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作戦会議

 ロイマンは一息入れる為に目の前に在ったコップに手を伸ばし、ゴクリと喉を鳴らし水を飲んだ。

 しかしその間、櫻達は誰も言葉を発する(どころ)か物音を立てる事すら出来ず、ただ屋根を打つ雨音だけが重い空気の中に響いていた。

 コトリとコップを置く音を合図にロイマンは話を続けた。しかしそこから先はギルドの番兵から聞いた話とほぼ同じ内容であり、結局シーラが何故そのような事になったのかは分からなかった。


「…成程(なるほど)。目撃者達が魔人か魔獣か判らないような事を言っていたのはその為か。」

 櫻も目の前に在るコップに手を伸ばし、妙に乾いた喉に水を流し込んだ。

「それで?間怠(まだる)っこしいのは好きじゃないんだ、あたし達に声を掛けた理由を聞かせて貰っても良いかい?」

「…あぁ。」

 そうして話し始めたロイマンは、櫻達に声を掛けるまでの経緯を語った。

 始めは町に向かうアシュロンを目にした事が切っ掛けだった。シーラの件は余りに不自然過ぎた。あの場に都合良く現れたアシュロンが何か関わっているのではないかと疑いを持っていたロイマンは、あの事件以来機会が有ればアシュロンの動向を探っていたと言う。だがとある理由から森の中では姿を見失ってしまう為、町の周辺へ姿を現した時だけがそのチャンスだったのである。

 するとアシュロンは町に入って来た一つの荷車に目を止め、その様子を探るように行動を始めた。自身が探られている立場とも知らずに。

「そしてギルドから出て来たお前達に声を掛け、例の悶着(もんちゃく)が有った訳だ。」

「あたしらが町に入った時から目を付けられていたのか。その話を聞くにたまたま偶然という感じのようだが、嫌なタイミングもあったもんだ。」

 やれやれと首を振る櫻に一瞬目を向けると、ロイマンは少し後ろ暗いのか顔を伏せて言葉を続ける。

「お前達と奴のやり取りを見て俺は…お前達の動向を探ろうと思った。もしお前達の中からシーラのように魔物になってしまう者が現れたら、あの男…アシュロンの言う事が真実だと認めてしまいそうだったからだ。」

 それからギルドの番兵とのやり取り、町の中での行動を追い、そして荷車の中での会話を盗み聞いた。

「お前達の言っている事に多少疑わしい部分は有った。しかしそんな事は問題じゃない。お前達はアシュロンを怪しいと睨み、調べようと考えた。俺はそこに…(すが)ったんだ。」

 悔し気に奥歯を噛み締める。

「どういう事だい?」

「…奴の研究所が在るという森の奥に俺は何度も踏み入ろうとした。だが森の奥深くに行くと深い霧が常に覆っていて、その中に入り込むとまるで方向感覚が無くなったかのように迷い、気付くと元の場所に出てしまうんだ。」

「それは、自然現象なのかい?」

「判らない。だが奴は魔法使いだ、何が出来ても不思議じゃない。研究所を隠す為にあの不自然な霧を起こしているのではないかと睨んでいる。」

「その根拠は?」

「…()ず俺は木に目印を付けてみた。目立つ赤い布を釘で打ち付けたんだ。しかし気付くとそれは無くなっていた。次に霧の中に入る前から木と木を紐で繋ぎながら前進した。ところがその紐も霧の中に隠れ視界から消えると、いつの間にか切れて見当たらなくなっていたんだ。あれが自然であるものか。」

 ロイマンは苦々しく吐き捨てた。

「そこまで疑うのなら、町の連中に協力を仰ぐなりギルドに依頼を出すなりして確かめてみれば良かったんじゃないのか?」

「それは無理だ。この町の連中は魔法使いには手を出さない。ましてや今や町の恩人だからな。だから行きずりのお前達に協力して貰いたいんだ、奴の正体を暴く為の。」

 バンッと両手をテーブルに着くと、ロイマンは額を擦り付けるかのように頭を下げた。

 その様子に『ふぅ』と小さな溜め息を漏らす櫻。

「どうしてこの町の連中は魔法使いに手を出さないんだい?」

「あぁ、そう言えば聞いた事が有るな。この町の西側には大きな湖が在るんだけどさ、それは昔魔法使いが造ったものなんだって。」

 疑問を口にする櫻に答えたのはカタリナであった。

「へぇ?何でまたそんなもんを?」

「なんでもその昔、この地域が干ばつに見舞われて町の人々が困っていた時にその魔法使いが現れて、一晩で町の西に巨大な湖を造り上げたらしい。それで干上がった畑も生き返り湖では魚も獲れるようになって、この町は豊かになった…って話だ。」

