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大会前夜

 (ようや)くダンジョンを抜け出した櫻達一行。目も(くら)むような外の明かりに瞳を細め空を(あお)ぐと、(すで)に太陽は真上に差し掛かろうとしていた。


「半日以上もダンジョンの中に居たのか…道理で疲れる訳だ。」

 大きな欠伸(あくび)をしながら櫻が呟く。その隣ではアスティアが既にうつらうつらと船を()いでいた。

「ふふっ、早く宿に戻ってグッスリ眠りたい処だねぇ。」

 そんなアスティアの様子に三人がクスリと微笑(ほほえ)む。

「…とは言え…。」

 櫻は自身の身体に目を向けた。その姿は胸を隠すばかりの服『だった』物を(まと)うのみの、ほぼ裸の状態。バイブーの尾に飲み込まれた際に胴体諸共(もろとも)に衣服も失ってしまっていた。

「また服を台無しにしちまったね…換えの服も持って来ておくべきだったか。」

 ハァと溜め息を()くと、野鳥達がけたたましく鳴く森の中を見回した。

「この森の中だと裸の方が気持ち()(くらい)だけど、流石(さすが)にこの恰好で()昼間(ぴるま)の町に戻る訳には行かんよなぁ。」

 そう言いながら、最早(もはや)着ているだけ無駄なソレを脱ぐと全裸になり、開放的なその空気に身体を大の字に開く。


 すると櫻の身体から幾つかの(あわ)い光がふわりと抜け出るようにして姿を現し、空へと舞い上がって行った。


 櫻はそれらを見上げると、小さく手を振り見送る。

「今回は七人もか…無謀(むぼう)を犯した代価(だいか)って言いたい処だけど、まさか相手があそこまでの化け物とは思いもしなかっただろうしな。」

 (てのひら)(ひさし)を作り空を見上げるカタリナ。

「まぁ可哀想な連中だけど、せめてお嬢に見送られたのだけが不幸中の幸いって(ところ)か。」

 そう言うとその視線を櫻へ向け、スカートの裾を持ち上げた。

「ほら、お嬢。次はお嬢がアタイの中に入る番だよ。」

「ん? あぁ、そうだね。また頼むとするよ。」

 もぞもぞとカタリナの服の中へ櫻が入り込むと、カタリナはそのお尻に右手を添えて小さな身体を抱き上げる。襟元から顔を出すと櫻の背中が丁度カタリナの胸に挟まれる位置になり、その乳房が椅子の肘掛(ひじか)けのように腕に当たった。

(あ~…やっぱり気持ち()い…男共(おとこども)が女の胸を求める気持ちも理解出来ちまうねぇ。)

 疲れた身体に、作り物では味わえない極上の感触が身体を包み込むようで、思わず瞳を閉じて表情の(ゆる)む櫻であった。


「ミコト、済まないけど荷物持ちは任せたよ。」

「はい。」

「アスティア、眠いだろうけどもう少しだけ我慢しておくれ。」

「ふぁ~ぃ…。」

 こうしてカタリナの元へ皆が集まると、その周囲にふわりとした風が巻き起こりその身を空へと舞い上げた。


 ダンジョンへ向かう時には獣道(けものみち)を辿る必要から時間を掛けた道中であったが、帰りは町を目指せば良いだけと有り、6鳴き程しか時間は掛からずに町外れまで到着すると地面へと降り立つ。


 『トッ』と地面へと足を着けた一行であったが、その時アスティアの身体がふらりと揺れた。

「お嬢様!?」

 慌てて(みこと)がその身を受け止めると、その腕の中ではスースーという寝息が漏れていた。

「ははっ、流石(さすが)に限界だったか。あたしももう眠いし、早く宿に戻ろう。」

 カタリナの胸に肘を突くようにして顔を上げる櫻に、カタリナも頷いて見せる。


 (ようや)く宿へと戻った櫻達。(みこと)がソッとアスティアをベッドへ横たえると、櫻も大きな欠伸(あくび)を漏らしてその隣へと横になる。そして(まぶた)を閉じると、スゥ…と瞬く間に眠りに()いた。

