ソフィーヤ
北へ向け歩みを進める櫻達一行。気温は徐々に下がり、周囲の景色は晩秋の様相を呈して来ていた。
街道の東側には山の斜面が迫り、その山肌には針葉樹が多く緑を色濃くしている。御者席の隣に座る櫻はそんな景色を眺めながら、朝の身の締まるような空気に冷えた両手に『ハァー』と息を吐きかけると、白い息がほわりと風に流された。
「サクラ様、ごめんね?ボクあんまり温かく無いから…。」
少々しょんぼりとしつつ櫻を膝の上に抱く事は止めないアスティア。
「ふふ、そんな事を気にする必要は無いさ。」
櫻が腕を後ろへ回しアスティアの顔を抱き寄せると、アスティアは甘える子猫のように頬を摺り寄せる。
互いの髪の毛が肌を撫で合い、くすぐったさに肩を竦めクスクスと笑い合う二人。そんな様子を御者席のカタリナは横目に眺め鼻の下を伸ばしていた。
そんな中、街道が小規模な林の中へ差し掛かった処で、ふわりと、鼻を突く少々不快感の有る苦い匂いが何処からか流れて来た。
「ん?何だい?この匂いは…。」
櫻が鼻をスンスンとさせると、アスティアが周囲をキョロキョロと見回し始めた。そして何かに目を留めると、
「あ、サクラ様。アレじゃないかな?」
と言いつつ、指差す訳では無くギュッと抱き締める腕に力を込める。
しかし櫻も何と無しに慣れたもので、自然とアスティアの向く方向に顔を向けると、林の奥に一軒のログハウス状の小屋を発見した。そしてその小屋の街道側手前では、何やら巨大な壺のようにも見える大きな釜に長い棒を突き入れ、それを火にかけながら掻き混ぜている人影。
見るとその人影は、黒い鍔広の三角帽子に黒いローブという真っ黒な姿をしている。
(おぉ…何とまぁ、絵に描いたような魔女のような姿だね。)
思わず『ほぉ~』と感心の息を漏らしてしまった。
とは言え、その姿から魔女を連想すれば、今までの経験から魔法使いの存在を危惧してしまう。
「カタリナ、済まないがあそこに立ち寄ってくれないかい?」
そう言って小さく指差すと
「あいよ。」
と一言頷き、街道を外れ地面の整備されていない林の中へと荷車は入って行く。林の地面は里山のように人の手が入っており、思いの外荷車が走るにも不都合は無い。
魔法使い全てが悪い存在では無い。それは理解しているつもりだが、今まで見た事例が悪印象を与え続けているだけに、徐々に近付く魔女のような姿に櫻は緊張を高めた。
多少ゴトゴトと揺れは激しかったものの荷車が無事に小屋の周辺の切り開かれた空間へと到着すると、その時になって釜の中を掻き混ぜていた人影はその存在に気付いたように櫻達に目を向けた。
「あ、お客さんですか?初めての方ですね。」
高い声でそう言いながら掻き混ぜる手は休めず、それでいて小さく会釈をして見せるその人物。その姿に櫻達は驚きの視線を向けた。
その姿は幼い少女であった。見ると地面に垂れ下がるローブに隠れて木製の足場が有り、その上に上って釜の中を覗いていたのだ。
「お客さん…?」
「あれ?仕入れに来たんじゃないんですか?」
恐らくアスティアよりも幼いその少女は、それでもハキハキとした言葉で櫻達に対応しつつ釜を混ぜる手は止めない。
「あぁ、いや。あたし達は妙な匂いの出処が何なのか気になってちょっと立ち寄ってみただけなんだがね。お前さんは此処で何をしてるんだい?」
櫻は荷車の上から飛び降りると、少女の元へと歩み寄る。それを受けてアスティア達も下車し、櫻の元へと集まった。
「あ、そうだったんですね。あはは、この匂いは慣れないと気になりますもんね。」
屈託なく歳相応に笑う少女。
「ワタシはここで薬を作ってるんですよ。」