「そりゃぁまた何とも…まるで御伽噺(おとぎばなし)みたいだね。成程(なるほど)、それで魔法使いはこの町にとって恩の有る存在として不可侵を貫いているのか。」

 うんうんと頷く櫻。だがそんな櫻にロイマンはギロリと視線を向けた。

「だが奴はその魔法使いでは無い!奴に恩を感じる必要等無い筈だ!なのに町の連中は…。」

「それを責めるのは筋違いだろ?疑念こそ持ってる奴は居るだろうが、恨みを持ってるのはアンタだけだ。しかもそれが逆恨みでない保証も無いと来たら普通は手を貸そうとは思えないさ。」

 (いきどお)るロイマンにカタリナが冷静な声で(なだ)める。その言葉にロイマンはググッと眉間に皺を寄せ奥歯を噛み締めたかと思うと、大きく息を吐き冷静さを取り戻した。

「…済まない。確かにお前の言う通りだ。それは解っているつもりなんだ…。」

 自分が冷静さを欠いている事を理解してか、ロイマンは肩を落とす。

「なぁ、その『お前』ってのは何だし、あたしらも自己紹介をしてないよね。一息入れるついでにしちまおうじゃないか。あたしは(さくら)だ。」

「ボクはアスティアって言います。」

「アタイはカタリナだ。」

「私は(ミコト)です。」

「…あぁ、そういえばそうだったな…俺はロイマンだ。ふふっ、もう知ってたか。」

 沈み込んだ自らの気持ちを少しでも立ち直らせようと無理に笑顔を作る。痛々しいその微笑みを櫻は真っ直ぐに受け止めた。

「ま、話は理解した。あたしらとしても手が多い方が何かと助かるし、ここは協力してあの魔法使いの正体を探ってみようじゃないか。」

「おぉ…!恩に着る!」

 再びテーブルにぶつかる程に頭を下げるロイマンに、櫻達は顔を見合わせ苦笑いを浮かべるのだった。


「それで?あたしみたいな小娘が居る事を知って尚手助けを求めるってのは、何か考えが有るのかい?」

「…?いや、サクラと言ったか、率直に言えばお前には戦力としては何も期待していない。その隣の…アスティアと言ったかな?お前もだ。」

 本当に無遠慮に言葉にされ、アスティアは少し頬を膨らませた。

「だが役割を持って貰いたいとは思っている。」

「役割?」

「あぁ。あの霧の中に入ると方向感覚がおかしくなる。だから正しいと思う方向へ歩いてもいつの間にか元の場所へ戻ってしまうというのはさっきも言った通りだ。だが逆に、進もうと思った方向に進ませないようにすればどうだろう?二人一組で身体(からだ)を紐で繋いで、先頭を歩く者が進もうとする道に対して違う方向へ導く者が居れば奥へ進む事が出来るんじゃないか…そう考えている。」

成程(なるほど)、先頭はあくまで自分が正しいと思う方向へ。そして後に続く者はそれを否定する役割か。確かにそれならあたしでも出来そうだ。」

 頷く櫻。だが、

「いや、お前はここで留守番で()い。二人一組となれば一人余る。話を持ち掛けた俺が言える事では無いが、お前のような子供が危険に飛び込む必要は無い。」

 と(てのひら)を突き出した。

「カタリナ、その服、お前は魔物ハンターだな?お前が先頭でアスティアを連れて行け。護ってやるんだ。俺はミコトと言ったか、お前と組む事にする。」

 ロイマンの発案に皆が櫻に視線を向けると、

「仕方ないね…。」

 と呟き、櫻は小さく溜め息を()き頷いて見せた。


 その夜、櫻達は一つの部屋を借り、そこで寝る事となった。その部屋はシーラの私室だった場所だ。ベッドは一つしかなかったものの、子供達を床で寝かせるのは忍びないとロイマンが(あて)がってくれたのだ。

