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狩人教室

 (とき)は少し戻り、櫻達と別れたカタリナは(みこと)の手を引いて町の中を歩いていた。


 (みこと)は繋いだ手に視線を落とすと、何と無しにその手に軽く力を込める。するとカタリナはその時になってやっとずっと手を繋いで歩いていた事に気付いたのか、ハッとすると慌ててその手を離した。

「あ、悪い…歩き(にく)かったか?」

「いいえ、そんな事は有りません。」

 少し残念そうな表情を浮かべる(みこと)だったが、その表情(かお)は直ぐにいつもの落ち着いたものへと変わった。

「それより、ご主人様達はどうされたのですか?何故私達と別行動を?」

 二人横並びに町並みを眺め歩きながら言葉を続ける。

「ん?あぁ…昨夜(ゆうべ)のアスティア、見ただろ?」

「はい。お嬢様がご主人様に対してあれ程声を荒げるとは思いませんでした。」

「だよなぁ。しかも自分を見捨てなかった事に対して怒るってんだから、お嬢も困っただろうに。でも、それだけアスティアにとってお嬢の存在が大きいって事なんだろうな。」

「それは私達にとっても同じではないのですか?」

「そりゃそうだけどさ。アタイは…ハンターなんてやってりゃ死ぬ危険とは隣り合わせとは言え、やっぱ死ぬのは怖いからね。あそこまでは言えないさ。」

「死…。」

 (みこと)はその言葉に視線を落とすと少し考え込む。

「ハハッ、まぁお嬢はどれだけ殺しても死なないし、アスティアも半不死、ミコトも死とは無縁そうだからピンと来ないだろ?」

「はい。私はご主人様より頂いたこの心臓が有る限り稼働し続けます。」

「…ミコト、そういう時は『生き続けます』って言いなよ。今みたいな言い方したらきっとお嬢は()い顔しないぜ?勿論(もちろん)アタイもな。」

 その声に少しばかり不快感が混じる。

「ですが…いえ、そうですね。私はご主人様に(いのち)を頂き、生きている。たとえこの身体(からだ)を構成する物質が普通の人々と違っていても、ご主人様がそう(おっしゃ)って下さったのですから、私も胸を張って『生きている人』であると言いましょう。」

「そうそう、それで()いんだよ。」

 ニカッと牙を覗かせて笑うカタリナ。するとその笑顔に(みこと)の胸が締め付けられるように苦しくなり、思わず胸に手を当てる。

「どうした?」

「いえ、心臓(ポンプ)の様子が…。?…特に問題は無いようですね。」

 首を(かし)げる(みこと)の様子に、カタリナも釣られて首を(かし)げた。

「…まぁちょっと話が逸れたね。アスティアはさ、結構お嬢に甘えてる処が目に付くけど、あれで案外溜め込んでる部分も多いんだろ。特に血の力が無きゃ戦う事が出来ないのは、もどかしいのかもね。」

「ですが元々お嬢様は戦う為にご主人様に同行した訳では無いと聞いています。戦いは私達に任せて下されば良いのに。」

「まぁそうなんだけどさ。それじゃお嬢の役に立ちたいアスティア本人の気持ちが納得行かないんだろう。そこに来て今回の件だ。アスティアは…こういう言い方は酷だけど、お嬢の足を引っ張った。少なくともアスティアはそう思ってる。」

「ですがそれを言うなら同じく捕らわれた貴女(あなた)もですよね?」

 冷静な表情を崩す事無くズバリと事実を口にする(みこと)に、カタリナは苦笑いを浮かべ頭を掻いた。

「まぁね。でもそれならアタイからも一言言わせて貰うけど、何故アタイの糸を先に切ったんだい?普通に考えればか弱いアスティアの方を優先して救助するべきだったと思うけどね。」

