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進化と変化

 ゴトゴトと街道を進む櫻達の荷車。相変わらず両側は崖に挟まれる道が続いていたが、その高さは徐々に背を縮めて居るように見え、谷間の終わりが近い事を知らせていた。

(道が緩やかな上り坂になってるのと同時に両側の台地も下がって来ているのか…不思議な地形だねぇ。)

 相変わらず曲がりくねり先の見通しの悪い谷間の街道を、荷車の中から顔を出しながらきょろきょろと見回す櫻。

「こんな場所に休憩ポイントなんてあるのかい?」

「あぁ、もう少しの筈だ。ふふ、ちょっと変わった処だから楽しみにしてなって。」

 カタリナはそう言うと手綱を鳴らしホーンスの足を早めた。日は既に暮れ、空には星が瞬き始めている。余り夜目の利かないホーンスにストレスを掛けない為にも早めに休憩ポイントへ急ぐ必要があった。

 それから一鳴(ひとな)きも掛からずにホーンスがその歩みを止める。


「さ、着いたよ。」

 カタリナがそう言って御者席から下りると、櫻達も荷車の中から顔を覗かせた。

「ここが休憩ポイント…?」

 不思議そうな声を漏らす櫻。それもその筈で、その光景は先程から続く崖に挟まれた街道そのままという有様であった。

「いえ、ご主人様。微かに水の音がします。それにそこの岩壁に扉のような物が有りますよ。」

 (みこと)の言葉に櫻は目を凝らしてみる。谷間は既に暗い影の中にあり、じっくりと注視しなくては気付かない程であったが、確かにそこには木製の扉が岩壁と同化するかのように存在していた。

「ほらミコト、荷物寄越しな。さっさと入ろう。」

 カタリナの言葉を受け(みこと)とカタリナで一晩を明かすだけの荷物を持ち扉を開ける。先頭に立つカタリナが内部にランタンを差し込むと、その中には軽く見て十畳(じゅうじょう)程の広さの空間が浮かび上がった。

 その中へ一歩踏み入れると、土の匂いに混じり何か独特の香りが鼻腔を掠めた。

 内側は坑道の補強のように木の柱と梁が巡らされ、地面と壁は煉瓦(れんが)でしっかりと整えられた四角い『部屋』となっている。中央に小さな囲炉裏のようなスペースが有り、壁際に申し訳程度の適当な造りの木製テーブルと丸太椅子が備えられているが、それ以外には何も無い質素な空間であった。

「ほ~…これは凄いねぇ。崖を()()いて休憩小屋のようにしてあるのか。」

 ランタンの灯りに浮かび上がる室内を見回し感心したように溜め息を漏らす。

「そ。近くに湧水が出てるポイントが在ってね、その傍に何個かこういう部屋が在るんだ。」

「ふぅん。これも魔法使いの仕事かい?」

「いや、ここを作ったのは土の精霊術士だと聞いてるけどね。」

「そうなのかい。まぁどっちにしても、こうして安心して休める空間を用意してくれた連中に感謝だね。」

 そんな中、アスティアがスンスンと鼻を鳴らす。

「ねぇねぇサクラ様。この匂いって何処かで嗅いだ事あるよね?」

 アスティアの言葉に櫻も周囲の匂いを嗅いでみると、それは確かに覚えの有る香りであった。

「あぁ、それは多分コレの残り香だね。恐らく少し前にここを利用した人が居たんだろう。」

 カタリナがそう言って指差したのは中央の小さな囲炉裏のような場所。その中には灰が溜まっているのが見える。

「そうか、思い出した。『ジョンギグ』の匂いか。」

 『ジョンギグ』…白い小さな花をつける植物で、茎や根を燃やして灰にすると瘴気避けの効果が有る。ただしその成分は余り長続きはしないので、一日程度しか効果が期待出来ないという欠点も有る。

