襲撃
「サクラ様、ちゃんと主精霊様の元に辿り着けてるかなぁ…?」
アスティアが祭壇の上に座り、退屈そうに足をブラブラとさせている。
「まぁ特に障害になるような物も無いだろうし、風の主精霊様に参った時より余程楽に到着は出来るんじゃないかな。案外もう契約を終えて戻って来てる最中かもよ?」
カタリナは床に腰を下ろし、胡坐をかいた姿勢でランプの小さな火で暖を取りながら、気にする程も無いという風に言った。
するとその時、
『ゴゴゴゴゴゴ……』
と地鳴りが響いたかと思うと精霊殿が大きく揺れ始めた。
「な、何だ!?」
「わぁ!?地震!?」
パラパラと天井から細かな氷が降り注ぐと、慌てて建物を飛び出すアスティア達。すると町の南側、防壁の向こうで、もうもうと雪煙が立ち昇る様子が目に飛び込んで来た。
「何あれ!?」
アスティアが叫ぶ。すると
「カタリナ、あの煙の中に何かが…!」
カタリナの肩に掴まり背負われる命が指を差した。
目を凝らすカタリナ。すると雪煙の中から何かが姿を現し、ガッと防壁の上へ掴み掛かったではないか。
「なっ!?」
驚きの声を上げるカタリナ。それもその筈である。ソレは、3階建ての建物よりも高いと思われる防壁に軽々と掛かる巨大な骨の手、そしてその後から姿を現したのは見覚えの有る形の、しかしその記憶よりも遥かに巨大な頭骨であった。
「ありゃぁ…竜!?」
「ホントだ!シトレインさんの処で見たのとソックリだ!」
「何で骨が…。」
唖然とした表情でそう言ってカタリナがハタと思い立つ。
(いや…死体が動く前例が有った…!だけど…。)
ちらりと背中に居る命を振り向くと、再びその全身像を見せつつ有る竜の骨へと視線を向けた。
(あの魔法使いの開発した『魔法』か!?だがアイツはアタイらが確実に仕留めた。まさかその研究を誰かが…とすると、近くに魔法使いが居る可能性が有るのか!?だが何の為にこんな処で!?)
そんな事を考えている内に、竜の骨はその全容を現した。余りにも巨大なソレは防壁を軽々と跨ぎ、廃墟と化した町並みを平然と踏み潰しながら前進して来るではないか。
そして長い鎌首の先に在る頭骨の、眼球の無い空ろな眼窩が明らかにカタリナ達の方へと向き、4本の骨の足でズシン、ズシンと地響きと雪煙を上げながら迫って来るのだ。
「カ、カタリナ!あれ、コッチに向かって来てる!?」
「あぁ…何か知らないけど、目を付けられたみたいだ…!」
カタリナは覚悟を決め腰に下げた水筒に手を掛けた。すると、
「カタリナ、少し待って下さいね。」
と、背中に背負われた命がカタリナの襟元から中へスルリと手を入れた。
「んなっ!?こんな時に何してんだ!?」
突然の事にカタリナの声が裏返る。しかし命の手はカタリナの胸辺りで止まると、その肌に触れる薄布へ添えられた。
「これを着たままでは変態出来ないでしょう?今なら私が貴女の身体に会わせて変形させる事が出来ます。さぁ、血を飲んで下さい。」
「あ…あぁ、そうか。」
余りに薄く軽い命製のインナーにその存在を忘れそうになっていたカタリナは、軽い動揺に頬を染めながら頷くと水筒の中身を一気に呷り喉を鳴らす。そして身体に力を込めると見る見る体躯は肥大し全身を体毛が覆う。しかしインナーはその大きさに合わせるように伸び圧迫感も無くそれでいてダブつく事も無い。
