三人娘
食事を終えた櫻達は、部屋には戻らずそのまま宿を出ると、一旦荷車の元へ向かい道中で討伐した魔物の証明部位を持ち、徒歩でギルドへ向かう事とした。
町の中はその大きさに違わず沢山の建物が立ち並び、大勢の人々が賑やかに行き交っている。寒空の下でも露店や屋台からは活気の有る声が響き、様々な職種の人々が忙しなくも充実した笑顔を浮かべていた。
「これだけ見ると、海の魔物の被害で困ってるなんて思えないねぇ。」
辺りを見回しながら歩く櫻が呟くと、
「まぁ可也沖まで出ないと実害が無いっぽいからね。交易関係の連中以外には余り関係無いのかもな。ただ、そのせいで解決に乗り出そうって気が少ないのが問題を長引かせてるのかもしれないよ。」
カタリナはそう言って、突然に櫻の両腋に手を差し込むようにして持ち上げ、そのまま肩車の体勢に乗せた。
「おぉ?」
突然の事に声を上げる櫻。すると、その身体を支えていたカタリナの手が、軽く自身の頭を指差している事に気付く。
櫻はカタリナの頭を軽く『コンコン』とノックするように叩くと、読心を向けた。
『それよりお嬢、ミコトに何か吹き込んだんじゃないだろうね?』
その言葉の後に、櫻の太腿を支えるカタリナの手が、人差し指でトントンと合図を送るように動く。どうやら返事を待っているらしい。
それを察した櫻は、
『どういう意味だい?』
と『風の声』でカタリナの耳元へ声を届けた。
するとカタリナから聞かされたのは、昨夜の出来事だ。櫻はその話を聞き、小首を傾げる。
『…それで、お前さんは何を困る事が有るんだい? 余計なお世話だとは思うが、お前さんと命は良い相性をしてると思うよ?』
その言葉にカタリナは神妙な表情を浮かべた。
『アタイにはミコトの気持ちに応える事は出来ない…だから、薄々は気付いていた事を意識しないようにしてたんだよ。それなのに、あんな風にされたら気持ちが揺らいじまうじゃないか…。』
『…何故、応えられない?』
櫻の言葉に、その太腿を支える手がギュッと力を込めた。そしてまるで雑踏の喧騒のように様々な感情が激しく入り混じる思考の後に、
『アタイはお嬢達とは違うんだ。』
という声が聞こえた。
『アタイは大きな怪我を負えば命を落とすし、何れ歳を取っても死ぬ…何時までもお嬢達と一緒の時間を生きる事は出来ないんだよ。ミコトは…ああ見えて結構感情的な処も有る。きっと、アタイが死んだら悲しんでくれるんだ。だからこそ、アタイは特別な存在になっちゃ駄目なんだよ。』
そう言う声は何処か達観するかのように清々しくさえあった。
『ふふ…お前さんは優しいね…。』
櫻はフッと表情を綻ばせ、カタリナの頭を優しく撫でると、その手を両頬へ移しギュッと圧迫する。
『な、何するんだい!?』
『…済まなかったね。あたしも命の心の成長を望む余り、お前さんの気持ちを疎かにした。お前さんの存在が命の枷を外してくれるんじゃないかと焦ってしまったようだ。…もうあたしから何か嗾けるような事はしないよ。』
櫻の言葉にカタリナは無言で小さくコクリと頷く。そして話はこれで終わりだと言う風に櫻を肩から下ろした。
(でも、きっと命の事を一番理解してるのはお前さんだ。後は二人の間で解決出来ると信じてるよ。)
普段と変わらぬ表情のカタリナを見上げると、櫻はその足にポンと手を添え、視線を向けたカタリナに軽く微笑んで見せるのだった。
そうしてギルドへと到着した櫻達一行。馴染みの構えの門を抜け建物の中へ入ると、何時もの様にカタリナが狩猟ギルドのカウンターへ向かい、アスティアと命で依頼書の張り出された掲示板を確認する。
「あ、あったよ、コレ。」
アスティアが無数の依頼書の中から一枚を指差すと、命も釣られて視線を向け、ついでに櫻も読めないながらも顔を上げた。
