カタリナとセシリア
翌朝。櫻達とセシリアは既にいつもの事のように同じ部屋で朝食を摂っていた。しかし今日の雰囲気は今までとは違い、特訓へ向かう物とは別の緊張感が漂っていた。
「あぁ…何だか緊張して来ました…昨日はああ言っていましたが、あのパーティーは本当にワタシを受け入れてくれるのでしょうか…?ワタシ一人だけがその気になっているだけで、向こうにはその気が無かったらどうしましょう…。」
目の前の料理をフォークでツンツンと突くだけで、好物の肉ですら食の進まないセシリアに呆れ顔の面々。
「おいおい、もっと自信を持ちなって。今ここで悩んでたって答えなんか出ないんだよ?先ずは飯を食っちまいな。」
「はい…。」
カタリナに促され、浮かない表情のままモソモソと料理を口に運び始めるセシリア。
そんな様子を横目に櫻が食事を終えるとフォークをテーブルに置き、フゥと一息吐いた。
「さて、女将の頼みから始まったセシリアの特訓も、あのパーティーに加えて貰えばいよいよ終わりか。あたしらも旅の再開になるねぇ。」
「あ~ぁ、女将の料理も食い収めかぁ。離れたくないなぁ。」
フォークを口に咥えながらカタリナは頬杖を付き料理の乗った皿に視線を落とす。
「も~、カタリナ、そんな事言ってサクラ様を困らせないでよ?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。もしカタリナが駄々をこねるようでしたら私が引き摺ってでも荷車に押し込めますから。」
「おいおい、アタイはそんな子供じゃないって…。」
アハハと笑い声が起こる食卓に、セシリアも思わず笑みが零れた。
「先生、皆さん、旅の途中だったにも関わらずワタシの為に足を止めて下さり、ありがとうございました。」
フォークを置き両手を膝の上に揃えて姿勢を正したセシリアが、真っ直ぐな視線を向ける。その表情は何処か覚悟を決めたように凛々しく、櫻達もその言葉に頷き応えた。
「まぁ結果として特殊魔獣の討伐にも繋がったし、何より女将の美味い飯が食えた。足を止めただけの甲斐も有ったってもんだし、気にする事は無いよ。」
櫻はそう言ってセシリアにニコリと微笑みを向けた。
「お?お嬢も女将の飯の虜になったね?」
「あぁ。これはまた来なきゃねぇ。…まぁそれもこれも、この旅が一段落してからだがね。」
少し名残惜しそうに眉尻を下げ、料理の乗った皿に視線を落とす。
そうして食事を終えた櫻達は、セシリアと共にギルドへと足を向けた。
狩猟ギルドの窓口近くへ行くと、既に件のパーティーは傍のテーブル席で寛いでおり、カタリナ達の到着を待っていたようだ。
「よぅ、来たね。」
リーダーの男が片手を上げると、カタリナもそれを受けて片手を上げ返す。
「もうあの魔獣の査定は終わってたから討伐証明書は先に受け取っておいたよ。」
そう言ってヒラヒラと皮紙を見せると、そこに書かれていた報酬金額にセシリアは驚きの表情を見せた。
「ご…50枚…!?大金貨が…!?」
思わず大きな声を上げてしまうと周囲から視線が集まり、ハッとして慌てて両手で口を塞ぐ。
「あぁ、俺達も驚いたよ…特殊魔獣ってのも初めて聞いたが、ギルド内では要注意対象になってるヤツみたいだな。」
「でも噂には聞いた事有ったよな。『ダンジョンの奥深くには異形の化け物のような魔物が潜んでいて、ソイツに見つかったが最後、命は無い』ってさ。アレがひょっとしたらその『化け物』だったのかも。」
「だとしたらアタシ達凄い獲物を仕留めた事になるのね。そりゃこれだけ報酬が出るのも納得だわ。」
パーティーのメンバー達は自分達の倒した相手の凄さを今更ながらに実感し始めたのか、興奮気味に言葉が飛び出す。
「だけどあの魔獣が居たらしいダンジョン、何だかおかしかったらしいな。」
そんな中で不意に出たその言葉に櫻がピクリとする。
「おかしい…とは?」
