エドウィン
《へぇ~、魂の入れ替えねぇ…。相変わらず『人』って変な事するのね。何故そんなにその世に執着するのかしら?》
呆れたような声を漏らすファイアリス。眠りの中で櫻は今回の出来事を彼女に話していた。
《そう言えば、あたしは以前身体を失った時に魂だけの状態になっただろう? それはアスティアの胎内に戻った訳だけど、あの状態であたしが他の身体に入る事は可能だったのかい?》
《それは無理ねぇ。基本的には既に魂が入っている身体に入る事は不可能だし、そもそも産まれた時に肉体と魂は密接に繋がるものだから、魂の記憶を持ったままで新しい身体に生まれ変わる事ですら難しいのよ。本来であれば肉体を失った魂はその時点で天へ昇って、浄化されたうえでまた別の生命に生まれ変わる為に地上へ戻るのだから。》
《そうなのか…って、ん? 『難しい』って…それはつまり、過去に魂を浄化しないままで新たな肉体に移った者が居るという事かい?》
《えぇ、神では4柱、普通の『人』で1人、成功しているわ。とは言っても、その神の内2柱は、私と貴女の事だけどね。》
さらりと言ってのけた言葉に櫻は驚く。
《へ…? お前さん、元は肉体を持ってたのか!?》
《えぇ、そうよ~。とは言っても、私はその惑星で物質的な接触を図る為に肉体を必要としただけで、本来必要な物では無いのだけれどね。ほら、貴女が最初にこの世界に来た時に見た私の姿、アレが私が最後に入った肉体の姿なのよ。》
《へぇぇ~…何故世界を統べる神が人の姿をしているのかと不思議だったが、そういう理由だったのか…。》
深く感心し、思わず神妙に頷いてしまう。
《それじゃ、お前さん以外の2柱は? 生まれ変わりに成功してたのなら、今この世に居る筈じゃないのかい?》
《甘いわね~。さっきも言ったでしょ? 難しいって。其々1度は成功したけど、2度目は無かったのよ。元々1度生まれ変わった時点で魂と肉体の繋がりが強引だったんだもの、2度目はもう繋ぎ止めておく事が出来なかったのね。魂は天に昇り、孕ませた肉体は魂を得る事無く母体の胎内で生命を終わらせたわ。》
《…それは、その神より母親に同情してしまうね…。》
思わずしんみりとした声を漏らす櫻に、ファイアリスは少し困ったように『ふぅ』と息を漏らした。
《ま、そんな訳でね。肉体が維持出来なくなれば死んで魂は天へ昇るのが自然のルール。そんな理を無視しようとする理外の存在を処理した貴女は、立派に神としての役割を全うしているわ。自信を持ってね♪》
《はは…有り難う。って、それじゃヴァンパイアはどうして魂が天に昇らないのに記憶を維持出来ないんだい?》
《それは私にも良く解らないわね~。恐らくヴァンパイアを生み出した神は魂の側に何かしらの仕掛けを施して、魂が天に『昇れない』ようにしてあるのだと思うのだけれど、私はさして興味も無かったから詳細は聞かなかったもの。記憶が残らない事に関しては本当に何も解らないわ。》
本当に興味が無いかのように軽い言葉に、櫻は呆気に取られた。
《あ、でもそのヴァンパイアを生み出した神が確か生まれ変わりに成功した1柱だった筈だし、その成功体験から何かを閃いて作り出したのかもしれないわね。》
(…その神のお陰であたしはアスティアに出会えた…縁ってのは不思議なモンだね。)
ファイアリスの言葉を聞きながら、自分の都合で勝手に生命を、魂を作り変えたその神の行いには憤りも覚えはするものの、それ以上に感謝の念を抱いてしまう自身に櫻は思わず苦笑してしまう。
《あ、そろそろ夜が明けるわね。それじゃ今回のお話しはここまでにしておきましょうか。》
《おっと、もうそんな時間か…というか、あたしは何時寝たんだっけ…?》
《うふふ、そんな事はどうでも良いじゃないの。それじゃまた何か面白い事が有ったら、お話し聞かせてね~♪》
そう言ってファイアリスの声が遠ざかって行く。念話が切れ意識が眠りの中に落ちる中、櫻は目覚めた時に隣に居るであろう可愛らしい顔を思い浮かべ、心が躍るのだった。
ふっ…と目を覚ますと、寒々しい晩秋の風が窓枠をカタカタと鳴らす音に混じって櫻の耳に掛かるスゥスゥという吐息。
「よっ、おはようさん。」
ニカリと微笑み覗き込むカタリナの姿に、
「あぁ、おはよう。」
と眠い目で返すと顔を横に向け、案の定そこに在る寝顔に安堵の微笑みが浮かぶ。
(過去に何が有ったのかは解らないけど、今を大事にして未来をより良く出来るように努力する…それで良いんだ。)