それは間違い無く、西大陸との航路上の沖合いに出没する魔獣と魔魚の討伐依頼だ。既に被害は漁船2隻に交易等の貨物船が3隻にも上り、人的犠牲も可也の数になると言う事で急務となっていた。
「何でこんなに被害が出てるのに、未だに解決されてないんだい…。」
櫻が驚いたように言うと、
「まぁ、組み合わせのせいだろうね。」
と背後から声がし、櫻達が振り向くとそこには財布に硬貨を仕舞いながら歩いてくるカタリナの姿。
「組み合わせ?」
「あぁ、どうやら魔魚が船を襲うと、そのお零れを狙うみたいに、投げ出されて海に浮いた人達の頭上に鳥の魔獣が現れて襲い掛かるらしい。余程『熟成』の進んだ魔魚なんだろうな、そんな軽々と大型の船を壊すなんて。」
「成程、魔獣相手には船を足場にしなきゃ戦えないが、その前に船が無くなっちまうのか…。鳥人族の魔物ハンターで受ける奴は居ないのかい?」
「鳥人族は基本的に非力なんだ。ハンターになる程の奴なんてそうそう居ないんだよ。」
カタリナが首を横に振って見せる。
「…となると、矢張りあたし達でやる事になるか。空はあたしとアスティア、海は…。」
そう言いかけた時だった。
「オマエら、その依頼受けるつもりなのか?」
横からかけられた声に櫻達が視線を向けると、そこに居たのは例の三人組の女達であった。
「お前さんら…何でここに?」
「それはコッチの台詞だよ。何でオマエらみたいなのがそんな依頼書見てるんだ? ソイツは一筋縄じゃ行かない依頼だよ?」
リーダーらしき一番背の高い女が依頼書に視線を向け顎で指した。
「あぁ…あたしらは西大陸に行きたいんだが、どうにもこの依頼をこなさなきゃ船が無事に辿り着ける保障が無いらしいからね。」
「ふぅん…?」
女はチラリとカタリナに視線を向ける。
「ライカンスロープのハンターか。数日前にも町に居たが、陸じゃ強いのかもしれないけど、海での戦いを舐めてると無事じゃ済まないよ。」
「そういうアンタらは魚人族のハンターのクセに、何で陸で燻ってるんだい?」
カタリナと女は視線をぶつけると、昨夜の再現のように胸を押し当てるようにして睨み合いを始めた。
「魚人族の…ハンター?」
そんな様子に櫻が口を挿む。そして視線を女達へ向けるが、その格好はとても戦いを生業とする者の姿では無い、普通の町人のような衣服を纏っている。
「あぁ、昨日腕を掴んだ時に気付いてたよ。このゴッツイ腕、戦い慣れた身体だ。」
カタリナが女の腕を取り、ググッと捻り上げるように力を込める。袖に隠れた腕は逞しい筋肉をその掌で感じ取れる程だ。すると女もニヤリと口の端を吊り上げ、その力に対抗するようにグッとカタリナの腕に空いた手を掛けると、双方の力が拮抗するように抑え込んだ。
暫し二人の睨み合いが続いたかと思うと、同時に『フッ』と言う笑みが漏れた。そして互いに掴む腕を離す。
「まぁアタシらも専門は魔魚だから、空から襲って来る魔獣ってのが居るせいで、迂闊に討伐に出られなかった。海の上で空を飛ぶ魔獣に挑もうって骨のあるヤツが中々居なくてね。お陰でここ数日は酒を飲んでこの娘達を抱く以外にする事が無くて困ってたんだよ。まぁそれはそれで楽しい日々だけど…それで? オマエらは空の魔獣に何か打つ手が有るのか?」
背後に寄り添うように居た二人の女を両脇に抱き寄せるようにして、女は突然にそんな事を言い出した。抱き寄せられた二人は互いに縋り付くかのように女に身を寄せ両手と頬をその身に添える。
「あぁ、それにはちょいと考えが有ってね。」
カタリナも当然のようにその問いに答える。
「え? え?」
そんな流れにアスティアは理解が追い付かないように二人へ交互に顔を向け、櫻も呆然とした表情を浮かべた。
