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自然の摂理

 早速魔獣の討伐に向かう事にした櫻達。すると父マシが案内を申し出て来た。

 (みこと)を荷車の番として残し、その(かたわ)らにはマシの家族が並び見送る。その視線を受けつつ櫻達は風の能力(ちから)で川を渡り林の中へと足を踏み入れた。


『キキッ!キッ!』

 マシが先導するように声を上げ先へ進むと、櫻達も後に続くが林の中は滝の上流へ続くのか結構な傾斜になっており、更には足元は落ち葉や枯れ枝で滑り易く、木の根も迫り出しとても歩き(にく)い。

 サクサク、パキパキと歩く度に立つ音が、徐々に近付く滝の音に掻き消されて行く。

「山菜採りに山に入った時を思い出すねぇ…。」

 周囲の木に手を付きながら足元に注意を払い傾斜を登る。(あた)りを見回せば木の根元辺りに(きのこ)のような物も見当たり、『こんな時でも無ければ山菜採りも楽しいかもしれないな』と呑気な事を考える。

 やがて滝が近くなってくると、その轟音に負けじとマシが『キー!キキー!』と大きな声で何かを訴え始めた。

《このへんでいつもやすんでるんだって~。》

 ケセランが通訳をすると、マシは山を下り始めた。

「ん?アイツ何処へ行くんだ?」

 カタリナがその行く先を目で追う。

あんない(・・・・)はしたから、もうにげるって~。》

 ケセランの声に櫻は呆れた顔を浮かべながら遠ざかって行くマシの背中を見送った。

「どうやらこの辺が問題の魔物の縄張りらしい。ここまで案内はしたから帰るってさ。」

「え~、何それ?てっきり一緒に戦ってくれるのかと思ってたのに~。」

 アスティアがプーと頬を膨らませ不満を表す。

「まぁ、獣ってのは良くも悪くも自分に素直だからね。ここまで案内してくれただけでも勇気を出してくれたんだろうし、感謝しておくべきだろう。」

「そうそう、それに下手に横から手を出されたってアタイらが戦い辛くなる可能性の方が高いんだ。避難してて貰った方が助かるさ。」

 二人の言葉にアスティアは納得したのか、ふす~と口を尖らせ頬を膨らませる息を抜いた。


 そして改めて周囲を見回してみる。近くには激しい水音を立てる滝の天辺が木々の間から見えるが、魔物らしき影は見当たらない。

「そう言えばどんな魔物なのか聞いてなかったな…。」

 櫻を先頭に周囲を警戒しつつ慎重に前進を開始すると、今までパキパキと枯れ枝が折れる感触の有った地面に『メシッ…』と鈍い踏み心地を覚え、思わず視線を下げた。

 するとどうやら踏んだのはまだ瑞々しい枝だ。見るとそれは根本から無理やり折ったかのように裂けているのが判る。

 その時、

《サクラ、うえ。》

 ケセランの声にハッと頭上を見上げると、そこには木々の間を縫うように伸びる巨大な影が有った。

「なっ!?」

 櫻の声にアスティアとカタリナも頭上を見上げると、待ち構えていた事に気付かれたと判断したのだろうソレは、獲物を逃すまいと即座に樹上から襲い掛かって来た。

「うぉっ!」

 三人は咄嗟(とっさ)に飛び退()き木々を盾にするようにして身を隠し、相手の姿を確認するように顔を覗かせた。

 そこに居たのは蛇に似た姿の獣、『バイブー』の魔物であった。その姿は魔物化してから既に日が経っているのか、胴回りの直径は櫻の身長を超える程にまで巨大化しており、長さは大木と呼んで差し支えない木に4巻きも出来る程であった。

 滝の飛沫(しぶき)を浴びて湿った鱗が、林の中に差し込む()の光を受けてテラテラと輝く。

 既に何かを飲み込んでいるのか腹部が膨らんでいるその魔獣は、それでも尚食欲旺盛なのか舌をチロチロと覗かせながら木々の間をシュルシュルと素早く渡り歩き櫻達を視界に捉えようとする。

