始まらない物語(チュートリアル)
いつもの匂いで目を覚ます。
朝日を受けて幸せそうに眠る濃ゆい顔と小さな髭二匹。
ああ、こんなにもいい天気で草木が穏やかなのに、もう目と鼻の穴を開きたくない。
「ん・・・起きたか。いつもはええな、寝顔見られちったか?」
なぜ照れる、どの顔が照れる。泥ソースに味噌と油を入れて煮詰めたような、その顔のどの部分が照れる。
腹が立ったら腹減った、人間とは器用な生き物だ。まぁ最近の運動量はここ数年分のそれと恐らく同じぐらいの量だろう。
「朝飯作るかぁ」
「作るか作るかー」
いつの間にか起きていたドワーフのオッサン2匹が、なぜか俺の体を持ち上げて運んでいく。
まるで俺が朝飯になるみたいだ。
しかしまぁ、そんな事はなく、近くの川で一緒に顔を洗う。タオルはないから服で拭く。
そしてお決まりのように小さなオッサン達は川の水をかけあって遊ぶ。
なんて無邪気なオッサン達なんだろう、川に流したい。そのまま広大な海の底で小魚につつかれて欲しい。
ああ、可愛い。そこまで行ったら可愛いなぁ。あはは、俺そろそろ病んでるかも。
「ぶっ!?」
おい、俺にもかけるんじゃねぇよ。今拭いたばっかだろ、ぶち殺すぞ。
「油断してたなぁお兄ちゃん」
「わはは、油断だー」
殺意を込めた目で笑顔を返す。俺はもう限界です。
髭に向かって水をかける、何も嬉しくない業務を淡々とこなしながら思う。
俺がこんな世界で生きていけるのはこのオッサン達のお陰なんだ、と。
それは分かってる、痛いほど分かってるから文句は言わない、言えない。ただ愚痴はこぼす、嫌ってほどこぼす。赤ん坊のよだれのように、次から次へと呪詛のようにこぼす。
オッサン達、ありがとう。そして滅せよ!俺は女の子が所望だ。
「なんだお前ら、また水浴びか?」
濃ゆい顔が朝食を作ってくれている、中々の手際だ。
「ペックが始めたんだぁ」
「ピックだよー」
「いいからさっさと着替えな、兄ちゃんも」
お前ら親子か、と心の中で突っ込む。
「ああ、兄ちゃんの分の代えがねぇな。すまねぇ、これ着てくれるか?」
「はぁ・・・」
泥ソースと味噌と油と犬の匂いがしそうなそれを、少し照れた顔の泥ソースと味噌と油と犬の匂いから受け取り羽織る。そして俺の体は泥ソースと味噌と油と犬と家庭的な匂いに包まれる。
・・・意識が霞む。
なぜ人の鼻は口かマブタのように開閉式でなかったのか、心の中のダーウィン先生と語り合う。
臭い!と言い残して心の中のダーウィン先生は帰る、俺は残る。
しかしまぁ、飯は旨い。旨いとしか言えない。
肉ばっかりなんだけど、どうして毎日味が違うのか。スパイス?焼き加減?あの顔のどこにそんな女子力が隠されているのか。
神は残酷だ。・・・鼻神。
飯が終わるとそれぞれが荷物を背負って再出発。重い・・・。
荷物は増える事はあれ、減る事はない。なぜなら食料は現地調達。その時に得られる副産物、というかそっちの方がメインらしいが、モンスターの毛やら皮やら心臓やら・・・、なんともファンタジックじゃない、一周回ってファンタジーなブツがどんどん増えていくの。
それぞれが薬や衣類や金持ちの家の飾り(鹿の頭やライオンの毛皮か?)になるらしいが、こんな物に金を出す連中の気がしれん。
なにしろとんでもなく匂うのだ。
オッサン三匹の匂いを瓶詰めして煮詰めてゾウキンの絞り汁を混ぜてお湯で割ったような。モワッとした匂いが鼻の奥でランバダを踊り狂うような、そんな一つ一つが形容しがたい禍々しい芳香と個性を放出していて。それらが混ざり合いしのぎ合い、天下一舞踏会が狂い咲く。そんな匂い、そんな地獄絵図。
そんな物に包まれて、俺の脳みそはもうお花畑だ。オッサンが咲くお花畑に迷い込んだ哀れなミツバチだ。
俺に甘いメスをください!
違った、俺甘いミツをください!メスもください!
「顔色悪いが大丈夫か?休むか?」
「いえ、大丈夫です・・・」
それよりこれ捨てませんか?
「お兄ちゃんは頑丈なのに体力ねぇなぁ」
「ねーなー」
体力じゃない、嗅覚があるんです。お前ら鼻の穴詰まってるんじゃないですか?
「お陰でいい稼ぎになってら。気にすんなよ、兄ちゃん」
んー、俺のせいで三日の旅程が既に一週間以上掛かっているらしい。それに関しては申し訳なく思う。
旅が長引く→狩りが増える→匂いも増える→天下一舞踏会→大盛況 このコンボ
体は頑丈になったが体力はないのだ。だからすぐにバテるが、なぜか筋肉痛はしない。筋肉がダメージを受けていない?
理由はよく分からんが、めきめきと肉体が出来上がっていくのを感じる。
昨日より今日、今日より明日、明日より明後日。それより先は、分からない。
それでもこのオッサン達にはまだまだ敵わないらしい。
きっとこれはチュートリアル、女の子達をエスコート出来るナイスでワイルドなボーイになる為の、面倒臭いチュートリアル。オヤジ臭いチュートリアル。
なら許せる。百歩譲って千歩譲ってどうぞどうぞどうぞ・・・。
しかし、いつまで続くのか。
「一服すっか」
「だなぁ」
「ぷっぷくー」
あの、それより。
これ、捨てませんか・・・?