まつり
ハチゾウは、いつのまにかいなくなっていた。
ベエと裕太は、板階段をゆっくりとおりていく。右手には、ちいさならんたん。
巫女のトーガに、フード、それから木の仮面。
動物の顔ににたような、あざやかな白に赤で色をいれた仮面である。
まだ、新しい。
ハチゾウが彫り、ベエが色をいれたものだ。
巫女の服には、いくつもの葉かざりが添えられている。
ふたりは体格が近いので、仮面をかぶると、ぱっと身にはどちらがどちらかわからない。
ぞろり、ぞろり。
村人たちが、示しあわせたように家をでて、地上におりていく。
みな、仮面をかぶっている。だいたいは、木の板に穴をあけただけの、そっけない意匠である。
仮面以外は、ふつうの服装である。ここぞとばかりにはりこんで、派手な服をきている者も多い。といっても、たいていは半袖のシャツに薄布をはおるぐらいで、形よりも織り込んだ模様の複雑さで個性を主張している。なかには、首まわりに色とりどりの紐をまいているものもいる。
すっかり夜である。だが、曇天国では星はみえず、月あかりもない。
人々が片手にさげた明かりの列が、あつまって、ちいさな渦になって森を照らしている。
地上におりた人々が、仮面ごしに目礼をする。顔を隠していても、いつもの服装であるから、だいたい、誰が誰かはわかるものだ。
「ベエ、来たね」
体格のいい男が、裕太をみてそういった。狼にとどめをさした若者のようだ。
裕太は、黙ってこくんと頷いた。
横を歩くベエをみて、男はきょとんとたちどまる。
二人はくすくすと笑った。
「…ほら、精霊がいるよ。」
ベエがささやく。
人々がそぞろ歩くうえに、白い流線型のものが、しゅるりと伸びている。
裕太がぼうっと見上げると、精霊はこちらに顔をむけて、にこりと笑った。
あかい、きれいな目。
精霊は、下半身をそらに残したまま、ふんわりと降りてきた。
「え、」
触れてよいものか。
とまどっていると、白いからだから二本の手がのびて、ベエと裕太の手をとる。
「巫女が、二人じゃ。」
誰かが、小さくささやく。
そのまま、精霊をあいだにはさんで、二人は歩いてゆく。
森を、のぼる。
きらきらとかがやく夜の闇のなかを、しずしずと。
天のまつりへと向けて。
*
まつりはすっかり終わり、二人はハチゾウの家に戻ってきた。
もう夜はしらじらとして、明けかけている。しかし、部屋のなかにはあかりがなく、互いの顔がやっと見える程度だ。
ハチゾウはいない。まだ、どこかにいっているのか。
ベエは仮面をとって、わきにおいた。あざやかな口紅が、朝の光をうけて光る。目元も墨を入れているようだ。昼は化粧をしているようには見えなかったが。
裕太も仮面をはずし、トーガをぬいだ。飾り葉がちくちくと肌にささる。眼鏡は樹の根本に落ちていたのがみつかったが、なぜかかける気になれなかった。
ベエはにっこりと笑って、脱いだものを受け取る。
「……楽しかったでしょう、」
「……うん。」
素直に、うなずく。
「精霊も、喜んでる。」
「そう?」
「ええ。わかるのよ」
今は、精霊の姿はみえない。それでも、ベエはなにかを感じるらしい。
すとんと、横に腰をおろす。わずかの間をあけて、ふたり、並んですわるかたちになる。
「……ねえ、」
「ん?」
「……ここに、残れば?」
「え、」
できるわけがない。それは、違法行為だ。
「日本の法律なんか、ここには関係ない。明日の汽車にのらずに、この村に居ればいい。誰も気にしないよ」
「でも、」
「魔術師は、貴重なのよ。……人とうまくやれなくても、精霊に好かれれば、やっていけるわ。みんなに尊敬されるし。それに、あなたはハチゾウの血縁なんでしょう」
「遠い親戚だよ。もう、誰も知らないくらいに……」
「それでも。」
じっと、ふたりは目を見合わせた。
吸い込まれるような、くろい、丸い瞳孔。まっくろな。
それを。
「……ここにいれば、あなたは、魔術師になれる。」
そう、いわれて、
やっと、裕太は、決断した。