「おー、助かるよ、ミコト。」
「どういたしまして。それともう一つ…。」
そう言って命は器用に自らの左腕を襟元から引き抜き肩までを顕わにすると、カタリナの左手の甲にソッと手を添える。するとその左腕はカタリナの肩から指先までを覆うように複数の関節を持った鎧のような姿へと変化した。
「今の私では戦力になりません。せめてコレで身を護って下さい。」
「…あぁ。ありがとう。」
カタリナは左手をグッパッと握り開き、その鎧の柔軟性に満足な表情を浮かべると、命を丁寧に地面に降ろした。
「さぁて、準備は完了だ!」
顔を上げるカタリナ。その眼前には巨大な竜の骨が直ぐ傍にまで迫りつつある。アスティアも水筒の中の血を飲み干すと4枚の羽根を広げ空へと舞い上がった。すると竜の頭がその姿を追うように動いたではないか。
そして『ギギギギ…』と音を立て、牙の剥き出しになった口が大きく開く。それはまるで咆哮を上げているかのようであった。
次の瞬間、その巨体が立ち上がり前足がアスティア目掛けて横薙ぎに迫る。
「えっ!?うわっ!」
しかしその動きは緩慢で、アスティアが咄嗟に回避すると今まで彼女が居た位置をスゥーと腕が通過して行く。
「え…?コイツひょっとして大きいだけで大した事無い…?」
そう油断した時だった。骨の指先が突如として油断していたアスティア目掛けて鋭く延び、回避に遅れたアスティアの羽根を貫く。
「うわぁ!」
バランスを崩し落ちかけるが、羽根を再構成し体勢を整えると距離を取った。
しかしそれを皮切りに、立ち上がった竜の骨の先端、指先や肋骨、果ては口の中に並んだ牙までもが鋭い槍のように素早く突き出されると、それはまるで降り注ぐ矢の雨のように隙間無くアスティア達に襲い掛かって来たのだ。
猛攻は空にも地面にも降り注ぎ、町の中から雪煙が立ち込め視界を遮る。
「こんのぉ!」
アスティアが全力で羽根を振りかざすと大量の鎌鼬が巻き起こり、雪煙を払うと同時に竜を切り刻んだ。だが、その表面はまるで傷付く事無く竜も怯む事が無い。
視界の利かない中でカタリナも竜の足元へ接近しようとするが、延びる骨がその進撃を邪魔する。左腕の鎧で攻撃を受け流す事は出来るが中々接近出来ずに居た。
「もー!何なのコイツ!?」
攻略の糸口が掴めず回避に注力しながらも隙を見ては鎌鼬を繰り出す。
「う~…力が足りない…!サクラ様の精気が有れば…!」
表面で弾かれる鎌鼬を苦々しく見つめる。その足元ではカタリナが何とか取り付く事に成功し、後ろ足目掛けて攻撃を繰り出していた。
『ゴッ!ゴッ!』と激しい音を立て、カタリナの拳がまるで巨大な石柱のような骨に打ち込まれる。しかし矢張りと言うべきか痛み等感じないのだろう、まったくダメージになっている様子が無い。竜は標的をアスティアに定めているのか、取り付いたカタリナは意にも関せずアスティアの行動を抑え込むように骨の槍を放ち続ける。
「くそっ…通じない…!?」
そう思った時だ。カタリナは殴り続けた部分に僅かに傷が付いている事に気付いた。そしてそれは打ち込まれた角度から見て左拳が当たった個所だ。
そして自らの左拳に目を向けると、頑丈な命製の鎧が歪に歪んでいる。
(まさかミコトの造った籠手が歪むなんて…だけど、これなら通じるって事か!)
