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サッサム

 (ようや)く旅の再開です。

 光の主精霊(しゅせいれい)から(ちから)を受け取った櫻。次に目指すは火の主精霊(しゅせいれい)だ。

 しかしその居場所は海を跨いだ西大陸。

 一行は海を渡る為の船を求め、中央大陸西岸へと向かっていた。


()い天気だねぇ…。」

 カポカポとホーンスの(ひづめ)の音が秋の草花が茂る草原を通る街道に響く中、冬も近いというのにポカポカと温かい()の光をアスティアの膝の上で浴びながら空を見上げる櫻。

「ほんと、コレで何も無ければもっと()いんだけどね。」

 そう言って手綱(たづな)を握るカタリナが振り向き荷車の中に目を向けると、そこには魔獣の討伐部位を入れた袋が(わず)かに膨らんでいる。

 『オートムント』の町を出てから()だ3日。しかしその間に既に魔獣に2度も遭遇していたのだ。

「魔物の出現頻度が増してるって解っては居るけど、まさか街道を走ってるだけでこんなに遭遇するなんてねぇ…あたしが居るせいも有るだろうが、思った以上に深刻かもしれないね。」

 (いま)だ神としては未熟な櫻は、その身から放たれる神気(しんき)が瘴気を、魔物を寄せ付けてしまう。自身の存在が共に在る者達を危険に晒してしまう事に苦々しい想いを抱えて居た。しかし、

「大丈夫だよ、サクラ様。サクラ様の事はボクが絶対に護るんだから。」

 ギュッとアスティアが抱き締めると、櫻の心はスゥっと軽くなる。

「あぁ、ありがとう。」

 アスティアの顔を抱き寄せ頬をくっつけると、ヒヤリとした柔らかな感触に安心感を覚えるのだった。

「まぁお嬢が(おとり)になってくれるから、結構アタイらも戦い易い処は有るんだけどね。」

 カラカラとカタリナが笑うと、

「カタリナ、貴女(あなた)はもう少し痛い目を見た方が良いのではないですか?」

 と(みこと)の呆れたような視線が刺さる。

「アハハ、それは勘弁願いたいね。それにアタイは何もお嬢に怪我(けが)をして欲しい訳じゃないんだ。お嬢が被害を受ける前に倒せるならそうするさ。ただ、お嬢自身が前線に出るとどうしても魔物の目を()いちまうからねぇ。」

 チラリと御者席の横に座る櫻に視線を向けると、それを受けて櫻も苦笑いを浮かべた。

「はは…済まないねぇ。でもあたしだって(みんな)の役に立てるなら、この身を囮にする位は安いもんさ。それに、あたしがピンチの時には(みんな)が助けてくれるって信じてるからね。」

 櫻のその言葉に皆が微笑(ほほえ)み、頷く。言葉は無くとも皆の気持ちを鮮明に感じ、櫻の表情(かお)は明るかった。


 そんな話をしながら街道を進んでいると、

「あ、サクラ様! ほらアレ! サッサムだよ!」

 とアスティアが櫻の耳元で大きな声を上げ、街道の左、南側に(ゆび)()した。

 突然の声に驚き目を丸くしつつもアスティアの()す方へ顔を向けると、街道から離れた小さな山の斜面に、紅葉する木々に混じりポツポツと、ピンクの花を咲かせた木々が数本見えた。

「へぇ、こんなに寒くなってもまだ咲いてるなんて珍しいね。」

 カタリナと、(ほろ)の中から顔を覗かせた(みこと)もその鮮やかな色に思わず顔を向ける。

「おぉ…あれが『サッサム』か…。」

(ソメイヨシノより濃い桜色…ヤマザクラの色に近いか。だが、確かに桜によく似ているねぇ。もう元の世界には戻れないと腹を(くく)ったあたしに、元の世界を思い出させる様々な物が有る…ふふ、罪な世界だよ(まった)く…。)

