櫻の顔を見る。

「あ、サクラ様…おひゃようございましゅ…。」

 まだ身体が覚醒していないのか、上手く口がまわらず可笑しな口調のアスティアに櫻が笑みを零すと、アスティアも釣られて笑顔を浮かべた。

(う~ん…いい!)

 そんなやり取りを向かいのベッドの上で眺めていたカタリナは、すっかり目が覚めていたのであった。


 井戸水で顔を洗い、眠気をサッパリと吹き飛ばす。

(水道が通って蛇口から水が出るようになってからはとんとご無沙汰だったが、幼い頃にはこうやって井戸水を使うのも当たり前の事だったねぇ…。)

 自分が元居た世界がいかに便利な世の中だったかを再認識する。

(だがまぁ。不便と言えば不便ではあるものの、生活に困るレベルではないしな。昔の生活に戻ったと思えば、それはそれで楽しめるってものか。)

 桶の中の水面に映った子供の顔は微笑んでいた。

「さ~て朝飯だ!」

 カタリナが元気に食堂へ向かい、ドカっと席に着く。櫻はちょこんと椅子に座るとメニューを開くが、当然そこに書かれている事など何も解らない。

「アスティア、何かこう…サラダじゃない野菜の料理は無いか?腹に貯まるようなヤツ。」

「う~んと、それならコレはどうかな?」

「それじゃ、アスティアを信じてそれを頼んでみようか。」

 和気藹藹(わきあいあい)とした様子で注文を決めると、程なくして頼んだ料理が運ばれてきた。どうやら宿泊客自体はそれ程多く無かったようで、朝の食堂に居るのは櫻達を含めてほんの数人。昨夜の繁盛具合は大部分がこの町の住人だったのだろう。そのお陰で注文した料理が出て来るのも早かった。

 櫻の前に置かれた料理は、何やら白い野菜を輪切りにし、それをソテーした物のように見える。

(これは…大根?(かぶ)?何かは解らんが昨日食べた物も含めて地球の食材と似たようなものがあるんだねぇ。)

 意外と多くある元の世界との共通点に感心しながら、目の前の白い塊にフォークをブスリと刺し、一口齧ってみる。

 ホクホクとした食感の中からジュワっと汁が溢れると、その中にある微妙な辛味と共に食材そのものの甘みが口の中に広がった。

(へぇ、大根ステーキみたいな感じだね。)

 一口目で味を理解すると、その後の食は早い。パクパクと口をつけ、瞬く間に皿の上は空になった。

「うん、美味かった。アスティア、良い物を選んでくれてありがとうね。」

「えへへ~。お安い御用だよ。」

「お嬢は野菜が好きなのかい?昨日も全然肉を食わなかったじゃないか。」

 二人のやり取りにカタリナが口を(はさ)む。

「別にそういう訳じゃないがね。旅の最中常に肉を食い続けてたから、こういう時にでも栄養バランスを取っておかないと、いつまた肉だけの生活をするかもしれんと思ってね。」

「ふ~ん、そういうもんかい?アタイは肉だけで充分栄養は足りてるけどねぇ?」

(まぁ…肉食動物は草食動物の内臓を食べる事でその中にある食物繊維なんかも摂取すると聞いた事があるし、カタリナもそういう感じなのかもしれんな…。)

 種族の差を少し考えつつ、朝食を終えると宿を引き払い港へと足を向ける。空は相変わらずの曇り空で、海の向こうでは時折雷が光る様子が見えた。

「この天気で船は出るのか?」

 櫻は少し荒れてきたように見える波を見ながら呟いた。

「まぁ多分大丈夫じゃないかい?余程の大時化(おおしけ)でも無きゃ船がひっくり返る事も無いさ。」

 そう言うカタリナの言葉とは裏腹に、沖の暗雲は徐々に町へと近付いているように見えた。


 船の乗り場に到着しカタリナが適当な船頭を見繕うと交渉に入る。どうやら定期連絡船のような物がある訳では無く、商船に乗せて貰うのがこの世界の渡海の方法らしい。港を見渡すと大小様々な船が波に揺られ上下しているが、その中でも一際目立つのが大きな帆に不思議なマークを描いた巨大な武装船だ。側面には4門の大砲が見え、甲板上には射出式の銛のような物が設置されているのも見える。