カタリナは一度竜の後ろ足から飛び退くと、骨の槍の雨を躱しながら精霊殿目掛けて走り抜けた。そして見守る事しか出来ずその場に居た命の前まで来ると、有無を言わさずその身体を背負った。
「カタリナ、どうしたのです?これでは戦いの邪魔になります。」
驚いたように言う命であったが、何処か安心したような声。
「アイツに攻撃を入れるにはミコトの協力が必要だ。付き合ってくれ!」
「協力…?解りました。何をすれば良いか教えてください。」
命の言葉にカタリナは頷くと、再び竜の足元目掛けて走り出したのだった。
竜の猛攻はアスティアへと集中していた。その精度は徐々に高まり、突き付ける骨の槍がアスティアの身体に触れる機会が多くなって来ていた。小さな傷が生まれてはスゥと消える。血の力によってアスティアの治癒力も上がっては居るが、徐々に体力を削られ息が上がり始める。
だがそのお陰もあってカタリナ達が竜の足元へと到達する事は容易であった。そしてカタリナの左腕に装着されていた鎧は剣へと姿を変え、その右手に握られている。更にその剣の柄からは命の脇腹に接続されるようなケーブル状の物が延びていた。
「ふぅん!!」
カタリナが渾身の力で剣を振り抜くと、『ガッ!』と音を立て竜の骨に鋭い刃が入り込む。だが一旦それを引き抜くと刃は歪み、刃物としての体を成さぬ姿となってしまう。しかし命が意識を送ると、その剣は再び鋭さを増し元の姿へと戻ったではないか。
竜は痛覚処か触覚すら無い様子で、カタリナの攻撃に気付いているのかも怪しい。これ幸いと幾度も剣を振り、まるで樵のように同じ動作を繰り返すと、徐々に、しかし確実にその切り口が深く大きくなって行った。
「これで…どうだぁ!」
気合の声と共に振り抜かれた刃が傷口へと叩き込まれると、繋がっていた残り部分がメシメシと音を立て折れ始めた。
「よし!まず一本!」
満足気な声を上げ、折れる足元から飛び退くカタリナと命。
しかし竜はバランスを崩しながらも、まるでそれを気にしないかのようにアスティアへの攻撃を止めず、遂に伸びた肋骨の一本がアスティアの右太腿を貫く。その骨の太さ故に、突き刺さるでは止まらず足一本を切断すると、アスティアの右足が吹き飛ばされ空に舞った。
「うあぁぁぁ!!」
アスティアの悲鳴が白い町の中に響く。そして余りの痛みに動きの止まったアスティア目掛けて竜の巨大な手が迫ると、その華奢な身体を握り込むようにして捉えたのだ。
完全に手の中に姿の隠れたアスティア。握り潰されまいと必死に両腕を張るが、その握力は凄まじく徐々に腕の骨にヒビが入り、在り得ない形に腕が変形して行く。
「アスティアーーー!!」
「お嬢様ぁ!!」
もう片方の足の破壊へと向かおうとしていたカタリナ達も救助へ向かうべく竜の骨の身体の上を飛び移り、アスティアへの接近を試みる。しかし激しく動きバランスの取り辛い骨の足場に思うように接近出来ずに居た。
(馬鹿者が!殺す気か!手足等は無くとも構わぬが、生命まで奪ってしまってはそんな身体に何の価値も無くなるのだぞ!クソッ…このような不完全な魔法に頼らねばならんとは!)