身体を横に向け、アスティアの背に軽く手を回すと寝顔の鼻先にそっと口付けをし、背に回した指先を肩へ滑らせ優しく揺り起こす。
「アスティア…アスティア、朝だよ。」
その声にスゥ…と金色の瞳が姿を現し、ニコリとした笑顔を浮かべるいつもの朝が始まった。ベッドの上に身を起こし、抱き合うようにしてアスティアの朝食を済ませると、宿を出て適当な食堂に入り櫻とカタリナの朝食を摂る。
そして腹が満たされた処で一行はギルドへと向かった。
「あ、使…カタリナさん、お待ちしてました。」
ギルドのホールへ入った処で冒険者ギルドの受け付け嬢がその姿に気付き声を掛けて来た。
「よ。査定はもう終わったのかい?」
「はい、狩猟ギルドの方から此方を預かっています。どうぞ。」
そう言って差し出されたのは、恐らく例の魔法使いの討伐に関する報酬が入って居るのであろう袋。
「それと此方は冒険者ギルドからの、依頼達成の報酬です。お受け取り下さい。」
更に差し出された皮紙と報酬の硬貨。見ると大金貨2枚だ。
「…調査ってのは、あんな危険な目に遭ってこの程度しか貰えないのかい?」
櫻が呆れたように言うと受け付け嬢は少しビクりとし、申し訳無さそうに肩を竦めた。
「ハハッ、そう言うなって。本来なら情報を得るだけで良い依頼だったんだ。危険な目に遭うのは自己責任な処も有る仕事だし、再調査だから額が低いのも仕方ないんだって。」
受け付け嬢を庇うようにカタリナが明るく説明をすると、櫻も納得したのか鼻で息を漏らしながらも受け付け嬢へウィンクして見せた。それを受けて彼女は胸に手を添え安堵の息を漏らす。
「それじゃ、アタイらはエドウィンの処に報酬を届けに行くよ。」
カタリナが軽く手を挙げカウンターに背を向けると、受け付け嬢も頭を下げ一行を見送った。
「…何だか昨日とは随分と態度が違うね?」
ギルドを出た櫻が不思議そうに首を傾げる。
「あぁ、それな。昨日の飲み食いの席の賜物さ。アレでアタイらの事を普通の人と変わらないって理解してくれたんだろ。」
「へぇ? そう言えばあたしはあの席から記憶が無いね…あそこで寝ちまったのか…?」
「そ。んでもって多分あの態度の変化の一番の要因さ。」
「ん? どういう事だい?」
不思議そうにカタリナを見上げると、彼女はニカリと微笑み櫻を見下ろした。
「お嬢の寝顔があんまり子供らしいもんだから、あの場に居た皆がほっこりしちまってね。全く、子供の寝顔はどんな言葉より説得力が有ったって訳さ。」
その言葉に櫻は思わず頬を染め俯く。そんな様子にハハハと笑うカタリナの声が冷たく渇いた空気の町中に響くと、町中の人がその声に目を向けるのだった。
「あぁそれと、一応あの席で町に他に何か異常や問題は無いか聞いておいたけど、地上にもダンジョンにも大きな問題は無いってさ。」
「へぇ、抜け目が無いねぇ。流石カタリナ。って、この町の近くにもダンジョンが在るのかい。」
「少し北に行った処の山の中らしいよ。今は冬が近いから魔物を溜めて置く時期だけど、暖かくなったら素材採取依頼が沢山張り出されるだろうね。」
(危険な魔物も生活の糧になる…植物の神も言っていたが、アレは最早この世界で必要な物になっているんだね…。)
そんな事を考えながら町の周囲に目を向けると、立ち並ぶ建物の向こうに雄大に広がる山々は静かにその存在感を示していた。
「それで、エドウィンに報酬を届けに行くって言ってたけど…居場所は解るのかい?」
先頭を歩くカタリナの背に問い掛ける。
「あぁ。昨日ギルドの連中に聞いておいたんだ。何でもあの後医者に行ったらそのまま入院させられたらしくてね、ほら、あそこを曲がると見えて来る筈さ。」
カタリナが指差す角を曲がると、その先には民家や小さな店舗に混じり大きな建物が目に入った。煉瓦造りの3階建ての建物で、今も怪我人や病人らしき人々の出入りが有る様子に直ぐにソコだと理解出来る。
櫻達がその中へ足を踏み入れると、早速正面に見える受け付けカウンターへと向かい、エドウィンの居る病室を聞き出した。
そうして訪れたのは6人部屋の角のベッド。
「おや? お前達、態々見舞いにでも来てくれたのかい?」
ベッドの上に身を起こしていたエドウィンが櫻達に気付き明るい表情を浮かべる。その様子は然程重症という程でも無いようだ。
「あぁ。見舞いって言うよりは報告が本題だけどね。それより案外元気そうじゃないか。」
櫻が腰に手を当て微笑むと、
