リールー
惑星ロガー。太陽系から21.4光年。
火星基地から50数回のジャンプを経て、ようやく辿り着いた、相棒の故郷。
「……これは、」
上空1200メートルを巡航するミニ・ボートの操縦桿を握りつつ、ケイはつぶやいた。
火星で、小惑星帯で、シルヴァで、砂漠の惑星ギドンで、
いくども死闘をくぐりぬけて、愛機を失ってまで。
こんな星に━━
「……こんなふうなのか、ロガーは、」
「いいえ、」
リールーは、うつくしい顔をゆがめて首を振った。水晶色の瞳に、きらりと涙がみえた。
ケイは首をふって目をふせた。自分のことばかり考えていた。リールーにとってここはふるさとなのだ。
「ちがいます。これは……」
地平線の端から端まで、見渡すかぎりの紅い荒野。まるで火星の未開拓地のよう。
文明の気配はおろか、動植物も、水さえ。
「あれを……、」
リールーが、強化クリスタルの床をみおろして、青い人差し指をすっとつきだす。
とおい地表に、何かをみつけたようだ。
地球人のケイには、何も見えない。
「ここか、」
操縦席右側のキイを操作して、カメラの映像をメインディスプレイに大写しにする。
拡大。リールーの目線をうけて、さらに、拡大。
固まった岩石漿になかば埋もれた、四角い塔のようなもの。たぶん、大きな建造物の一部━━
「……あれは、ロケット基地です。わたしが、火星へゆくときに使った……」
リールーの声はふるえていた。
「じゃあ、ここが首都……」
「……わかりません」
陰鬱な会話、それから、タイトル。
*
『惑星ロガー』
十二年前の夏、日曜の朝に放送されていた、特撮番組である。
最終回の日、裕太は畳の上に正座して、くいいるようにして見た。
けれども、どうしてか、ラストシーンだけがどうしても思い出せない。
なんども、なんども、夢にさえ見たはずなのに。
*
「如月さん━━如月さん!」
どんどん、とドアを叩く音。
まだ八時半だ。裕太は、のそのそと布団から這い出して、脇に転がしてあったジーパンをはいた。築27年の学生向けワンルーム。床に転がっているのは昨日脱いだものと鞄くらいだが、棚とテーブルの上は山のように散らかっている。
枕元からセルロイドの眼鏡を拾って、かける。これがないとほとんど何も見えない。寝癖を直そうと頭に手をやって、あきらめる。あけっぱなしのバスルームに目をむけて、ちらりと鏡を覗く。いつもの、さえない顔。ちびで、痩せっぽちの身体。
「はい、」
眠い目をこすりながら、ささくれ立った木製のドアをあける。
黒い背広をきた男がいた。郵便配達のような肩掛け鞄をして、四角い名札を首にさげている。
市役所の、企画課。
「如月裕太さん、ご本人ですね。」
「そうですが……」
「これを。……召喚状です。」
右手に持っていた封筒を、さしだす。そっけない官製封筒。閉じ目には四角い印影。
「しょうかん?」
「どうぞ、ご確認ください」
わけがわからないまま、受け取り、指で封を切る。開け口がやぶれてびりびりになる。
中には、三つ折りにされたA4の紙が2枚、入っていた。
一枚は、まだら模様の入った青いマット紙。
もう一枚は、普通の再生紙で、びっしり細かい文字で埋まっている。
青い厚紙を、広げてみる。筆で手書きしたものの複製か。大きく、これだけ。
如月雄太殿
曇天国より
血の盟約により、汝を召喚す