「お嬢、魔魚の方はコイツらに任せて、アタイらは魔獣の方に集中しよう。」
「あ…? あぁ…。何か考えは有るんだね?」
「そこはちょっと、確かめてからだね。」
カタリナはそう言うと、
「アタイはカタリナだ。この小さいのがウチのお嬢。」
「…櫻だ。宜しく。」
「あ、ボクはアスティアって言います。」
「私はミコトと申します。」
と自己紹介をする。すると、
「おっと、失礼。アタシは『ビバールティ』。ビビって呼ばれてる。」
そう言ったのは先程カタリナと対峙したリーダーらしき一番背の高い女。肩に掛かる程度のセミロングの真っ直ぐな黒髪と少々銀色の混じるような黒目が特徴的だ。
「ウチは『アンジェリカ』。二人はアンって呼んでる。」
右脇に抱かれる女はそう言うと、自身を抱くビビの手の甲に指を滑らせた。その仕草にビビは微笑むと、内巻きのショートカットの黒髪をサラリと流すようにして頬を撫でる。
「ワタシは『スートリンデ』…スーって呼んで下さい。」
左脇に抱かれた一番背の低い女は小さく頭を下げると、そのまま上げた頭をビビの胸に凭れ掛けるようにして見上げ、その視線を受けたビビはその唇に口付けをする。すると美しく長い2本のおさげの黒髪が歓喜に震えた。他二人に比べ小さな胸は、身体を反らせた事によって更にその存在感を失い、未成熟な少女のような体形に見えた。
そんな様子に櫻を除く三人は呆れたような眼差しを向け、
(はは…三人合わせると何処かで聞いた事の有る名前だね…。)
櫻は思わず吹き出しそうになるのを堪え肩を小さく震わせた。
「…アンタら、昨夜はロクに寝てないだろ。討伐に行くにしてもコッチも準備が有るから明日以降だ。今晩は少し控え目にしてグッスリ寝ておきな。」
「アハハ、それはこの娘達次第だよ。まぁ少しは我慢して貰うさ。」
そう言ってビビは両脇の二人の胸を鷲掴みにする。二人もまたそれを受け入れるように身を悶えさせ、頬を染めながらも更に求めるように身を寄せる。その、他人の前で臆面も無く交わされる行為に櫻達は驚きと呆れの混じった表情を浮かべていた。
「なぁ、お前さん達は恋人同士なのかい?」
思わず櫻が疑問を口にすると、
「ん? あぁ、そうだよ。アタシ達は幼馴染で、同じ志を持つ大切な仲間で、愛し合う恋人同士さ。」
と、見せ付けるように二人を抱き締めた。
「女の魔物ハンターは珍しいと聞いていたが、まさか一度に三人、しかも女だけのパーティーをお目にかかるとはねぇ。」
「アハハッ、確かに女の魔物ハンターは珍しいよね。アタシ達も久しぶりに見たよ。それで、オマエ達はパーティーなのか? カタリナ以外に戦えるのは居るのか?」
品定めするようにビビの視線が櫻達を舐める。
「まぁウチらの中で主に戦うのはアタイとミコトだ。けど、今回はアスティアに頑張って貰う事になるかもな。」
カタリナはそう言ってアスティアの頭にポンと手を置く。アスティアは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、直ぐにニコリと微笑み、
「うん、任せてよ!」
と頷いた。
「え…? そんな小さい子に戦わせるつもりか? 昨日の勘違いを詫びようかと思ってたけど、やっぱりこの話は無しにしようか…。」
ビビ達が驚きと、軽蔑にも似た眼差しをカタリナに向ける。
「おいおい、アタイを人でなしみたいに言わないでくれよ。アスティアはこう見えてこの中じゃ最年長だし、意外と頼りになるんだぜ。」
「『意外と』は余計だよ!?」
ムッと頬を膨らませるアスティアに、カタリナと、櫻も思わず苦笑いを浮かべる。
「「最年長!?」」