 そう言われて(みこと)はハッとした。

「…確かに、何故私はあの時貴女(あなた)を優先してしまったのでしょう…解らない。」

 思い悩む(みこと)の姿に少々意地悪い事を言ったとカタリナも申し訳ない表情(かお)を浮かべた。そしてポンと(みこと)の頭へ手を置く。

「ま、今更こんな事言ったってどうしようもないか。結果として全員無事だったんだからそれで良しだ。」

 ワシャワシャと(みこと)の頭を撫でるようにし、言葉を続ける。

「それでまぁ、お嬢としてもアスティアの心のケアが必要だと思ったんだろ。二人きりになれば気兼ね無くアレやコレや色々出来るだろうしね。」

 何を想像しているのか、カタリナの鼻の下がだらしなく伸びる(さま)に、(みこと)は呆れたような視線を向けた。

「…意外ですね。貴女(あなた)はそういうものを見る事が出来ない事を悔やむ性質(たち)と思っていましたが。」

「そりゃ残念さ。でもね、あの二人が辛い顔をしてるのは見たくない。女の子はやっぱり笑顔で居てくれなきゃ見てたって楽しくないからね。」

「…そうですね。私もお二人の笑顔が好きです。理解しました。」

 そう言って(みこと)はフッと微笑みを浮かべた。

「アンタも、そうやって笑ってる方が可愛いよ。」

 そんな(みこと)に微笑みかけるカタリナ。すると再び(みこと)の胸が締め付けられる。

「…?」

 不思議に思い再び胸に手を当てる(みこと)。だがやはり心臓には何の異常も見受けられる事は無かったのだった。


 様々な商店を巡り旅支度の買い物を進める。

「水筒にテントの補修材に保存食、油に…打ち金と火打石は少し多めに買って置くか。お、この外套(がいとう)、お嬢とアスティアに似合いそうだなぁ。」

 ウキウキと金使いの荒いカタリナの様子を呆れた目で見つめる(みこと)。すると狩猟道具や武具を取り扱う店が目に留まった。

「カタリナ、貴女(あなた)は度々傷を負うのですから、せめて肩や腕を護る防具を身に付けては如何(いかが)ですか?」

 その店の入り口で商品の革鎧等を手に取って見てみる。

「ん~?いや、アタイはこの戦闘服が有れば充分だからなぁ。変態した時に身体(からだ)に合う物じゃなきゃただの拘束着になっちまうよ。」

 肩に掛かるケープを摘まみ上げて見せる。

「そうですか…。」

 そう呟き店内の武器や防具を眺めていると、その店の奥に見覚えの有る姿が目に付いた。

「ロイマンさん?」

 人影は背後からかけられた声に振り向き、二人の姿に目を向ける。

「ん…?あぁ、ミコト…に、カタリナか。サクラとアスティアは一緒じゃないのか?」

「はい、お二人は別行動をされております。」

 (みこと)が軽く会釈すると、ロイマンも釣られて頭を下げた。

「何やってんだい?そんな沢山の矢を抱えて。」

 カタリナがそう言うように、ロイマンの腕には大量の矢筒、その中には無数の矢が収まっている。

「あぁ。折角纏まった(かね)が手に入ったんでな。若者向けに狩人の教室でも開こうかと思って、練習用の矢を買いに来た処だったんだ。」

「へぇ、そりゃ()いね。でもアンタ、不愛想で口下手っぽいから、ちゃんと教えられるか心配だねぇ?」

「うっ…それは自覚はしている…努力はしてみるつもりだ。」

 痛い所を突かれたと顔を引き()らせるロイマンにカタリナが笑う。

「アハハッ、冗談だって。()い事じゃないか、新しい目標が出来てさ。それで生徒は集まりそうなのかい?」

「いや、まだギルドの総合掲示板に教室の開催を知らせる紙を張り出して貰ったばかりで、どうなるかは判らない。」

「まぁそりゃそうか…全く、悪い噂ってのはアッと言う間に広まるもんなのにね。」

 ふぅと鼻で溜め息を()く。

「…町の人達を悪く思わないでくれ。(もと)(ただ)せば俺達兄妹がこの町の人達に植え付けた恐怖が原因だ、謝って許される事では無いが、この通りだ。」

 ロイマンはカタリナの前で深々と頭を下げると、全く上げる気配も無いままに固まる。そんな様子にカタリナは呆れたように頭を掻きハァ~と溜め息を漏らした。

「あのさ、そうやって全部自分一人で背負(しょ)い込むから駄目なんだよ。(もと)(ただ)せばって言うなら、それこそあの魔法使いのせいだろ。森で獲物が獲れなくなってたのだって、アイツが乱獲してたからじゃないのかい?」