そう言いながら少女は釜の中の状態に注意深く目を向ける。白い湯気がもうもうと立ち昇る釜からは特段瘴気の影は見えず、『魔法』では無いようだと一応の安心を覚えた櫻はホッと表情を崩した。
「薬?こんな所で?」
「はい。もう解ってるとは思うんですけど、薬を作る時はこういう凄い匂いが立っちゃうので、町の中では近所迷惑になっちゃうんですよ。それにここら辺は材料の薬草もある程度採れるから便利なんです。」
「へぇ…でもこんな場所で一人で危なく無いのかい?町から離れてたら瘴気だって出るし、危険な獣だって出る可能性が有るだろう。お前さんのような小さな女の子一人じゃ…。」
櫻の言葉に少女は目を丸くする。自分より幼く見える幼女に『小さな女の子』扱いされた事に驚いたようだ。
「アハハッ!キミ、お利口さんなんだね。大丈夫だよ、お姉ちゃんはここにずっと一人で居る訳じゃないんだ。」
今まで営業トークだった少女は、櫻の一言で思わず素が出たのか、それとも年上風を吹かせたいのか、屈託ない笑顔を浮かべると途端に口調が砕けた。
「一人じゃない?保護者が傍に居るのかい?」
「うん、保護者って言うか…。」
「おや?お客さんかい?」
少女が言いかけた時、櫻達の背後から柔らかで落ち着いた感じの男の声が聞こえ、一同は思わず振り向く。するとそこには蔓で編んだ籠を背負った、カタリナと同じ程度の身長のエルフの男が立っていた。
濃い緑色の髪を爽やかに流し、黄土色の瞳は少し垂れ目気味で物腰柔らかな性格を表すように優しい。
「あ、お帰りなさい、アナタ。」
「あぁ、ただいま、エレ。」
笑顔を交わす少女と男。その二人のたった一言のやり取りに櫻達は驚きの表情を浮かべた。
「え…?今、『アナタ』って…?」
カタリナが思わず指差す。
「はい。この人はワタシの旦那様、『ケビン』です。そして申し遅れました、ワタシは『エレミース』と言います。」
そう言って帽子を取って軽く頭を下げる。その間も片腕で釜の中を掻き混ぜる事を止めない辺りにプロとしての姿を見る。
帽子に隠されていた素顔は、若草色のウェーブ掛かった癖っ毛を肩まで伸ばしたエルフの少女。エメラルドグリーンの美しい瞳は少々釣り目気味で肝の座った印象を受ける。
「え?夫婦…?」
「えぇ。結婚してるんですよ、ワタシ達。ね~、アナタ♪」
驚きの止まないカタリナの言葉に追撃するように可愛らしく首を傾げてケビンと呼ばれた男に微笑みかけるエレミース。ケビンはそれに照れ臭そうに微笑みながら頭を掻いて頷いて見せた。
「結婚って…二人は一体何歳なんだい?」
思わず櫻も気になってしまう。
「ワタシは9歳になりました。ケビンは28歳です。」
もう何度目かも分からない驚き顔を浮かべる櫻。
『おい、カタリナ。結婚ってそんな年齢でして良いもんなのかい?』
カタリナの耳に掛かる髪がふわりと揺れると、突然の事にカタリナはゾワリとして身を震わせた後に櫻に視線を向ける。
『あ、あぁ。歳は関係無いけど…そんな若い内から結婚相手を決めるなんてなかなか無い事だよ…。ましてやエルフは長命だから一般的にはもっと慎重だと聞くんだけどね。』
カタリナの思考を読み成程と頷く。最後に『くそ~…何て羨ましい…。』と聞こえたのは聞かなかった事にした。
するとそんな二人を他所に
「へぇ~、そんなに小さいのにもう結婚を決めるなんて凄いね!」
と素直に感心するアスティアが瞳を輝かせた。
「えへへ…ワタシ、子供を沢山作りたいんです。だから早い内からと思って。今から頑張れば100人位行けるかな?なんて。」
頬を染めてとんでもない事を言うエレミースに櫻とカタリナは開いた口が塞がらない。
