カムンキキ
古代の森の街道を進み、更に一晩の野宿を経て櫻達一行はその森の中に唯一在るという町、『カムンキキ』へと到着した。
カムンキキは古代の森に在る唯一の町というだけでは無く中央大陸を縦に貫く『中央街道』の上に在る町の為、多くの旅商人やハンターを始めとする旅人が利用する中継地点であった。
流石に人以外にも様々な生物が生息する古代の森の中に在っては当然と言うべきか、白い巨木を繋ぐように木製の防壁を建てて囲われた町の中へは街道を通る以外には入る術は無いようで、入り口もきちんと自警団と思しき番兵が守っている。
そこは様々な人種が入り混じり賑わいを見せており、人間よりもエルフやライカンスロープ、更には鳥人族までがその数で勝っているように見える。
「ほ~…これは何とも凄い町だねぇ…。」
櫻がいつものポジションで町の中を物珍しく見回すと、アスティアも釣られて首を動かし周囲にキョロキョロと目を向けた。
その町の光景は、古代の森の白い木々を利用し内部を生活空間として作り変え、本当に都会のビル群かのように活用されていたのだった。しっかりと窓も嵌められ、その位置から遥か上部まで沢山の人々がその中で生活している様子が見て取れる。
白い巨木の間のスペースは人の手によって開拓され、生活し易いように地面を均され石畳で補強されており、沢山の人々が行き交っていた。
《おーい、植物の神。人類担当のあたしが言う事じゃないかもしれんが、人がお前さんの枝の中を好き勝手に弄って住処にしてしまっているのは良いのかい?》
《ふぉっふぉ、気にする必要は無いよ。私はそんなにヤワでは無いし、別に『人』だけが特別な訳では無い、虫も獣も等しく私達植物を住処にする者達は居る。まぁ『人』は少々やる事の規模が大きいとは思うけれどね。》
植物の神は少々皮肉交じりにそう言うが、その声に怒りや悲しみは無く、それ処かこの森の中に生きる生物としてこの町の在り様を受け入れているようであった。
《そうかい?お前さんにそう言って貰えるとあたしとしても助かるよ。ありがとう。》
《なになに、態々そんな事にまで気を留めてくれた事、此方こそありがとう。》
(こういうのは地球じゃ『自然破壊だ!』とか言うのが居たもんだったが、まぁこの程度なら植物の神にとっては些細なレベルなんだろうね。)
そんな事を考えながら櫻は少しばかり肩の荷が下りたようにフスーと鼻から息を逃がすのだった。
そんな町の中、巨木を縫うように石畳の上を荷車が進むと町の景観から明らかに浮いた建造物が姿を現した。
「相変わらずブレないねぇ、この建物は…。」
櫻が呆れたように声を零しながら見上げるそれは既に見慣れたギルドだ。今までの町で見て来た物と全く同じ形で、恐らく内部も同じ間取りであろう事が外観からでも察せられる。周囲には人工的な建造物は全く無い町なだけに、煉瓦作りのこの建物は酷く場違いに見える。しかし本来であれば結構な規模の建物であるにも関わらず、周囲を囲む白い巨木達のお陰でその存在はチッポケな物に思えた。
早速中へ入ると、様々なギルドに所属する人々で賑わいを見せる建物の内部は案の定今まで見て来たギルドと造りは同じで、精々違うと言えばホールに置いてある椅子やテーブルの微妙な位置位だろうか。
「よし、カタリナは受け付けに行って例のパーティー達の報告をしておくれ。それと番の魔獣に襲われた事を伝えて、今複数の魔物に襲われる危険性が高まっている事をそれとなく忠告しておいて欲しい。」
「忠告?はっきりそうと言えば良いじゃないか。」
「いや、一介のハンターの言葉だけでは説得力が薄いからね。もっと同様の報告が挙がらないと本腰は入れられないかもしれない。だから今は頭の片隅に入れておいて貰う程度の事が精一杯だろうという事さ。」
「成程ね。ギルドはそこまで馬鹿じゃないと思いたいけど、まぁそういう事なら了解だ。」
狩猟ギルドのカウンターへ向かうカタリナの背中を見送ると今度はアスティア達に向き直る。
「アスティアと命は何か気にかかる依頼が無いかのチェックを頼む。」
「は~い。」「解りました。」
櫻の指示で二人は依頼の張り出されている掲示板へと歩み寄り、アスティアは低い位置に、命は高い位置に貼られた依頼書に目を通し始める。
(あたしも字が読めれば良いんだけどねぇ…。こればかりはこれからもアスティア達に頼らせて貰おうかね。)