その状況を遠目に観察していた闇の中の影が苦々しく舌打ちをすると、何処からか瘴気を取り出し、
『生命は奪うな!生かして連れ帰るのだ!』
と、手に纏うソレに命令するように声を掛けると、見つめる景色へと押し付ける。すると不思議な事に景色は波紋を打つかのように歪み、瘴気がその向こう側へと這い出たのだ。そしてフラフラと竜の骨へと辿り着くと、スゥとその中に姿を消した。
途端、竜の骨は長い首を擡げ空を仰ぎ、骨だけの翼を大きく羽ばたかせ始めた。
「うぉ!?何だ!?」
竜の巨体が大きく動き、カタリナも思わず身を屈めその身体にしがみ付く。
だがいつまで羽ばたいても、その巨体が舞い上がる事は無い。ただ徒らに身体を激しく揺するだけである。
「っ…コイツ、何がしたいんだ!」
「ひょっとすると、飛んで何処かへ行こうとしているのかも…!」
「何だって!?膜が無くて飛べないってのが理解出来てないのか!?」
「恐らくは…兎も角、羽ばたきに集中している今が好機ですよ!」
「あぁ!」
自慢の爪を硬い骨に突き立てるようにし、背骨を攀じ登り前足の付け根まで辿り着くと、丸太よりも太い骨を一気に駆け抜けアスティアが捕らわれている手の部位まで到達する。
「アスティアー!生きてるなら返事をしろ!」
握り込む手をこじ開けようと、カタリナが指の隙間に身体を強引に捻じ込むようにしながら声を掛ける。
「う…カ、カタリナ…何とか…。」
中からか細い声が聞こえた。
「カタリナ!私をその隙間に入れて下さい!」
背中の命の声にカタリナが頷くと、躊躇い無くその身を隙間へと押し込んだ。
「…!?お嬢様!今お助けします!」
中から命の声が聞こえ、次の瞬間、竜の手が内側からギリギリと強引に開かれて行く。
「カタリナ!お嬢様の身体が落ちます!受け止めて下さい!」
「ミコトはどうするんだよ!?」
「私の事は後で助けてくれるのでしょう!?信じていますよ!」
「…っ!あぁ!待ってな!直ぐ来るよ!」
カタリナは一旦その場を飛び退くと、竜の指の骨に雲梯のようにぶら下がり、アスティアの姿が見えると同時に勢いを付けその身に飛び付き受け止め、迫る肋骨を足場にするように蹴り付け離脱する。
「アスティア、しっかり…!」
地面に着地し腕の中のアスティアに目を向けるカタリナ。しかしその姿に言葉を失う。
両腕が蛇腹のように歪に縮み、節々から骨が飛び出してしまっている。肩の骨も砕け胴体も僅かばかり潰されたのか、その口からは体液が流れ、いつも様々な表情を見せていた金の瞳も虚ろであった。
「…っく…!」
カタリナの奥歯がギリリと歯ぎしりを立てる。
すると竜は、アスティアが手の中に無い事に気付いたのか羽ばたきを止め、空を見上げていた首をカタリナの元へ向けた。
カタリナはその眼窩に怒りを込めた視線を向けながらアスティアを庇うように抱き締めた。
「キサマ…!」
怒りの言葉が漏れる。しかし今この状態のアスティアを抱えてこの巨体とやり合う事は出来ない。煮えたぎるような感情を抑え、カタリナは精霊殿へと走り出した。
すると竜の骨は上体を倒し四足歩行の状態へと変化し、カタリナを追うようにして手を伸ばして来た。振り向くカタリナは、その中から命の身体が解放されると、そのまま骨の掌に押し潰され地面に消える姿を目撃してしまう。
「ミコトーー!!」
カタリナの声が響いた。その時、カタリナの背後から激しい風の渦が自然では有り得ない向きに吹き荒れ、目の前の巨大な竜の骨をよろめかせたのだ。
ハッとし背後を振り返るカタリナ。そこには強い眼差しで竜を見据える櫻の姿が在った。
(なっ…!?あの小娘、いつの間に戻っていたのだ!?馬鹿な…接近を見逃していた?)