「あのマークは一体何だい?」

 櫻が指差しカタリナに質問をすると、

「あぁ、あれは東大陸に拠点を持つ武装船団の旗船だね。商船護衛や要人警護に雇われる事が多い連中だよ。」

「ふぅん…護衛って、船を襲ったりするような連中が居るのかい?そんな事をしてたら瘴気の格好の餌食じゃないか?」

「まぁそうなんだけどさ、これが居るんだなぁ。海の上ってのは不思議と瘴気が漏れ出る事が少ないんだ。よく理由は解らないけど地面に近い所に出る事が多いみたいだから、多分瘴気が出るとしたら海の底の方なんだろうね。だから海の上は無法者にとって結構安全なんだよ。」

「ほぅ、そんな法則があったのか。」

「勿論地面から離れた所に出る事だってあるんだから、絶対に安全じゃないけどさ。ま、そんな連中から船を護る為にはああいう連中を雇うのが安全なのさ。」

「それならあの船に乗せて貰えれば海を渡るのは安心じゃないか?」

「無理無理。あのテの連中は結構高くつく。今の手持ちじゃ鼻で笑われて御終いだよ。」

 そう言うカタリナであったが、海の様子が怪しい事もあり乗船を快諾してくれる船は見つからずに時間だけが過ぎる。

「う~ん、天気が回復するまでもう一泊…とも言えないか。どちらにしろ予算が苦しい…。駄目元(だめもと)であの船の船長に頼んでみるか?」

 カタリナがそう言って向けた視線の先にあるのは、先程無理と自ら口にした武装船。

「どうしてあの船なんだい?金が無いから無理と言ったのはお前さんじゃないか。」

「あそこの武装船団の船はどんな荒波でも沈まないと評判でね。一つの商船を6隻で牽引して大荒れの海を越えたなんて話も聞くくらいなんだ。時化(しけ)に船を出してくれるのなんて今はあそこしか候補が無い感じだよ。」

(うーむ…ファイアリスの話だとあたしはなるべく早く主精霊達に合わないと瘴気を引き寄せるだけの厄介者になってしまうみたいだし、急ぐ理由はある。何より町に居て野宿は辛いしねぇ…。)

「ま、一応交渉するだけしてみるか。カタリナ、頼むよ。」

「あいよ。余り期待はしないでくれよ?」

 武装船の()まる桟橋までカタリナを先頭にやってきた三人は船の入り口に立つ男に声をかけた。

「なぁ、東大陸に渡りたいんだが、この船は今日出るかい?もしそうなら乗せてもらいたいんだが…。」

 男はカタリナを爪先から頭までじろりと見ると、その背後に居る櫻とアスティアに視線を移す。

「あぁ、確かに今日出発の予定だが…おたくら金は持ってるのかい?この船に乗るのは高いぜ?」

「もったいつけずにハッキリ言ってくれないか。」

「ふん、じゃぁ言うが、一人頭大金貨1枚と小金貨5枚だ。どうだ、出せるか?」

「ぐっ…足元見るねぇ…。」

「別にそんなつもりは無い。元々そういう値段だ。」

 櫻達の所持金は三人分合わせても小金貨5枚程度が限界であった。顔を見合わせる三人。

「…なぁ、こっちはちょっと訳ありで急ぎなんだ。何とかならないか船長に掛け合ってみてくれないか?」

「駄目駄目。俺達は実直愚直に規則を守る、それがポリシーだ。泣き落としなんて無駄だよ。」

 あのカタリナが(しな)を作ってまで交渉してみるが全く取り付く島もない。

 仕方無いと櫻がカタリナの服をツイと引き、首を横に振ってみせる。カタリナもその様子に諦めたように溜息をついたその時。

 『ドバーン!』と物凄い水音が港に響き、二階建ての建物の高さを軽々と超える程の水柱が立ったかと思うと、その傍に()めてあった船が真っ二つになって沈んで行く姿が見えた。