二人の後に付いて掲示板を見上げる櫻はそんな事を考えながら、何が書かれているのか全く理解出来ないそれらを半ば諦め加減で眺めるのだった。
「お待たせ。お嬢の言う通り忠告止まりにして来たけど、既に同時に複数の魔物に襲われたって報告は何件か来てるそうだよ。しかも彼方此方のギルドにね。」
受け付けから戻って来たカタリナの言葉に櫻の表情が険しくなる。
「矢張りか…何が原因か解らんが良くないね。このままだと被害者が多くなりそうだし、下手をすればダンジョン以外でも特殊魔獣の発生の可能性が出て来るか。」
眉間に皺を寄せる櫻。しかしカタリナはそんな櫻をひょいと持ち上げ肩に乗せると、
「まぁアタイらがどれだけ心配したって世界中で起きてる事に対して出来る事なんてたかが知れてるさ。こうして沢山の依頼が有って、それを受けて解決する連中も居るんだ。地上で特殊魔獣が出るなんて事はまず無いだろうし、何もお嬢が一人で抱え込む事じゃないよ。」
と掲示板に視線を向けた。
「そうだねぇ。今のあたしに出来る事は、この世界の人々が無力ではないと信じる事位か…。それで、アスティアと命は何か気になる依頼は有ったかい?」
「ううん。魔物に関する物では『素材を採って来て欲しい』っていうの位かなぁ。後は普通の目撃情報と討伐依頼ばっかり。」
「私の見た限りでは『街道に出没する魔物による被害が増しているので討伐して欲しい』と言う物程度でしょうか。」
二人はふるふると首を振り、特段目立って気になる依頼は無かったという素振りを見せた。
「ふぅむ、あたしらが特段出張らなきゃならないような依頼は無しか。それならそれで良い事では有るね。」
口元に手を運び読めない依頼書に視線を流す。すると
「…だけど明らかに魔物討伐依頼が増えてるね…これは良くないな。」
カタリナが深刻な雰囲気を醸し出し口を開いた。
「あぁ、楽観視は出来ないね。この魔物の増加が一時的な物なのか、これから更に増えるのか…気になる処だ。」
「いや、そうじゃなくてね。こんなに魔物が沢山居たら1体討伐辺りの価値が下がっちまう。それじゃアタイら商売あがったりだよ。」
「えぇ~?そこなの?」
カタリナの言葉にアスティアは呆れた声でツッコミを入れた。
「何言ってんだい、アタイらの旅の資金は魔物討伐の報酬で賄ってるんだよ?財布を預かる者としちゃ、深刻な問題さ。」
「ふふ、確かに旅の全てが野宿と狩猟飯だけになっちゃ敵わないからねぇ。せめて町に着いたら宿でゆっくり休んで美味い飯を食いたいもんだし、金は大事さね。」
「そういう事。まぁアタイは魔物との闘いは望む処だからね、その点に関してだけは数が増えるのは歓迎だ。」
そう言って掲示板の前でハハハと笑う親娘のような二人に、周囲の人々は奇異の目を向けるのだった。
2体のグイルィの魔獣を討伐した報酬を財布へと仕舞いギルドを後にすると、再び荷車へと乗り込み町の人混みの中を進む。
「さて確かこっちに大きい宿が在った筈なんだけど…。」
御者を務めるカタリナが周囲を見回しながらホーンスを誘導すると、扉の付いた一本の巨木の前で止まり
「お、ここだここだ。」
とその上に掲げられた看板を見て頷いた。
「ここもカタリナの馴染みの宿なのかい?」
「いやぁ、ここはアタイ一人で泊まるには高級過ぎて全然縁が無かった処さ。でも荷車を停められて四人で泊まれるとなればこれくらいの宿じゃないとね。」
そう言って巨木を回り込むように裏手に向かい、駐車場へホーンスと荷車を停めると再び入り口へと四人揃って向かう。
立派な両開きの扉を開きカタリナを先頭に中へ入ると、その内部は見事に円筒形に刳り貫かれた人工的な空間が広がっていた。
窓は取り付けられているものの日の光は余り照明として役に立たないその内部。生木とは言え灯りに火を使うのは危ないと思いきや、その内壁には不思議な青白い光を発する植物を収めたランプが天井から壁からと彼方此方に吊り下げられ充分な光量を確保し、神秘的な雰囲気を醸し出している。
正面に受け付けカウンターが設けられ、左右には木の形に沿って曲がった階段が上りと下りで対の形で存在する。どうやら内部を刳り貫く時にそのように削り出したらしく壁と見事に一体化した物だ。恐らく多層構造になるように計算して彫られたのだろう。
「凄いねぇ…一体どれだけの時間を掛けて刳り貫いたんだか…。」
上を見ると天井は少しばかり歪なドーム状になっているものの、これだけ出来れば十分だろうという程には綺麗な掘り跡だ。