 カタリナと(みこと)にはロイマンのベッドを貸そうかとも言われたのだが、カタリナが『そんな男臭いベッドは御免だよ』とキッパリ断わりシーラの部屋の床で寝る事を選んだのだった。

「さて、折角ベッドを貸してくれたのは有り難いが…。」

 部屋の中を見回すと、そこはまるで今もまだ部屋主が生活をしているかのように物が置かれ、テーブルの上には手鏡と櫛、綺麗に積まれた皮紙(ひし)の横にはペンと、インクの入った金属の壺、そしてお(こう)の残り香が未だ微かに残る(うつわ)が残されている。

(きっと妹さんを失ってからずっと、片付ける事が出来ないんだろうね…。)

 そう思うとベッドを使う事も躊躇(ためら)われた。

「アスティア、済まないがあたし達も床で寝る事にしよう。」

「え?うん、()いけど。」

「ふふ、有り難う。」

 深く理由を聞く事も無く同意してくれるアスティアの頭を撫でると、ゴロリと床へ横になり部屋の天井を見る。

(せめて気持ちの整理が付くまでは…この部屋に残った匂いを大事にしてやろう…。)

 そんな事を考えているとアスティアも櫻の隣に横になり、いつものように腕を絡める。

「まぁお嬢達がそれで()いなら止めはしないけどさ。硬い床で寝るのは野宿より休まらないぜ?せめて枕が有れば良いんだけど、生憎(あいにく)荷物は全部荷車の中だしなぁ。」

「それでしたらご主人様にはこれを。」

 カタリナの言葉に(みこと)は不意に櫻の首裏に腕を回し軽く持ち上げると、何処からか取り出した物を櫻の頭の下へと差し込んだ。

「ん?何だいこれは?」

 それは頭から背中に掛けてなだらかに支える枕のような物で、ぐにゃりとした独特の感触を持っていた。

「はい、以前ご主人様がお作りになった敷物を参考に考えていたものでして、試しに作ってみました。」

(んん…?何だろう?水枕?いやウォーターベッドを思い起こすような…。)

 頭と身体(からだ)の形に自然にフィットするように形を変えるソレに、櫻は頭を左右に動かしながら考える。

(強いて言えば薄い皮膜の中に玩具(おもちゃ)のスライムを満たしたような…そんな感じだねぇ。だがヒヤリとせずに適度な温かみが有って包み込まれるようだ。)

「おぉ、こりゃ()いねぇ。一体何処から持ってきたんだい?」

「はい、ここから。」

 そう言って(みこと)は床に横座りの姿勢のまま、(おもむろ)にスカートを(まく)り上げた。すると左足の膝から先が無いではないか。

「な…成程(なるほど)…。」

 自然物とは思えなかった未知の感触も、それならばと納得する。

「え~、()いなぁ。ボクも使いたい!」

「はい、でしたらお嬢様にはこちら側を。」

 そう言って今度は右足の膝から先を取り外し形を変える。その様子を見ていると見る見る若草色のゲル状の枕が出来上がった。

(ところ)で何でその色なんだい?」

 不思議に思い聞いてみる。

「いえ、何となくですが…ご主人様が草を詰めていたので、その色が意識に在ったのだと思われます。お気に召さないのであれば今からでも変化させますが、如何致しますか?」

「あぁ、いや。ただ疑問に思ったから聞いてみただけで他意は無いんだ。そのままで()いよ。」

(一応理由は有ったのか。しかし色がアレだとますますスライムだねぇ。)