「フフッ、お嬢も随分無理してたみたいだな。」

 仲良く眠る二人の寝顔を眺め、その身に掛布を被せるとカタリナも小さく欠伸(あくび)を漏らした。するとそんなカタリナに(みこと)は呆れたような視線を向けた。

「無理をしていると言うのなら貴女(あなた)もですよ? 腕の調子はどうなのですか?」

 その言葉にカタリナは驚いたように目を丸くした。そして、

「何の事だい?」

 とお道化(どけ)て見せる。

誤魔化(ごまか)さないで下さい。あの特殊魔獣(とくしゅまじゅう)から最初に受けた一撃、あれから貴女(あなた)の左腕の動きがおかしい事は知っています。ご主人様の血の(ちから)でも治らなかったのですか?」

 (みこと)は真剣な眼差(まなざ)しでカタリナを見据える。カタリナはそんな(みこと)の視線にフッと微笑(ほほえ)んで見せた。

「あぁ、いや。あの時確実に骨は折れたと思うんだがね。お嬢の血の(ちから)のお陰でソレ自体はもう治ってるんだ。ただ、まだ痛みが引かないって程度だよ。やっぱり身体を直ぐに完治(かんち)させるには肉じゃなきゃ駄目っぽくてね。」

「なら何故(なぜ)…。」

「おいおい、まさかアンタがアタイにお嬢を食えとでも言うつもりか? ミコトはお嬢が第一だろ?」

「それは…そうですが…。」

 言葉に詰まり困り顔を浮かべる(みこと)。そんな様子にカタリナは少し意地悪い事を言ったかと眉尻(まゆじり)を下げて微笑(ほほえ)んだ。

「それに、コレ(くらい)は丁度()いさ。」

 カタリナはそう言うと部屋の出口へと足を運ぶ。

何処(どこ)へ行くのですか?」

何処(どこ)って…討伐の報告をギルドにしとかないと報酬の査定もして貰えないし、向こうも結果が気になるだろう?」

「え…あぁ、そうでしたね。」

 櫻達の事を優先し失念していたのだろう。(みこと)はハッとした表情を浮かべた。

「ふふっ、何なら一緒に行くか? お嬢達も寝ちまってて、やる事無いだろ。」

 何の気無しに放ったその言葉。すると、

「…そうですね。ご一緒します。」

 (みこと)はそう言って柔らかな微笑(ほほえ)みを浮かべた。

 何時(いつ)もであれば強引に連れ出す以外には櫻の(そば)に居る事を優先するであろう(みこと)が、こうして(みずか)ら自分との同行を選択するとは予想していなかっただけに、思わず面食らうと共にカタリナに自然と笑顔が浮かんでいた。


「討伐の確認と査定で2日か。まぁ仕方ないね。」

 ギルドでの用事を恙無(つつがな)く終え、大通りへ出ると二人は並んで歩いた。賑わう町並みを眺めながら特に何を話すでも無く、しかしその時間がとても心地(ここち)良く、自然と距離が近くなると不意に触れた腕に互いが顔を見合わせる。

「あ…済みません。」

「ん…。」

 見上げる(みこと)の顔を何故(なぜ)か直視出来ず、カタリナは薄く染めた頬を人差し指で掻くと思わず視線を周囲に向けた。するとその先に、いかにも金持ちをターゲットにしていそうな高級衣服店が目に入った。

 大きなその店はガラスを多く配し店内の様子が大通りからも良く見える造りで、見るからに実用性とは掛け離れた、装飾の豪華な衣類が並んでいるのが遠目にも見える。


「あ、丁度良いや。お嬢の服も駄目になっちまったし、折角だから新しいのを買って行こうか。」


 照れ隠しのように早口でそう言うと、カタリナは小走り気味にその店へと向かう。(みこと)はそんな不器用な彼女にクスリと微笑(ほほえ)むと、静かにその後を追った。


 (みこと)が遅れて店内へ入ると、そこには飾られた美しい衣類と、その値札に目を丸くするカタリナの姿が()った。

「カタリナ、どうしたのですか?」

「ん? あぁ、良さそうなのが沢山有って目移りしちまってね…あと値段が凄い。」

 思わず小声になるカタリナ。その言葉通り、安い品でも小金貨5枚、高い品になると軽々と大金貨を要求するという強気の価格だ。しかしその価格に見合うだけの上質な素材を使い、凝った服飾(ふくしょく)を施した品々(しなじな)を前にカタリナの眉間(みけん)(しわ)が寄る。

「確かに…ですがご主人様に着て頂くのであれば、本来この(くらい)の物が相応(ふさわ)しいのでは無いですか?」

「ん~…まぁアタイとしてもお嬢達にはこういうので着飾って後ろで大人しくしてて欲しいってのは本音だけどね。ただお嬢はあの通り自分から厄介事に首を突っ込むからなぁ。」