「それは…そうなんだろう。だが…。」

「あ~もう、重いんだよアンタは!前を向きな、前を!今はそんな事より教室の事を考えるんだよ。」

 言葉を遮られたロイマンはカタリナの声に驚いたように顔を上げた。

「あ…あぁ。」

「それで?もし生徒が来たとして、どうやって教えるかとか考えてあるのかい?」

「い、いや、それもまだだ…。」

「おいおい、行き当たりばったり過ぎるだろ…。」

「す、スマン。思い立ったら行動せずには居られなかったものでな。」

 恥ずかしく頭を掻くロイマン。

(ま、忙しくしてないと余計な事を考えちまうもんな…。)

 そんな彼の様子をカタリナは温かな目で見つめた。するとそこに(みこと)が口を(はさ)む。

「でしたら最初の生徒として、私に弓矢の扱いを教えて頂けませんか?」

「「えっ?」」

 カタリナとロイマンの声が綺麗に重なった。

「おいミコト、突然何を?」

「俺は構わないが…あれだけの戦闘力が有りながら今更俺に教わる事が有るとも思えんぞ。」

 驚いたように見る二人に、(みこと)は小さく首を横に振って見せる。

「私達にはご主人様とお嬢様の援護が有るとは言え基本的に前衛しか居ません。今回のように接近が困難な相手に対して遠方からの攻撃手段は会得しておいた方が良いと思います。ロイマンさんの弓の援護が無ければあの魔人に隙を作る事が出来なかった、それが良い証拠です。」

「…それは確かにそうだね。そしてアタイらの中でそれが適任なのは確かにミコトだ。成程(なるほど)、そういう事ならアタイからも頼むよ。ロイマン、ミコトに弓を教えてやってくれないか?」

 うんと頷き、カタリナもロイマンに視線を向けた。

「解った…そういう事なら教える事はやぶさかではない。だが、お前達は明日には旅立つのだろう?今から教えても付け焼刃になるだけではないか?」

「へへっ、この()の物覚えの良さを甘く見ちゃいけないよ。多少欠点は有るけど、知識の吸収の早さはアタイらの中で一番だ。」

 そう言うとカタリナは(みこと)の肩へ腕を回し、グイッと引き寄せた。身体(からだ)が密着し肩に飽満な胸の感触が伝わり、息がかかる程に顔が急接近すると、(みこと)の頬が微かに赤みを帯びる。

 しかしそんな事には気付かないカタリナとロイマン。

「解った。それではこれから早速俺の家に行こう。と、その荷物は一旦置いて来た方が()いか?」

 既に両手を塞ぐ程の荷物を足元に置くカタリナの様子に目を向ける。

「いや、この程度の量ならアタイが持ってて問題無いよ。戻る時間も惜しいし、どうせアタイは見てるだけだからね。ほらミコト、行こうか。」

「は、はい。」

 カタリナの声にハッとし慌てて返事をすると、会計を済ませ店を出るロイマンに二人も続いた。


 こうして再びロイマン宅へと訪れたカタリナと(みこと)

「ふふ、まさかまたここに来るとはね。それで、教室は大体どんな風にするか、せめてイメージ位は有るんだろ?」

 感慨深く建物の外観を見回しながらカタリナが言う。

「あぁ。ここの空いている土地を使って…こう…。」

 そう言うとロイマンは作業小屋から大小様々な丸太を持ち出し、横の空いている土地の森側へ立て始めた。

成程(なるほど)、でもこれじゃイマイチだね。どうせなら獣の形を模したり、狙うべき場所に(しるし)を描いてみたらどうだい?」

「そうか…確かに。今直ぐには無理だが、暇を見て加工してみるとするか。」

 カタリナとロイマンが訓練場の構築案に盛り上がる様子を、(みこと)手持無沙汰(てもちぶさた)に眺める。そして二人の楽し気な様子にモヤモヤとすると、無意識に(こぶし)を握り締めていた事に気付きハッとする。

(私は…どうしたのでしょう?何かおかしい。)

