選択
湖畔に、朝日がさしている。
対岸が見えないほどの、大きな湖である。
澄んでいる。ときおり、大きな魚が足元を通りすぎていくのがみえる。
裕太の知っている川や池とは、まるでちがう。
対岸は、よく見えない。それほど、広い。
その湖岸ちかくの、膝までつかるくらいのところに、裕太は立っている。
裸である。
さいわい、ここでは東日本のような強い四季はない。冬でも、震えるようなことはない。
水を含ませた布で、身体をふく。
右手、左手、両足、胸、それから下半身。
昨夜から塗りっぱなしの染料がおちて、湖に色をつけていく。
朝日が、きらきらとさざめいて、虹色に染まった湖面をなでる。
(簡単に落ちるんだな、)
そう、思う。
ほどなく、身体はきれいになる。
すっきりしたが、どこか、釈然としない心持ちでもあった。
*
ふたたび、ハチゾウの家。
ベエが、湖の水をふくませた細筆をもって、裕太とむかいあわせに座っている。
裕太は、上半身裸。ふたりとも、神妙な顔をして見つめあっている。
「じゃあ、」
小さく声をかけて、ベエはつっと筆をはしらせた。
筆先は、肌にふれていない。
右に十字、左に十字、大きく円をかいて、それから曲線をふたつ。
首もとに、丁。
臍の上に、まあるい、鳥のような模様。
たっぷり五分ほど時間をかけて、そのように筆を動かす。
「……はい、おしまい。」
「これ、なんなの?」
「だいじょうぶ。これは、消えないよ。」
そういって、ベエは、頬をゆがませた。
ぬるりと、大きな黒目がうずをまいた裕太の瞳を見ながら。
*
往路と同じく身体検査をうけて、帰りの電車にのる。
しゅぅ、と音をたててドアがしまってから、ふと気づく。
身体検査をした、背広の男。
きょうは、高橋という男ではなかった。
だから、どうということでもないが。
*
その日の、夜。
疲れたな、と一人ごちながら、裕太はシャワーの栓をひねる。
さすがに、身体が重い。
帰りの電車のなかではまた寝てしまい、トンネル管理所で起こされた。
そのあと、私鉄でまた数時間。関節のあちこちが痛いが、なぜか目はぱっちりさえている。頭の中が、するどく尖っている感じがして、徹夜で勉強した後のようだ。
背中に熱い湯をあびながら、ぱちぱち、とまばたき。
あれ以来、眼鏡は使っていない。電車の中で一度かけてみたが、違和感を覚えて、はずした。
そっと胸にふれる。
呪術紋様。
ベエの説明を思い出しながら、消えてしまった模様をひとつひとつ指でなぞる。
心を鎮める紋、
異界の空気をよぶ紋、
死を遠ざける紋、
古き王のふたつ名を示す紋、
肉体をつくりかえる紋、
それから、精霊をよぶ紋。
精霊は、人の死したあとのすがただという。
では、魔術師とは?
ぼんやりと一人ごちながら、指をはなしたとき、
くるん、と音をたてるようにして、首元から精霊が顔をだして、にこりと笑った。
ハーイ!