「ん?あぁ、ダンジョンって割りに地表に近いし余り奥が無くて他の魔物も見当たらなくてさ、オマケにあの魔獣が出て来たと思われる出口の穴が、意図的に塞がれてた形跡があったんだって。そのせいでダンジョンの存在に気付いてなかったらしいんだよ。」
「意図的にって、人の手で塞がれてたって事かい?」
「いや、獣が土を被せたような感じだったらしいけど、逆にそれが自然な形になってたのか誰も気付かなかったって訳だ。それにしたって何の為にって感じだよな。」
その話に何か不穏なものを感じた櫻であったが、それが何かは分からず終いであった。
「まぁそれより報酬の話をしようか。丁度10人だから一人辺り大金貨5枚ってのが基本だけど、正直今回俺達は後から来て美味しい処を貰ったようなもんだ。其方が望むなら3:2位にしても良いと思ってるんだが…どうだい?」
特殊魔獣の話題で話が盛り上がる中、リーダーはカタリナに話を切り出した。どうやら櫻達をハンターパーティーだと思い、カタリナがそのリーダーだと認識しているらしい。
その時カタリナの耳に掛かる髪の毛がフワリと靡くと、思わずゾクゾクと身を震わせ肩を縮めた。
「あぁ、いや。そんな事は無いさ。来てくれて助かったのは事実だし普通に分けよう。」
と耳に掛かる髪をかき上げる。セシリアはそんなカタリナを、隣に立ち不思議そうに小首を傾げ見つめると、その視線に気付いたカタリナがセシリアの頭にポンと手を置く。
「さてそれでこの娘の事なんだがね。」
頭に乗せた手を背中へと下ろし、軽く前へ押し出すようにするとセシリアはおずおずとパーティーの前へと足を踏み出した。
「あ…あの…。」
パーティーの、男達の視線が自身に集まると思わず衣服をギュっと握り、ごくりと唾を飲み込む。しかし顔を下げる事無くしっかりとリーダーの目を見据えると
「ワタシを、アナタのパーティーに加えて貰えませんか。」
と、ハッキリとした口調で言葉にした。
「あぁ、勿論大歓迎だ。」
リーダーがにこりと二つ返事で受けると、セシリアは余りの呆気無さに思わずきょとんとしてしまうが
「これから宜しく。頼らせて貰うぞ。」
と右手を差し出されると
「…はい。ワタシも頼らせて頂きます。」
そう言ってガッシと握手を交わした。
その様子に櫻達は安堵の微笑みを浮かべ、顔を見合わせるのだった。
「嬉しいわぁ。今までムサい男ばっかだったから、こんな可愛い子が仲間になってくれてアタシも潤うわ~。あ、でも可愛すぎてコイツらに襲われないかが心配ね…。」
「おいおい、今まで一度だってお前に手を出した事があったか?仲間を信じろよな。」
「まぁお前が襲ってくれって言うならやぶさかじゃないがな。」
「冗談でしょ?アタシにも選ぶ権利は有るのよ?」
パーティーメンバーの軽いやり取りに思わずビクリと身を引くセシリアであったが、その頭にポンと手が置かれるとその主へと視線を向けた。
「いいかい?男に襲われたらな、股間にぶら下がってるモンを根本から噛み千切ってやんな。そうすればソイツはその後の一生を後悔しながら過ごす事になるさ。」
ニッと鋭い牙を覗かせた笑顔のカタリナがその目をパーティーの男達へ向けると、
「…はいっ!」
とセシリアも元気な声を返し、牙を覗かせ微笑んだ。
こうして報酬を皆で分け合いギルドを後にした一行。セシリアは一旦パーティーと別れ櫻達と共に宿へと戻った。
「そうかい…寂しくなるねぇ。」
パーティーへ加入した事で同じ宿へ移る事となり、この宿を引き払う事になったと伝えると女将は少々寂し気に、しかし何処か嬉しそうにそう呟いた。
「済みません。散々お世話になっておきながら、何の相談も無く突然に。」
「いや、良いんだよ。アンタの道が一歩前進したんだ、喜んで送らせておくれよ。」
女将は優しい眼差しで微笑んで見せた。
「女将さん…有り難うございます。それで、今までお世話になったお礼と宿賃としてコレを。」
そう言ってセシリアは懐から財布の袋を取り出すと、その中から報酬として貰った大金貨5枚をそのまま差し出した。