「そ。ここはジョンギグを燃やす為の場所だからね。部屋の中で獣からは身を守れても、何処から出て来るか解らない瘴気に対してはこうするしかない。多少は煙たくても我慢って処さ。」

成程(なるほど)ねぇ…最近は瘴気の出現量が増えてると言うし、あたしらもジョンギグを持ち歩くべきかね?」

 ソッと囲炉裏の灰の中に手を差し込むと、既に冷めたソレを(すく)い上げてみる。サラサラと指の隙間から(こぼ)れ落ちる灰からは、微かな苦みも感じつつ爽やかな香りが漂った。

「それも悪くは無いかもしれないけど、そうなると荷車の中がまた狭くなるよ?」

「そこはあたしらの服を減らすなり、食糧の買い溜めを減らすなりすれば()いじゃないか。」

「お嬢、それだけは勘弁しておくれよ…アタイの楽しみが無くなっちまう。」

 ガクリと肩を落とすカタリナの姿に、櫻達はハハハと楽し気な笑い声を上げるのだった。


 カタリナと(みこと)が外で昼間の魔獣の肉を使った調理をしている間、櫻はアスティアの膝枕で床に寝転がっていた。

「あ~…洞窟と同じような感じだからか、床の煉瓦(れんが)がひんやりして気持ち良いねぇ。」

「サクラ様は暑いの駄目なの?」

 アスティアのヒヤリとした手が櫻の頬に触れる。

「いや、駄目という訳では無いけどね。暑い時には(りょう)を取る、寒い時には(だん)を取る、そういう季節や気候に合わせた色んな工夫に頭を悩ませるのが、時の流れを感じられる気がして好きなのさ。」

「ふ~ん…?ボクはあんまり暑いとか寒いって思わないんだよね。サクラ様と同じ気持ちが感じられないのはちょっと寂しいなぁ。」

「…全然気温の変化が判らないのかい?」

「ううん、そういう訳じゃないよ。『今日は暑いね~』とか、『寒くなったね~』って、町の人達とも良く挨拶してたもん。でも暑くてバテバテになったり、寒くてガチガチになったりはしないよ。」

(感覚が鈍いという事なのか…?アスティア特有のものなのか、ヴァンパイアの特性なのか…もし種族的な特性だとしたら、恵まれた身体のようでいて存外不便なものかもしれないねぇ。)

「あ、でも水浴びは冷たくて気持ち()いって思えるし、お湯のお風呂は(あった)かいって思えるよ。そこはサクラ様と一緒に楽しめるね。」

 ニコリと見下(みお)ろすアスティアの笑顔に櫻も微笑みを返すと、丁度扉が開き焼けた肉の香りが部屋の中を満たした。

「お待たせ、今日の晩飯はお嬢の仕留めたグイルィの腿肉(ももにく)の炙り焼きと、その骨から取ったスープだ。美味(うま)く出来たと思うよ。」

「おぉ!そりゃ美味(うま)そうだね。それじゃ早速頂きますか。」

 ガバリと身を起こした櫻をアスティアが膝の上に乗せ、いつもの食事の光景が始まる。こうして腹を満たした櫻達は広々とした部屋の床に軽く敷物を広げると普段とは違う広いスペースに寝転がり、ぐっすりと眠りについた。


《…とまぁ、そんな話が有ってね。あたしらも瘴気避けの何かが有った方が()いかと思ったんだけど、ジョンギグ以外に何かそういう効果が有る物を知らないかい?出来れば持ち運びに便利で効果が長持ちするようなの。》

《随分と都合の()い要求ねぇ。》

 眠りの中で櫻はファイアリスに相談を持ち掛けていた。それは櫻自身が襲われる事で周囲に危険が及ぶという事も有るが、何よりアスティアとカタリナが瘴気に(おか)される危険性への危惧から来るものであった。しかし