「え…ちょ、頑張ればって…その、もう子作りを…?」
恐る恐る尋ねる櫻。
「あははっ、流石にまだ子供は出来ないよ。ワタシの身体がまだ出来上がってないもん。でも産めるようになったら直ぐにでも子供を作りたいなぁ。」
そう言ってエレミースはケビンに熱い視線を送ると、彼は少しだけ困ったように微笑み顔を赤らめ、頬をポリポリと掻いた。
「ふぅ~ん。でも出産って大変だよ?ボクも一度だけ経験したけど、凄くて…痛いとか苦しいとか…そういう言葉じゃ言い表せない位、とにかく大変だったよ。キミって普通のエルフでしょ?身体の成長も遅いだろうし、急いで無理な負担を掛けない方が良いと思うなぁ。」
しみじみと語るアスティア。
「あら、貴女もそんな歳で子供を産んだの?ひょっとして隣に居るこの子…?にしては大きい?」
エレミースは首を傾げ不思議そうにアスティアと櫻に視線を向け、
「でも貴女はその歳で産めたんでしょ?ならワタシにだって出来るわよ。」
と自信満々に胸を張ってみせた。
すると
「全く…お前はまだ相手を良く見る事を覚えないねぇ、エレミース。」
と、小屋の陰から声が聞こえたかと思うと、そこからエレミースと良く似た三角帽子と黒いローブ姿の…恐らくは声の感じから老年の女性が姿を現した。
「あ、おばあちゃん。どういう事?」
エレミースがその老婆へ顔を向けると、ケビンも背筋を正して軽く会釈をする。
「その娘はヴァンパイアだよ。年老いる事の無い強い身体を持っているんだ、外見で歳を判断は出来ないんだよ。」
声の感じからは想像出来ない程に腰はピンと伸び、しかし足取りはゆっくりと櫻達の元へ近付いてくる。
「おばあちゃん?エレミースの実の祖母という事かい?」
「あぁ。アタシは『ミランダ』と言ってね、この薬屋の店主をしている者さ。」
笑顔でそう言うと櫻をジッと見つめ、目を細めた。
「お嬢ちゃんも…ヴァンパイアでは無いようだけど、それでも見た目通りの歳という訳では無さそうだね?精霊の力も感じる…不思議なお客さんが来たもんだねぇ。」
「ははっ、なるべく詮索はしないでくれると有り難いんだがね。」
(何とまぁ、これぞまさに『魔女』って感じのが出て来たね。)
櫻の頭の中に有った魔女というイメージがピッタリと当てはまるその姿に、まるで童話の絵本の中に迷い込んだかのような感覚を覚える。
「処で、今ここを『薬屋』と言ったかい?」
そう言うと櫻はミランダ達の背後に在るログハウスに視線を向けた。
「あぁ。本当の店は町の中に構えているがね。ここは主に薬を作る作業場なんだが、時折商業ギルドの連中がまとまった数を買い付けに来るのさ。」
「へぇ?どんな薬なんだい?」
「こういうの、他の町でも見た事無いかしら?」
エレミースが懐をまさぐり取り出したのは、底の浅い皿状の木製の器の中に入った緑色の軟膏だ。
「あ、これ…カタリナが持ってなかった?」
アスティアがハッと気付き見上げる。
「あぁ。確かに以前は持ってたね。ただアレはグラントの傷を治療する時に使い切っちまって、それ以来薬は買い足して無かったなぁ。」
(お嬢が居るお陰で傷薬を使う事が無くなったからな…。)
「確かに中央大陸に居た時は度々買ってたけど、そう言えば東大陸では売ってるのを見かけなかったね。ここで作ってたのか。」
チラリと櫻へ視線を向け、流石に最近はアテにし過ぎているなと感じたカタリナは頬をひと掻きして少し考えると、
「折角だ。アタイも一つ貰おうかな。」
とその指をピンと立てて見せた。するとミランダはニコリと笑顔を浮かべ、
「あぁ、それなら他にも色々な薬が有るから、こっちに来て見て行っておくれよ。」
