父と母
帰り道。
アルバイト先の喫茶店へむかう近道、大学のとなりの公園のわき、親水池のまわりを、ぐるっとかこむように、手すりと木の板でできた遊歩道。
手すりに体重をかけるようにして、男女のこどもがふたりずつ。
なにか話している。
「ラナー見たー?」
おもわず、足を止める。
『機甲戦士ラナー』。
裕太が毎週楽しみにしている番組である。大学があるので、本放送では見ることができないが、人気番組なので別の曜日に再放送がある。
本放送はきのうの午前中。裕太は、明日の再放送を楽しみにしていた。
「みた!」
「ラナー、かっけーよな」
「でも負けたじゃん、」
━━負けた!?
ラナーは、まだ負けたことがない。先週は、敵組織の幹部と対決するところで終わったはずだ。
再放送を見ればわかることだが、とにかく気になる。
「……あれ、ルナでしょ?」
「しーらない。死んだじゃんか」
裕太は、きょろきょろとあたりを見回して、子供たちのうしろについた。
なるべく静かに、聞き耳をたてる。
*
「……ちょっと」
ぽん、と肩をたたかれた。反射的に目をあけて、ふりむく。
警察官。若い男と、年かさの男のふたり。若い男は、不信感をあらわにしてこちらを睨みつけている。裕太より少し年上なくらいだが、体格はぜんぜん違う。
「え、」
「ちょっと、何してるのか教えてもらえるかな。……この子たちと、知り合いじゃないよね」
言い方はやわらかいが、口調は強い。
年かさの白髪の男は、後ろで目を細めているばかりだ。
「いえ……、ええと」
まわりを見る。
いつのまにか、子供たちはちょっと離れたところで、こちらをみている。
幾人かの大人が、それからさらに遠巻きにして、遊歩道のむこうから。
「ちょっと、一緒に来てもらえる。子供たちとは、別に事情をきくから━━」
「あ、いえ、……そういうんじゃ、ないんです。」
「とにかく、」
若い警察官が、ぎゅっと眉根をよせて。
「一緒に来て。通報があったから。わかるよね」
そう、いった。
*
ようやく、パトカーは帰っていった。
午後五時。もう、一時間ちかく経っている。
あわてて、遊歩道のわきにある公衆電話にとびつき、テレホンカードを入れる。アルバイト先の喫茶店へ。
「はい、喫茶『ヤマギ』」
店長の声だった。裕太はおずおずと、
「……すみません、如月です」
「わるいけど、」
相手の声が冷えるのがわかった。
「もう、こなくていいから。意味、わかるよね」
「え、」
「接客のことで何回か苦情がきてたの、言ってあったよね。今度何かあったら、悪いけどやめてもらうって、先週話したでしょう。それに━━」
「それに……?」
「君、なにしてたの? キヌタニさんが見てたよ。警察ざたになったんだってね。言われたとき、僕がどんなに恥ずかしかったか、わかるか」
とにかく、頭をさげるしかなかった。
「……すみません。」
「とにかく、もう来なくていいから。今月分のお金は、振り込んでおく。いいね」
はい、とちいさくうなずいて、受話器をおいた。脂汗がふきでていた。
ともかく、これで休みをもらう必要はなくなった。ぼんやりと、そう思う。
*
夜になり、実家へ電話をした。
召喚通知がきたことをつげると、母は大儀そうに嘆息した。
『……お父さんも、面倒なことを。』
母の父、つまり、裕太の祖父のことだ。
「どういうこと?」
『お父さんが亡くなる前、あなたを盟約の継承者として指名したの。わたしは、前々から拒否してたから。あなたには言ってあったとおもったけど』
「そう……だっけ。」
『なあに、頼りないね。大学に届けはもう出したの?』
「え、なんの」
『なんのって……届けないと、無断欠席になるでしょ。知らないの? アルバイト先にも、ちゃんと事情を言っておくのよ』
たよりないな、とかさねて言いたげに、母は嘆息した。
「……あした、出すよ。」
そう、いって、話題をそらした。ちゃんと大人らしくしなさいよ、と母はいった。
アルバイトをくびになったことは、言い出せなかった。