《う~ん…正直に言えば、在るには在るんだけど…。》

 とファイアリスは答えを渋るように歯切れの悪い物言いをする。

《何だい?在るなら勿体ぶらずに教えておくれよ。》

《少なくとも今の時点で手に入れる事は不可能ね。》

《…どういう事だい?》

《瘴気が嫌がる波動を出す鉱物が在るのだけれど、ソレの埋まってる場所が問題でね?》

《何処なんだいそれは?》

《月の地中深くなのよ。》

《…はぁ!?》

 余りの突飛な言葉に念話とは言え大きな声を出してしまい、眠りの中にある櫻の身体(からだ)までが思わず不鮮明な寝言を漏らしビクリと揺れた。

《月…って、あの空に浮かんでる?》

《えぇ、そうよ?他にそう呼べる物なんて無いでしょ?》

《い、いや…確かにそうだが…。何でそんな場所に…。》

《別にそこに生成された理由なんて『そうなったから』以外に無いんだけどね。この世界が誕生して私と主精霊達が配されて、最初に造ったのがその惑星(ほし)。実は貴女(あなた)の元居た世界をモデルにさせて貰った部分も多いから似たような環境が出来上がった訳だけど、月はその時の副産物みたいなもので、要するに残りカスの塊だったのね。》

《残りカスって、随分な扱いだねぇ、月…。》

 思わず月に同情する。

《でもその惑星(ほし)生命(せいめい)が誕生して、『裏』が出来る…というより、その存在に気付くとね、意外な事が判ったわ。》

《それは?》

《瘴気達も『表』の生命(せいめい)達同様に、その惑星(ほし)の中で適応しようと進化を繰り返していたという事。その中で精霊達の浄化から逃れる為に『表』の生命(せいめい)に憑り付く(すべ)を身に付け、自分達が苦手とする物への耐性も獲得して行ったの。》

《アイツらも『生物』だと言う事か?》

《そういう(くく)りは意味が無いわね。有機物無機物問わず、世界は常に状況や環境に合わせて変化して行くものなのだから。それで本題はね?月には()だ瘴気達が克服出来ていない波動を出す鉱物が眠っているという事なの。》

《だが、月の奥深くなんてあたしの居た世界の技術力ですらそんな物を掘り出すまでには至って無かった…とても手に入れるのは無理だ。》

《そういう事。加えて言うなら、今のその惑星(ほし)にはたまたま瘴気が苦手とする成分を持つ、貴女(あなた)達が『ジョンギグ』と呼ぶ植物が残っていたのが本当に奇跡だという事なのよ。》

《それじゃぁ…いずれジョンギグの灰も効かない瘴気が誕生する…?》

《それは分からないわね。実はその惑星(ほし)の生物の進化はほぼ停滞してしまっているのが現状なのよ。瘴気は元々『表』の魂が穢れて()とされたモノだから、『表』の進化が止まった時点で瘴気の変質も止まったのではないかと私は見ているわ。》

 そう言うファイアリスだが、その実その声色からはさして興味を持っているように感じられない。

(だがケセランという突然変異種が新たに生まれているのも事実だ。進化は完全に止まっている訳では無い…つまり瘴気の変質も未だ有り得るという事か。)

《どっちにしろ、今の処瘴気に対して効果的な対抗策は無いって事か…。》

 『はぁ…。』と大きな溜め息をわざとらしく漏らして見せる。

《そういう事。だから貴女(あなた)達『神』が世界の警備員として頑張ってくれなきゃね。》

《まぁ善処はするがね…そういう事ならもっと神の数を増やしたらどうだい。》

《ダメダメ!神の数を増やしたら派閥が出来ちゃうでしょ?それは争いを生み出して魂を(けが)すわ。貴女(あなた)の元居た世界でそれは学ばせて貰ったからね。だから私は1つのカテゴリーに一柱(ひとり)しか神を置かないと決めてるの。》

