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オオモリ、そしてふたたび景

 事務室で、届けをだした。

 特に反応はなかった。三枚ほど書類をかいて、おわりだ。

(バイトもなくなったし━━何も、心配いらないな)

 そう、つぶやきかけて、ひとつ心残りを思い出す。

 

 そういえば、あすの夜━━



「曇天国にいくんだって?」

 ふいに、そう声をかけられて、裕太はぎょっと振り向いた。

 顎髭をはやした、小太りの男。かなり年上にみえるが、まだ現役の学生である。新歓コンパで会って以来、時々声をかけてくる。

「……オオモリ先輩」

「やあ」

「なんで知ってるんですか?」

「事務室のとこで聞いてたやつがいたんだよ。……ちょっとコーヒー飲もうぜ」

 屈託なくにいっと笑って、オオモリは学食棟のほうをさした。



「……お前が、『血の盟約』の資格者だったとはね。」

 コーヒーは、オオモリのおごり。上機嫌そうに窓際の席にすわって、足をくんでいる。

「血の盟約を知ってるんですか。」

 裕太はなんとなく所在なげに首をかしげた。

「だれでも知ってるだろ。習わなかったっけ?」

「さァ……」

 小学校か中学校で、習ったような気もする。少なくとも、母はろくに教えてくれなかった。

「曇天国のことは、よく知ってるのか?」

「いえ。……ぜんぜん。両親も、行ったことはないと……」

「そうか。いろいろ聞けるかと思ったんだけど。」

「……曇天国に、興味があるんですか。」

「ああ。そういう人はいっぱいいるだろ。いつもああいう状態で、誰も中に入れない。マスコミもだ。あそこが日本の一部だったなんて、本当か? 年末にはいつも曇天国特番をやるけど、昔の話ばっかりで、現在の曇天国については何も報道されない━━」

「……そう、ですね。」

「曇天国が何なのか、誰も知らないんだ」

 裕太は何を言っていいかわからなくなった。ようやく口を開くと、

「……でも、他にも曇天国へいった人はいるはず……」

「そう。お前みたいに、曇天国へ行く人は時々いる。人数も公表されてる。たしか、去年は三人。けど、体験談がマスコミに出ることはない。報道規制がされてるんだと思う」

「なんのために?」

「さあ……もうひとつ。変な噂がある。曇天国へ行って帰ってきたヤツが、中のことを周りに話した。けど、誰も信じなかったって……」

「……どういう意味ですか?」

「わからん。信じられないような話だったのか。それとも━━」

「それとも?」

「いや、……」

 オオモリはちょっと目をそらした。それから、すぐに目線を戻して、つづける。

「とにかく、おれは、あの場所には何かあると思ってる。隠蔽されてるんだ」

「……なんのために?」

「いろいろ考えられるさ」

 オオモリは自信ありげにいった。

「とにかく、帰ってきたら、なかの様子をきかせてくれ。頼んだぜ」

「はい。……いいですよ。そのかわり、」

「ん?」

 たしか、オオモリはビデオデッキを持っていたはずだ。ならば、いまをおいてチャンスはない。

 意を決して、

「……録画を、お願いできませんか。特番なんです。『太陽バロン』って特撮番組の━━」

 そう言うと、オオモリはしばらくきょとんとして、破顔した。

「いいよ。そのくらい。とっといてやるから、うちに見にくりゃいい。ビデオデッキないんだろ」

 それから、

「でも、お前もそろそろ大人になれよな。」

 と、小さくいった。


 裕太は、なんだかひどく悲しい気分になった。



 14時半から、「機甲戦士ラナー」の再放送。

 第21話。そろそろ、クライマックスの展開である。

 裕太は、缶ジュースをあけて、にやにやしながらテレビの前にすわっていた。

 ひとりぐらしをはじめてすぐ、むりをして買ったテレビである。

 敵幹部のジュナーゲロスが、子供を人質にとっている。

 主人公のラナーが、ぎんいろに光る剣をかざして、━━


 がちゃん。


 ドアがあいた。反射的に裕太はテレビにとびついて、チャンネルをまわした。


 景であった。


「……なにか、みてたの?」

「ん、まあ、……ニュース」

「ふうん。」

 そういえば、今日は、でかける約束をしていたのだった。


『……あいつぐ侵入事件に、政府は警備を強化しています……。警察隊では、先月末に逮捕された……容疑者の所属するグループが、ふたたび事件を起こす恐れがあるとして……、曇天国の……』 




 駅前の本屋に寄ってから、画材屋へ。

 それから、商業ビルの3階にある映画館。

 景の選んだ映画である。1時間半、ぼうっと座っていたが、内容は全然頭に入ってこなかった。


「少し、でかけるんだ」

 そういうと、景はふしぎそうに首をかしげた。

「実家にかえるの?」

「いいや。……ちょっとね」

 血の盟約のことは、いわなかった。

 どうせ、自分でもよくわかっていないのだ。



 屋上にでた。

 10階建てのビル。市内でいちばんの高層建築である。ここからなら、見えるはずだ。

 錆の浮いた手すりに身体を寄せて、遠くを見上げる。市街地の西にそびえる、小高い山。ふもとに田とあぜ道と、ぽつぽつと家屋。

 その、さらにずっとずっと向こう。

 距離感がわからないくらい遠いところに、うっすらと、青い山肌がみえる。

 南は知多の沿岸地帯、北はとても見えないが、日本海まで。

 全体としては、平たい壁のように凹凸なく広がっているが、よく見ると一箇所、大きくこちら側に突き出したところがある。那古屋山である。

 そして、山岳全体の名は、日本山脈。

 西日本と東日本を分断する、巨大な土壁だ。


 山頂付近には、白い雲がかかってみえる。

 ここからは見えないが、その雲は、西日本全土を覆う巨大な傘となって広がっているはずだ。


 西日本、いや、

 正式には、曇天国、という。


 東日本と曇天国とは、那古屋山をつらぬく大トンネルでつながっている。そこを通るほかは、出入りする方法はない。

 曇天国が、今のようなかたちになったのは、およそ100年前であるという。

 裕太は、歴史の教科書でしか知らぬ。いや、日本のほとんどの者たちは、景がいうように、夢物語のなかの存在としてしか認識していない筈だ。


(……あそこに、いくのか)


 実感はない。

 なぜ、ゆかねばならないのかもわからない。

 それでも、あそこへゆけば、何かが待っている。そんな気はしていた。



 エレベーターをおりると、景が不満げに立っていた。

 高いところが苦手な景は、こんなときいつも待たされる。

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