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 湖畔に、朝日がさしている。

 対岸が見えないほどの、大きな湖である。

 澄んでいる。ときおり、大きな魚が足元を通りすぎていくのがみえる。

 裕太の知っている川や池とは、まるでちがう。

 対岸は、よく見えない。それほど、広い。

 その湖岸ちかくの、膝までつかるくらいのところに、裕太は立っている。

 裸である。

 さいわい、ここでは東日本のような強い四季はない。冬でも、震えるようなことはない。

 水を含ませた布で、身体をふく。

 右手、左手、両足、胸、それから下半身。

 昨夜から塗りっぱなしの染料がおちて、湖に色をつけていく。

 朝日が、きらきらとさざめいて、虹色に染まった湖面をなでる。

(簡単に落ちるんだな、)

 そう、思う。

 ほどなく、身体はきれいになる。

 すっきりしたが、どこか、釈然としない心持ちでもあった。



 ふたたび、ハチゾウの家。

 ベエが、湖の水をふくませた細筆をもって、裕太とむかいあわせに座っている。

 裕太は、上半身裸。ふたりとも、神妙な顔をして見つめあっている。

「じゃあ、」

 小さく声をかけて、ベエはつっと筆をはしらせた。

 筆先は、肌にふれていない。


 右に十字、左に十字、大きく円をかいて、それから曲線をふたつ。

 首もとに、丁。

 臍の上に、まあるい、鳥のような模様。

 たっぷり五分ほど時間をかけて、そのように筆を動かす。


「……はい、おしまい。」

「これ、なんなの?」

「だいじょうぶ。これは、消えないよ。」

 そういって、ベエは、頬をゆがませた。


 ぬるりと、大きな黒目がうずをまいた裕太の瞳を見ながら。



 往路と同じく身体検査をうけて、帰りの電車にのる。

 しゅぅ、と音をたててドアがしまってから、ふと気づく。


 身体検査をした、背広の男。

 きょうは、高橋という男ではなかった。


 だから、どうということでもないが。



 その日の、夜。

 疲れたな、と一人ごちながら、裕太はシャワーの栓をひねる。

 さすがに、身体が重い。

 帰りの電車のなかではまた寝てしまい、トンネル管理所で起こされた。

 そのあと、私鉄でまた数時間。関節のあちこちが痛いが、なぜか目はぱっちりさえている。頭の中が、するどく尖っている感じがして、徹夜で勉強した後のようだ。

 背中に熱い湯をあびながら、ぱちぱち、とまばたき。

 あれ以来、眼鏡は使っていない。電車の中で一度かけてみたが、違和感を覚えて、はずした。

 そっと胸にふれる。


 呪術紋様。


 ベエの説明を思い出しながら、消えてしまった模様をひとつひとつ指でなぞる。

 心を鎮める紋、

 異界の空気をよぶ紋、

 死を遠ざける紋、

 古き王のふたつ名を示す紋、

 肉体をつくりかえる紋、


 それから、精霊をよぶ紋。


 精霊は、人の死したあとのすがただという。

 では、魔術師とは?


 ぼんやりと一人ごちながら、指をはなしたとき、

 くるん、と音をたてるようにして、首元から精霊が顔をだして、にこりと笑った。


 ハーイ!

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