罪と罰
ギルドの門前に少女達が舞い降りた。
その内の一人は両肩に大きな荷物を抱えており、門の両脇に控えていた番兵達は驚き目を見合わせると慌てて駆け寄って来た。
「お嬢ちゃん達、何の用だい?」
とてもギルドに仕事の用事で訪れるような身形では無い櫻達に、番兵は訝し気な表情を浮かべながらも優しく問い掛ける。
「あぁ、ちょっと誘拐騒ぎが有ってね。その犯人を引き渡したいんだが…。」
一番小さな少女…櫻はそう言って命の担ぐ荷物へ視線を向けた。
「誘拐!? それで、被害者は無事なのか!?」
話に慌てる番兵。しかし櫻はクスリと笑みを零すと、
「安心しな、何事も無く救助されたよ。それでちょいと事後処理で相談事が有るんだ。通してくれるかい?」
そう言ってパチリとウィンクして見せた。
「あ、あぁ…護衛は必要無いか?」
心配そうに手を伸ばしかける番兵。しかし櫻は小さく首を横に振って見せた。
「ありがとう、大丈夫だよ。」
そう言ってニコリと微笑みを浮かべ門を通って行く櫻達を、番兵は呆気に取られたように見送るのだった。
狩猟ギルドの前へとやってきた櫻達は、先日の受け付け嬢が居る事を確認すると声を掛けた。
「やぁ。ちょっと良いかい?」
「あっ!? 使徒様!? 先日は急なお願いを聞いて頂きまして、有り難う御座いました!」
櫻達の姿を確認した受け付け嬢は驚いたようにホール全体に響くような声を上げると、『ゴッ!』と派手な音を立ててカウンターに額を叩き付けるように頭を下げた。
「ちょっ…! 声がデカい!」
慌てて周囲を見回す櫻。しかし幸いな事に今は拳闘大会に人が集まっている為かホールに余り人影は無く、数人がサワサワと声を上げている程度だ。
「あ…申し訳ありません…!」
ハッと口に手を添えて声を抑える受け付け嬢。櫻は少々困ったようにはにかむと事情を話し始めた。
「…ってな訳でね、こいつらは帰る金すら使い切って犯罪に走った馬鹿共なんだ。あたし個人の仕置きは済ませたんで後はギルドに処遇を任せたい。」
そう言って命へ視線を向けると、彼女は小さく頷き両肩に担いでいた荷物を立たせるように床に降ろした。
「はい。そういう事でしたら少々お待ち下さい。」
受け付け嬢は頭を下げて一言残し、そそくさと奥へと姿を消した。
その後少々して再び姿を現すと、その後ろには初老のエルフの男と、革鎧を身に纏った衛兵と思しき男達の姿が。
衛兵はカウンターから表へと出ると二人一組になり誘拐犯の男達を両脇から確保し、ギルドの奥へと連行して行く。そして初老の男…恐らくはギルド長と思われるエルフが連行される男達の姿を確認すると、続いて櫻達を見回すように視線を動かし、更にその視線を受け付け嬢へと向けた。
彼女がコクコクと何度も小さく首を縦に振って見せると、ギルド長は再び櫻達へ視線を向けて腰を曲げ頭を下げ、
「これは使徒様方、この度は特殊魔獣の討伐のみならず誘拐犯の確保までして頂き、誠に有り難う御座います。」
そう言って顔を上げると、緊張した面持ちながらニコリとした笑顔を浮かべた。
「いや、気にしないでおくれ。特殊魔獣に関しちゃあたし達も懸念している問題だし、誘拐は単に巻き込まれたついでだ。それより、あの犯人達はどういう罰を受けるんだい?」
櫻は犯人の男達が連行された先に目を向ける。
「え? あ、はい。犯した罪の重さにもよりますが、窃盗であれば手の指を、誘拐であれば足を、被害の規模に応じただけ斬り落とします…ご存じ有りませんか?」
余りに当然のように語られた罰の重さに、櫻は唖然とした。
「それは…随分と重いね…。」
「そうでしょうか? 犯罪者は犯した罪に応じて相応の罰を受ける事。それは遥か過去の人類の神がお決めになり代々引き継がれて来た決まり事です。失礼ですが、使徒様がそれをご存じ無いと…?」
ギルド長が櫻に疑惑の目を向けた。
「あはは…あたしはまだ人生経験が足りなくてね、知らない事が多いんだ。そうか、先代までの神の決めた事…か。」
(確かに重い罰は見せしめとしての効果も有って犯罪の抑止になるかもしれないが…身体の一部を失うとなれば社会復帰が困難になって、更に犯罪に手を染めるリスクや生命を落とすリスクも高まるんじゃないのか?)