「な、何だ!?」

 驚き櫻もその方向を見ると、水柱の中に巨大な影が見えた。

 それは直ぐに海の中へ姿を消し、再び水柱と共に船が1隻その中に飲み込まれるように沈んで行く。

 港は一気にパニックになり、その騒ぎの中で『魔魚(まぎょ)だー!』という声が確かに聞こえた。

「魔魚!?」

「飯の種が欲しいとは思ってたが、よりにもよって魔魚かい!海の中の相手となんてどうやって戦えば…。」

「それよりアレ、何かこっちに近付いて来てない!?」

 アスティアの言う通り、魔魚は途中にある船を丁寧に1隻ずつ破壊しながら櫻の居る方へ進んできているように見える。

(またか!あたしが瘴気を呼び寄せてるってのか!?)

 櫻は自分がトラブルの原因であるかもしれない事に苛立ちを覚え、思わず舌打ちをしてしまう。

(だが自分を恨むより先ずはこの状況の解決が優先だ。何か手は…。)

 周囲を見回すが、逃げ惑う人々の他には慌てて船を沖に避難させようとする船乗り達以外には見える物が無い。

 そうしている間にもまた1隻船が犠牲になり、その中から放り出された船乗り達が海に投げ出された。

「ッチ!先ずは目先の事から解決だ!」

 怒りを含み櫻が声を上げる。

「アスティア!血を飲んであの魔魚の注意を引き付けるんだ!前戯は要らないからたっぷり飲んで行くんだよ!」

 首筋を剥き出し声を荒げる櫻にアスティアが少し驚くが、その言葉に従いガブリと首筋に噛み付くと全力で血を吸い上げた。

 櫻の身体からみるみる血液が失われるのが本人にもハッキリと判る。

(増血!増血!増血!)

 治癒能力をフル回転させて貧血を防ぎつつ、

「カタリナ、お前さん泳ぎは?」

「あ?あぁ、人並みには出来るつもりだが…。」

 言葉は穏やかにも関わらず、妙な迫力を含むその声にカタリナも思わず怯む。

「よし、それじゃこの腕をやるから、海に放り出された人達の救助に回ってくれ。」

 そう言い、迷い無く腕を差し出す。

「…いいのかい?」

 ごくりと唾を飲み込みつつカタリナが確認を取るが

「迷ってる時間は無いよ!?」

 その櫻の鬼気迫る声に頷くと、細く華奢な腕をガっと掴み、その肉に牙を突き立て引き裂いた。

 そんな異様な光景に武装船の船員は腰を抜かし小便を漏らしてへたり込む。

「あんた!船長に話がある!呼んできてくれないか!」

 振り向いた櫻の、子供とは思えない表情に船員はコクコクと首を縦に一生懸命に振ると、四足歩行の動物のように四つん這いで船の中へ走り込んで行った。


 たっぷりと血を飲んだアスティアが四枚の羽根を羽ばたかせ魔魚に迫ると、再び水柱を上げる魔魚に狙いを定めて羽根を力強く扇ぐ。すると小さな鎌鼬が発生し、魔魚の体表に僅かばかりの傷を付けた。

 魔魚はまん丸で何の感情も見せない目でアスティアをぎょろりと見ると、まるで様子を見るようにその下をゆるりと泳ぎ始めたではないか。

 その隙にカタリナが海へ飛び込み、船から放り出された人達の内、気を失って浮いている者を優先して救助に当たった。

 左腕の手首から二の腕まですっかり骨だけになった櫻が激痛に耐えながら腕を再生させる。するとその場に丁度武装船の船長が姿を現した。

 肩幅広く、いかにも海の男と言う風な逞しい身体つきを服の上からでも匂わせるその見た目とは裏腹に、頭髪はキチンと整えられた口髭を蓄え眼光鋭いその男。

「何だこのガキは?本当にコイツが俺を呼んだのか?」

 船員に睨みを利かせると、一緒に戻って来た船員はこれまた首を一生懸命に縦に振るだけだ。どうやら船長の機嫌を損ねる事を恐れて声が出ないでいるようだが、その実櫻の存在に恐怖を覚えても居た。