 アスティアとカタリナは迷わず腰に下げた水筒を手に取り一気に飲み干すと戦闘態勢を取り、櫻は牽制に風の刃を放った。

 しかし魔獣はその長い身体(からだ)からは想像も付かない程に素早く身をくねらせソレを(かわ)すと、ガサガサと枯れ葉を鳴らしながら周囲をグルグルと回り始めた。

 櫻達(えもの)を逃さぬように器用に木々を利用し上下にもその身を展開し壁を作り上げる魔獣。しかしそれは櫻達にとっても都合が良く、攻撃対象が広くなった事を意味する。

「このぉ!」

 気合の声と共にアスティアが羽ばたき正面の広範囲に鎌鼬を巻き起こすと、それを(かわ)し切れず魔獣の表面に無数の傷を作り上げた。

 一瞬魔獣が怯み動きが遅くなると、その隙を逃さずカタリナが頭部目掛けて殴り掛かる。

 それを迎え撃つように魔獣が大きく口を開けると、カタリナの姿はその眼前からフッと姿を消し、その背後に構えた櫻が風の刃を放ちその口腔内を切り裂いた。

『シャァー!』

 怒りとも苦しみとも取れる声を漏らす魔獣。

 しかしその程度で戦意を喪失するようなものではない。その血に(まみ)れた口を一際大きく開いたかと思うと、牙の付け根からポタポタと紫色の液体が(したた)り出し、次の瞬間、それは気体となって勢い良く吐き出されたではないか。

「うぉ!?毒の霧か!?」

 フェイントで魔獣の顔の側面に回って居たカタリナが口を塞ぎ飛び退くと、アスティアも上空へ退避する。だが櫻はそれを正面から迎え撃ち風を巻き起こすと、地面に積もった枯れ葉諸共に全てを吹き飛ばして見せた。

「二人共!サッサと片付けるよ!」

「うんっ!」「あぁ!」

 櫻の声に頷くと、アスティアは上空から収束させた鎌鼬を放ち魔獣の身体を深く切り裂き、カタリナは手刀を構え硬い鱗を突き破り体内に自慢の爪を穿(うが)つと内部で炎を発した。

 流石の魔獣もこのダメージには悶絶し、櫻達を襲う事も忘れバタバタと身をくねらせ周囲の木々がメシメシと音を立てる。

「お嬢、見せ場は残しておいてやるよ。」

 そう言ってウィンクし魔獣から腕を引き抜いたカタリナが飛び退くと、

「ま、あたしは最近ボロボロになってばかりで()い処が無いからねぇ。」

 とその気遣いに苦笑いを浮かべながらも櫻は風の精気(マナ)を練り上げる。

 そうして手刀のように構えた腕をシュッと振り上げると、その先から『ゴゥ!』と激しい音と共に放たれた極大の風の刃が魔獣の頭部を縦に切り裂いた。

 クリーンヒットとは行かず頭部の三分の一だけがゴロリと斜面に転がるが、魔獣の活動を止めるにはそれで充分だったらしい。暫くすると暴れていた胴体もその動きは徐々に大人しくなり、やがて止まったのだった。


「ふぅ…結構『熟成』が進んだヤツだったな。本来なら手練れのパーティーでも苦戦するだろうものなのに、アタイらも随分強くなったもんだねぇ。」

 ポンと魔獣の死骸に手を添え自画自賛するカタリナ。

「まぁ特殊魔獣や魔人相手と比べると、強いとは言え普通の魔物は戦い易いってのは有るね。」

「それにボク達の息が合ってるのも有るよ。」

 空からフワリとアスティアが舞い降りそのまま正面から櫻に抱き付くと、櫻も労うように背中に手を回し髪を撫でた。

「さて、コレどうしようか?皮を剥ぐにしてもこの大きさだと骨が折れそうだ。」

 そう言いながらも一応という風にカタリナはナイフを構えつつ

「取り敢えず討伐の印として頭だけは回収したいね。お嬢、この首切り落としてくれないかい?」

 と魔獣の首元を指差して見せる。

「ん?あぁ、そうだね。」

 アスティアを離して魔獣の死骸の元まで歩み寄る櫻。その目の前に転がる巨大な頭部は断面から少ない脳がデロリと(こぼ)れ落ち、既に目にも生気は無いものの、巨大な口は櫻を一飲みに出来てしまう程で中々に迫力が有る。