櫻は口元に手を添えて眉間に皺を寄せた。
「それじゃぁ…先日客船の上で窃盗騒ぎが有っただろう? 犯人はギルドに引き渡されていた筈だが、あの男はどうなったんだ?」
「おや、ご存じでしたか…もしやあの犯人を捕まえたのも使徒様方で? 成程流石です。あの男は大きな被害を出す前に捕らえられ、被害者本人も罰を与えましたからギルドとしてはそこまでの罰は与えていません。義足を取り上げた程度です。」
「…そうか。」
ホッとした櫻の肩から力が抜ける。
「もう一つ聞くが、さっきの連中はどの程度の罰を受ける事になる?」
「そうですね…使徒様方のお話から考えますと、通常であれば手の小指一本と言った処でしょうか。」
サラリと答えるギルド長に、櫻は驚き小さく息を飲んだ。
(あのレベルで一生モンか…とんでもない罰だな…。)
「ですが現場で既に使徒様方によって罰を受けているという事ですので、ギルドとしては鞭打ち3回程度でしょうかね。」
「え? あ、あぁ、そうなのか。」
櫻の表情に安堵の色が浮かんだ。先程からコロコロと表情が変わる櫻に、その場に居た全員の視線が集まる。すると櫻はポンと手を搗いて顔を上げた。
「今『神様』から声が来てね、一つ案が有るんだが、それを聞いてくれないかい?」
その言葉にギルド長と受け付け嬢が顔を見合わせる。
「え…その、神様は何と…?」
恐る恐るという風にギルド長が声を掛けると、櫻はコクリと一つ頷いて見せた。そしてちょいちょいと手招きをすると、カウンター越しに二人が顔を寄せる。
そうして出した案。それは、
『犯罪者を一定期間、健康に支障を来さない程度に必要最低限の環境に隔離しつつ労働に奉仕させ、期間を終えた時に罰と労働に見合った対価を与え町から追放する。』
というものであった。
「まぁ今回の場合、試しも兼ねて、そうだなぁ…180日位…かな? それで、その期間真面目に働き通したら、ある程度の賃金と故郷まで帰れるだけの路銀を与えて町から放り出して欲しい。」
ヒソヒソと周囲に声の漏れないように話すと、受け付け嬢は驚いた表情で固まっていた。そして、
「神様が…そんな『慈悲』をお与え下さったのですか…!?」
そう言いながらまるで信じられない事のように肩を震わせる。
(慈悲って…地球の刑務所の代わりみたいな事を頼んだ程度だったんだがなぁ。)
その過剰な反応に櫻は呆れたように頬を掻いた。
「駄目…かい?」
櫻の困ったような声にギルド長がハッとすると、
「いえいえ、神様のお慈悲という事でしたら、喜んで御受け致しましょう。しかしそれでは罰が軽すぎるかと思われるのですが、神様はその辺りに関して何かお考えが有るのでしょうか…? あ、いえ、使徒様のお言葉を疑う訳では有りませんが!」
額に浮かぶ汗を拭いながらそう言う。その態度に櫻も少々困った笑みを浮かべる。
「考え…というより、今回は試しだ。あたしらの『神様』は、人類を信じてみたいんだよ。この試みが上手く行くようなら犯罪者用の施設を新設したりして色々と細かい所を突き詰めたりしてみて欲しい。…もし駄目そうなら、今まで通りでも良いからさ。」
櫻は先神達の残したこの世界のルールに最低限譲歩しながらも、出来る事ならば社会復帰の可能性を少しでも残す罰への変化を望んだ。
「はい、使徒様がそう仰られるのであれば、あの連中は暫くギルドで管理させて頂きます。お任せ下さい。」
ギルド長もその話に素直に従う態度を見せ、こうして一通りの話が終わり、櫻達は一先ずギルドを後にした。
門を出てギルドを振り向く。
(地球も国や時代によっては残虐な刑罰も沢山有るが、この世界ではソレが現役というだけなんだ。あたしの気持ちで変化を押し付けて良いのかは解らないが、願わくば無駄に人が人の生命を奪うような事にはならないで欲しいもんだ。)
そんな事を思いながら、櫻は再びギルドへと背を向けたのだった。
「さて、少し急ぎで会場まで向かうか。カタリナのヤツ、まさか負けてないよな?」
空を仰ぎ拳闘大会会場の方角に目を向ける。立ち並ぶ建物に覆い隠される隙間から会場上空の蜃気楼が窺えるものの、そこに映し出されている映像までを認識する事は出来ない。
「それじゃ飛んで行こっか?」
アスティアが櫻を背後から抱き締めると、バサリと背中に大きな羽根を生やす。
「いや、それじゃ命が置いてけぼりになっちまうだろう…って、そう言えばアスティア、どうして羽根を出せて…まさか服を破いちまったのかい?」