「うん、ボク、ヴァンパイアなんだ。これでも100年くらいは生きてるよ。」
驚く三人にアスティアは唇を指先でクイッと引き上げ、牙を見せた。
「へぇ…ヴァンパイア…。話に聞いた事は有ったけど、実物を見るのは初めてだ…。成程、確かヴァンパイアは飛べるって言うもんな。どの程度出来るかは兎も角、空の魔物に対しても戦えるか。」
頷くビビ。そこに櫻が声を掛けた。
「なぁお前さん達。さっき『昨日の勘違い』って言ってたの、アレは何の事だい?」
「え…? あぁ、それは…。」
ビビ達三人は互いの顔を見合わせると、申し訳無さそうに話し始めた。
「アタシらさ、オマエ達が家族連れだと思ってたんだ。それでサクラ…だっけ、オマエが引き取られた家で酷い扱いをされてるんじゃないかと思っちまってさ。」
「へ? 何でだい?」
「カタリナがあんな沢山の肉の山を食ってる横で、サクラは食べ方も知らない『テサ』とスープとサラダだけ、アスティアとミコトは何も食べて無い。そんな様子を見てたら、つい嫌味が口に出ちまっててさ。」
そう言われ、見下ろすカタリナと見上げる櫻の視線が合う。
「アハハ…ミコトはちょっと訳有りで食べる物が限定されるんだ…。」
誤魔化すようにカタリナが頭を掻くと、櫻も合わせて引き攣ったような笑顔を浮かべた。
「…ふぅん? まぁそれでさ、最初からカタリナの見た目でハンターだと気付いては居たんだ。それでまぁ…旅の間の『世話役』に使われてるんじゃないかと下世話な考えが浮かんじまって…。」
『世話役』…そう口にしたビビの表情が曇る。櫻はそこからその言葉に秘められた裏の意味を感じ取ると、静かに瞳を閉じた。
「でもオマエらが今朝『お嬢』とか『ご主人様』とか言ってたのを聞いてさ、アタシら何か勘違いで失礼な事しちまったって思ったワケよ。済まなかった。」
「成程ねぇ。ま、誤解が解けたならそれで良いさ。」
スッと瞼を開くと得心が行った櫻は腰に手を添え、ふんと鼻で息を逃がすと微笑んだ。
「よし、カタリナ。何か準備とか有るんだろう? そうと決まれば早目の行動だ。サッサと済ませてしまおうじゃないか。」
櫻が表情を明るくしてカタリナを見上げる。
「ん? あぁ、そうだね。…っと、アンタ達、魔魚が出る海域まで行く当ては有るのかい? まさか魚人族だからってここから泳いで行く訳じゃないんだろう?」
「あぁ、アタシらはいつも自前の船を使ってる。討伐した魔魚を運べるようにね。何だ、まさか海に出る手も持たずに討伐に行くつもりだったのか?」
今まさにアンに口付けをしようとしていた顔をチラリと向け、ビビは少々もどかしいように言う。
「アハハ…そこに関しちゃ受けてからどうするか考えるつもりだったからね。」
カタリナはバツが悪そうに頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
「でもまぁ、コレで足は問題無さそうだね。それじゃ、アンタ達も程々にして、明日またな。」
そう言って手を振りギルドを出て行く櫻達の後ろ姿を見送るビビ達。
「…何だか思わぬ助っ人が見つかったね。」
アンが身を寄せたままでビビに視線を向ける。
「あぁ。アイツらが魔獣を引き受けてくれるなら、アタシらは本業に専念出来るってもんだ。きっと父さん達が遣わしてくれた救いの手だよ。」
「うん、そうだね。ワタシ達の狙いは魔魚だけ。ワタシ達の前に現れた魔魚は、誰にも渡さない。」
スーもビビに寄り添うと、ビビはそんな二人を強く抱き締め、
「そうとも。アタシらは魔魚専門。この生命が尽きるまでアイツらを狩り続けてやるんだ。」
己に誓うようにそう口にする。そうして腕に抱かれた二人もまた、その想いを確認するように強く頷いて見せた。