 強く握った(こぶし)を開き、ジッと(てのひら)を見つめた。すると

「よし、まぁこんなモンだろ。」

 カタリナの声と、パンパンと手を叩く音でハッと顔を上げる。

 見ると、丸太に申し訳程度に手足のつもりなのか飛び出た棒の付いた(まと)が数本。満足気なカタリナがソレをぽんぽんと軽く叩くと、ポロリと腕と思しき一本が落ちた。

「ありゃ…?ハハッ、まぁ細かい事はいっか!」

「ふふ、そうだな。改良は後々するとして、今はミコトに教える事を優先しよう。」

 ロイマンはそう言って一旦作業小屋へ入って行くと、(みこと)の上半身程のサイズの練習用の弓と矢筒を2セット取り出して来た。

()ず基本的に矢筒は腰の後ろか背中に掛けるんだ。俺は主に腰だが、これは使いやすい方を自分で選べ。」

 そう言いながら矢筒を装着させる。

「あのさぁ、人に教えるならその不愛想な喋り方は何とかした方が()いよ?」

 苦笑いを浮かべカタリナが指摘すると、ロイマンも苦笑(くしょう)する。

 そうして始まったロイマンの狩人教室。様々な状況に応じた弓の構え方から力を入れるポイント、そして狙い方を教わる。

「お前達は『敵』と『戦う』為に(コレ)を使うのだろうから、余り参考にはならないかもしれんが、俺達狩人は『獲物』を『狩る』時には()ず機会を(うかが)う。気配を消し、ジッと獲物の隙を待つんだ。そして確実に射ち込める機会が来た時に、冷静に呼吸を静かに射る。」

 そう言って手本として放った矢は、ストンと気持ち良い音を立てて(まと)の丸太へと突き刺さった。

「流石、魔人を相手にも冷静に()っただけあるねぇ。」

 その綺麗な射姿にカタリナも思わず口笛を鳴らす。

「ふ、あの時の俺が冷静だったかは判らんがな…ただ、妙に心が冷めていたとは今になって思う。」

 自らを嘲笑するように口の端を釣り上げるロイマン。

「まぁ冷静さだったらウチのミコトも負けてないけどね。なぁミコト?」

「え?えぇ…どうなのでしょう?」

 珍しく困ったような表情を浮かべ首を(かし)げると、(みこと)も弓を構え矢を引き絞る。そうして放たれた矢は…(まと)を外れその後ろに在る壁板へと突き刺さった。

「…。」

 言葉無くその矢を見つめる(みこと)

「まぁ、最初の一矢(いっし)から上手く射る事など出来る訳も無い。こういうのは正しい練習を身体(からだ)が無意識に動くようになるまで繰り返し続ける事が大事だ。…だから今日少し(かじ)った程度では知識にしかならんのだ。」

 その言葉を耳に入れつつも(みこと)は再び矢を(つが)(まと)目掛けて射る。すると今度は先程とは逆方向に逸れ(まと)を外した。

「流石にミコトでもそう簡単には行かないか。」

 カタリナが外れた矢に目を向け呟く。

「…ミコト、お前の構えには雑念(ざつねん)が有る。心を()ませ。(まと)を射る事だけに集中しろ。」

雑念(ざつねん)?ミコトが?」

 ロイマンの指摘にカタリナは驚いたように振り向いた。

 そんな様子に(みこと)は少し拗ねたようにジッとカタリナを見ると、フゥと呆れ気味の()め息を漏らして瞼を閉じた。そしてほんの僅かな時間の後に瞼を開くと、その内に在る瞳は澄んだ水の如く迷いの無い光を滲ませ、冷静な視線が(まと)へと向けられた。

(ほう、あの一瞬で気持ちの切り替えが出来るのか…流石は神の使徒…と言う処なのか。)

 その変化に気付いたロイマンは驚きと共にホゥと感心の息を漏らす。

 次に矢を(つが)えた時には先程までとは明らかに違い構えに迷いが無く、凛とした立ち姿から放たれた矢はストンと言う軽快な音と共に、見事に(まと)の丸太の正中線ど真ん中へと突き刺さった。

『ヒュィ~ゥ』

 思わずカタリナの口から無意識に口笛の音が漏れる。

「うん、()いぞ。その感覚を忘れるな。本来ならそれを基礎として何度も繰り返させたい処だが、お前達は時間が無い。幸いミコトの物覚えの早さは想像以上だ、状況に合わせた構え等をどんどん教えて行くが、構わないな?」

「はい。宜しくお願いします。」

 こうして、狭い場所や樹上、物陰等の様々なシチュエーションでの構え方から、動きながら射る練習、更にはカタリナの協力を得て逆さ吊り状態での射撃までを足早に(こな)し、それらを身に付けた頃には既に夕陽が沈みかけていた。