「ふぅん…?」

 値踏みをするように櫻を見る船長。

「あんたが船長かい?詳しく話してる暇は無いが、今あたしの仲間が魔魚を引きつけている。だが決定打が無い。アイツを倒すのにこの船の武装を使ってくれないか?」

 船長の視線に引けを取らない強い眼差しで櫻が言うと、

「…話してみな。」

 思いの外素直に話に乗ってくれた事で、櫻の(けん)が取れる。

「あの大砲、あれはどのくらい狙いをつけれる?」

「上下に45度、左右に20度ずつってくらいかな。」

「甲板にある銛は?」

「ありゃぁ発射台が移動出来るから結構自由は利く。だがあのサイズの魔魚相手には大して威力は期待出来んぜ?」

「他に武装は?」

「精霊術士が十人ばかし居るが、他は剣と槍だ。魔魚には役に立たん。」

(精霊術士…?って何だ?)

「まぁ解った。あたしの仲間が何とか動きを止めるから、その際に魔魚に向かってありったけの火力をぶっ放して欲しい。頼めるか?」

「随分簡単に言うな?お前の仲間ってのは信用出来るのか?」

「出来る。」

 淀みも迷いも無く断言する櫻。その瞳には嘘偽りは感じられない。船長は一度大きく息を吸い、深く吐き出す。

「準備にそんなに手間は無い。お前が発射のタイミングを叫べば直ぐにでもぶっ放してやる。」

 そう言い、船の中へと姿を消していった。

(…信じていいんだよな?)

 多少の不安は拭えないものの、今は(すが)るしかない。早速魔魚の動きを止めるべくアスティアとカタリナの様子に目を向けると

「きゃぁ!」

 アスティアが悲鳴と共に海に落ちる姿が飛び込んできた。

「何だ!?」

 何が起きたのか一瞬理解が出来なかったが、アスティアが海から飛び出して来たのを確認し胸を撫で下ろす。

 すると先程アスティアに何があったのかが解った。魔魚は顔の部分だけを水面から出し、口から高圧の水を吐き出したではないか。その勢いは凄まじく、避けるアスティアを追尾するように吐き出し続けた水圧は軽々と(かす)った船の帆柱を吹き飛ばした。

「何だいありゃ!?テッポウウオか!?」

(見た目はピラニアみたいな姿してるクセにあんな芸当が出来るとはフザケた奴だ!)

 だがその様子を見て一つ気付く事があった。それは魔魚が水流を発射している時、本体はその場から全く動かなくなっている事だ。これを好機と捉えた櫻はカタリナを呼び戻す。

「カタリナ!アスティアがあの魚の気を惹いてる間にアイツに取り付くんだ。最低でも胸ビレと尾ビレを引きちぎってくれないか。」

「あいよ。まだまだ力が湧き上がる、お安い御用だ。」

 カタリナはグッと親指を立てて櫻に頷くと、海沿いを走り魔魚との最短距離から海に飛び込んだ。

 その音に気付いた魔魚がカタリナに注意を向けると、アスティアがそうはさせまいと距離を詰め再び鎌鼬を巻き起こす。

 魔魚にとってそのダメージは微々たるものだが、蓄積する少量のダメージもストレスをもたらすのか意識は再びアスティアに向いた。

(う~ん、所詮魚と言うか、思考回路が単純なんだな…とは言え普通の魚なら身の危険を感じれば逃げるのが当然。矢張り魔物化すると性質が攻撃的になるのか。そういえば森で出会った猪みたいなのも、ファートの町で出た鳥のヤツも、逃げるなんて素振りは全く無かったな…。)

 魔魚の動きを観察しつつ魔物化というものの理解を深める櫻。

 そうしていると、アスティアの挑発に乗った魔魚が一度深く潜る。恐らく腹の中に水を蓄えに行ったのだろう。その想像通り再びその顔を水面上に現すとアスティア目掛けて高圧水流を吹き出した。

(今だ!)