「ふふ…それがご主人様の良い(ところ)では無いですか。」

 二人が楽し気にそんな話をしていると、店の奥から今まで二人の様子を(うかが)っていた店員が姿を現した。


「いらっしゃいませ。どのような品をお探しでしょうか?」


 恐らくは店に見合わない粗野(そや)な姿のカタリナと地味な姿の(みこと)に冷やかしと思い接客に出なかった店員が、二人の会話の中に出て来た『ご主人様』や『お嬢』という単語に反応したのだろう。

 二人もそんな事を薄々(うすうす)とは察しながらも嫌な表情は見せず、

「ん? あぁ、ウチの『オジョウサマ』達にね、似合いの可愛い服が無いかと思ってさ。」

 と、櫻とアスティアの背丈を手の動きで表現して見せた。

 するとその言葉に店員の表情は一気に明るくなる。

「まぁまぁまぁ。それでしたらお子様用のサイズは此方(こちら)に御座いますよ。さぁ、どうぞご覧になって下さい。」

 と上機嫌な声でカタリナ達を店の中へと案内し始めたではないか。二人は顔を見合わせると呆れたように微笑(ほほえ)みを浮かべ、その後に続いた。


 そうして悩む事1鳴き程。カタリナの見立てでサイズ違いの揃いの服を2着購入する事とした。その金額、1着辺り大金貨1枚。だがソレを惜しむ素振(そぶ)りも無く財布から取り出したカタリナに店員も満面の()みを浮かべ、店を出た後も頭を下げて見送るという対応を見せた。


「随分と嬉しそうですね?」

 ニコニコとした表情(かお)で隣を歩くカタリナを見上げる(みこと)

「へへっ、お嬢が居るとこういう思い切った買い物はなかなか出来ないからなぁ。」

 カタリナはそう言うと、丁寧(ていねい)に木製の箱に(おさ)められた服に視線を落とし、満足気な表情を浮かべる。

「ふふ、そうですね。ご主人様は御自身の事で大金を使う事は余り良い顔をしませんから。」

 そう言うと(みこと)もニコリと笑顔を浮かべた。カタリナはそんな姿にフッと微笑(ほほえ)むと、歩幅を(みこと)に会わせるようにゆっくりと宿へと戻るのだった。


「ふあぁぁ~ぁ…。」

 ()が落ち、町の(いた)る処に篝火(かがりび)が灯され始めた頃、櫻が大きな欠伸(あくび)を漏らしながら左腕を伸ばして重い(まぶた)を開いた。

 その右腕には何時(いつ)の間にやら何時(いつ)ものようにアスティアが抱き付いており、そんな様子に思わずクスリと()みが(こぼ)れる。

「お、お嬢起きたか。」

「あぁ…おはよう…とは言えないか。」

 窓の外へ目を向けて笑う。

「そろそろ(めし)を食いたい(ところ)だけど、どうする? アスティアはそのまま寝かせておくか?」

「いや、このままだと睡眠のサイクルが狂っちまうからね。可哀想だけど起こすとしようか。」

 そう言うと櫻は優しくアスティアの肩を揺すり、(おだ)やかな声を掛けた。スゥ…とアスティアの(まぶた)が開き、ぼんやりとした眼差(まなざ)しで櫻の姿を見ると、ニコリと微笑(ほほえ)みを浮かべる。

 櫻はそんなアスティアの様子に何を言うでも無く微笑(ほほえ)みを返すと、優しく頭を()でてから二人で支え合うように身を起こした。


 それから揃って1階の食堂へと下りると、そこは仕事を終えた者達だろうか、沢山(たくさん)の人々で賑わいを見せていた。櫻達は空いた席を探して人混みの中を()って歩き、何とか一つのテーブル席を確保する。


「ふぅ、凄い賑わいだ。宿としてだけじゃなく食堂としても繁盛してる店なんだねぇ。」

 背凭(せもた)れに寄り掛かりながら足をプラプラとさせて櫻が辺りを見回す。するとその中にも身形(みなり)の綺麗な、恐らく娯楽を目的としてこの町へ来たのであろう人々がそこそこに見受けられた。

(娯楽産業か…。この危険と隣り合わせの世界でも、そんな物に負けずに自分の快楽を求めるってのは、ある意味(たくま)しくて微笑(ほほえ)ましいね。)