 櫻は元の世界で見た事の有る、小さなポリバケツ(よう)の容器に入った玩具のそれを思い出し懐かしい気持ちになるのだった。

「わ~い、ミコト、ありがとう!」

「ふふ、どういたしまして。」

 アスティアは枕(?)を受け取り再び櫻の横に寝転がるとその感触を確かめるように身体(からだ)を揺する。その様子を見ていたカタリナが

「なぁなぁ、アタイには?」

 とソワソワして聞くと

「済みません、これ以上は目立つ部分を外す事になってしまうので出来れば避けたい(ところ)なので。…カタリナには私が膝枕をしてあけましょうか?」

 クスリと妖艶な笑みを浮かべる(みこと)に思わずカタリナの心臓が跳ね上がる。

「い、いや。それなら別にいいや。ほらお嬢。もう寝ようぜ。」

 慌てるように横になり櫻達に背を向けるカタリナ。その頬は薄っすらと赤く染まっていた。

 そんな様子を微笑み見守り、櫻も瞳を閉じる。ランプを消し静寂の闇に包まれた部屋の中、屋根を打つ雨の音だけが時の流れを告げていた。


 翌朝。雨はすっかり上がり元気な小鳥達の声が聞こえて来た。

 櫻がパチリと目を開けると、そこには眠る子供を見守る夫婦のようにその寝顔を覗き込んでいたカタリナと(みこと)の姿が。

「…カタリナは兎も角として、何で(みこと)まで…?」

 外から差し込む光に目を細めながら櫻が問う。

「おはようございます、ご主人様。はい、両足を外している為に余り動く事が出来ずこの場に居りましたので、折角なのでお近くで見守らせて頂きました。」

 そう言ってニコリと微笑む。

「あぁ、成程(なるほど)ね。さてそういう事なら…ほら、アスティア。もう朝だよ。」

 身体を横に向けアスティアに声を掛け揺り起こす。アスティアの頬の下に敷かれた枕がタプタプと波打ち、その柔らかさが見て取れる。

「あ…サクラ様、おはよう…。」

「あぁ、おはよう。ほら、起きて(みこと)に足を返そう。そしたら朝ご飯だよ。」

「ふぁ~ぃ…。」

 身を起こしたアスティアが櫻に抱かれ朝食を摂る。櫻はその肩越しに(みこと)が枕を回収しスカートの中へと仕舞う様子を眺めていると、その中から見る見るスラリと美しい足が伸び、いつもの(みこと)の姿になった。

 そうしてアスティアの食事が終わった丁度その時、部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。

「俺だ。もう起きているか?」

 ロイマンの声だ。

「あぁ。(みんな)起きてるよ。」

 カタリナが返事をすると

「判った。今から朝食を用意するから昨日の部屋へ来ていてくれ。」

 という端的な言葉を残し、微かな足音が部屋の前から遠ざかって行った。

 その余りに素っ気無い態度に櫻達は顔を見合わせると呆れたように肩を(すく)め、部屋を出るのだった。


 昨夜の事を踏まえてか、朝食は櫻とカタリナ、そしてロイマンの三人分だけが用意された。そしてその内容は、軽い塩味のするマッシュポテトのような物と野菜を煮込んだ薄味のスープであった。

「…随分質素だね?今日は森に入るんだろう?これで足りるのか?」

 思わず櫻が素直な感想を漏らすと

「あぁ。狩りの前の食い過ぎは良くない。強い匂いが付くのもな。だから朝はいつもこんな物だ。…育ち盛りの子供には物足りないかもしれないが我慢してくれ。」

 そう言ってロイマンは黙々と食事を口に運ぶ。

(いや、あたしは別に構わないんだが、カタリナの腹が満たされるかどうかなんだよねぇ。)

 チラリと横目にカタリナの様子を(うかが)うと、案の定既に皿の上は空になり、物足りなさ気に櫻の分の皿の上に視線を向けていた。

 ハハッと乾いた笑いを浮かべ、櫻が微かに口を動かす。するとカタリナの耳に掛かる髪がサワサワと風に揺れた。

『厚意で食事を頂いてるんだ。我が儘は言わないでおくれよ?』

 耳に直接届くその声にくすぐったく肩を縮めると、カタリナは考えが見透かされていた事に少し恥ずかしいのか、櫻に目配せをして頭を掻いて見せた。


 こうして食事を終えるといよいよ森の中へと出発する事となった。

 ロイマンは中型の木製の物と、大型の金属製の物、2つの弓を肩に斜め掛けにし、腰には短剣と、矢筒が3つも括られているという物々しい装備。

(こりゃぁ…調べに行くってだけじゃ済ます気の無さそうな装備だねぇ…。)

 櫻は小さく溜め息を漏らし、(みこと)に視線を向ける。

(みこと)、もし上手(うま)く魔法使いを見つけたとしても、相手が敵対行動を取らない限りは手を出さないようにロイマンをしっかり見張ってておくれよ。』

 (みこと)の耳に『風の声』が届くと、(みこと)は小さく頷いて見せた。

「それでは行って来る。サクラ、家で大人しくしているんだぞ。」

 ロイマンの言葉を合図に皆が森へと入って行った。櫻はその背中に手を振り見送ると作業小屋へと足を運び、ホーンスの手綱を持って食事へと連れ出すのだった。

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