戦況を見守っていた影に動揺が走る。
『ズズン…!』と激しい音と雪煙を立て竜の骨が横たわった。
「一体何だ?コイツは?」
感情もダメージも無いように起き上がろうとする竜の骨を見据え、怪訝な表情を浮かべる櫻。
「お嬢…お嬢、アスティアが!」
そんな櫻にカタリナは悲痛な声で腕の中に抱えたアスティアを見せる。するとその途端、櫻の表情に険しい怒りが浮かんだ。
そして櫻は片手で両の蟀谷を押さえるように視界を塞ぎ、『ふぅ~…』と深い深呼吸をすると、徐に自らの肘から先を風の刃で切り落としカタリナへ差し出す。
「…済まないが、少し時間稼ぎをしててくれないかい?」
「あ、あぁ。」
静かに怒りを湛えたその声にカタリナは頷くと、その腕を受け取りバリバリと咀嚼した。
「それじゃ、アスティアは任せたよ!」
カタリナはそう言ってアスティアを櫻へ託すと、起き上がった竜の元へと向かう。
櫻は腕の中のアスティアへ優しい眼差しを向けると、力無く微かに開いたその口元へ未だドクドクと血の流れ出る腕の切り口を当てた。大部分の血が口腔から零れ出るのも構わず、小さくコクコクと動く喉を確かめながらその瞳を見つめる。
するとアスティアの虚ろだった瞳に光が戻り、キョロっと動くとまだ苦しそうに眉間に皺を寄せながらも、櫻の姿に笑顔が浮かんだ。
「…サクラ様…おかえりなさい。」
その言葉に櫻は瞳に涙を浮かべ、アスティアを抱き締めた。
「あぁ、ただいま。何が有ったのかは知らないが、頑張ったみたいだね。」
櫻の優しい微笑みにアスティアが頷く。
「さ、後はあたしらに任せてゆっくりしてな。」
そう言って風の能力でアスティアの身体を持ち上げると、何処か少しでも安全そうな場所を探すように辺りを見回した。しかし、
「サクラ様、ボクも戦うよ。」
アスティアのその言葉に驚いたように櫻が振り向く。
「何を言ってるんだい、そんな身体で無茶だよ。」
「ううん、アイツは何でか解らないけどボクを狙ってるみたいなんだ。だからボクが何処に居ても安全な場所なんて無い…なら、戦わなくちゃ。」
「何だって!?だがどうやって…。」
「サクラ様、ボクに精気をちょうだい。いっぱい!」
未だ折れ曲がったままの腕を懸命に伸ばすアスティア。僅かに治癒が始まってはいるものの、その震える腕の痛々しさに櫻は目を背けたくなる。だが、
(確かに精気も注入した方が身体の治りも早いかもしれん…後が心配だが、今のこの状態が長引くのも辛いだろう…。)
そう思うと
「分かった。」
と頷くしか無かった。
ほんの僅か離れた位置ではカタリナが巨大な竜の骨を相手に戦いを繰り広げている。櫻が竜をよろめかせた事で手の下から助け出す事が出来た命を背に、その両腕はカタリナの首元から両腕を覆う鎧のように一体化し槍の雨から身を護る。
カタリナは顔の前に腕をクロスさせると力一杯に地面を蹴り、肋骨の雨を掻い潜り竜の背骨に渾身の体当たりを食らわせる。すると巨大な骨の身体が僅かに持ち上がり、体勢を崩すと地響きを立て廃墟の瓦礫の中へ転がった。
もうもうと雪煙が立ち上り視界が遮られると、櫻は目の前に見えるアスティアだけを見つめ、その胸元にそっと手を添えた。
「いくよ?」
「うん。」
アスティアが覚悟の決まった瞳で頷いた。
添えられた櫻の掌から温かな風の精気がアスティアの中へ流れ込む。残りの精気がどれ程かは全く判らない状況でありながら、櫻はただ只管にアスティアの身体を治す事だけに集中していた。
するとその時、アスティアの身体からキラキラと輝く微かな光の粒子を纏った風が吹き始めた。
(これは…アシュロンと戦った時に見た…?)