《あぁ…それを言われるとあたしも何も言えないねぇ。》

 櫻は元の世界での歴史を思い浮かべると、乾いた笑いを漏らす他無かった。

《はぁ、結局は自分達で瘴気に気を付けるしかないって事か。》

《あ、それについてなんだけどね?少し貴女(あなた)の心配を減らす情報を教えてあげるわ♪》

《情報?》

《そう。要は貴女(あなた)、あのヴァンパイアの()を失うのが怖いのでしょう?》

《なっ…!?い、いや、あたしは…!》

《うふふ、今更隠さなくても()いのよ~?あんなにイチャイチャしちゃって、妬けるわ~。》

 クスクスと笑うファイアリス。

《おまっ…!見てたのか!?》

《いやぁねぇ。たまたま貴女(あなた)の様子を見てみたらそういう場面だっただけよ。それでね?貴女(あなた)に『使徒』の説明をした事があったの、覚えてるかしら?》

《あぁ…事前説明が無くてアスティアとカタリナを使徒にしちまった後にね。》

 ブスッと不機嫌な声を漏らすと、ファイアリスは少しばかり申し訳無いという感じに『フフッ』と笑いを(こぼ)した。

《その説明の中で『加護』については言葉でしか言ってなかったと思うのだけれど、実はその『加護』が貴女(あなた)の心配事を少しだけ緩和してくれるわ。》

《そういえばそういうものが有るという風にしか聞いてなくて内容は全然知らなかったね。》

《実はその加護って言うのはね、身体能力の向上や病気等への耐性が有るのだけれど、その中に『瘴気への耐性』という特徴もあるのよ。》

《何だって?》

《まぁ加護って言うのは人類が勝手にそう呼んでいるだけなのだけど、実際に神の血肉の摂取を続けていると身体(からだ)が徐々に強くなって行くのよね。神気(しんき)を取り込んだ事で神に近付く感じなのかしら。まぁ神からしたら数憶分の一程度の神気でしかないのだけれど、惑星(そこ)の生物達にとってはその変化だけで『加護』と崇める程の事なのよ。》

《そうだったのか…あたしから離れられない不自由な身体(からだ)にしてしまった罪悪感だけが有ったが、それは確かに()い情報だ。》

(そういえばアスティアがあたしを抱えて飛ぶ時なんかにフラつく事が無くなったね。アレもそういう事なのかね?)

 何となく得心(とくしん)が行った櫻は意識の中で小さな安堵の息を漏らし胸を撫で下ろした。

《ん?という事は神であるあたしは瘴気に対してかなりの耐性を持ってるという事かい?》

《えぇ、そうよ。勿論(もちろん)絶対に大丈夫とは言わないけど、瘴気の充満した壺の中に漬けられでもしなければ貴女(あなた)(おか)される事なんて無いから安心して頂戴。》

《そんな漬物みたいな状態になるのは勘弁願いたいねぇ。ともあれ確かに少しだけ安心したよ。ありがとう。》

《ふふっ、どういたしまして。それじゃぁこれからの旅も頑張ってね~。》

《あぁ。気張らずに出来る事を頑張るとするさ。》

(せめてあたしの手の届く範囲でくらいは…ね。)

 見えぬ場所で救えぬ者達が居る事に口惜しさを感じながらも、それならばせめて目に見える範囲だけでも救えるならば手を差し伸べようと改めて心を決め、櫻の意識は眠りの中へと消えて行った。


 パチリと目を覚ました櫻。しかし部屋の中はランタンの灯りも消え薄暗く、唯一の光源は開かれた出入口から差し込む(かす)かな()の光であった。

(ん…今は何時(なんじ)(くらい)なんだ…?)

 時計の無いこの世界でも未だに24時間に換算してしまう自分にフッと呆れる。

 顔を横に向ければ、櫻の腕に抱き付くようにして眠るいつものアスティアの寝顔がそこに在り、表情が綻ぶ。

(そうだね…失いたくないもんだ。)

 そう思いながら身体(からだ)を横に向けると、アスティアの背中に腕を回し優しく抱き締めた。決して温かいとは言えないその身体(からだ)であったが、その存在を感じる事で櫻の心は温もりに満たされるのだった。

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