「お陰様でな。お嬢ちゃんの精霊術のお陰か、治りが早くてね。本当はもう退院しても良いくらいなんだが、まだ仕事が出来る状態には無いし…他にも色々とあってまだ少し厄介になってるんだ。」
とエドウィンは少しはにかんだように笑う。
「色々?」
「あ…あぁ、それは置いておいて。報告ってのは何の事だ?」
首を傾げる櫻に、話題を変えるようにエドウィンは慌てた。
「…? まぁいいか。カタリナ、冒険者ギルドから受け取った依頼分、全部やっても良いだろう?」
振り向き尋ねると、カタリナは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、直ぐに小さく溜め息を漏らし呆れたように微笑み、
「あぁ。」
と懐から報酬の大金貨2枚と明細の皮紙を取り出した。
「え…? コレって…。」
ポンと腿の上に乗せられたそれらに驚いたように目を向けるエドウィン。
「済まないね。お前さんの名前を勝手に使って依頼を継続させて貰ったんだ。その詫びも兼ねて、報酬は全部お前さんが受け取っておくれ。」
軽く言う櫻にエドウィンは驚いたように目を向け、そのままカタリナへと視線を向ける。それを受けたカタリナは『大人しく受け取っておけ』とでも言うような視線を、眉尻を下げた笑顔で向けた。
「あ…あぁ。そういう事なら有り難く受け取らせて貰うが…本当に良いのか? それじゃお前達がタダ働きになるぞ?」
「ふふ、あたしらはあたしらで、その依頼のお陰で別口の報酬を貰ったからね。その礼だと思ってくれて良いさ。」
「別口って、ひょっとして異変の正体は魔物だったのか?」
「…まぁ、そんな処だと思ってておくれ。」
ほんの少し、櫻の表情が曇った。
「それよりアンタ、もう退院しても良いんだろ? 入院費だって嵩むだろうに、何でいつまでもココに居るんだい?」
話題を変えようとカタリナが咄嗟に口を挿んだ。すると、
「え…? あぁ、それは…えーっと…。」
とエドウィンは視線をきょろきょろと動かし始めた。そしてその時。
「あら、エドウィンさん。お見舞いの方ですか? 可愛らしいお嬢さん達ですね。」
櫻達の背後から声が聞こえ、一同は思わず振り向いた。そこに居たのは20代後半程の美しい女性。この世界にはナース服のような統一の制服のような物は存在しないが、その清潔感の有る衣服から見てどうやらこの病院に勤める看護師のようだ。
「あ、オレアーナさん…い、いや。コイツらはただ仕事の付き合いが有るだけで、そんな深い仲じゃないんですよ!?」
「うふふ、駄目ですよ、お見舞いに来てくださってる方にそんな言い草は。はい、触診しますから横になって下さいね。」
そう言って櫻達の横を通り過ぎるその姿。黒髪におっとりとした目鼻立ち、そして何よりその甲斐甲斐しい態度は何処か命とイメージが被る。
その状況だけで櫻は全てを察すると、呆れたように溜め息を漏らしエドウィンを眺めた。
「あいたたた…そこ未だ痛むんですよ~。」
「あら? おかしいですね…? 昨日と違う場所が痛むなんて?」
「えっ!? あ…き、傷が移動したのかなぁ~?」
エドウィンと看護師…オレアーナと呼ばれた女性のやり取りに櫻達は呆れた笑みを浮かべ、掛ける言葉も無くハハハと乾いた笑いを零す。
診察が終わり去って行くオレアーナに手を振り、だらしないニヤケ顔で見送るエドウィン。
「全く…最後にもう一度掛けておこうかと思ってたが、どうやら不要らしいね。」
呆れたように笑顔を浮かべる櫻の掌が淡く光る。
「最後って、もう旅立つのか?」
「あぁ、色々準備してからになるから明日の朝になるとは思うが。どうやらもうこの町に大きな問題も無さそうだったし、長居する必要も無いからね。」
「そうか。世話になっておいて何も礼らしい事も出来ず、済まないな。」
少し申し訳無さそうにエドウィンは頭を掻いた。
「ははっ、気にしなさんなって。それよりお前さんはこれからの事を考えなよ。」
「え?」
「ふふ、狙ったのなら何時までも受け身じゃなく、少しは掴まえる努力もしなきゃ逃げられちまうよ?」
ニカリと笑う櫻の言葉に、エドウィンは思わず背筋を伸ばし頬を赤らめる。
「さ、それじゃあたし達はもう行くとするよ。」
「エドウィンさん、元気でね。」「あんまり無謀な事はするなよ?」「お大事に。」
櫻に続き皆が別れの言葉を告げると、
「あぁ、世話になった。有り難う。お前達も達者でな。」
そう言って気持ちの良い笑顔を浮かべ見送るエドウィンであった。