 カタリナがその隙を逃さず魔魚に接近する。すると突然魔魚の身体に無数の輝きが見えた。何かが光を反射したように見えた時、突如としてカタリナとその背後にある建造物に無数の『何か』が突き刺さった。

「ぐあっ!」

 咄嗟に腕をクロスさせてソレの直撃を防いだものの、カタリナの身体からは血が流れ出し海水を赤く染める。

 カタリナの身体、そして町並みに突き刺さったソレは、硬質化した魔魚の鱗であった。まるで扇状の刃物のように鋭利な鱗が射出されていたのだ。

「カタリナ!大丈夫か!?」

 櫻も慌てて駆け寄る。

「あぁ!骨までは達してない。アタイの筋肉凄いね!」

 自画自賛しながら櫻に無事を伝えると、そのまま再び魔魚へと接近を試みるカタリナ。

(くそ…あとは信じて待つしか無いか…あたしはあたしの役目をしっかりしないと…。)

 自分に言い聞かせるように武装船まで戻ると、そのままズカズカと船の中へと入っていった。

 カタリナが上手く魔魚に取り付くと、密着されては鱗を飛ばす事が出来ないのか激しく身をくねらせカタリナを振り払おうと暴れ出した。

 実際に魔魚の身体に密着してみると解るその大きさ。カタリナと比較してその眼球だけで身体の半分はあろうというサイズだ。しかしカタリナの腕力はしっかりと魔魚の身体を掴み、ジリジリと胸ビレに接近し、手刀がその根元に突き刺さる。

 海中に血煙が広がり、魔魚の動きは更に激しさを増した。だがそんな事には動じないカタリナは更に手刀を深く差し込むと、根元から(えぐ)るように片方の胸ビレを奪い取った。

(ヒレとしての役割りを果たせないようにしてくれればそれで良かったんだが…やる事が豪快だねぇ。)

 その様子をブリッジから見ていた櫻、呆れと感心を同時に感じながらグッと拳を握り締めた。

「それじゃ船長、頼んだよ。」

「了解した。」

 櫻は船長と短い言葉を交わしブリッジを後にすると甲板に出た。

「アスティア!一旦戻れ!」

 空からカタリナと魔魚の様子を伺っていたアスティアを呼び戻す。

「念の為だ、血の補充をしておくんだ。お前さんにはもうひと働きしてもらうんでね。」

「うん、わかった!」

 そう言うと櫻の首筋に再び前戯無しの鋭い牙が突き刺さり、櫻の表情が歪む。しかしそんな事は微塵も匂わせず優しい声で

「さっきアイツの攻撃を食らったようだが、身体は大丈夫かい?」

 アスティアの身体を案ずる。

 アスティアが首筋に噛み付いたまま小さくコクコクと首を縦に振り無事を肯定すると、

「そうかい、良かった…。」

 とアスティアを抱き締めるように背に腕を回した。

「それじゃそのまま次にやる事を聞いてくれ。」

 そうして計画をアスティアに伝えると、血を飲み終えたアスティアは首筋から口を離し、

「わかったよ、任せて!」

 と自信を持った声で答えてみせ、再び飛び立って行った。


 その頃カタリナは反対側の胸ビレを抉り取る事に成功し、暴れる魔魚の身体を這って尾ビレに向かっていた。両胸ビレを失い水中での動作に難が生じた魔魚であったが、未だに一番の推進制御装置である尾ビレが健在な為にその動きは激しい。

(くっそ、あんまり暴れられると息が続かない…!)

