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初めてのキャンプ

 ファートの町を出てから初めての夜が訪れる。

 町から暫くは石畳で舗装された街道があったものの、途中からは土が剥き出しの道が続き足にかかる負担も結構なものとなっていた。


「今日はこの辺で野宿だね。」

 カタリナが適当な木を見つけてその根元に背負っていた荷を下ろす。

「こんな開けた場所で大丈夫なのかい?」

 櫻が少し不安気に言う。辺りにはまばらに木が生えているが、それなりに見晴らしの良い草原が広がっており少々無用心な感じが否めない。

「大丈夫だよ。この辺にはそんな危険な獣は居ない筈だから。」

 アスティアが櫻の隣に腰を下ろして言う。

「いや、こういう場所で怖いのは獣より野盗のような連中だろう…。」

「ヤトウ?」

 櫻の言葉にアスティアは首を(かし)げた。

「ははっ、お嬢、野盗なんて言葉よく知ってるね。」

 カタリナが薪になりそうな枝を拾い集めながら話に混じる。

「?そんなに難しい言葉かい?」

「いや、難しいって言うか、そんな言葉は滅多に聞かないからねぇ。島から出た事の無いアスティアは聞いた事無いんじゃないか?」

「うん、初めて聞いたよ。それって何?」

「野盗って言うのは…簡単に言うと旅人なんかを襲って金や物や、ともすれば命を奪うような『人』さ。」

 カタリナの言葉を聞き、アスティアは耳を疑うように驚きの表情を浮かべる。

「え…?そんな『人』が居るの…!?」

 その言葉に驚いたのは櫻だ。

(おいおい、随分純真な()だとは思っていたが、まさかここまでとは…。)

 だがそう考えた矢先にカタリナの言葉が櫻の常識を壊す。

「信じられないだろうけど居るんだよ。でもそんなのは滅多に見ないさ。アタイでも長い旅生活の中で出会ったのなんて数える程しかないんだ。」

「済まないが、ちょっとあたしに解るように説明して貰ってもいいかい?」

「ん?説明って?」

「いや、野盗なんて居ないのが当たり前のように言うからね。あたしはてっきりこういう旅で気をつけるべきはソレだと思っていたから、居ない理由を聞きたいのさ。」

 焚き火の明かり以外に周囲を照らすものは月と星のみの中、街道のある方角に目を凝らし周囲を見回す。この夜道を進む者は無く、虫の鳴く声と焚き火の弾ける音が聞こえるのみである。

「そりゃ、誰も魔物になんてなりたくないからね。」

 カタリナがさも当然のように言った。

「魔物に…?」

「そ。って、アタイ達には常識でもお嬢にとっては知らない事なのか…それじゃ基本的な事から教えておこうか。」

「察しが良くて助かるよ。」

「それじゃまず、魔物がどうして生まれるかって事からだ。」

「それはアスティアから聞いたな。魔界の瘴気が生物を侵して魔物になる…だったか。」

「まぁそうなんだけどね。その瘴気に憑かれる生物ってのが少し法則があってね?欲望に忠実なヤツ、とりわけ(よこしま)な心を持って、それを実際に行動に移してしまう程に汚れたようなヤツが特に取り憑かれやすいんだ。」

「それはまた…何故なんだい?」

「さぁ?理由なんてアタイらには解らないさ。でも事実としてそういう傾向にある。だからね、本能で生きている獣や虫は魔物になり易いんだ。」

「ほぅ、虫の魔物なんてのも居るのか…。」

 そう聞くと急に周囲の虫の鳴き声も長閑(のどか)なものから不気味なものに思えてくる。

「うん。虫の魔物は『魔蟲(まちゅう)』、獣の魔物は『魔獣(まじゅう)』、魚の魔物は『魔魚(まぎょ)』って言う風に呼ぶよ。」

 アスティアも櫻の役に立ちたいのか、知る知識を語る。

「へぇ…魚の魔物ねぇ。海を渡る時に遭遇なんてしたら戦い辛そうだね。」

「そうだね。アタイは遭遇した事が無いけど、魔魚の討伐なんて魚人族(ぎょじんぞく)のハンターでもなきゃマトモに戦えないんじゃないかな?」

(魚人族…名前の通り魚と人の合わさったような種族なんだろうか?いずれ旅をしていれば出会う事になるんだろうね。)

「で、人なんだけどね?人は他の生物と違って色々な工夫をする知恵がある。だから魔物の発生の仕組みが解るとソレを引き起こさないように『秩序』を心がけるようになった…と言われている。」

「言われているって、お前さんは心がけてないのかい?」

「いやぁ、実際心がけているのかどうかはアタイも解らないねぇ。なにせ生まれた時からそう生きるように育てられたんだ。それが当たり前と思うものじゃないか。」

「成程ね。確かに、どういう教育を受けて育つかで人の生き方考え方ってのは大きな影響を受ける。この世界の人類はそうやって自分達を変えていった訳か。そう言われてみればファートの町も人の良さそうな連中ばかりだったね。」

「ファートの連中はアタイも驚く程に良い人だらけだったから、あそこは特別な気もするがね。兎も角、人はそうやって魔物になるのを避ける為に、悪事を働く事なんて滅多にないんだ。それに…。」

