表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

達成された地獄2

作者: ニク キモチワルイ

達成された地獄を書いた短編です。

 女性の手首には割りばしが刺さっている。右手と左手の両方に複数本、刺さっている。

 女性は両腕をダランと床に落としながら、片膝を立てて座っていた。赤い部屋の真ん中で、開かれた窓の外は夕焼け。

 カーテンはオレンジ色に染まり弱々しい風に揺られて小さく布の擦れた音を出しながら波打っている。

黒い蟻たちが窓の淵で列をなしていても、女性はずっと俯いているだけだった。蟻たちは壁のクリーム色の中の黒い小粒となり、木製の床の茶色へと混じる。女性は蟻たちに気づくことはなく、呼吸する胸の上下が今にも止まってしまいそうだった。蟻の群れの一匹が彼女の指へと到達して、彼女の黄色い指を上っていく。蟻は不安げというよりも好奇心のままに進むように彼女の親指や人差し指や小指や指の間を触角で嗅ぎまわっていた。彼女は蟻に反応を示さず、赤い部屋で動いているのはカーテンと黒い蟻たちだけ。窓の外には真っ赤に染まった街の景色がある。車が道路を走る音やカラスの鳴き声などが聞こえそうな予感だけが赤い部屋に入ってきていた。

蟻たちが徐々に彼女の手へと上がってくる。蟻が十匹程度集まっても、彼女は気にする様子もなく項垂れていた。

蟻の一匹が彼女の手首に刺さっている割りばしを上りはじめる。蟻の一匹が割りばしの頂上に到達すると、女性は俯いてまま独り言を喋り始めた。

「私は達成した」

 女性は念仏のように同じ言葉を繰り返す。言葉が強くなったりしたり弱くなったりすることもなく、完成された調子で言葉をつぶやき続けた。

 蟻たちは女性の言葉に驚く様子も反応する様子もなく、割りばしの頂上を上ったり下りたり、女性の手に平や指を行き来している。蟻たちが割りばしを通り過ぎて女性の肩へと向かっていると、女性の肩、蟻が登ろうとしている腕全体が床へと落ちた。

 片腕は女性の身体から切り離されて生身の肉体の腕からゼラチン質の卵の黄身の色をした腕へと変化する。蟻たちは腕が落ちた衝撃に驚いていたが、腕が切り離されて変わったことによって食べられる物になったと気付くのに時間はかからなかった。蟻たちはゼラチン質の腕を穿り返して腕の欠片を咥えて窓の外へと出ていく。蟻たちの規則正しい整列によって赤い部屋には黒い点々が真っすぐと窓の外へと向かっていくという模様ができていた。

 女性は呟くのを止める、ゆっくりと顔を上げて黒い蟻たちが窓の外へと向かっていく様子を眺める。女性は黒い蟻たちに話しかけるように質問した。

「あなたたちはどこへ行ける? 」

 黒い蟻たちが女性の声に答えることも反応することもない。黒い蟻たちは女性から切り離された腕を穿って腕の欠片を咥えて窓の外へと出ていく。女性の質問は赤い部屋にポツンと飲み込まれた。

 女性が足を揃えてゆっくりと立ち上がろうとする。

 黒い蟻たちは騒がしく動き出してもゼラチン質の腕から離れようとはしない。

 女性は自分の足を木製の床へと着けて力を入れて立とうとした。女性が立ち上がると同時にもう片方の腕も落ちてしまい、女性から切り離された腕はゼラチン質の真っ赤な腕へと変化する。女性は呆気にとられたような顔をしたまま全身がスライムのように溶けてしまう。女性の姿は赤い部屋から消えてなくなりスライム状の液体が夕焼けに照らされながら床全体に広がっていた。

 蟻が数匹、スライム状の液体の上で溺れていても、他の蟻たちは溺れている蟻を助けられない。蟻たちが溺れながら手足を動かしていたが、やがては手足の動きを止めてスライム状の液体に浮かぶだけになる。

 他の蟻たちはスライム状の液体に浮かんでいる蟻たちを憐れんでいるかのようにその場を右往左往しながら触角を動かしていた。蟻たちは焦っているような行動を止めてゼラチン質になった腕の回収を再開する。片方の腕には蟻が群がり、もう片方の腕には蟻たちは群がっていない。

 しばらく時間が経っても赤いゼラチン質の腕には黒い蟻たちは集まらず、赤いゼラチン質の腕はやがて女性と同じようにスライム状の液体へと変わっていった。蟻たちは、今回はスライム状の海に溺れることなくゼラチン質の腕の欠片を窓の外へと作業を続ける。

 赤い部屋にいる生き物は黒い蟻たちだけで無機物で動いているのはカーテンとスライム状の液体が床へとゆっくりと拡大しているだけだった。

 複数の割りばしが赤いスライム状の液体で浮いている。もう片方の複数の割りばしは卵の黄身色のゼラチン質の腕に刺さったまま黒い蟻たちに囲まれていた。

赤い部屋に誰もいないのに、声が聞こえる。

「達成した」

低い声には人間らしさがない。獣らしくも、機械っぽくもなく、ゆっくりと近づいてくるんじゃないかと思わせるような声だった。

卵の黄身色のゼラチン質の腕の指がぴくぴくと動き出す。

 黒い蟻たちはゼラチン質の腕が動き出してもゼラチン質の腕から腕の欠片を穿ることをやめない。ゼラチン質の腕が動いたことに興味なさそうだった。

ゼラチン質の腕がぐるりと回転してうつ伏せになり割りばしが腕の下で虫の足のように広がる。ゼラチン質の腕は指を使って玄関へと進みはじめ人差し指や中指に力を入れるたびに細かく振動していた。黒い蟻たちは怯えることもなく慌てることもなく列を崩すこともない。触手をグルグルと回しながらゼラチン質の腕に纏わりついている。

 割りばしがスライム状の液体の水面を浮かぶ蟻にぶつかった。水面に浮かぶ蟻は割りばしに当たるとスライム状の液体の中へと沈んでいく。そして沈んだ蟻の姿は液体の中で見えなくなってしまった。

 ゼラチン質の腕は身体を震わせながら玄関へと向かっていく。薄い緑色のドアを目指していく。ゼラチン質の腕の通った後にはスライム状の液体と透明な油のような液体が混じっていた。やがてゼラチン質の腕は動きを止めるとスライム状の液体になって溶けてしまう。

 数匹の蟻たちがゼラチン質の腕に纏わりついていたことによって溺れていても、他の蟻たちにはどうすることもできない。水面に浮く蟻たちは時間が経つと動かなくなり卵の黄身色の液体を浮かぶだけだった。赤い部屋には黒い蟻たちを液体だけが残されて、あとは誰もいなくなってしまう。

 叩く音がした。玄関のドアを叩く音がする。黒い蟻たちは音のする薄い緑色のドアの方を人間のように一斉に見る。ドアを叩く音は鳴り続け、黒い蟻たちは一歩も動かずにドアの方を注視した。薄い緑色のドアがいつ開くのかは分からない。けれど黒い蟻たちはドアがいつか開くことは分かっていた。


どうぞ達成された地獄と言う題目で短編を書いてみてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