始まらない朝
ああ、気持ちのいい朝だ。
体が軽い、股間も軽い。体から悪魔が落ちたようだ。悪魔・・・?
久々の一人寝、初めての野外写生。なんて開放感だろう。
朝飯のいい匂いがする。
名残惜しい自室から、すくむ足を引きずり台所へ行く。
「お、おはよう」
ロレーナが視線をそらす、まぁ分かってた。あ、昨夜はお世話になりました。
「・・・おはよう」
ああ、ペットじゃなかった人。
・・・よくよく見ると本当にエルフかってぐらい南米系?東アジア系?のむさい顔をしている。肌は白くて耳長いけどさ。
おい、今なんで俺の股間見た。そっちの気はねぇんだよ、勘違いしないでよねっ!勘違いしか出来ない事したけどねっ!
あれ?オッサンたちが居ない。もしかして俺を置いて旅に・・・。
「飯だ飯だぁ」
「めっしだー」
そんな事なかった。
ドタドタうるさいな。家の中でも歩くの早いし、遠慮とか容赦とかが全くない。まぁ、そういう感じの方が助かるが。
「お、おはよう」
「・・・」
「・・・」
うっわ、すっごく無視された。
いつもみたいに俺を運んで顔洗いに行けよ。なんだよそのしけたヒゲ・・・ヒゲ!
案外ナイーブな感じだったのね、気付かなくてごめん。マジで!
やばい、どうしよう。謝る?土下座しとく?OK。問題は、今する?全員揃ってからにする?インパクト狙って、家から出る時に扉の外で土下座しとく?
すいませんでした!俺一人じゃ旅できないんで、もうちょっと養ってください!
俺はニートか!冒険者ニート。ああ、スッキリしたけどスッキリできない・・・。
「兄ちゃん」
濃い顔の立派なオジサン!
「ピックとペックが謝りてぇんだってよ」
え、何を?
バカ面の俺の前で、小さなオッサンが更に小さくなる。
「すまんかったぁ!」
「ごめんよー」
「悪魔憑きとか発情期の獣とか、好き勝手言ってすまんかったぁ!娘達が魔物より警戒してたからよぉ」
「でも一緒に居て楽しかったんだー、それは嘘じゃねぇぞー」
・・・うん。うん?
土下座はどうしたお前ら!と口から出そうになるお茶目さんを飲み込み、
「分かって貰えればいいんです、発情してたのは事実ですから」
と紳士的に答える。
・・・俺は今、決定的なミスを犯した。
濃い顔の背後に隠れるクソビッチ。
昨夜はお楽しみでしたか?今夜も妄想がはかどるなぁ。
「でもよぉ、お兄ちゃん。一瞬で割れた頭が治ったり、ぐにゃぐにゃの指が元に戻ったり。あれどうやったんだぁ?」
「本当だなー」
嫌な記憶が頭をよぎる。思い出させんなよ。
「あれは・・・、言ったと思いますが神の加護です」
「ああ!神さまかぁ!」
「神神ー」
鼻神でも一応神だ。
「それって、神官か何かか?」
濃い顔が問いかける、お前も警戒してたのか。
「いや・・・、その・・・」
「魔法も使えねぇしな、邪悪なもんじゃねぇって事は分かってんだが。・・・まぁ、兄ちゃんを信用するよ」
ありがとう、案外いい人。でも、その背後にいるクソビッチは全く信用してくれてませんが。なんて目で人を見るんだ、夜中に見たら俺が悲鳴上げるレベル。今夜も妄想がはかどります。
あ・・・、そういえば魔法だ。
「魔法の使い方・・・ですか?」
朝食を終え、それぞれが旅の準備をしている合間。ホラーな顔の妹ではなく、気弱そうな兄にたずねてみる。
この兄妹、中身入れ替えてくれないかな。
「そうですね。・・・イメージ、ですかね」
「イメージ・・・?」
「傷が癒えていくのを想像して、相手に伝えるんです。ただしこの方法は回復や強化魔法の使い方で」
「あつっ!?」
「え?」
「出た・・・!火が出た、ボワッて。ありがとう!ありがとう!ありがとう!」
「はぁ・・・」
うひょう!覚醒タイム来た!
使えんじゃん、魔法。やるじゃん、俺!
満面の笑みで外に飛び出す俺を、見かけるやいなや武器を構えるホラーな妹を完全スルーして。
燃える物がない道端を選び、華麗に手のひらを水平にかざす。
俺、カッコいい。
「燃えろ!」
そう、イメージだ。イメージは現実化するって誰か言ってた、魔法の事だったんだ!
そして俺の手が見る見る燃えて・・・燃え、燃えてる!手が!手があああああ!
「あっちいいいい!!」
水っ、水っ、・・・水!
手から水が飛び出す、あら便利。
燃えた手も、爪を除いて焦げてない。
・・・勝ったな。俺、この人生勝った。昨晩、これ以上ないぐらい負けたけど。今日から連勝だ、もう負ける気がしない。
俺を噛んだり蹴ったり爪で引っかいたりあれこれした化け物ども、もう容赦しねぇぞ。直接手を下さなきゃあ血が出ようが臓物が出ようが目玉が飛び出そうが・・・うっ、気持ち悪い。
しかし、ついに来た。俺の夢の達成は近い。
さっさとこのオヤジパーティー解散してハーレム組むぞおらぁ!