空田裕太とストレンジャー
果たして、地球外生命体というワードを僕はいつから信じなくなったのか。子供の頃は宇宙人やUFOなど、「未知なる存在」というロマンに対して惹かれに惹かれたものだった。
特に幼少期の僕は凄い。
小学校低学年の頃、数名の友人と「夏休みにUFOを見つけよう」という話になり、夜、学校に忍び込み、観察に使うための理科室の望遠鏡を取ろうとした所を警備員に見つかりこっぴどく怒られたり、またある日は家の2階、自分の部屋でぼーっと窓から外を眺めている時、すぐ目の前を円盤状の何かが飛び、それをUFOだと思って窓から身を乗り出した結果転落、幸い下には生垣があったお陰で大きな怪我は無かったが、親に叱られ、危険だからと僕はその部屋に暫く近づかせてもらえなかった。因みにその時飛んだ飛行物体は、同級生がいたずらで飛ばしたもので、それが発覚して彼らもまた怒られた。
こんな話も、今でこそ笑い話として話せるわけで、当時の僕は本気でUFO、宇宙人を見てやろう捕まえてやろうと思っていたのだ。全く呆れてしまう話ではあるが、しかしその時の僕は、本当に真っ直ぐだったと思う。
これといった夢も持たずに学生時代を過ごし大人になり、大学に進学してもそこで何がやりたいか目標を持たずに惰性で通う毎日。あの時、夢に対して真っ直ぐ立ち向かっていた僕が今の僕を見たら、きっと「かわいそうな大人」だと思うだろう。いつしか熱中出来るものへの情熱を、瞳の輝きを忘れてしまい、なあなあに二十歳を迎えた今、僕はそう思うのだ。
────なんでこんなこと考えてるんだ僕は。
青年は、空田裕太は帰路の途中、脳内でそんな独り言を唱えていた。所属したサークルの活動にも参加せずに、西陽の差し込む並木道を唯一人、何事もつまらないといったような表情の死んだ顔でとぼとぼ、とぼとぼと歩く。
「さて、今日も家に帰ったらドラハンワールドでもするか……」
一人の帰り道、話し相手もいない彼は最近やっているゲームの事を考え、そして時折呪文のように何かの手順を呟きながら帰る。この「独り言を唱える」という行為は彼の中での帰り道の一種のルーティンとなっていた。ゲーム、アニメ、小説、妄想……話題はその時の嗜好次第だが、どれにも共通して言えるのは、ブツブツと何かを唱えそして時折ニヤリ、と笑うそれは「傍から見ればかなり不気味」だということである。
「こうすればギガドラゴンは最短で倒せる……フヒヒッ、完璧だな」
脳内ゲームシミュレーションが上手くいったのか、彼はそう言って静かにちょっと不気味な笑みを浮かべる。そうして暫くすると、突然俯き気味になり、そして深く溜息を吐いた。
「はあ……こういう一人でブツブツ言って閉じこもるのが僕の駄目な所なんだよ……治さなきゃとは思うけど」
自虐をかます彼だが、実際ここまで帰り道のルーティンなので、普段からこんな事を言っている彼にとってみればこんな自省は意味を持たない。
「はあ……なんかブルーになったし、早く家に帰ってドラハンワールドでもやって気持ちを明るくしよ」
簡単にそう呟くと彼は帰宅の足を早めた。そしてその約五分後、彼は自分の家に着いた。
机の上に放置しっぱなしのゲーム関係機器、洗われてない食器、積まれた洗濯物。それが一人暮らしの彼の普段の部屋である。そう、それが普段の部屋の形であるはずだ。
「な、なんだよこれ……」
しかし、今日の部屋の様子は普段と違ったのだ。違いすぎたのだ。
玄関のマットは何かに引きずられたのか大体2メートルほど前方、リビングの手前まで移動しており、また、靴も、何もかも、部屋中の物全てが散乱していた。そしてそれよりも何よりも────
床にべったりと、血が。
血がこべりついていた。
ただただ呆然とする彼に、目の前の現実は余りにも現実離れした真を孕み、襲い掛かってくる。
混乱しながらも、血の向かっているリビングの方に目をやる。ドアは開いており、血は奥の方まで続いている。恐る恐る、その血の続く方、リビングを覗き込む。
そこには、異形が倒れていた。胸の膨らみや体のしなやかなラインは、女性と取れる見た目なのだが、エ翠の長い髪、青色の皮膚、鱗に覆われた尾……その特徴はおおよそ人間のものではなかった。
「ひ、人じゃあ……ない?」
彼は目の前の物が作り物や特殊メイクなのでは無いかと、そう考えた。そのためしばらくして落ち着いてから、近くに寄って細部まで眺めてみる。しかしそれは見れば見るほど生命的で、彼を不安にするばかりであった。
「ど、どうして、どうして僕がこんなことに……巻き込まれて……」
いつしか地球外生命体というワードへの夢を、ロマンを忘れていた僕。子供の頃、UFOを見つけようと躍起になって空回りして、馬鹿にされて来た僕。宇宙に、未知に対して夢を抱いていても、決して報われずに居たのに、興味も、夢も、信じる事も無くなっていたのに、どうして今になってやってくるのだろうか。夢を捨てていた僕をまた惑わすのだろうか。
────ああ、やっぱり僕は年をとったんだ。
熱中できたものに、瞳を輝かせていたものに、希望も、熱も持てずそう考えてしまっている僕が居るんだと分かり、僕は寂しくなった。