と手招きをしながら小屋の中へと入って行った。櫻達もその後に続き小屋の中へと足を踏み入れると、その中には壁面に沿ってずらりと棚が整えられ、そこに様々な形の容器が並んでいた。
先程見た皿状の物は軟膏、細長い筒状の物は丸薬、瓢箪型の物は液状の薬だろうか?彼女の言うように本当に様々な薬が有るようだ。そんな中からミランダは一つの丸薬用容器を手に取り、
「あんた達、持ち回りかは知らないけどヴァンパイアのお嬢ちゃんが居るならコレなんてどうだい?」
と差し出した。
「これは?」
カタリナがそれを手に取り軽く振ってみるとカラカラと乾いた音がする。
「コレは増血薬さ。血が足りなくて萎えてる奴でもコイツを飲めばビンビンになるよ。ヒッヒッヒッ…。」
魔女のような笑い声で下世話なジョークを楽しそうに言う老婆に櫻達は苦笑いを浮かべた。
「そう言えばお前さん、遠目にこの娘がヴァンパイアだと見抜くなんて、ヴァンパイアを良く知ってるみたいだね?ひょっとして知り合いにでも居るのかい?」
気を取り直して櫻が問う。
するとミランダはフッと寂し気な笑みを浮かべ
「あぁ。『居た』よ。」
と、何処か遠くを見るかのようにアスティアの瞳に視線を向けた。
「『居た』?」
「あぁ。あの娘…『ソフィーヤ』はね、この町の救世主さ。」
そう言うと、ミランダは訥々と語り始めた。
「もう100年も前になるかねぇ。今でこそあの娘なんて言っちゃいるけど、当時はアタシも若くてね。『お姉ちゃん』なんて呼んで慕っていたものでね。」
そう切り出した話の内容はこうだった。
その女性、『ソフィーヤ』は、見た目こそ30歳前後だったが、何時からこの地に居たのか判らない程昔から町に居たヴァンパイア。母体となった身体はライカンスロープで、赤いショートカットのストーレトヘアと薄褐色の肌がその性格の快活さを表しているようであった。
「その瞳はキラキラと不思議な輝きを持った金色をしていてね、そのお嬢ちゃんの瞳は当時を思い起こさせるよ。」
そう言ってミランダの皺の刻まれた手がアスティアの頬にそっと添えられると、アスティアは擽ったく肩を竦めた。
ソフィーヤは町の人々からも好かれており、子供達の遊び相手や年頃の娘達の相談相手になってあげたりと、とても気持ちの良い姉御肌の女性だ。
彼女は町の自警団に所属しており、ライカンスロープの強靭な肉体とヴァンパイアの生命力を備え、町に侵入しようとする獣だけではなく魔物相手にも先陣を切って立ち向かう程で、町の人々からは守護者とまで言われながらもそれを鼻に掛けるような事は一切無い人格者。
「そんな彼女だから、町の男連中だけじゃなく女性にも人気が有ってね、アタシもその頃は惚れ込んでて、何かと理由を付けては会いに行くような真似をしてたもんだよ。」
年甲斐も無く頬を染めた顔を両手で隠すようにすると、櫻達は苦笑いを浮かべた。
「処がある時、町を広げる為に安全な範囲を調べようと山の森の中へ分け入った連中が、山腹に洞窟を発見したんだ。」
途端にミランダの表情が冷めたように変わる。
その者達が洞窟の内部を調べると、そこはダンジョンであった。その調査報告により即座に自警団と狩猟ギルドによる調査制圧隊が組まれ、内部構造の把握と魔物討伐を並行しながら、調査は1年程もかけて行われた。
そうして辿り着いた最奥。広く開けたその空間には澄んだ水を湛える地底湖が在り、青白い薄明かりを放つ発光植物によって幻想的に浮かび上がるその光景は、暗所にのみ自生する様々な薬草が茂る恵みの地であった。
調査員達がその豊かな光景に思わず感嘆の息を漏らし足を踏み入れた時だった。『ソレ』は突然に調査員達数名の生命を一瞬で奪った。