確かに以前見た姿に似ている。しかしあの時に見たものと決定的に違うソレは、優しく穏やかな気を感じさせる風であった。そしてその風に包まれるようにして、アスティアの身体がみるみる治って行くのだ。
遠方に落ちていた右足が白い霧となりアスティアの元へ吸い寄せられると、失っていたソレが新たに光に包まれ生まれる。更には砕け骨が露出していた腕が元の健康な姿に戻った。
そしてその手が櫻の頬にソッと触れ、優しく撫でた。
「サクラ様、もう大丈夫。これ以上はサクラ様が精気切れしちゃうよ。」
そう言うアスティアの声は、いつも聞く元気な声だった。
「あぁ…あぁ、良かった…!」
櫻は思わずアスティアを抱き締めると、声を震わせそう言った。アスティアはそんな櫻を何も言わず抱き返す。そして僅かな抱擁の後、そっとその身を離した。
「サクラ様、こういうのは後で、でしょ?」
はにかむアスティア。その言葉に櫻は呆気に取られたように目を丸くした。
「…あぁ、そうだね。先ずは目の前の問題を解決してからだ。」
互いに自らの足で立ち上がると、アスティアは背中に力を込めた。すると、『ヴァサッ』と大きな羽音を立て現れたのは3対6枚の巨大な羽根。
「えっ!?」
アスティアが驚きの声を上げつつ、その羽根を扇いでみるが、全く違和感は無く自らの意思で動かす事が出来る。
「…行けるかい?」
「うんっ!」
櫻に大きく頷いて見せると、一際大きく羽根を扇ぎ、もうもうと立ち込める目の前の雪煙を吹き飛ばした。
クリアになった視界の先に巨大な竜の骨が姿を現すと、櫻はアスティアを庇うようにその前に立ち、
「攻略の切っ掛けはあたしが作るよ。アスティア、万全の体調での美味しいおっぱい、楽しみにしてるからね。」
そう言い残し空へ舞い上がると、その足元から
「うん!楽しみにしてて!」
とアスティアの見送る声が聞こえた。
竜の正面へ姿を晒し、身体を大の字に開き
「よくもやってくれたね!」
と声高に叫ぶと、それと同時に櫻の全身から眩い光が竜目掛けて放射状に放たれた。それは櫻の正面を遥か遠くまで照らし、防壁の向こう側までが光に包まれた。
(う…!?これは光の主精霊の力…!?だが、何だこの強大な力は…!あんな小娘が主精霊の力をこれ程引き出せると言うのか!?)
闇の中から竜の動向を見つめていた影は、その眩しさに目を覆う。すると途端、目の前に見えていた景色が消え去り辺りが真の闇に包まれた。
(っく…光の力で向こう側が塞がれたか…。だがどうせ今回は失敗した。もうあの骨は役に立たぬ。…次の手を講じねば…。)
影は闇の中へ手を翳すと、そこにまた別の景色が現れた。その向こう側には何者かが怪し気な研究をしている姿が在った。
櫻の身体から放たれた光に包まれた竜の骨の表面がボロボロと剥がれ落ち始める。
「何だ!?これは!?」
状況を飲み込めないまま、カタリナが竜の骨の槍を籠手で受け止める。すると、槍はその腕に強烈な衝撃を与えたかと思うとそのままボロリと崩れ去ったではないか。
「コレは…!」
「ご主人様の放った光によって脆くなっているようです、カタリナ!好機ですよ!」
「あぁ、解ってる!」
カタリナはキッと竜を見上げると、大きく地面を蹴り、アスティアと命を握り潰した憎々しい手へ体当たりを食らわす。すると見事に砕けたその手に満足気に振り向いたその先で、光が弱まり落下して行く櫻の姿が目に入った。
「お嬢!?」「ご主人様!?」
二人の声が重なる。しかしその時、下から飛び上がった大きな影がその身を優しく抱き留めた。アスティアだ。
「サクラ様…。」
慈しむ声を掛け、ギュッとその身を抱き締めるアスティア。そしてキッと力強い視線を竜の頭骨へ向ける。竜は未だにアスティアを狙うようにして巨体を動かすが、一歩前へ出ようとする度に巨体を支える骨にヒビが入り、パラパラと全身から骨粉が零れ落ちる。
「少しだけ我慢しててね!」
アスティアは櫻を抱き抱えたままで羽根を一度大きく開くと、羽根の頂点を頭上で合わせるようにして螺旋状に身に纏い、回転を加え竜の頭目掛けて突撃を繰り出した。
それを迎え撃つように竜が大きく口を開き中の牙が突き出し襲い掛かる。だがそれは襲い来る牙を難なく砕き頭骨を貫通すると、そのまま背骨をガリガリと砕きながら真っ直ぐに突き進み、地面すらも抉る勢いで着地した。
その身を支える支柱を失った竜の骨はボロボロと廃墟に落下し、脆くなっていたそれらは自重と落下の衝撃で粉々に砕けて行くのだった。