「えへへ…サクラ様の血が無いとボクの力だけじゃ内側から破るのは無理だから、ミコトに切って貰ったんだ。」
「そんな、あたしの為にこんな立派な服を…勿体無い事をさせちまって済まないね…。」
櫻はソッとアスティアの頬に手を添える。しかしアスティアはそんな櫻にニコリと微笑んで見せた。
「ううん、大丈夫だよ。ほら見て。」
そう言うとアスティアは櫻を放し、クルリと背中を向けて見せた。するとそこに現れたのは、綺麗に真ん中から縦一直線に切れた背面の生地。襟周りは繋がったまま残しつつ、しっかりと羽根を出すのに必要な部分だけが切られていた。
「ね、凄いでしょ? ミコト、ちゃんとボク用に仕立て直し出来るようにって綺麗に切ってくれたの。だからサクラ様とお揃いのこの服もまだ着られるんだよ。」
再びクルリと振り向くと櫻を正面からギュッと抱き締め、白い髪に頬擦りする。
「そうか、命はアスティアに裁縫を習ったんだったね。早速その経験が活きたって訳だ。」
アスティアに抱き締められたまま視線を命へ移す。命は櫻に向け小さくお辞儀をすると微笑みを浮かべた。
「まぁ折角だ。結局朝飯も食えてないし、少し早足で歩きながら何処かの屋台で食い物を調達して行こう。」
「うん。」「はい。」
二人の返事に櫻が頷く。そうして少々急ぎ足加減で大通りを歩きながら大会会場へと向かう途中、串焼き等を購入して小腹を満たした。
漸く会場前まで到着すると、そこには朝のように密集した人混みは無く、会場周辺に散らばるようにして空を見上げる人々の姿が在った。
(成程、この土地の広さは中に入れない人達用の観覧席代わりにもなってるって訳か。)
納得しながら櫻も上空を見上げると、会場外縁部の上にも人影が見える事に気付いた。
(あれは…鳥人族か。ふふ、成程ね、空を飛べる種族の特権って処だねぇ。)
ルールは有れど縛られ過ぎない大らかな世界に、櫻はフフッと笑みを浮かべ上空の蜃気楼へと目を向ける。
するとそこには丁度良く見慣れた赤い髪が映し出されていた。
「え~っと…対戦表みたいなのは何処かに無いのか?」
櫻が辺りをキョロキョロと見回すものの、人混みのせいで周囲の状況は全く判らない。仕方なく傍に居る興奮気味の男に声を掛ける事とした。
「なぁ、済まないが大会の進行具合はどうなってるんだい?」
チョイチョイと男の太腿を指で突くと、
「ん? あぁ、今は第一ブロックの決勝の最中だよ。あの女、ライカンスロープのクセに今まで一度も変態せずにここまで勝ち進んだんだ、すげぇよなぁ。俺も買っておくべきだったぜ。」
男はそう言って櫻にチラリとだけ視線を向けると、再び顔を上げて空に映し出される映像に釘付けになる。その手には恐らく既にハズレ券となったのであろう投票券が握り締められているが、その表情に悲壮感は無く、寧ろ楽し気に目を輝かせていた。
「でもまぁ、次の第2ブロック決勝の勝者は多分『24番』だろうし、同じライカンスロープ同士なら地力の差でソッチの勝ちだろう。」
「へぇ? 『24番』は強いのかい?」
「あぁ、強いぜぇ。今までの戦い、最初からカッ飛ばしてアッと言う間に相手をノシてるからな。俺もアイツを買っとくべきだったよ。嬢ちゃん達の『推し』は何番だったんだ?」
「ははっ…生憎、買う事が出来なかったもんでね。まぁ情報有り難う。助かったよ。」
ポンと男の太腿を軽く叩き、櫻も空中の映像へと視線を戻す。するとそこで違和感を覚えた。
「ん…? 何か戦い方が…。」
眉間に皺が寄る。その視線の先、カタリナは今まで見た事の無い、足技を主体とした戦いを繰り広げていたのだ。突き、払い、更には受けまでも巧みに足を使い、スカートが激しく翻る。
すると命はしゃがみ込むようにして櫻の耳元に口を近付けた。
「カタリナは特殊魔獣との闘いから左腕を負傷したままなのです。」
「…何だって?」
周囲の喧騒に掻き消されそうな程の小さな声で囁くその言葉に、櫻は驚き目を見開いた。
(そう言えばカタリナ…あの戦いの後から血を飲んでないな…。)
今朝までの事を思い起こす。
「何でそんな事を黙ってたんだ?」
「それは…カタリナが『丁度良い』と言っておりましたので。お伝えせず、申し訳御座いません…。」
「いや、命が謝る事じゃないよ。それにしても…『丁度良い』?」