「それに…?」

 言葉を続けようとしたカタリナが急に周囲に気を巡らせ言葉を飲み込むと、折角起こした火に鍋を被せ消して耳を澄ませる。気付くと今まで聞こえていた筈の虫の音が鳴り止んでいる。

 月明かりに目が慣れてくると周囲の様子が薄ぼんやりと見えるようになり、その中に辛うじて見える黒いモヤが漂っているのが分かった。

(あれは…。)

 僅かに意思があるかのように漂うソレを櫻は既に知っている。この世界に降り立ってその日の内に二度も目撃する事になったのだ、忘れようもない。

 固唾を飲んでそのモヤを見守っていると、僅かに苦しんだように震え空中に霧散してしまった。

「…今のは、瘴気…か?」

「あぁ。これが野盗なんて滅多に出ないってもう一つの理由。瘴気は町から離れた所によく漏れ出るんだ。だからこんな所で悪事を働くようなのは魔物になりやすくてしかたない。そんな道を選ぶのは余程の事なのさ。」

 フゥと安堵の息を漏らし、改めて薪に火を灯し夕食の支度を始めるカタリナ。

「町から離れると瘴気が出易くなるのか?」

「いや、逆だね。瘴気が滅多に出ない土地に人が集まって町が出来たんだ。だからファートからミウディスまでのように、どうしても町同士の距離は開いてしまったりするんだよね。」

 革の水筒から鍋に水を注ぎ、乾物を数種入れると火にかけスープを作る。

「だけどね、中にはわざとそういう瘴気の多く出る場所に(きょ)を構える奴等も居るんだ。」

「へぇ?随分なもの好きだね。何でそんな場所に?」

「瘴気ってのはアタイら人類にはよく解ってない事が多いんだが、魔物を見ても解る通り変質を始めとする様々な影響をこの世の物に及ぼすってのが知られてるんだ。」

「この世の物…って、生き物だけじゃないって事かい?」

「そ。それで瘴気を利用して様々な事象を研究したり現象を起こしたりする連中が居てね、そういう奴等を『魔法使い』って言うんだ。その魔法使い達にとっては実験材料である瘴気が手軽に手に入る環境は願ったりなんだ。」

「そいつらは瘴気に触れても侵されないのかい?」

「どういう風に扱ってるのか知らないから何とも言えないけど、やっぱり中には魔人化してしまうのも居るんじゃないかな?でもそれを覚悟のうえでやってるんだろうし、討伐されても文句は言えないさ。」

「成程、人が魔物になると『魔人(まじん)』と呼ばれるのか。魔物になった者はもう元には戻らないのかい?殺す以外に救う手立ては?」

「無いね。」

 キッパリと言い切るとカタリナはスープを匙で掬い味を確かめ、唇をペロリと舐めた。

「殺す以外に救う方法が無いからこそ、人は魔物になる危険性を少しでも低くする為に秩序を持って安全な土地に暮らすんだ。自らその安全を捨てたヤツは、まぁそのリスクも覚悟の上だろうさ。」

 そう言って木のボウルにスープをよそうと櫻に差し出した。

 その中に入っていたのは、干し肉と干した芋茎(いもがら)のような何かと根菜の乾物のような物。煮込まれ柔らかくはなっているものの、やはり新鮮さには乏しく少々食感が硬い。だが

「へぇ。ただ具を煮ただけなのに結構な味が出るもんだね。」

 一口含んだだけで口の中に広がる味わいは思いの外しっかりとしており、具も噛む程に味が染み出し堪らず二口三口とボウルに口を付ける。暖かいスープが空きっ腹に流れ込むのがよく解る。

 鍋の中が空になると次にカタリナが荷物の中から取り出したのは何と4本のポールを立てて作る簡易的なテントだ。

(へぇ…まさかこんな別世界で地球のキャンプ用具のようなコンセプトの道具が存在するとは…これも世界が隣り合っているとかいう事の影響なのかね。)

 テキパキとしたカタリナの手により見る間に組み上がるテントを櫻は驚きと感心を持って眺めていた。

「さ、出来たよ。二人共入って。」

 中から手招きするカタリナに誘われ櫻とアスティアも膝をついて中へ潜り込む。流石に三人入ると少々狭いものの雨風を凌ぐのにも良く、寝るだけなら何も問題無い広さだ。

「わぁ。ボクこんなの初めて。」

 アスティアがはしゃぐと

「あたしもこの感じは随分久しぶりだねぇ。」

 と、昔キャンプに行った時の事を思い出した。

「ハハッ、旅生活が長くなったらそんな感覚無くなっちまうからね、今の内に堪能しといた方がいいよ?」

 楽しげな二人を見てカタリナも楽しげに言うと

「さ、お楽しみの所悪いけど、明日に備えてもう寝ようじゃないか。」

 と横になる。

「そうだね。また明日も結構な距離を歩く事になる。ゆっくり休もう。」

 櫻がカタリナの横に寝ると、その横にアスティアが寄り添うように横たわり、三人で川の字のようになった。

(流石にテントの中とは言え野宿で裸で寝る訳には行かんか…。)

 衣服を着たまま寝る事に少し息苦しさを覚えながらも、瞳を閉じると歩き疲れた身体は休息を求め意識を眠りへと誘うのだった。

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