「こんな大金を!?アンタ、これどうしたんだい!?」
女将は驚き、思わず上擦った声を上げてしまった。
「昨日の討伐の報酬です。ワタシはここ数日の先生との特訓の中で得た収入がまだ有りますので、どうか受け取って下さい。」
セシリアの掌の上で光り輝く大金貨を見て女将は溜め息を吐く。そして少しばかり考えるとセシリアの目を見つめた。
「分かったよ。それじゃコレは今日までの宿賃として有り難く頂くとするよ。」
そう言ってセシリアの手から大金貨を受け取ると、その中から1枚を掌の中へ返し、その手を両手で包み込むようにして握らせた。
「え…あの?」
「代金はしっかり受け取ったよ。これはアタシからの餞別だ。これからも頑張りなよ。」
グッとその手を包み込む両手に力が込められる。
「…っはい!有り難うございます!お世話になりました!」
深々と頭を下げると、セシリアは荷造りをする為に長らく泊まっていた部屋へと小走りに駆けて行った。そんな様子を見送ったカタリナが女将へ向き直る。
「女将、アタイらも今日旅支度を整えたら明日には町を発つ事にするよ。その分も含めてお代は幾らになる?」
「おやおや、アンタ達もかい?一気に暇になっちまうねぇ。…食材の調達なんかもして貰った事だし、大金貨2枚って処だね。」
「ハハッ、相変わらず商売が下手だねぇ。いつか宿が潰れちまうよ?」
「アッハハ、そうなる前にまた金を落としに来ておくれよ。」
「あぁ。そうさせて貰うさ。仲間も女将の料理が気に入ったみたいだしな。」
ちらりと視線を向けるとそれを受けて満面の笑顔で頷く櫻。
「そうかい。それじゃそれまでにもっと料理の腕を磨いておかなきゃねぇ。」
カラカラと笑う女将に釣られ、一同にも笑顔が浮かぶのだった。
荷物を纏めたセシリアが宿を後にするのに合わせて櫻達も町へと繰り出すと、広場で件のパーティーと落ち合ったセシリアと別れる事となった。
「先生、皆さん、本当にお世話になりました。」
荷物を煉瓦敷きの地面に置き、両手を揃え深々と頭を下げるセシリアの相変わらずの生真面目さに、櫻達も慣れたものと微笑む。
「何でも自分でやろうと思うなよ?『自分に出来る事』と『自分にしか出来ない事』をちゃんと考えて仲間を頼るんだ。」
「はいっ!肝に銘じておきます!」
「よし。じゃぁこれからは先生と生徒じゃない、対等の魔物ハンターだ。無茶はせずに頑張りなよ、セシリア。」
驚き目を見開くセシリア。しかしその表情は直ぐに嬉しさの込み上げる笑顔へと変わった。
「…!っはい!カタリナさんも、皆さんもこれからの旅路をどうかご無事で。」
そう言って再び深々と頭を下げるとセシリアは荷物を拾い上げパーティー達の中へと加わった。去り際には何度も何度も振り向いてはカタリナに向け頭を下げ、広場から姿が見えなくなるまでそれは続いたのだった。
「どうだい?あの娘はこの先ちゃんとやって行けそうかい?」
セシリア達の姿が見えなくなった路地を見つめたまま、櫻が問い掛ける。
「さぁねぇ…それはこれからのアイツ次第さ。でも多分大丈夫じゃないかな。」
カタリナもまた、路地を見つめたままにサッパリとした気持ちの良い笑顔を浮かべ答えた。
「ほぅ、それは何故だい?」
「あの連中が信頼出来る奴らだからさ。きっと躓いても手を差し伸べてくれるさ。お嬢だってそういう連中だと思ったから、あのパーティーへの加入を勧めたんだろう?」
その言葉に櫻は微笑みで返すと
「さて、それじゃあたし達も入り用な物をサッサと調達してしまうとしようじゃないか。」
と大通りへ向けて歩き出した。
「…そうだね。折角報酬が手に入ったんだ、お嬢達の新しい服を買わなきゃ!」
「それなら貴女の服は私達が選んであげますよ。」
「えっ!?アタイはいいよ!」
慌てて拒否するとクスリと微笑む命、それを笑顔で眺める櫻と楽し気に笑うアスティア。そんな空気が妙に心地良いカタリナであった。