 側面に回り首元に手を添えると、巨大なギロチンをイメージして腕を振り下ろし風の刃でそれを切断した。

「う~ん…この頭だけで手一杯だね。皮は勿体無いけど諦めるか。」

 ナイフを仕舞い転がった頭を担ぎ上げるカタリナに櫻も同意の頷きを返すと、先に切り落とされていた切れ端の頭部はアスティアが回収して荷車の元へと戻る事とした。


 櫻の風の能力(ちから)で空を飛び一気に(みこと)達が待つ元へと帰還した櫻達。

 その手に抱えられた魔獣の頭部を見てマシの親子は『キッキッ!キッキッ!』と小躍りしながら嬉しそうな声を出す。

「お帰りなさいませ、ご主人様。お嬢様もカタリナも無事のようで。」

 (みこと)も安堵の表情を覗かせ頭を下げ迎えた。

 そうして魔獣を討伐した事をケセランを通してマシ達に伝えると、彼等は櫻達に纏わり付き身を()り寄せた。どうやら感謝を表しているらしいのだが意外にも少々硬めの毛がチクチクとし、肌に刺さる痛痒い刺激に、櫻達は困った笑顔を浮かべるのだった。


 一頻(ひとしき)りの感謝の表現が終わるとマシ達は小さく飛び跳ねるようにして川縁(かわべり)まで行き、一度櫻達に振り向くと驚いた事に礼をするように頭を下げて見せ、そのまま川向うへと()んで行った。

「魔物は居なくなったが、また瘴気が発生する土地での生活に戻る事になるのか。」

 ポツリと櫻が呟く。

「まぁ危険と隣り合わせでは有るけど、そんな事を考えるのは『人』くらいさ。連中にとっちゃ瘴気の危険性なんて他の狂暴な獣に襲われる事と大差ないだろ。そう考えると人ってのは随分と憶病な生き物だよねぇ。」

 そう言いながらカタリナは荷車の中から大きな袋を取り出し魔獣の頭部を仕舞い込んだ。

(確かに、人は安全な土地を見つけ出し、その中では繁栄しているが、一度(ひとたび)町を出れば在るのは見渡す限りの大自然…人の手が入っている部分等無いに等しい。)

「自由と引き換えの安全…か。」

 地球(あちら)を知っているからこそ、周囲の雄大な景色を目にし、それが良い事なのか悪い事なのか、櫻には判断が付かなかった。

「ははっ、確かにそうかもしれないけどね。でも自由を取るか安全を取るか、それは誰でも選べる。そんで…ほら、自由を選んだ連中はああして町の外に出て好きな事が出来る。」

 カタリナはそう言って街道を通り過ぎる隊商に手を振って見せた。隊商の面々は危険な外の世界でも笑顔で手を振り返す。

「アタイらはちょっと切っ掛けが特殊だったけど、皆自分で選んで今の生活をしてるんだ。それを閉じ込められてるみたいに言うのは考えが後ろ向き過ぎだよ。」

 そう言って焚火の傍に腰を下ろすカタリナ。それに続いてアスティアが櫻を後ろから抱き締め座ると、櫻も自然とその膝の上に座る形になった。

「あっ…。」

 突然のカタリナの一言。

「どうしたんだい?」

「いや、そういえばお嬢の昼飯が無くなっちまったんだったと思ってさ。しまったなぁ、どうせならあの魔獣の肉を少しでも取ってくれば良かった。」

 しまったという風に頭をガリガリと掻く。

「ハハッ、そんな事か。まぁ一食くらい抜いたって()いさ。それにあの魔獣の死骸は、食糧難になったあの林の中の生き物達の当面の食糧になってくれるだろうし、あたしらが貰う分は無いだろう。」