何処からか現れたソレはまるで突風のように調査員達に襲い掛かり、その大きな口で頭から咥え込むと『ブツリ』という音と共にその身体を喰いちぎり、後には棒立ちとなった下半身だけが血の噴水を上げ立ち尽くしていたのだ。
ソレは魔獣だった。調査隊をジロリと睨むような視線のままでゴクリと喉を動かすソレに皆は目を奪われた。そして一瞬の静寂の後、大きな空洞の中に沢山の悲鳴が響き渡った。混乱の中、腰を抜かし動けない者、逃げ出す者等様々だったが、僅かに残った冷静な者達は戦闘態勢を取り即座に討伐に乗り出した。
その中には当然、ソフィーヤも居た。彼女はその身体能力のみならず、『疾風』の精霊と心を通わせた精霊術士としての側面も有った。彼女程の逸材ならば幾ら狂暴化した魔獣と言えど倒せない敵は無い、そう思える程だ。
しかしその魔物は、今まで調査中に出会った魔物とは明らかに異質だった。肉食の鳥類のような鋭い目付きと嘴、鉤爪と大きな翼を持つ前半身に対し、後ろ半身は肉食獣のような強靭な後ろ足と、獲物を前に喜ぶように振られる尻尾を持った四足の、まさに『化け物』だった。
戦いは凄惨なものだったと言う。異形の魔物は様々な予測の付かない攻撃を繰り出し、多くの犠牲者を出した。逃げ出そうと背中を向ければ容赦なくその背を鉤爪が引き裂いた。そんな中で最後まで立っていたのがソフィーヤだ。
彼女は満身創痍になりながらもヴァンパイアの再生力により辛うじて動ける程度の状態で、呼吸も荒く、それでも魔獣に強い闘志の視線を向けた。
その視線を受けた魔獣がトドメと大きな口を開き飛び掛かると、それを待っていたかのように彼女もまた獣人へと変態し強靭な脚力で魔獣へと飛び掛かり、自らその口腔内へと飛び込みその体当たりで魔獣を地底湖の中へと突き落とすと、その内部で疾風の精霊術を全力の限り放ったのだ。
魔獣は大きな咆哮を上げる。しかし道連れとばかりにソフィーヤの身体を咥え込むと、鋭い嘴でブチブチと音を立ててその半身を切り分けた。湖底へと沈む魔獣はその姿を消し、そして湖面にプカリと浮かぶソフィーヤの下半身。それはやがてサラリと灰に変わると、水の中へと溶けて行ってしまった。
腰を抜かし動けずその場に居た、唯一となった生き残りの若手ハンターは、その一部始終を見届けた。そして這うようにしてダンジョンを脱出すると、涙と鼻水でグチャグチャになった顔で皆にその事を伝えたのだった。
「アタシ達は最初その話を聞いた時、彼女が死んだなんて信じられなかった。」
視線を下げ小さく溜め息を漏らし首を横に振るミランダ。
「でも、彼女はどれだけ待っても帰らなかった…。町の人達は徐々にその現実を受け入れ、彼女の勇気を無駄にしない為にと、そのダンジョンを整備する事にしたんだ。何せ魔物の素材を得られるうえに貴重な薬草も採れるからね。」
ミランダは周囲の棚に並べられた薬を見回す。
「アタシはそんな彼女が齎してくれた薬草を有効に活かしたくて、こうして薬を作るようになったんだよ。」
「へぇ…そんな話を聞くと、同じライカンスロープとしてアタイも何だか鼻が高いね。」
カタリナが誇らしげに胸を張る横で、櫻とアスティアは顔を見合わせていた。
(100年程前…アスティアがヴァンパイアとして生まれ変わった頃と同じ時期…そういう事なんだろうか。)
しかしアスティアはふるふると首を横に振る。前世の記憶は完全に無いようでまるで心当たりは無いという風だ。そしてキュッと櫻の袖を掴むと、縋るように身を寄せた。
櫻はそんなアスティアの腰に手を回し抱き寄せると、空いた手で安心させるように頬を撫でるのだった。