 そんな事を思いながらフフッと微笑(ほほえ)むと、アスティアが櫻の顔を覗き込んだ。

「サクラ様、今日はどんなのが食べたい?」

「ん? そうだねぇ…何か滋養(じよう)の付きそうなのが良いかな。あとはケセランに何か野菜を頼むよ。」

「うん、(わか)った!」

 にっこりと微笑(ほほえ)むアスティアに、櫻も釣られて笑顔が浮かぶ。


 そうして注文を済ませ、(しばら)くして櫻の目の前に出て来たのは何とも奇妙な見た目をした料理であった。

 細長い何かを開いて焼いた物がメインとなっており、その周辺に香草を散らし、それを卵で閉じたような料理だ。

(何だか(うなぎ)柳川(やながわ)っぽい感じの料理だね?)

 『ほ~』と感心の溜め息を漏らしていると、

「へぇ、卵を使うメニューなんてよく用意出来たもんだね。」

 と、カタリナが、目の前に並ぶ大量の肉の乗った皿を乗り越えるようにして、違う意味で感心するように覗き込んだ。

「ん? そう言えば今まで余り見かけなかったね。珍しいのかい?」

「そりゃ当然だろう? 卵なんて何時(いつ)手に入るか判らないうえに腐り(やす)い物を、いつ注文されるか判らない食堂で用意するなんて大したもんだよ。」

「はぁ…そういう物なのか…。」

(そう言えばこの世界では畜産(ちくさん)を行っている様子を見た事が無いな。何処(どこ)の町でも狩人が()って来た獣をギルドに(おろ)して、そこから様々な方面へ仕分けるような感じだった。)

 そんな事を考えながら、中央のメイン具材にナイフを入れる。すると(うなぎ)のような物と思っていたソレは思いの(ほか)硬く、櫻は肩を(いか)らせるようにナイフとフォークを持つ手に力を込めて切り分けた。

 そしてパクリと口に運ぶと、矢張り結構な弾力を持ったソレは櫻のイメージしていた(うなぎ)のふわりとした柔らかさとは程遠い。

「コレ、一体何だい?」

「ん? 何って、バイブーだろ?」

 櫻の疑問にカタリナがさも当然という風に答えると、櫻は思わず(むせ)そうになった。

(ははっ…あたしを食おうとしたヤツの仲間を食い返す、人も結局『動物』の中の弱肉強食の一部だねぇ。)

 複雑な表情を浮かべながらも、その頬には笑窪(えくぼ)が浮かんでいた。

「結構美味(うま)いだろ? アタイも一人旅の時にはたまに怪我(けが)を治す為の滋養(じよう)として()って食ったもんだったけど、流石(さすが)にこうやって調理されてるのは珍しいね。お嬢、一口くれないか?」

「ん? あぁ、ちょっと待っとくれ。」

 櫻が一切れ切り出し、フォークを差し出すとカタリナはそれをパクリと(くわ)える。

「へぇ…ちゃんと調理するとこんな味になるのか…アタイは(なま)か、精々(せいぜい)火で(あぶ)った程度でしか食った事が無かったからコレは驚きだ。」

 その味に満足したのかカタリナは唇をペロリと舐め、笑顔を浮かべた。

 するとその時、


「ん? カタリナじゃないか。また()ったな。」


 カタリナの背後から声が聞こえ、櫻達は揃って其方(そちら)に視線を向けた。

「…ルードヴィヒ。アンタもこの宿に泊まってんのか?」

 驚いた表情で見上げたそこには、ルードヴィヒが立っていた。

「いや、オレは単に飯を食える(ところ)を探してたまたま此処(ここ)に入っただけで、宿は別だよ。オマエ達こそこの宿に泊まってるのか? 結構()い値段するだろうに、随分余裕が有るんだな。」