櫻は首を傾げながら空の映像に目を遣る。相手は恐らく人間族だが、カタリナの蹴り業を巧みに捌きながら激しく攻めるその動きは流石、大会を勝ち上っただけある手練れだ。
だがカタリナもとても付け焼刃とは思えない足技で果敢に攻めると、相手の攻撃の中に生じた一瞬の隙を見逃さず、相手のガードを打ち崩す渾身の足刀を右肩目掛けて叩き込んだ。そしてそのまま軸足を跳ねると、その勢いで体勢を崩した相手の逆側頭部目掛けて蹴りを入れる。
バランスを崩し受け身を取る事も出来ず倒れる両者。一瞬の静寂。だが僅かの間を置いて起き上がったのはカタリナであった。
『勝者! 30番!』
アナウンスの声に赤い髪を大きく振って掻き上げ、勝利を宣言するように右腕を高らかと掲げると周囲から大歓声が沸き起こる。
そんな様子に櫻達は『ふぅ』と肩を大きく揺らして安堵の息を吐いた。
(『丁度良い』…か。相手を舐めてる訳では無いんだろうけど、まぁ本人の納得の行く内容なら、あたしがとやかく言う事でも無いかね。)
少々困ったように眉尻を下げながらも、無事に闘技場から退場するカタリナの姿を見守り微笑んだ。
「ま、それは兎も角…。」
ポツリと呟く。
「二人共、ちょっとカタリナの処に行ってみるよ。」
そう言うと人混みを掻き分けるようにして櫻は会場の入り口へと向かう。アスティアと命も、今度は見失わないようにと慌ててその後を追った。
そうして何とか会場の受け付けへ到着すると、試合の受け付けの時に居た男が対応に出てくれた事で櫻達がカタリナの関係者で有る事が認められ、係員立ち合いの元での面会を許される事となった。
選手達の控室は地下に在った。そこは強固な岩盤を掘り抜き削り出したのだろうか、通路は丁寧に整えられた岩壁が剥き出しになっている。その先には左右に複数の木製の扉が並び、其々の部屋に選手が一人ずつ控えるようになっていた。
上部に『30』と数字の振られた扉の前まで案内されると、係員がコンコンと扉をノックする。すると中から、
「はいよ~?」
と声が聞こえ、扉が開かれた。そして姿を見せたカタリナは、係員の後ろに控える櫻達の姿に気付く。
「何だお嬢達、態々控室まで応援に来てくれたのか? …って言うか、アスティアはどうしたんだ?」
櫻を背後から包み込むように抱き抱え、周囲に警戒の目を向けるアスティアの様子にカタリナは不思議そうに首を傾げた。
「ははっ、まぁちょっとあってね。」
苦笑いを浮かべながら櫻はアスティアの頬を優しく撫でると、アスティアはふにゃりと表情を緩めた。
「それより優勝決定戦進出おめでとう。ちょいとしゃがんでくれないかい?」
櫻はちょいちょいと手招きするようにして手を扇ぐ。カタリナはそれを受けて素直に膝を曲げると、櫻の視線まで顔を落とした。
「何だい?」
そう言った時、命が徐にカタリナのケープを捲り上げた。
「あっ!? 何するんだミコト!?」
慌てるカタリナの顕わになった左腕。何とそれは、肩から肘に掛け、ほぼ二の腕全体という風に特殊魔獣の攻撃を貰った箇所が紫色に腫れ上がり痛々しい姿となっていたのだ。
「うわぁ、こりゃ酷いな。でもコレは試合で受けた傷じゃないな…あんたこんな状態で出場してたのか?」
係員の男も呆れたように覗き込む。
「カタリナ…何でこんな状態を黙ってたんだ? 早目に言ってくれればここまで悪化する前に何とか出来たものを…。」
ジッと咎めるような視線を向ける櫻。カタリナは思わず目を逸らすようにして右手で頭を掻いた。
「あはは…朝はここまで酷くは無かったんだよ? ただ戦ってる内に悪化したみたいでね…うはぁ、改めて見ると尚更痛くなってきたよ。」
まるで恥ずかしい箇所を見られたかのように照れ笑いを浮かべるカタリナに、その場に居る全員が呆れ顔を浮かべた。
「なぁ、大会途中での治療行為は認められてるのかい?」
櫻が係員を見上げる。しかし、
「いいんだよ、お嬢。アタイはこのまま次の試合に臨むさ。」
そう言うとカタリナはポンと櫻の肩に手を置き、スックと立ち上がる。
「だが…。いや、そうかい? 後で泣き言は言わないでおくれよ?」
「あぁ、任せておきなって。」
ニッと牙を覗かせ笑みを浮かべるカタリナに、櫻はそれ以上言う事は無く少しだけ困ったように微笑んだ。
その後ろで命が不安気な瞳をカタリナへ向ける。そんな命にカタリナはパチリとウィンクを返し控室の扉を閉じるのだった。