「いらっしゃいませ。ご家族様ですか?今なら良いお部屋が空いていますよ。」
カウンターの中から声を掛けて来たのは宿の店主だろうか、体形は悪く無いものの覗く二の腕から脂肪の量の多そうな男。
「あぁ、四人だ。幾らになる?」
「一泊、夜と朝のお食事付きで1家族様小金貨7枚です。如何ですか?」
「うん、それじゃ取り敢えず一泊だ。」
「有り難うございます。では此方に記帳と…。」
カタリナが店主とのやり取りを済ませている間に櫻とアスティアは物珍し気に建物(?)の中を見て回る。
恐らく刃物を使い刳り貫かれたその内部であったが、パッと見には粗削りな内壁を手で撫でてみると驚く程に滑らかだ。しかしそれは恐らく人の手で整えられたものでは無く、この巨木…櫻は植物の神の枝だと知っている…が自然に傷口を修復する為に樹液を分泌させた事でコーティングされたもののようであった。
「凄いな…これだけ中身を失ってもちゃんと生きているのか。」
感心しながらその手触りを堪能するように何度も壁をサワサワと撫でていると
「お待たせ。4階の北部屋だってさ。早速行こう。」
とカタリナが荷物を持った命を後ろに、鍵を手にしてやって来た。
「北部屋?」
「あぁ、この宿は各階に部屋が4つずつ在って、東西南北に面してるからそういう呼び方なんだってさ。」
「成程ねぇ。」
櫻は頭の中でホールケーキを四等分に切り分けたようなイメージを浮かべ納得し頷いた。
階段を上ると、各階は中央に吹き抜けが開いているのが分かる。手摺りもきちんと設置されており落ちる心配は無いが、そのサイズは景観の為というには少々径が小さい。そしてその中央にはロープが吊り下げられていた。
不思議に思い櫻が身を乗り出して上下に首を動かすと
「おいお嬢、危ないって!」
とカタリナに肩を引かれ、次の瞬間目の前を小さなゴンドラのような物がスルスルと昇って行く。
「おわ、何だこりゃ?」
「ここは食事を運ぶ為のモンだよ。全く、子供じゃないんだからもうちょっと考えて行動してくれよな。」
「ははっ、済まん済まん。余りにも物珍しくてつい年甲斐も無く燥いじまっていたようだ。」
バツが悪そうに頭を掻く櫻に皆が楽し気に笑う。その光景は傍目に見れば誰の目にも仲睦まじい家族に見えるであろうものであった。
部屋へ到着し入り口の扉を開け中へ足を踏み入れると、まるでバウムクーヘンを四等分にしたような形の内部構造。その中もロビーと同様に青白い光のランプによって充分な明るさを確保しており、床面には少々安っぽいながらも赤いカーペットが一面に敷かれ、ここが木の中だという事を忘れそうな程だ。
外壁側にはベッドが並んでいるが、ダブルサイズが1つにシングルサイズが2つという配置。しかもその2種の間には少々厚手のカーテンのような生地がパーテーションのように吊り下げられ、ダブル側は個室のように隔離する事が出来る造り。触れてみるとまるで緞帳のような重みが有り防音効果もあるらしい。
「コレ何だろう?」
アスティアがソレを手に取り首を傾げた。
その純真無垢な問い掛けに櫻とカタリナは少々困ったように笑顔を浮かべ、命は澄ました顔でそんな様子を眺めていた。
ベッドの位置に合わせるように開けられた窓から外を覗いてみると、流石に4階ともなると落下防止用に格子が嵌められていたものの眺めは悪く無い。
「成程ねぇ、確かにそれなりの金額を取るだけは有る訳だ。」
櫻が感心しながら窓の外を眺めていると、
「部屋が立派なだけじゃないよ。ここの宿は公衆浴場が在ってね、ソレがウリなんだ。」
「へぇ?公衆浴場?」
櫻の脳内に日本の銭湯の光景が過った。
「あぁ。ロビーに下に向かう階段が在ったの気付いてたかい?あそこから階下に降りると在るらしいんだけどね、アタイも話に聞いただけで実際どんな感じなのかは知らないけど、ソレもこの宿を選んだ理由なのさ。」
ウキウキとし表情が緩むカタリナ。そんな様子に命が少々不安気にジトっとした視線を向けるが、カタリナに気付く様子は全く無い。
「そんな訳で取り敢えず飯は後にして早速風呂に行ってみようじゃないか。随分長い事身体を洗えてないから久しぶりにサッパリしたいしさ。」
「そうだねぇ。公衆浴場ってのにも興味があるし、早速行ってみるとしようか。」
カタリナと櫻が楽し気に部屋を出るとその後をアスティアがテテテと慌てて続き、最後に命が静かに部屋を出る。その様子は何処か乗り気では無いようであった。