「ここまで、だな。本当なら夜の森のような闇の中での狩りも教えたい処だが、それは全て今日教えた事の延長線上に有る事だ。お前ならいずれ自分で辿り着けるだろう。精進(しょうじん)する事だ。」

「はい。有り難う御座いました。」

 満足気なロイマンに向け(みこと)が深々と頭を下げると、その横にカタリナも寄り添う。

「な?コイツ凄いだろ。」

 (みこと)の肩に腕を回し、自慢気にギザギザとした歯を見せて笑顔を浮かべ指差して見せるカタリナ。

「あぁ。まさかここまで教えた事を素早く吸収出来るとは、感心を通り越して驚愕(きょうがく)と言える。長年狩人として腕を磨いて来たのが馬鹿らしくなる程だ。」

 そう言うロイマンだが、その表情はとても満足気で明るい。

「いいえ、ロイマンさんの教え方が上手(うま)かったのです。それは貴方(あなた)(つちか)って来た経験から来るものです。これから来る生徒さん達にも、その技術を伝えて行って下さい。」

「そうだな。思いがけず教室の練習にもなったし、その課題も見つかった。まぁお前程優秀な生徒はそうそう来ないだろうが、根気よく教えるとしよう。」

 そう言うロイマンの表情(かお)には、新たな目標が出来た事への希望が溢れていた。

「それで、授業料は幾らになるのでしょうか?」

 (みこと)が不意に現実的な話を切り出す。

「あ、そうか。教室で教えて貰ったんだもんな。そりゃ払わなきゃ駄目か。」

 カタリナもその言葉に気付き(ふところ)へ手を入れると財布を取り出す。だがロイマンは(てのひら)を正面に突き出し首を横に振って見せた。

「いや、お前達から(かね)は取れない。アシュロンの件では世話になったし、この教室の練習にもなってくれた。感謝したいのは此方(こちら)の方だ。」

「ですが…。」

「気にするな。それより、子供二人が待ってるんじゃないのか?そろそろ戻ってやれ。」

 ふっと微笑みを浮かべたロイマンは、そう言うと道具を回収し背中を向けたまま軽く手を振ると家の中へと入って行ってしまった。

 二人は顔を見合わせるとどちらとも無く微笑み、一度ロイマン宅に目を向けると背を向け歩き出した。


 黄昏時(たそがれどき)、道行く人々の顔も良く見えない中で、隣を歩くカタリナの顔を見上げる(みこと)

「何故そんなにニコニコとしているのですか?」

 不意に掛けられた言葉にカタリナは目を丸くして自らの顔に手を当てる。

「ん?そんなにニヤついてたかい?」

「はい。先程から妙に楽しそうに。」

「ん~…それは多分、『楽しい』じゃなくて『嬉しい』だろうね。」

「嬉しい…?何か良い事でも有ったのですか?」

 カタリナの言葉に思い当たる節の無い(みこと)は、不思議に思い首を(かし)げた。

「ロイマンがアンタの事を認めてただろ?それが、ね。」

「…何故私が認められると貴女(あなた)が嬉しいのですか?」

「何で…って、そりゃぁ、相棒を褒められたら自分だって嬉しくなるもんさ。」

 ニカリと牙を覗かせ笑うカタリナの笑顔が夕陽に映える。その姿に(みこと)は足を止めると、何も考えられず見惚れてしまった。

「…っ、相棒…私が、ですか?」

 思わず、聞こえた言葉を確かめるように聞き返す。

「ん?違うのかい?アタイはアンタの事、最高の相棒だと思ってるんだけど…アタイの独り善がりだったか?」

 カタリナも足を止めると振り返り、バツが悪そうに頭を掻く。そんなカタリナに(みこと)はフッと笑顔を向け、

「いいえ、貴女(あなた)は私にとっても最高の相棒です。」

 そう言うとカタリナの元へ早足(はやあし)で駆け寄り、腕が触れるかどうかの距離に並んだ。

「さぁ、ご主人様達がもう宿へ戻っているかもしれません。私達も早く戻りましょう。」

「そうだね。随分遅くなったし、お嬢も腹を()かせてるかもしれないもんな。」

「それはいけません。のんびり歩いている場合ではありませんよ。」

 ハッとし、パタパタと小走りに駆けだす(みこと)。そんな姿にカタリナは

(一言余計だったかな…。)

 と少しばかり後悔に似た苦笑いを浮かべながら後に続くのだった。

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