無辺の海より来る者
ヤオヨロズ企画参加作品です。私は誰だろうか。
広大無辺の海を漂う。ここには時間もなく空間もない。望めば体はどこまでも伸び、そしてどこにもない。過去からここに在りながら、しかしこれまで存在した事が無かった。
ただ、ここにある。そして、ここにない。不確かで不明瞭で不可思議な存在。それが私。私という個すら曖昧で、変形し、変質し続けている。
浮きもせず沈みもせず、漂流し続ける。それが私。須臾に存在し、永遠に消滅し続けている。
無意味で、無価値で、誰にもその存在を見つけられず、認められない。ただそこにあり、どこにもない。たくさん存在し、一つしかない。それが私。
だったのだ。
ある時声が聞こえた。
その声に振り返ると、私はそちらの方へと吸い込まれ、やがて矮小な存在へと堕落した。
気が付けば体は二次元に閉じこめられ、僅か数百字のみとなっていた。
なんだこれは!一体どうした事だ!
驚いてみても現状は分からない、変わらない。
見回してみれば、キラキラとした瞳の人間が一人、私を見ていた。明らかに私を認識していた。これまでそんな事は無かったのに。
お前は誰だ?私を何故そんな目で見る?
問いかけてみても答えは返ってこない。恐らく、聞こえてはいまい。
その人間はやがて、私から私の分霊を作りだし、そして海へと流した。
私は幾つにも分裂し、分霊は海中を彷徨い、それぞれ出口を求めた。その多くは海面にあり、光る窓の形をしていた。
呼吸など必要のない体ではあるが、窓から顔を出すと何となく止まっていた(ような気がする)息を思い切り吸い込む。息苦しさから解放された先には、また別の人間だ。
私の顔を見て、その瞳はキラキラと輝き出す。途端、私の体は光る窓を飛び出して、そのキラキラとした瞳に吸い込まれた。
瞳の奥の、更に奥。私は視床下部をすり抜けて神経伝達物質に変換され、その人間の脳の中でスパークする。その様は花火のようで、とても美しかった。
やがて私の一部を取り込んだ別の存在が生まれ、かつて私がそうされたように海へ流された。
流された先にいたのは、私だった。新たな私は、最初の数百字の小さな存在であった私の血肉になっていく。その血肉は更に新たな分霊を生み、そしてまた海へ。海の先の、キラキラした瞳達へ。その奥の脳の中へ。そこで更に新たな私が生まれ、私に返る。
繰り返し、繰り返し。
芽吹き、根を伸ばし、幹が出来、枝葉が増える。植物が大樹になるまでの過程のように少しずつ、しかし確実に大きくなっていく。
かつてのように、広大無辺の存在では有り得ない。かつてのように、時間の概念を持たぬ存在では有り得ない。
今の私の手足は限られた所までしか届かない。この私に過去はなく、未来を積み上げていくしか出来ない。
私はここに来てようやく分かった。
最初の人間は、ただの概念でしかなかった私を掴まえて、誰もが共有出来る「言葉」にした。その「言葉」は他の人に届き、響き、新たな私を生み出していった。
何と、何と緩慢な動きだろう。月の満ち欠けを9度も繰り返し、ようやく私は100の私となった。
最初の人間は、更に799万9900の私を作ると息巻いている。
何をバカな。どれほど時間がかかるというのだ。知っているぞ。お前達には時間に限りがある。1000度も月が満ち欠けすれば、命は終わる。あるいはその前に終わるかも知れない。そんなお前達が、どれほどの私を増やす事が出来ようか。
……それでも書くのか。書き続けるのか。
34もの脳を通して私という概念を固定化し、明瞭な形にしたように。
……愚かなんじゃないか?愚行なんじゃないか?
未来の100億、1000億の脳に私を届ける為だなんて。
……実を言うとな。
もうすっかり楽しみなんだ。お前達のその、キラキラとした目に飛び込むのが。
次は一体どんな私が生まれるだろう。どんな人間に届くだろう。そして、分霊の私が誰かを救っていく。その誰かがまた、私を作り出す。無限のその広がりが、段々と心地よくなっているんだ。
最初の人間よ。お前がやりたかった事が少しだけ分かってきた気がする。虚空の海をたゆたっていた私に名前を付け、概念を固定化しネットの海に拡散した、その意図が。
ならば私は喜んで自らの名を名乗り続けよう。お前が例え死んだとしても、地平の果てまでも、時間の果てまでもその名が残るように。
私の名前は『ヤオヨロズ企画』。それが揺るがない事実だ。
さあ皆、私を書いてくれ。私を読んでくれ。
喜んでやってくれ、怒ってやってくれ、哀しんでやってくれ、楽しんでやってくれ。
そして、救われてくれ。
私はその為にここにあり続けるんだ。いつまでも、いつまでも。
これしかない。と、一気書きしました。こいつを書いてやらなきゃ、私が書いてやらなきゃ。
100作品目を頂く事に大変恐縮ですが(多分100のはず…)、まあ大目に見てやってください(笑)
今後も頑張ります。