 少し寂し気に櫻はフッと微笑(ほほえ)む。そして、

「あそこまではそんなに遠く無さそうだね。ちょっと立ち寄ってみないかい?」

 と一際(ひときわ)陽気な声で提案した。

「うん、行こう! 近くで見たらもっと綺麗だよ!」

 アスティアの同意を皮切りに、

「あぁ。()いね。あの花は香りも良いんだ、近くで見るのも()いもんだ。」

「私も実物を目にするのは初めてです。是非ご一緒致しましょう。」

 皆の同意を得られた櫻はニッと微笑(ほほえ)みを浮かべた。

「だけど、あそこはただの山の中みたいだし道は無いだろうね。コイツと荷車をどうしようか?」

 カタリナが目の前に居るホーンスの後頭部に目を向ける。

「なぁに、あの程度の距離ならあたしが運べるさ。光の主精霊(しゅせいれい)までの道のりと比べたら近いもんだしね。」

 そう言って指先に風を巻き起こして見せる。

「お、随分自信が付いたみたいだね。それならお嬢に任せようか。」

「あぁ、任せておくれ。と、念の為集中する対象を俯瞰(ふかん)したい。アスティア、あたしを抱えて飛んでくれないかい?」

「うん、任せてよ!」


 話はとんとん拍子に進み、櫻とアスティアが荷車から下りると、入れ替わるようにホーンスを荷車の中に乗せ座らせる。


《ケセラン、ホーンス(この子)が驚いて暴れないように一緒に居てやっておくれ。》

《うん、わかったー。》

 ケセランをホーンスの元へそっと下ろすと、ケセランはふわふわの身体をホーンスの顔の(そば)へ落ち着けた。

 カタリナと(みこと)も荷車へ乗り込みその(かたわ)らへ寄り添うようにして座ると、

「お嬢、こっちは準備完了だ。いつでも良いよ。」

 と声を掛ける。櫻もそれを受けて小さく一度頷くと、

「よし、それじゃ行こうか。アスティア、頼むよ。」

 と背後に控えるアスティアへ視線を向けた。

「うん、それじゃ行くよ~。」

 そう言ってアスティアが櫻を背後からギュッと抱き締めると、背中に大きな1対の羽根を生やし空へと舞い上がる。

 遠ざかる地面。櫻は一度目標のサッサムに視線を向けると再び地面へと顔を向け、眼下に在る荷車へ向けて両手を(かざ)した。

 すると荷車を包み込むように優しい風が巻き起こり、『ギギッ…』と(きし)む音と共にソレは空へと浮かび上がる。

(うーん、矢張(やは)り3人を運ぶよりは少し出力を強めないと駄目か。だがまぁ、精気(マナ)切れを起こす事はあるまい。)

 想定よりも必要な力が多めな事に少々眉を(ひそ)めつつ、櫻は荷車を木々に引っかからない高さまで引き上げ、目標とした1本のサッサムの木まで運ぶのだった。


 それは小さな山の中腹辺りに生える一本。点在するサッサムの木の中で一際(ひときわ)多くの花を残し、その周囲には丁度良く開けた個所が有り、荷車を下ろすのにも丁度良い場所であった。

 櫻が荷車を下ろすのに合わせ、アスティアも徐々に高度を下げ、ゆっくりと荷車が地面へと降り立つ。

 荷車の中からカタリナが先になり降りると、ホーンスの手綱を()いて(なだ)めるようにして誘導。(みこと)も足元をサポートするようにして荷車から降りた。

「ふぅ、やっぱり緊張するね。」

 地に足を着けた櫻が小さく息を()くと、まるで肺の中に残っている空気を全て絞り出そうとするかのようにアスティアがギュッと抱き締める腕に力を込めた。

「ア、アスティア、もう離して大丈夫だよ…。」

 何故(なぜ)そんな事をするのかは(わか)っているものの、このままでは身動きが取れないと櫻も困った表情(かお)を浮かべ、肩越しのアスティアに微笑(ほほえ)んで見せる。するとアスティアもやっと腕の力を緩め、名残惜し気に身体を離した。

 櫻はそんなアスティアの頭にソッと手を添え、よしよしと撫でると、彼女は幸せそうに目を細めるのだった。

 そして振り向き、そこに在る木と、咲き誇る鮮やかなピンクの花を見上げる。

「おぉ…。」

 思わず言葉も無くそう声を漏らすしかない程に美しいその花弁。それは櫻の記憶の中に有る桜の花に瓜二つであった。一時(いっとき)、櫻はその光景に見惚(みと)れると、目頭が熱くなり自然と涙が頬を伝った。

「サ、サクラ様!? どうしたの!?」

 その雫にアスティアが慌てる。

「あぁ…いや、大丈夫。余りに綺麗なもんで感動しちまったのさ。」

 そう言って手の甲で涙を(ぬぐ)うと、アスティアに向けてニカッと微笑(ほほえ)んで見せる。

「そ…そう? そんなに喜んでくれるなんて、見つけて良かったぁ。」

 アスティアは櫻の言葉を素直に受け止めると、ホッと胸を()で下ろし、笑顔を浮かべた。

「それにしても、これ程綺麗だとここで一杯やりたくなっちまうねぇ。」

「何だいそりゃ? まぁそれなら折角だ、ここで昼飯にしちまおうか。」

 カタリナはそう言うと荷車の中から道具を取り出し始めた。櫻が空を(あお)ぐと、()の位置はまだ真上まで来ていなかったものの、丁度良さげな時間だ。

「そうだね。それじゃアスティア、あたしらは(たきぎ)を拾いに行こうか。」

「うん!」

 こうして櫻達のいつもの食事の準備が始まった。


 程無くして五徳(ごとく)の上にはスープが湯気を立てる鍋がかけられ、その下で燃える火に炙られる1匹分のリトの肉。

(まぁ、重箱を望むのは贅沢ってもんだしね…こうして(みんな)で花を()でながら食事を楽しめる、それだけで充分(じゅうぶん)恵まれたもんだ。)

