鋼の肉体(ボディ)
見慣れた四畳半、家賃2万5千未満。風呂・便所共有。
「どうでしたか?」
「筋肉があっても痛いものは痛い!」
「それがあなたの学んだ全てですか」
「ふっ、知ってしまったさ。力に溺れた者の哀れな末路をな・・・」
「本当に哀れでしたよ。よりによって自殺を選ぶとは」
「あれ?手が治ってる!?」
そうか、あれはただの夢。でないと指があんな方向にグニャグニャ曲がる訳がない。
「何度も言いますが、ここはあなたのイメージの中。つまり、実際のあなたの指は」
「痛い痛い痛い!治して!大至急!!」
「はい・・・。では、また行くんですか?」
また、という言葉を露骨に強調させてきた。さてはこいつ欲求不満だな。
「・・・いいですか?また復活させますが、さすがにこれ以上あなただけにこんなサービスをする訳にも行かないので。そろそろ覚悟して」
「頑丈にして」
「・・・はい?」
「死ななければいいんでしょ?ならすげぇ頑丈な体をくれ。あ、ください。お願いします」
俺が思うにこのジジイは押しに弱いタイプだ。グイグイ押されれば流れに飲まれる。
い・け・る。
ダメ押しに靴でもなめとくか。ん?室内だから足か。足かぁ・・・まぁ問題ない。
「ハッ」
鼻で笑われた、神に鼻で笑われた。
これって凄くない?これってやばくない?すごやばー。おのれ鼻神。
「うるさいです」
怒られた。
「まぁ、やれる所までやってみなさい。応援はしないが、多少の支援はします」
押し出し寄り切りっ!そらみろ、やはり流れを制する者が異世界ファンタジーを制す。
「多少の支援なので、前の力は元に戻します。努力もせずに全て与えられるとは思わない方がいい」
説教された。
「何かを手にしなさい、持たざる者。なら、また違った風景が見えて来るでしょう」
・・・え?ごめん、もう一度日本語で。と言おうとしたら意識が・・・。
「すっぱい!」
強烈な匂いで目が覚めた。小さなオッサンの膝枕・・・、なんて拷問だ。
「おお、生きてるぞぉ!」
「丈夫だなーおめぇ」
そうだ、丈夫な体を手にしたのだ、鋼の肉体を!
これで悪漢どもに。この、俺が無事な事を喜びのダンスで表現する小さな悪漢どもに、負ける事はない!
勝つこともないだろうが。
「魔法でも使ってるのかぁ?」
魔法・・・?そうだ、ここは剣と魔法とハーレ、冒険の世界。すっかり忘れてた。
「そうだ、俺は神の加護を受けている。だから何をされても負ける事はない。さっさと逃げ去れ、この悪漢どもめ!」
ああ、スーパーモデルは早くもこの騒動に飽き始めている。早く助けろとでも言いたげだ。
「おぉ、神の加護!」
「だからあんな目に会っても大丈夫なんだなー」
そう言って足元の血まみれ岩を見る小さなオッサン。小ッサン。
なんだ、大して血が増えてないじゃないか。ん?水滴が上から落ちて・・・。
壁際にある岩の、上を見ると謎の斧が壁に突き刺さっている、なぜあんな所に?そしてその鋭い刃が赤い水滴をしたたらせている。
・・・待て!考えるな俺のピタゴラスイッチ。今大事なのはスーパーモデルをスーパーにボディーガードする事だ。
尊敬の眼差しで俺を見る小さな悪漢どもを無視し、スーパーモデルの元へ駆けつける。
「アニスさん、あなたは私が守ります!」
スーパーモデルの鋭い眼差しが俺に刺さる。なんだかゾクゾクします、新しい何かが俺の中で覚醒しようとしてい、
「触らないで!」
「なじぇっ!?」
ビンタされた、触ってないのに。
ああ、でも痛くもなんともない。神様、丈夫な体をありがとう。感謝の気持ちが目からあふれ出して何も見えない。
「ワシらも困ってんだよなぁ、その姉ちゃんには」
「そうだそうだー」
悪漢どもに困る何があるのかと、こみ上げる涙と鼻水を必死に隠して問いかける。
「はにおは!?」
失敗した。言葉にならなかった。何をだ、と言いたかったんです神様。
「それがよぉ、ワシらの斧がそこに刺さっちまって。それを抜いてくれねぇかって姉ちゃんに頼んでたんだぁ」
「頼み方が悪かったかー?姉ちゃん」
通じてた。
その感動と小さなオッサンが指差した、今も鮮血に濡れる斧を見て密かに悲鳴を押し殺す。
「どういう事だ・・・」
「だからワシらの斧がぁ」
「それは分かった!じゃあ俺は一体誰から何を守ろうとしてたんだ!?」
顔を見合わせる小さなオッサンたち。真顔で俺を見下すスーパーモデル。お客様の中に言葉が通じる方は居ませんか!?
「よく分からんが、お兄ちゃんと遊ぶのは楽しかったぞぉ」
「そうだなー」
恥ずかしい、死にたい。・・・死ねない!神様、鋼の肉体をありがとう!
「あ、この岩に乗ったら兄ちゃんの身長でも届くかぁ?」
「おー、どうだー?」
さっき出来たばかりのトラウマを二つ差し出され、俺に一体どうしろと?
あんな物に触れるぐらいなら抜けそうな腰を下ろしてスーパーモデルに土下座した方がマシだ。
そう考えたせつな、スーパーモデルは俺たちの横を颯爽と通り抜けていった。さすがに歩き方が様になっている。ついて行きたい。
そんな俺の足を愛嬌のある顔でしっかりプレスする小さな悪魔達。
「さぁお兄ちゃん、この岩に足をだなぁ」
「柄は上にいってるから、刃をつかむしかねーなー」
そして丈夫な体(鋼のボディ)を手にした俺は、本日三度目の死、精神的ショック死という珍しいものを味わう事になった。
「ころ、して・・・」
「終わったらもう一回ブンブンしてやるぞぉ」
「ぶーんぶーん!」