 カタリナの握力が緩む。その瞬間を待っていたかのように魔魚の身体が大きく跳ね、カタリナの身体が海上に打ち上げられるように飛ばされた。

「おわぁ!?」

 慌てて海面に視線を向けると、魔魚が口を開けてカタリナが落ちてくるのを待っているではないか。

「アタイを食おうってのかい!?腹壊しても知らないよ!」

 強がりを言うカタリナであったが、その口の中にズラリと並ぶ何列もの鋭利な歯を見ると流石に身の無事を保証は出来ないと嫌な汗が湧き出る。

 あわや魔魚の口の中へと落ちようかというその時、飛来したアスティアがギリギリでカタリナを拾い上げるとそのままポッカリと開いた魔魚の口の中に鎌鼬を放ち怯ませた。

「カタリナ、大丈夫!?」

「あ、あぁ、アスティアか。助かったよ。」

「サクラ様から作戦を聞いてきたよ。まず魔魚の動きを鈍くする為にヒレを壊して…。」

 櫻から聞いた指示をカタリナにも伝えると、

「了解だ。それじゃアイツの尾ビレの辺りに落としてくれ。」

 とカタリナも目的がハッキリとしてやる気も上がる。

「うん!」

 アスティアは両手で頭上にカタリナを大きく振りかぶると魔魚の尾ビレ目掛けて全力で放り投げた。

 その威力は水面への激突で軽減されてしまうものの、丁度背ビレと尾ビレの間辺りに見事に命中する。

 ガッチリと背中に掴まり、ついでとばかりに手刀を横薙ぎに背ビレを破壊するとそのまま尾ビレへ向かうカタリナ。流石に硬い鱗に覆われた尾ビレの根元、胸ビレのように(えぐ)り取る訳にも行かない。ヒレ状の薄い部分を力任せにブチブチと引き千切り、みるみる魔魚の尾ビレは姿を消していった。

 すると魔魚も全身の筋肉を使い身をくねらせるも上手く泳げない。その様子を確認したアスティアが櫻へ向かい両手を頭上に(かか)げて輪っかを作って見せた。

「よし!アスティアもカタリナも一旦離れろ!」

 大声で指示を出すと、二人も頷きその場から離脱。

「船長!」

 ブリッジに向かい声を上げると、その中の船長が頷き

「銛!撃て!」

 と端的に、しかしハッキリと船員達に命令を出す。

 その声と同時に甲板上に設置されていた銛が一斉発射された。恐らくはバネか(つる)を使った射出装置なのだろうが、そのサイズから射出速度は凄まじく、着水しても威力が落ちる事はほぼ無く魔魚に降り注ぐ。

 数本は外れ、数本は硬い鱗に遮られたものの、何本かは見事に魔魚に突き刺さった。その銛には太いロープが繋がっており魔魚の動きを大きく制限する事に成功する。

 その様子を確認したカタリナが再び魔魚に接近、下に潜り込むと海面近くへ押し上げ、上空で待機していたアスティアがそれを受け取るような形で引き上げた。

 アスティアはそのまま魔魚のエラを掴み上空へ持ち上げると、武装船に対して盾にするように側面を向ける。

「船長!」

 再び櫻がブリッジに声をかけると、

「術!撃て!」

 同じく先程と同じトーンの船長の声が甲板に居る精霊術士達に届く。

 すると甲板に一列に並んで待機していた十人の男達が一斉に両手を前に突き出し、そこから火の玉が魔魚に向かって飛んで行ったではないか。

(何だこりゃ!?魔法か!?)