「全くお嬢は、人類の神って割りに、他の生き物の事も面倒見るんだねぇ。」

「そこもサクラ様の()い処、だよ。」

 櫻に心酔し頬擦りをするアスティアに呆れながらも、カタリナはすっかり冷めた自分の分のリトの肉を半分毟り取り、櫻へ手渡した。

()いのかい?お前さんの腹じゃその量は足りないだろう?」

 その手に持つ肉を受け取って良い物かと、視線が肉とカタリナの顔を交互する。

「気にすんなって。一人で腹を満たしたってアタイが居心地悪いっての。それにお互いに多少足りない位の方が、晩飯の味も共有出来るってもんだ。」

「もしそれで足りなかったら後でおっぱいあげるね。」

 アスティアが耳元で小悪魔のように艶の有る声で囁く。その耳に掛かる吐息に櫻は思わずゾワゾワと身を震わせ、

「あ、あぁ。それじゃ有り難く頂くとするよ。」

 と肉を受け取り(かぶ)り付いた。

 冷めてしまっては居たものの、一仕事の後の空腹に肉の食感が食欲を刺激しペロリと平らげると、先程まで頭の中を占めていた少々後ろ向きだった思考が嘘のように吹き飛んだ。

(う~ん、腹が減ると思考がネガティブになるとは言うが…我ながら単純な頭をしてるねぇ。)

 自身の単純さに思わずハハハと乾いた笑いを(こぼ)すと、それを見ていた三人は不思議そうな顔でその様子を眺めるのだった。


 食事を終え火の始末をすると一行は荷車へ乗り込み御者席には(みこと)が座る。

「それでは出発します。」

 (みこと)が櫻達にそう告げ、手綱を振ろうとした時。

『キーッ!キキー!』

 と林の方からマシの鳴き声が聞こえ、(みこと)の手は止まり荷車の中からは三人が顔を覗かせた。

 すると視線の先、声の出処は川向うの林の中、川縁(かわべり)に生える木の上に例のマシの家族が揃って居た。

「ははっ、何だい?見送ってくれるのかい?」

 櫻が笑顔を浮かべ手を振って見せる。するとマシ達もそれが何を意味するか解るのか、揃って手を振り返してくれたのだった。

 アスティアとカタリナもそれを見て顔を見合わせるとマシ達に手を振り、互いに別れを惜しむようにして荷車は走り出した。

「へへっ、今までも色々な連中に見送られて来たけど、まさか獣にこうして別れの挨拶をされるとは思ってもみなかったね。」

 荷車の中、席に横たわり瞳を閉じ、カタリナが感慨深げに言う。

「獣か人かなんて、実際はそんな大した違いじゃないのかもしれないね。確かに意思の疎通は難しいし、襲い襲われる事も有る微妙な関係では有るけれど、それでもこの惑星(ほし)で生きてる仲間なんだと思うよ。」

(そしてそういう獣達…いや、蟲や植物も含めて様々な生物が自然に生きて行けるのも、人類が特定の場所にのみ生活圏を確立しているからと言うのが大きい。人類の繁栄を願わない訳では無いが、出来るならば今のこのバランスを続けて欲しいと思うのは、人類の神としては失格なのかねぇ?)

 櫻はそんな事をアスティアの膝の上で考える。すると、

「サクラ様、人類の神様って言うより、この星の神様みたい!」

 と、アスティアが瞳をキラキラと輝かせ感嘆の声を上げた。

「ふふ、あたしはそんな大層なモノじゃないさ。人類の神としてだって、(いま)だに何の力も無い。」

 そう言って少々自嘲気味に笑顔を浮かべる。

「いいえ、そんな事は有りません。ご主人様は、ただの『物』だった私に『人』として生きる事を与えて下さいました。少なくとも私だけは、ご主人様を人類の神であると心から信仰します。」

 手綱を握り前を向きながらも、(みこと)が穏やかな声でそう言うと

「あ~、ミコトずるい!ボクだってサクラ様が人類の神様だって信仰してるもん!」

 先を越されたとばかりにアスティアが櫻の身体(からだ)をギュッと抱き締め続く。

「ふっ、まぁそういう事だね。少なくとも三人はお嬢を人類の神だって断言するさ。誰が何と言おうとね。」

 横になっていたカタリナも、身を起こし櫻に視線を向けた。

(みこと)、アスティア、カタリナも、有り難う。その期待に応えられるように、あたしも頑張るとするよ。」

 櫻の覚悟の籠った言葉に三人も笑顔で返す。


 荷車は楽し気な声を運び北へと向かう。空気は徐々に冷たさを増し始めていた。

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