 ザァ…と吹いた風に桜色の花びらが舞う光景に目を奪われながら、櫻はスープを口に運んだ。

 しかしその時、カタリナの表情が変わった。何かに気付いたように目付きが険しくなる。

「…どうした? カタリナ。」

「今、風に乗って血の匂いがした…。」

 そう言って山の上へと視線を向けた。先程吹いた風は山を下りるようにして吹いたものだ。その風上という事は、そういう事なのだ。

「獣の血では無いのですか?」

「いや、サッサムの香りのせいで良く判らなかったけど…アタイの鼻が狂って無ければ『人』の血の匂いだと思う。」

 (みこと)の疑問に視線は山の上を向いたまま言葉だけで返し、カタリナは立ち上がると全身に力を込め、変態を始めた。そして伸びた鼻先でスンスンと匂いに集中し始める。

「うん、やっぱりそうだ。」

 再び風に乗って下りて来た血の匂いに確証を持ったように頷く。

 その言葉を受けて櫻は手に持っていた(うつわ)を置くと、櫻を抱いていたアスティアもその手を放し共に立ち上がる。その様子に(みこと)も鍋の下の火を消すと皆が顔を見合わせ頷いた。


《ケセラン、あたし達はちょいと上の方に調査に行って来る。ここでホーンス(この子)と留守番をしててくれるかい。もし危ない事が有ったら逃げる事を優先するんだよ。》

《はーい。》

 ホーンスと共に地面に生えた草を食べていたケセランに念話を送ると、櫻達は山の上へと歩き出した。

 カタリナが鼻を鳴らしながら血の匂いを辿ると、それは段々と鮮明になって来たのか足取りが早くなる。そしてやがて、(ゆる)やかな斜面に生える木の根元に(もた)れ掛かるように倒れた男が見つかった。

「おい! 大丈夫か!?」

 櫻達が駆け付けると、その人物はその声にピクリと反応を見せた。年齢は40近くにも見える人間の男だ。黒い髪と、それに繋がるように口の周りに生え揃う整えられた髭のその男、山男のように(たくま)しい身体付きをしているが、見ると全身に怪我を負っている。どうやら致命傷は無いようだが、しかし右腕、そして左脚が奇妙な曲がり方をしてしまっている。

 櫻はカタリナに頷いて見せると、カタリナもそれを受けて男を肩に担ぎ、一旦荷車の(ところ)まで戻る事とした。


「よっ…と。」

 荷車の元まで戻って来た櫻達は、男を地面に横たえると荷物の中から傷薬と巻き布を取り出し手当を始めた。

「まさかこの間買った傷薬の出番がこんなに早く来るとはねぇ…。」

 カタリナが手当を行う様を眺めながら櫻が呟く。

「カタリナ、このような物で良いでしょうか?」

 (みこと)が辺りに転がっていた倒木から小さな板状の添木(そえぎ)を削り出して来ると、

「あぁ、上出来だ。ありがとな。」

 とカタリナはソレを受け取り、男の折れた手足に当て、巻き布でがっちりと固定する。すると、

「うぅ…!」

 その痛みに意識を取り戻したのか、男が(うめ)き声を上げると共に薄っすらと(まぶた)を開いた。

「こ…ここは…?」

 男は首だけを動かし周囲を見回す。すると、山の中で年若い女に囲まれた状況に現実感が無いのか、驚いたような表情を浮かべながら無事な左腕で目を(こす)った。

「大丈夫かい? 一体何があったんだ?」

 櫻が声を掛けた事でそれが現実であると認識した男は身を起こそうとする。しかし、右腕に走る痛みに顔を歪めると再び地面へと倒れ込んでしまった。

「まだ無理はしない方が()いよ。」

 そう言って櫻は男の元へ歩み寄ると、地面に膝を着き男へ向けて両手を(かざ)した。

 すると男の身体を不思議な温かな光が包み込む。

「わ…これ何…?」

 その不思議な現象にアスティアが驚いたような声を上げると、

「光の精霊の能力(ちから)さ。身体を活性化させて自然治癒力を高めるんだ。『活性(かっせい)の光』とでも言うのかな。瞬時に治す事は出来ないけど、これで少しは回復が早くなる筈だ。」

 そう言う櫻の視線の先、男の辛そうな表情がほんの少しだけ和らいだように見えた。

(みこと)、ちょっとこの男を起こしておくれ。」

「はい。」

 櫻の言葉に素直に頷くと、(みこと)は男の背に手を()し入れ上体を起こした。櫻はそれを確認すると、先程飲みかけていたスープの器を手にして男の口元へと運ぶ。

 (うつわ)をゆっくりと傾けると、冷めたスープが少しずつ男の口の中へと流し込まれ、コクコクと男の喉が動いた。

「っはぁ…す、済まない…ありがとう…。」

 男はそう言って少しだけ楽になったように微笑(ほほえ)んで見せた。

 その様子に一先(ひとま)ず大丈夫だと判断した櫻は小さく頷くと、男をサッサムの木に(もた)れ掛けるように(みこと)へ頼み、彼女はそれを受けて軽々と(たくま)しい身体を抱き上げ、櫻の(めい)を実行する。

 少女の細腕に軽々と持ち上げられ男は驚いた表情を浮かべるものの、自由の利かない手足ではさして抵抗も出来ず、少しばかり恥ずかし気に頬を染め為すがままにされるのだった。

 難産で結局2部の開始から1年が経ってやっとの投稿となってしまいました。

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