 余りに原理の理解が追いつかない現象を目撃して櫻が度肝を抜かれるが、それとは全く関係無く火球が魔魚に命中するとその表面を焦がした。部分的にではあるものの炭化した様子も見える。

 その様子を確認した船長は『うむ』と頷くと

「砲!撃て!」

 と一際大きな声で指示を出した。

 『ドカン!』と大きな音が船体を揺らすと、側面に設置されていた大砲から砲弾が飛んでいくのが見えた。

 それはアスティアが必死で支え、未だにビチビチと暴れる魔魚の身体に的確に命中する。火球で鱗が弱った所への見事な射撃に、魔魚の内臓が潰れたのか口から吐瀉物を吹き出した。

 続けて二発、三発と砲弾が命中すると、魔魚の眼球から涙を流すかのように血が溢れ出し、トドメの四発目が遂にその身体を突き破ると、魔魚は痙攣のようにビクビクと身を震わせ、中から瘴気が抜け出し霧散した後にその動きを止めた。


「アスティアー!そいつは(おか)に下ろしな。」

「は~い。」

 魔魚の陰になって姿が見え無いアスティアの返事が聞こえると、その巨大な魚影はフラフラと空を移動し港に下ろされた。

 それを目視で確認すると櫻はブリッジへ上がり、船長と対面する。

「いやぁ、助かったよ。流石に海の中に居るヤツ相手じゃウチのモンでは決定打が無かったからね。」

「礼には及ばん。アイツを仕留められなかったらもっと沢山の船が犠牲になって、その被害はウチの船にも及んだだろうからな。」

「そう言って貰えると助かるよ。で、ものは相談なんだが、あたしらは東大陸に渡りたくてね?この時化(しけ)でも出航()してくれる船を探してる所なんだが…。」

「そういう事なら金を払いな。一人大金貨1と小金貨5だ。」

 船長は無骨に手の平を差し出した。

「…こういう時は『そういう事なら船を助けてもらった礼だ。タダで乗せてやるよ。』って言うもんじゃないのかい…?」

 櫻の顔が引き()る。

「馬鹿を言っちゃいけねぇな。こちとらこれで船員(かぞく)(やしな)ってるんだ、そんな一時(いっとき)の感情でタダになんて出来るかい。それに助けて貰ったのはお互い様だろう。こっちは砲弾を消費したんだ、その分を請求されないだけでも感謝して欲しいがな?」

「ぬっ…。」

 あまりの正論にぐうの()も出ない櫻。

「大体、あの魔魚の報酬はどうするんだい。協力した俺達も当然山分けだろう?証書発行で1日はここに足止め確定じゃねぇか。」

(そうだった…アレの討伐報酬を貰えれば(ふところ)が潤うか。思いがけない収入だ…しかし…。)

「因みにお前さんが預かる船員(かぞく)ってのは何人居るんだい?」

「今この港に居るのは三隻で人数は合計90人だ。」

「90…!?」

 思わず大きな声が出てしまう。

(まてまて…確かあの鳥の魔獣の報酬が大金貨5枚…50万として、相場がそんなもんだとすると…あたしら含めて割ったら約5千…大銀貨5枚程度かい!?)

 腕を組み頭を悩ませる。

「うーん…一先(ひとま)ず話は解った…取り敢えず今日は引くとするよ。協力感謝する。」

「あぁ。またな。」

 互いに軽く手を上げると櫻はブリッジを出る。その時、櫻と入れ違いになるように少々恰幅の良い中年の男がブリッジに入って来た。その男は一見質素な格好に見えたが、その身に着けている衣服は上質な素材を使用しておりスマートな着こなしに貫禄を覚える。

「やぁ船長。貴方(あなた)の船の戦力(ちから)で魔魚を討伐出来た事、感謝します。お陰で私の船も無事に済みました。」

「それは何より。ですが礼には及びません。我々の船を護る為でもあったし、何より我々だけで得た勝利ではありませんからな。」

 互いに手を差し出すとがっしりとした握手を交わす。

「ほう?そういえばこの船には居ない筈の女性が二人、戦ってましたな。それに今出て行った少女は?」

「あぁ…あれですか…。」

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[一言] 魔魚との苦戦を鑑すると、更に使徒でも大した戦闘力ではなく、神と使徒の長所と短所はかなりアンバランスですね、悪い方に傾けて…
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