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魔術師

 有翼狼の解体作業には、立ち会わなくてよいようだ。

 裕太はハチゾウの巣穴にもどって、あかりを前にあぐらをかいていた。眼鏡は、結局みつからなかった。このまま裸眼でいるしかないようだ。もっとも、体調がよいせいか、普段よりよく見えるような気もする。

「ゆっくりしていけ。今夜は祭りだ」

 ハチゾウはそういって、大儀そうに裕太のむかいにすわった。あぐらをかくのは辛いらしく、両膝を伸ばして脇に手をついている。

「……あの狼が出たから、ですか」

「いいや。祭りは10年に一度の決まったもんだ。だが、あの天狼も、祭りを寿ぎに訪れたものかも知れん。恵みの肉というやつだ」

「恵みの肉?」

「たまに、そういうのが来るんだ。わしらは敬意を持って接することにしとる。」

 そんなものか、と裕太はおもった。それから、気になることをきいた。

「……さっきの、白いもの……あれは?」

「精霊だ」

 あたりまえのことのように。

「あれは、ああいうものだ。わしらは、死ねばああなる。そうも言われている。」

「じゃあ、あれは……幽霊?」

「そういう言い方もできる。しかし、あれがだれの霊なのか、そもそも人間なのかも、ほんとうのところはだれも知らん。ただ、わしらは、あのようなものと昔からつきあっている。それだけだ」

「……この国の人は、誰でもそうなの?」

「ある意味では、そうだ。だが、だれでも精霊が見えるわけではないよ」

 ハチゾウは、思わせぶりに二度ほどまばたきをした。

 裕太は思わず、その目を見返した。

 まっくろな瞳。

 なにかが、ぐるぐるとうずをまいているのが見える。

 ふたたび、まばたき。

 もとの、かすかに濁った瞳にもどる。

「……お前さんも、このやりかたを覚えたほうがよいかもしれんな。」

「なんです?」

「この国で生きるならまだしも、家に帰るなら、眼鏡をかけることも思い出したほうがよかろうということよ」

「……よく、わかりません」

「よいよい。じじいの戯れ言だ。」

「あなたは、……それに、ベエは。何なのですか。」

「そう、他人のように言うでない。親戚じゃろうが。……ただの、じじいよ。わしはな。」

「親戚、」

「おや、まさか知らんのかね。」

 ハチゾウは意外そうに首をふった。裕太は顔をしかめる。

「でなければ、どうしてここに来れたもんか。血の盟約だろう。」

「……そもそも、血の盟約とは何なのですか。」

「親から聞いておらんのか。わしと、お前は、遠い親戚だ。100年ほど、遡らねばならんがな。」

「100年、というと、つまり……」

 もごもごと問い返しながら、裕太は歴史の教科書を思い浮かべた。

 維新の頃。日本国御改、宝咲の大地震。いくつかの単語がちらちらと脳裏に浮かぶ。

「この国が今のようになった時、西と東にわかれた血縁者が、互いをおとなえるようにできた仕組みよ。わしの血縁者は、この村におらぬ。召喚状を出したのは、そのためよ。せっかくの祭りの日に、身内のひとりもおらぬでは少し寂しいでな。」

「そうですか……。」

 意外であった。ベエは、てっきりかれの娘かと思っていた。

「わしも、そのうち呼んでもらうかな。お前さんの、結婚式の日にでも」

「……そうですね。いずれ」

「おや、……」

 ハチゾウが、真顔でじっとこちらをみた。

 いつのまにか、また、まっくろな目で。

「……嘘は、いかんな。」

「なんですか、」

「魔術師であるなら、という話よ。眼鏡を外して生きるなら、自分に嘘をついてはいかん。それは、精霊に嫌われるもとだ。」

 なにを言っているんです、といいかけて、裕太は口ごもった。それから、別の言葉をさがす。

「……これは、嘘をついていることになるのでしょうか。」

「さァて。……お前さん次第さ。自分にだけは嘘をつかず、自由に生きるのが、魔術師のつとめよ。けれど、精霊とつきあうことをやめ、目をつぶって暮らすのも、また自由だ。……わしは、この年まで好き勝手に生きてきたが、最近はそう思うようになったよ。」

 この老人のいうことは、よく分からぬ。

 けれども、どこか腑に落ちるところもあった。

「……さて、もうすぐ、祭りがはじまる。お前さんはベエとともにゆくがいい。準備をせねばな」



 呪術紋様、というのだそうだ。

 ハチゾウが、そう言った。

 ベエは、名前などどうでもよいといっていた。

 とにかく、その模様を、いま、ベエが裕太の身体にしるしている。


 染料は、16種。

 灰汁色、浅黄、深緑色、薄群青、月草色、紺瑠璃、灰赤紫、薄色、銀灰色、革色、烏羽色、薄紅、猩々緋、鉄錆色、胡桃色、曙色。

 ひとつひとつ、筆をつかいわけて、ベエは裕太の肌を染めていく。


 右腕、左腕、脚、胸、臍の下、背中、首、うなじ、頬と眉の上。

 曲線と、直線と、いくつかの三角形。目のような模様がいくつか。


 ひとつ筆を入れるごとに、その意味を。

 図形を描くごとに、その読み方を。

 ちいさくうたうような、しずかな声で、ベエは教えてくれた。


 そうして、裕太は、魔術師になった。

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