「はは、ウチのゴシュジンサマに少しでも満足して貰いたくてね。」

 チラリと櫻に視線を向けニッと頬を吊り上げるカタリナに、櫻は苦笑(にがわら)いを浮かべて見せた。

「それより一人なんだろ? 他の席は埋まってるし、ここに座りなよ。」

 櫻がそう言ってアスティアの膝の上に移動して席を空ける。ルードヴィヒは驚いたようにカタリナに視線を向けると、カタリナも何も言わず笑顔で頷いて見せた。

「…それじゃ、お言葉に甘えるとするか。」

 そう言って空いた椅子に座ると、メニューを眺めるルードヴィヒ。


 そうして彼が注文したのは一番安い、シンプルなスープとテサのセットであった。


「…それだけで足りるのかい?」

 思わず櫻の口から思った事が漏れてしまう。

「あぁ、充分(じゅうぶん)さ。」

 スープを(すす)るルードヴィヒはそう言って澄ました表情(かお)を浮かべた。すると、

「アタイ、さっきお嬢から分けて貰ったせいか、どうもコレを食い切れる自信が無いんだよね。アンタ、済まないけど片付けるの手伝ってくれないか?」

 カタリナはそう言って目の前に並んでいた皿の数枚をルードヴィヒの前へ差し出した。

「…(ほどこ)しのつもりか?」

 ルードヴィヒの眉がピクリと動く。

「ハッ、(ほどこ)される程の身分だと思ってんのかい? 甘えんじゃないよ。大体、腹を空かせた状態でアタイとやり合おうってのかい? ソレこそアタイをナメてるんじゃないよ。」

 口元は()みを浮かべながらも、カタリナの視線は鋭くルードヴィヒを睨み付けていた。

「…済まない。そうだな、オマエはそんな状態で戦える相手じゃない。片付けるのを手伝わせて貰うとしよう。」

 ルードヴィヒはそう言うと差し出された皿の上に乗った肉をガツガツと食べ始め、櫻達も一安心したように微笑(ほほえ)む。

「折角だ、酒もどうだ?」

 カタリナがコップを片手に軽く(かか)げた。しかし、

「いや、それは流石(さすが)に遠慮しておくよ。今は酒断ちをしている(ところ)なんでな。」

 断固とした意思を感じさせるキッパリとした声でそう言うルードヴィヒ。

「…やれやれ、酒盛(さかも)りの約束はいつになったら果たせるのかねぇ?」

 カタリナも呆れた声を漏らしながらも、それ以上は(すす)める事は無かった。


御馳走(ごちそう)さん。高い店に入っちまったと思ったが、思いがけず美味(うま)い飯が食えた。素直に助かったよ。」

 宿の外、ルードヴィヒを見送る為に櫻達も(おもて)へと出ていた。風の主精霊の力よりも火の主精霊の力の影響が強いせいだろうか、夜風もそれ程寒くは無く食事に火照(ほて)った身体に心地良い程だ。

「気にするなって。それでももし恩を感じるなら、明日は手加減でもしてくれるのかい?」

「ハハッ、それとコレとは話が別だ。オマエと当たったなら本気でやらせて貰うさ。」

 二人のライカンスロープの戦闘服が風にはためく。

「…そう言えば、対戦の方式ってのはどういうのなんだい?」

 そんな二人のヒリ付く空気に水を注すように櫻がポツリと(こぼ)した。

「ん? そう言えばアタイも詳しく聞いてなかったね。」

「…なんだ、オマエそんな事も聞いてなかったのか…。」

 ルードヴィヒは呆れたように腰に手を当てて溜め息を漏らし、説明をしてくれた。


 どうやら参加者は定員に達していれば全部で32人。基本的にはトーナメント形式なのだが、16人ずつの2ブロックに分かれて1回戦目は四人ずつの乱闘となり勝者一人が勝ち上がるらしい。その後は通常の1対1の対戦が続き、最後は各ブロックから勝ち上がった者で決勝となるそうだ。

(へぇ…この世界でもトーナメント形式の概念(がいねん)が有るのか。誰かが『受信』したのか、それとも合理的に対戦を組む際に自然に生まれたのか。どっちにしてもこんな共通点が有るのは面白いねぇ。)

成程(なるほど)、最大で4試合か。その内の何処(どこ)でアンタと当たれるか…それまで負けるんじゃないよ?」

「フッ、当然負ける気なんて無いさ。この大会に出て優勝賞金を貰わないと、(みんな)の処に帰れないからな。だからカタリナ、オマエと当たっても当然勝たせて貰うぜ?」

「言ってくれるねぇ。ま、その言葉を楽しみにしておくさ。」

 互いに牙を()いて微笑(ほほえ)むと、ルードヴィヒはそのまま背を向けスラムへと歩いて行った。その背を見送り、櫻達も宿の中へと戻ると部屋への階段を上る。


 しかしその足取りを、食堂のとあるテーブルに()いていた、外套(がいとう)(まと)った二人組の男が目で追っている事に、櫻達は気付いていなかった。

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